霊性と学術交流

The Supreme Master Ching Hai の観音法門と東南アジアの中国人


 2000年5月6日、The Supreme Master Ching Hai(以下SMCH)は招請により「宗教と世界の中国人」をテーマとしたシンポジウムの第4回目のセミナーに出席し、東南アジアにおける観音法門の発展について述べた。このセミナーは名高い国家学術研究機構である「中央研究院」で行われた。主催者は以下の通りである。中央研究院東南アジア区域研究プロジェクト、フォルモサ宗教学会、中央ラジオ局、中央研究院近代史研究所海外華人研究グループ、中華科際整合研究会。セミナーには多くの教授を始め、学術研究者、メディア関係者および各分野の精鋭たちが出席した。
 今回のセミナーの内容は、同年5月20日に中央ラジオ局によって放送され、また、同局のウェブサイトwww.cbs.org.twを通じて、当日世界各地で同時に討論の模様を受信する事ができた。

議長(中央研究院近代史研究所朱浤源氏):SMCH、台湾大学教授阮芝生先生、ご出席の学術界および各界の学術に関心をお寄せくださっているみなさま、こんにちは。本日は、ここ中央研究院において宗教と学術、この二つの面を総合的に討議するというたいへん得がたい機会に恵まれました。
 中央研究院近代史研究所には海外在住の中国人を研究対象としている研究グループがあります。私はこのグループの代表を務めておりまして、この数年、一連の講演会を主催するなどの活動を行って参りました。今年に入ってからは「台湾宗教学会」理事長の林美容先生の支持と推薦をいただき、元々の、東南アジア在住の中国人の研究という領域から、さらに宗教と結びつけて研究を行うようになりました。そういうわけで、本日は宗教界の重要な指導者を中央研究院にお招きする運びとなりました。実は今回は、私どもが行う予定の8回の講演会のうちの1つで、第4回目の講演になります。前3回はイスラム教、キリスト教、一貫道についての研究活動でした。今日は非常に特別で、観音法門について、SMCHが率いて教えている新しい領域についてみなさまに知っていただきたいと思います。この新しい空間は全世界の中国人に大きな影響をおよぼしています。
 今回のこのプランは、中央研究院の東南アジア地域研究企画部門と協力して行っております。この部門の責任者は蕭新煌教授です。教授は今回のこの活動を全面的に支持し、講演費用まで提供してくださいました。講演謝礼は多額であるとは言えませんが、これは道義上、あるいは学術に対する応援とも言えます。今日の薄謝はもちろんSMCHにお渡しします。(注:マスターは当日、謝礼を主催側に寄付しました)その他、本研究所、すなわち東南アジア中国人研究グループからもコメントしていただきますが、その阮教授にも些少の謝礼を用意させて頂いております。これは些細な事とはいえ、わが研究所の各部門が互いに協力して、総合的な共同プランを企画するという意味においては大きな意義を持っています。
 そしてその他の2つの団体、特に中央ラジオ局の温プロデューサーが担当する、全世界向けの放送番組---「空中華僑会館」が今日の私たちの活動を、世界各地で同時に放送してくださるという事に対し、とてもうれしく思います。従って今日の講演内容も全部録音していただく事になっています。
 もう1つの団体に対しても、私たちは感謝しなければなりません。それは中華科学技術整合研究会です。この会は創立以来19年にわたって一連の総合的な活動を行い、全国各大学の教授たちの支持を得ています。この会では、200人近くの博士号を有する面々が、さまざまな分野の科学技術を総合的に研究する活動を推し進めています。宗教活動や東南アジアの中国人を研究する事は高度な総合研究であり、私たちのこの活動にご参加くださる事は大歓迎です。
 この中には当研究会のトップの責任者もおられます。むろん最も感謝しなければならないのは中央研究院で、院本部は今回の私たちのこの活動をたいへん重要視しています。特に、この第4回目のSMCHの講演につきましては新聞による報道が若干の注目を引き起こし、誤解もあったと思います。そこで私たちの副院長であります楊國樞教授を始めとした研究院の数人の責任者たちは、この事で何回も私と電話で連絡をとりました。彼らがさまざまな障害を克服して、今回のこの講演活動を実現させた事に対し、心から感謝いたします。
 今回のこの活動は基本的には学術的なものですので、まずはみなさまに、これは学術的シンポジウムである事を申し上げておかなければなりません。
マスターは各地に行かれています。そこでご本人にはすでにお願いしましたが、この後、東南アジアの中国人に関して、当初から現在に至るまで組織やいろいろな面でどのように計画を立ててこられたのか、この間どのように変化してきたのかなどについて説明していただきます。教理の部分はもちろん話の中でふれる事は避けられないと思いますが、しかしなるべく東南アジアの中国人という主題を中心にお話しいただきたいと思います。教理の部分、または東南アジア以外の地域での普及活動や発展ぶり、および、遭遇した困難や未来の展望については宝物として取っておいて、後ほど議論したいと思います。
 本日のシンポジウムは全体で2時間を予定しておりまして、二段階に分けて、各段階を1時間とします。
 みなさんは世界各国、あるいは桃園ドーム(前日のマスターの講演会を指す)ではこのような貴重なチャンスはなかったでしょうから、お話は短く、しかもなるべく東南アジアの中国人という学術研究とかかわりのある内容から脱線しないようにお願いいたします。みなさんの発言を研究資料として収集したいと思いますので。貴重な時間ですから、私からの紹介はこれで十分でしょう。それでは、SMCHに「観音法門と東南アジアの中国人」についてお話しいただきます。どうぞ!(拍手)

SMCH:ありがとうございます。私も遠慮なしでいきたいと思います。お招きいただいた以上はダイレクトに話を進め、時間を守りたいと思います。私たちを信頼し、このような光栄な機会を与えてくださいましてありがとうございました。私は元々フォルモサは自分の家だと思っています。ですからこちらに帰って来るのは特別な事ではありません。長い間、海外で忙しかったので戻らなかったのです。
 昨日私は講演をしました。みなさんの中にも聞きにいらした方がおいでかと思いますが、今日ここに来る事を約束しましたので、みなさまに対して特別にお話しさせていただきます。議長のご要望通り、テーマを中心にお話ししますが、漏れがありましたらみなさんに補っていただきたいと思います。
 みなさんは私がこちらに戻って来ている事を前からご存知だったかもしれません。というのは、私たちはフォルモサでちょっとした騒ぎを引き起こしたからです。政府始めメディアが私たちをとても有名にしてくれました。(笑い) 誤解している部分もありますが、しかし、時には神はこのように手配するのです。神には神のやり方があります。時にはみんながほめ讃えて有名にする場合もあれば、人に誤解させて有名にする場合もあるのです。後者はあまり愉快な事ではなく、私たちはこれを好みません。しかしみなさまもご存知のイエス・キリストも人に誤解され、多くの苦難がありましたが、今では世界中が彼を崇拝しています。釈迦が在世の時も多くの人が彼を殺害しようとし、誤解していました。けれども今は全世界が彼を崇拝しています。こんなに偉大な2人の明師でさえ苦難に遇い、不当な扱いをされたのですから、私たちのような普通の人間は少しばかり誤解されたぐらいでは何とも思いません。私たちのカルマを洗い落としてくれたと思っています。私たちの団体では、人に侮辱されたり責められると、相手に感謝します。私たちのカルマを洗い落としてくれているからです。というのは、私たちは生活の中でみんなの好みに合わない事をする場合もあるからです。そして誤解されます。多くの人が私たちに対して良くない事を言うとしたら、それは私たちのカルマを洗い落としてくれているという事ですから、私たちはますます盛え、死んでからもほうびがもらえるのです。

発端

 では、活動についてお話しします。私たちは各国の各地方に、それぞれ連絡用のセンターがありますが、東南アジアには私たちの兄弟や姉妹が比較的多くいます。修行仲間の事です。私たちは「同修」と呼びます。つまり同じ修行法をしているという意味です。
 以前、私はフォルモサでは誰も知り合いがいませんでした。今はみんなが私をフォルモサの人間として見ています。私もとても光栄に思います。昨日はまるで家に帰ってきたような感じでした。外国に行った時も私を紹介する場合、「こちらは誰々で、フォルモサから来ました」と言うのです。私たちがどこかに救援に行った時も、人は「こちらはフォルモサから来てくれた団体です」と紹介するのです。ですから私もあえてフォルモサ人になりきっています。体はここになくても、私の心と魂はここに置いてあります。ここから離れようとしてもできないのです。たぶん、前世にここで生まれたからだと思います。メディテーションをしている時に、私が昔ここでさつま芋の葉を食べているところを見た人もいます。このように相当深い縁があるのです。
 私がフォルモサに来たばかりの時は、誰一人知り合いはいませんでした。けれどもすぐにフォルモサの人々は面倒を見てくださり、とても深い感銘を受けました。その時、私は伝統に従って受戒し、しきたりや戒律を守り、しきたりの中で自分を律していました。車の免許をとる時に先生の教えた通りするのと同じで、そばでチェックする人がいて、間違えないようにしながら不慣れな手つきで運転するのです。後で運転ができるようになったら先生は必要なくなり、ルールもすっかり覚えて、車も上手に運転できて、それが自然になってしまうのと同じです。私が来たばかりの頃、みなさんとても親切にしてくれて、どの寺院も私に対して門を開けて入らせてくれました。とても親切でした。私にお金がないのを見ると、くださったりしたのです。当時、私はお金がありませんでした。今はありますよ! そして私はフォルモサのあるお寺にしばらくの間とどまり、外の世界と離れて閉じこもって修行していました。ある日の夜ふけに、10人ほどの人がドアをノックしました。こんな時間に誰だろうと不思議に思いました。彼らは入って来て、観音菩薩がここに来て学ぶように教えてくれたと言うのです。その時、私は知り合いはあまりいなかったので、そこで閉じこもり、修行をしていたのです。どうしてあんなにたくさんの人たちが来てくれたのか、私にもわかりません。彼らは観音菩薩がそこに来させたと言うのです。その頃は、私はまだ人に教えるつもりはなかったのですが、彼らの誠心誠意さに心を打たれ、その時から教え始めました。
 私はフォルモサの国民ではありませんので、その後アメリカに行き、1年余り滞在しました。そこでも私を訪ねて来る人がいました。彼らも、神が私のいるお寺に行くように教えてくれたと言うのです。このようにして、アメリカ人とも縁を結んでしまいました。最初は中国人と縁を結んだのですが、ビザの関係でフォルモサに永久に滞在できないため、今もそうですが、アメリカに行ったおかげでアメリカ人とも縁を結んだのです。後に、私が帰るのを心待ちにしていたフォルモサの人たちが呼び戻したわけです。私はフォルモサに帰って来てしばらく住み、私たちのグループはフォルモサで引き続き発展しました。こうして自然に縁ができたのです。その後、アメリカとフォルモサを行き来するようになりました。さらにその後、中国人と縁があるために、他の国、例えば東南アジアの中国人たちが自ら広めるようになりました。当時、私たちはまだ本やオーディオテープ、ビデオテープもありませんでしたが、自分たちの力で広めたのです。また、シンガポール、タイ、インドネシアなどの国々で私を呼ぶようになりました。それから東南アジアでの発展が始まり、アメリカでの発展はその後からです。当初はほとんど東南アジアで発展し、主にフォルモサや中国人とのかかわりでした。シンガポール、マレーシア、タイと言っても、当時は、相手はほとんど中国人でした。これらの国では中国語が十分通じました。もしくは福建語か客家語で、とにかくみんな中国人だったのです。タイのある地方の言葉は中国のある地方の言葉と全く同じです。タイの北方の言葉と中国雲南省のある地方の言葉が全く同じである事を発見した人がいます。彼らは互いに話が通じるのです。これは、中国人が昔タイに住んでいた事を物語っています。それからシンガポールでも中国語が通じます。
 私はここに来たばかりの時、中国語はできませんでした。ただ「ニーマハオ!」(正しくは「ニーハオマ?」)(笑い)だけしか知りませんでした。こちらの言葉はさっぱりわかりませんでした。時々寺院に行くと、そこの老菩薩たちが「阿弥陀仏、阿弥陀仏、阿弥陀仏」と唱えているのを聞いて、私は「おかしいなあ、どうして朝から晩まで豆腐、豆腐と言うのかしら?」と思ったものです。後になって、阿弥陀仏を中国語ではオーミートゥオフォーと発音する事がわかりましたが。その後すぐに中国語を覚える事ができました。それは私が中国人を好きだったからです。みんなは私にとてもよくしてくれました。兄弟のような気持ちでした。おそらく前世から縁があったのだと思います。私たちは言葉が通じなくても互いによくわかり合っていました。後にフォルモサに住んで、必要に迫られてみんなから教えてもらって少し中国語ができるようになり、今でも少しできます。他の国に行っていてもまだ忘れていません。ただしばらく中国語で話していませんので、すらすらとは出てきません。私が一番得意な言葉は英語です。オゥラックの言葉もあまり上手ではありません。長い間話していませんので、忘れてしまったのです。

東南アジアでの発展

 こうして私たちは続けていきました。後にフォルモサにたくさんのセンターができて、みんなが自ら進んで連絡担当の係になってくれたので、たくさんの拠点ができたのです。その後各国で、特に東南アジアで拠点ができました。先ほど議長から、主に東南アジアについて話すよう言われましたので、他の国の事はさておいて、東南アジアについてお話ししたいと思います。私たちは多くの国々に――東南アジアやアジア各国に連絡拠点ができました。ますます多くの人に知れ渡り、連絡拠点もますます増えて、そしてますます大勢の人々から私に会いたいという要望が出てきたからです。私一人では多くの所に行かれませんので、彼らはビデオ撮影をしたり、テープに録音したりして広めましたらますます広まり、その後、さらに本まで印刷するようになりました。というのは来られない人がいますので、本を印刷する必要が生じたのです。その後、雑誌も発行するようになりました。こうして自然に発展してきたのです。

 私たちのいわゆる連絡拠点は立派なものではありません。ほとんどがごく普通の建物で、プレハブのものもあります。決して立派というほどのものではありません。私たちは立派なお寺などは建てていません。そういう事はあまり重要視しないのです。しかし同修たちは、建物があまりにもみすぼらしいので、自分たちであちこちを修理したりして、少しはきれいに見えるようになりました。以前、私たちはみんなテントに住んでいました。陽明山には今でも私のテントがあり、たまに帰って来て時間がある場合は、そこに行って休んだりします。私たちは何かを建立しようとか、何かを建設しようという考えはありません。ただ場合によってそれらが自然にできるだけの事です。

議長:マスターに教えていただきたいのですが、私たちの手元に、アソシエーションから提供していただいた資料があります。みなさんもマスターのお話を聞きながら20頁をご覧ください。そこにマレーシアに関する内容があります。マレーシアはほとんどの人がイスラム教徒ですが、あなたはどのように活動を展開し、あなたの方法を紹介したのですか? これは多くの人が成し遂げられなかった事です。どうぞ!

SMCH:多くの中国人はわりあいに伝統的です。私たちの観音法門は宗教を問わず、頭にかぶるベールをおろす必要も、お寺に行って拝む必要もないものです。私たちがすでに申しましたように、この観音法門は自分の内在の神性、内にある自分の天国を見つける事ですので、誰がいかなる宗教を信仰していても全く関係ありません。私たちがメディテーションをする時、さまざまな宗教を持つ同修がいて、彼らはそれぞれ違った服装をしています。イスラム教徒はイスラム教の服を、仏教の僧侶は自分たちの僧服を着て来ます。僧侶もまたいろいろな国の人がいてさまざまな服を着ています。小乗仏教の僧や大乗仏教の僧もいれば、中国の僧や韓国の僧もいるのです。彼らはみなそれぞれ違った服を着ていますから、それこそ色とりどりです。みんなはもう慣れています。各自が内面に向けてメディテーションをするだけで、宗教の事については全く口にしません。そして自分の中で理解して、さらに良いイスラム教徒や仏教徒やクリスチャンになってゆくのです。みんな愛に満ち、幸せに満ちています。ですからこの外見、つまりいわゆる伝統は、私たちにとっては妨げになっていません。むろんマレーシアやその他のイスラム教国家では、先ほど議長がおっしゃったようにフォルモサのようには簡単にいきません。一定の制約があります。けれども政府が私たちに対して何かの制約をしたというわけではありません。政府もわりと開放的でした。イスラム教徒が自ら来たのであれば、何の問題もありません。私たちは家々を訪ね歩いてノックしたりなどはしませんでした。何もしていません。彼らは自ら来たのです。というのは講演に際し、私たちは「イスラム教徒は来ない方がよい」とはっきり記したからです。(笑い)


議長:インドネシアの場合ですが、周知の通り、あそこは中国人を排斥する国であります。(SMCH:以前はそうでした)1992年当時、マスターはそこで講演をなさっていますが、彼らはマスターたちを受け入れてくれたわけです。みなさんのお手元の資料の21頁に、1992年3月、インドネシア政府はSMCHの講演を許可し、しかも問答形式で行う事も許しています。当時の事についてご説明くださいませんか? 1992年当時はちょうど中国人を排斥していて、中国人はインドネシアでは入国禁止になっていたのです。(SMCH:そうです、そうです)当時私もインドネシアに行きましたが、あらゆる中国語の本は持ち込みが禁止されていました。そういう中でどのように普及活動をしたのですか? どうぞ!

SMCH:私は英語で講演しました。でも思い出させてくださってありがとうございます。私はその事をすっかり忘れていました。議長の話を聞くとまるで物語のようです。(マスター笑う)

議長:そうです。私たち近代史研究所の者は、みな物語を聞くのが大好きです。ですからぜひどうぞ聞かせてください。

SMCH:そうですね。けれども、もうだいぶ前の事ですから。私は自分が話した事をすぐに忘れるタイプです。言い終わったらすぐに忘れます。もし昨日の講演で何を話したのですかと聞かれても、すっかり忘れてしまっています。けれども話の内容をちょっと見れば、少しは思い出せます。

議長:ではマスターの話をみなさんによく聞いていただきたいと思います。

SMCH:けっこうでしょう。当時、中国人は本当に気の毒でした。私はそこに着いて彼らの話を聞き、涙が出てきました。けれども良い事をすれば必ず善の報いがあるものです。徐々に、すべてが公正に手配されるのだと思います。みなさんもご存知のように、今では中国人はあそこでだいぶ楽になっています。これも神の手配です。ですから人に誤解されたり、いじめられたりする時は、中国人のあの忍耐力と寛容さを手本にしていれば、神はすべてを面倒見てくれるものであるとわかるでしょう。遅かれ早かれ、神は公正に取り計らってくれるのです。
 当時中国人は、中国語を学ぶ事も話す事も許されず、英語かインドネシア語しか使ってはいけなかったのです。ただ、家庭内では中国語で話す事は許されていました。私たちの修行仲間の一人はお金持ちで、大きな家があって私を自宅に招いてくれたので、みんなで彼の家に行きました。部屋はとても広かったです。今のこの部屋と同じぐらい広くて、他にも部屋がたくさんありました。そこでは私たちは中国語で話せました。外に行って公的な場所で講演をする場合は英語で話さなければなりませんでした。私はその地の法律を破るような事はしません。入国した以上はそこの状況に合わせなければなりません。こんなふうでした。けれどもとても順調でした。

議長:では次に、タイでの状況についてお話しいただきましょう。みなさんは資料の21頁をご覧ください。1994年に、マスターはタイの宮殿でシリントン王妃とお会いになっていますが、当時の状況についていろいろご紹介いただけますか。

SMCH:私たちが講演した後、王室の方々もそのニュースを知ったようです。私たちの修行仲間の誰かと知り合いのようで、私もどういう背景だったのかよくわかりません。誰かに招かれれば私はそこに行くだけです。ほとんどは私たちの同修が手配します。「マスター、明日誰々さんがどこそこにマスターをお招きして、何々をします」と言うと、時間があれば私は承諾します。当時、タイで何かの災害があって、私たちはいくらかの救援物資を寄贈しました。(議長:毛布とかセーターなどです)そうです、そうです。たくさん寄贈しました。その時だけではありません。おそらく、それで王室が私たちの貢献を認めて、会ってくださったのでしょう。たいへん光栄な事です。私たちはプレゼントを用意して殿下に渡しました。その後もう一度会いたいとおっしゃってくださり、手配するとの事でしたが、私は時間がありませんでしたので、お詫びしてお断りしました。当時私はちょうど他の事をしていました。タイの王室の方たちはとても謙虚で友好的です。妃殿下はとても純粋で、会った人はみな好きになるような方です。飾らない、ありのままの人で、あまりおしゃれもしていませんでした。国民にとても愛されていて、私も彼女がとても好きです。けれども、残念ながらもう一度お目にかかる時間はなかったのです。

議長:みなさん、22頁をご覧ください。1992年のタイでの活動状況です。(SMCH:これはタイに関するもので、たくさんあります。タイに関するものは本当にたくさんあります)タイに関するものは多いですね。この資料によりますと、タイのチェンマイで世界菜食大会を行っています。タイにはどれぐらいのセンターがありますか? (SMCH:まあ、それはたくさんあります)チェンマイセンターについてご紹介いただきたいと思います。チェンマイとかチェンライ、バンコクあるいはその他にもセンターがあるのですか?

SMCH:あります、あります。ハチャイ、コンケン、バンコク・・・全部はっきりとは覚えていません。同修の方が知っています。私はただ行ったり来たりするだけで、たくさんは覚えていません。私は時々、仕事を大急ぎでこなしますので、毎日時間の事を覚えていないのです。今日も電話をしていて、今日は何日で、何時に何をするのか、今日日本に行くのか、あるいはフォルモサなのかと聞くわけです。時にはとても忙しいため、荷造りをして一人で行くのは大変です。かと言って大勢の人を連れて行くとたいへん目立ちますので、だいたいこっそり行くのが好きです。ただ仕事が多いため、時々忘れます。一番よく覚えているのはコンケン、ハチャイ、チェンマイ、バンコクです。まだありますが忘れました。そこにも修行仲間がたくさんいて、彼らはタイ語を話します。一部の人は中国語を話しますが、通訳もとても上手です。私が初めにそこに行った頃は、一部の中国人は中国語で話せませんでしたが、後に私の録音テープを聞いて中国語で話すようになりました。授業料をもらわなければなりませんね! タイの人たちはとても優しく、修行者をとても尊敬しています。修行している人にはひざまずいて、お花などを供養したりしますし、とても謙虚です。

議長:はい。それでは次にシンガポールについて見てみましょう。1991年にすでにシンガポールで活動を展開していますが、その頃、シンガポールにはオゥラックの難民たちが確かにいたと思いますが。(SMCH:数百人いました)当時はどのような状況だったのでしょうか? 1991年4月ですが。

SMCH:私はそこに行ったついでに難民に会いに行き、彼らに少しばかり必要な物を買ってあげただけです。講演の方が主な目的でしたから。当時大勢の人が来て会場は満員になり、歩く事もできず、たくさんの人たちが廊下や階段に座って聞きました。昨日、ここでも同じ状況になりました。昨日はもっと多く、本当に大勢の人が来ました。(注:5月5日の、フォルモサ桃園ドームでの講演を指す) その後はとても順調でした。シンガポール政府はとてもおおらかでしたし、シンガポール人の内在の精神性は非常に高く、私たちをすぐ受け入れてくれました。そしてとても清潔な国で、国民はみなよくルールを守っています。シンガポールではチューインガムを路上に吐き捨てると500ドルの罰金が科せられるそうです。彼らの修行も非常に安定していて、修行したいと思ったらすぐ修行し、教理も聞くとすぐにわかります。シンガポールの人たちは本当に智慧を発揮しています。私はとてもうれしく思いました。

議長:彼らにわかってもらうための最も大事な方法は何ですか? 要領は何ですか?

SMCH:私はただ思うままに話をするだけです。(笑い)

議長:しかし、私が思うままに言ってもわかってくれないと思います。

SMCH:彼らは聡明なのです!(笑)

議長:では次にフィリピンについて教えていただきましょう。1991年4月にフィリピンのオゥラック難民を支援していますが、マスターはなぜベトナムをオゥラックと呼び換えているのですか? これが一つめの質問で、二つめの質問は、フィリピンではマスターに市の鍵を贈呈し、マニラ市の名誉市民になっていますが、彼らはなぜこういった事をしたのでしょうか?

SMCH:私にもわかりません。私がフィリピンに着いた途端にそうなったのです。誰かが、私はどういう人で、ここに何をしに来たかなどと紹介したので、市長は私たちを招いてくれたのだと思います。そしてあの鍵をくださいました。あの時とてもきれいな鍵でしたので、記念にと思ってとっておきました。けれども、ドアは開けられません。(笑い) 初めて鍵をいただき、すごいと思いました。私は家もありません。その時私はテントで暮らしていました。いただいた鍵はとてもきれいに包装されていました。後にたくさんの鍵をいただきましたので、何とも感じなくなりました。それを一つひとつ並べて飾りものにしました。アメリカではいくつもの鍵をいただきました。もしあなたがお望みなら、一つ差しあげます。(笑い)

議長:これは現地の政府からの物でないと意味がないのですが、しかしマスターからの物なら受け取ってもいいですよ。(SMCH:分け合えばよいのです)わかりました。では次にオゥラックの部分を見てみましょう。たくさんお話しいただきたいと思います。マスターはオゥラック出身です。次の部分でオゥラックについて紹介したいと思っておりますので、どうぞ!

SMCH:あの時、私がフィリピンに行ったのは、オゥラック人の代わりにフィリピン政府に彼らを受け入れてくれるよう話し合いをするためでした。その後受け入れてくれました。残った5千人を全部受け入れてくれました。フィリピンの人たちはとても善良です。国はまだ貧しいものの、とてもおおらかでした。そこでおとといは彼らの所に行ってあいさつし、私たちの感謝の気持ちを表しました。オゥラックについてですが、昔はオゥラックと言っていたのです。楽しい方がいいではありませんか。オゥラックの方が彼らに好運をもたらしてくれると思います。私は響きのよい名前が好きです。私はデザイナーですから、きれいでおしゃれなものが好きです。ですから聞く場合も美しいものを求めます。台湾も、台湾とは言わないでフォルモサと呼び、私たちは書く時も全部これで通します。みなさんご覧になればわかると思います。私たちはみんなフォルモサと呼んでいて、台湾とは呼びません。たまには忘れますが。

議長:オゥラックに戻りたいと思いますか? 水害で二百万人が被害を受けていますが、マスターはどれぐらいの金額をかけて彼らを救援したのですか? この資金はどこからきたのでしょうか? 実生活に必要な問題も非常に重要だと思いますので単刀直入に質問しました。

SMCH:もうずいぶん時間がたって私も忘れてしまいました。言いたくないわけではありません。どれだけの国にどれぐらいの物資を送ったか覚えていません。誰か覚えている人はいませんか? 私はみんな忘れてしまいました。

議長:私の言っている意味は、これらの資金は募金をしたものか、それとも・・・(SMCH:お金はどこから来たかという事ですね)お金はどこから来たのか、そうです。

SMCH:まあ、銀行に行って引き出しました。(笑い) 仕方がありません。あんなに多くのお金を家に置いたら危ないですからね。(笑い) ほとんどは私たちが仕事をして得たもので、私は自分で洋服をデザインしたり、物をデザインします。当時は、私は衣服をデザインしていました。今はもっと高級な衣類をデザインしていますが。その時は小物をデザインしたり、帽子等を編んでバザーをやって売りました。私たち修行者は菜食をしている上、1日に1回か2回の食事をし、非常に簡素な生活をしています。着る物はその頃はまだ少なく、2、3枚しか持っていませんでした。それからテントに住んでいました。そこで稼いだお金がたくさん残り、それによって彼らを支援したわけです。同修の中には、救援物資を自ら被災地に持って行った人たちもいます。私たちは修行仲間から寄付を受け取る事はしません。もし寄付したければ、直接被災した国に持って行くようにします。フォルモサの同修もフィリピンや各国、各地に資金を援助しました。ですからフォルモサは、今はとても有名です。苦難を助ける所となっています。彼らはみなフォルモサの団体と呼んでいます。

議長:この部分についてはThe Supreme Master Ching Hai インターナショナルアソシエーション(以下SMCH I.A.)のみなさんに補足説明をしていただきたいと思います。この資金はどこから来たのか、どのように募金し、使ったのか、これはとても重要な問題です。次の総合ディスカッションの時、私の方からまたこの問題を提起したいと思います。ここにアソシエーションの主だった責任者が出席していると思います。貴重な時間ですので、次はカンボジアに移りたいと思います。カンボジアの様子はどうだったのですか?

SMCH:カンボジアはその時、全国が知るようになりましたね。フォルモサのみなさんも貢献しています。私たちの団体だけではありません。一人が少しずつお米を提供して、全部合わせるとたいへんな量になったのでそれを送りました。たくさん送りましたが、私はもう忘れました。本当です。やり終えたら忘れてしまいます。6千トンだったでしょうか。新聞に書かれています。それを送りました。その頃、カンボジアは長い間災難続きで人々は飢餓状態にあり、お米を作る事もできませんでした。今は問題ありません。彼らは私たちが贈ったお米を少し残し、それを種にして植えました。カンボジアの首相が私に「ご報告します。私たちはみなさんのお米をたくさん植える事ができました。今はもっと多くのお米がとれるようになりました」と言ってきました。ですから私たちはその時の災害だけを支援するのではなく、後々まで支援し、子供たちやお年寄りたちも十分食べられるようにしたのです。彼らは非常に私たちに感謝してくれています。フォルモサの修行仲間もそれ以外の人たちも一緒になって援助した事に対し、感謝しています。

議長:最後の質問になりますが、カンボジアに関する事です。資料に1996年第六項目にリトリートについて書かれていますが、リトリートとは何なのかを説明していただけますか。簡単に紹介してください。

SMCH:私たちは毎年少し時間をさいて、静かに座って自分を振り返ります。神は心にあります。私たちが心でそれを知るためです。リトリートとはこういう事です。すべてを置いて3〜5日、あるいは7日間、状況に応じて決めますが、メディテーションをします。すべては神性のために、あるいは内在の神のために集中するのです。これをリトリートと言います。毎年ありますが、いろいろな国で行います。最近はタイで行いました。数日後に韓国でも行います。私たちがこのようにするのは自分のためであり、世界平和のためです。みんなが心を合わせると力も大きくなり、祈りやすいのです。リトリートというのはそういう事です。

議長:もう35分が経過しました。前半は、このように東南アジアの中国人について簡単に私の方から質問を提供し、マスターに説明をしていただきました。後半は、台湾大学の阮芝生教授に評論をお願いいたしましょう。(拍手)

学識者による評論

阮教授:本日はSMCH自らこの会場においでいただき、私もみなさんと同様に、たいへん気合いが入っています。主催者側を始め、多くの人はマスターが本当に来てくださるとは予想できなかったと思います。今日のテーマは「SMCHの観音法門と東南アジアの中国人」ですが、次に私が話す主な内容は、私たちの手元に配られた論文に沿って進めたいと思います。テーマは2つの部分に分かれていますが、その中の東南アジアの部分についてはこの会場に多くの専門家がいらっしゃいます。議長の朱さんは海外の中国人を研究しておられます。特にインドネシアの華僑や宗教についての著作もあります。その他台湾宗教学会や東南アジア研究企画所の研究者のみなさんも、私以上にこの問題に詳しいと思いますので、私がこれからお話しする内容は、主に論文の中の、SMCHの観音法門の部分についてふれたいと思います。
 私は事前にSMCH I.A.が提供してくださった論文に目を通しました。また、先ほどマスターの講演を直に聞いて感じたのは、観音法門およびこの団体のリーダーはとても特殊である、つまり他と違った部類に属すると思った事です。本当に違うのです。その言動は、私たちのこの社会が熟知しているいわゆる常識やしきたりに必ずしも合っているとは言えません。これらのしきたりから抜け出し、超越したもので、非常に特殊であると言えます。だからこそ、人々が固定観念や現存のしきたりによって理解し、規範化し、分類する事がとても難しいのだと思います。ですから世の中の人たちの目から見たSMCHは、他の宗教のリーダーと大きく異なるのです。
 SMCHはアジアの女性でオゥラック人ですが、中国語、英語、オゥラック語に加えてドイツ語、フランス語を駆使して全世界で講演と対談をなさっています。彼女は世界のさまざまな宗教の教典に精通し、一般的なわかりやすい言葉で奥深い真理を述べています。彼女はまた、さまざまな人種や宗教の信徒に印心を与えながら、彼らのそれまでの信仰を変える事を求めません。彼女は主に、超世界の解脱法を伝授しながら、世の苦難を思いやり、時には縁に従って救援活動や慈善活動を行っています。彼女が伝授する観音法門は非常に簡単で、好奇心を引きますが、話によるとこれは最も神秘的で、最も古くからの方法だそうです。彼女は弟子たちに、五戒を守って一生完全菜食をし、毎日2時間半のメディテーションをするよう教えながら、一方では中庸を提唱し、偏らないよう教えています。また弟子たちに真善美の生活を送るよう求めています。彼女自身、講義をして真理を広める活動をしながら、一方では作詞作曲し、楽器を操り、歌を歌い、絵を描き、菜食料理を作り、菜食料理の本を出しています。(SMCH:これは中国人にとって、とても大事な事です!)また衣類やジュエリーのデザインをし、芸術作品展を開き、ひいては世界の有名な都市でファッションショーや音楽会を開催するなど、修行者である事を気づかせないばかりか、それを疑ってしまいがちです。(笑い)
 彼女は世界各地に金銭的、人的支援を行って、物質と精神の両面において困っている人々に力を貸しながら、お寺や教会は建てず、供養も受け取りません。各地の弟子や信奉者たちが彼女を長く引き止めたいと願っているにもかかわらず、全世界を歩き、決まった住居はありません。自分を固定した場所に縛りつけたくないのです。彼女は人類を愛し、身も心も人類のために尽くしていながら、時には愛情が深すぎて、「人をののしるマスター」と呼ばれた事もあります。また、世の人々が末法の時代だと口ぐせのように言い、世界の終末の恐怖におびえている時、彼女は、人類は黄金時代に踏み出していると言っています。話によると、彼女はヒマラヤの奥で完全に悟りを開いたとの事です。しかし彼女は、印心を受けた人は山に入って苦行する必要がなく、家で修行していても悟りを開けると言っています。彼女は数百、数千人の弟子たちを引きつけ、彼らを連れて地球上を飛び回り、世界各地で国際リトリートを行っています。(笑い)(SMCH:私たちには超能力がありますよ)この国の人全部が行くよりもっと多い人数です。(笑い)(SMCH:私たちは神通力を習っていますよ、先生!)その規模は数千人にも達します。時には各国の政界人とも接し、慈善活動や救援活動を行っていながら、自分は生まれつき恥ずかしがり屋で、簡素で自由自在な生活が好きだと言っています。また、その国や場所に合わせて自分がデザインした華麗な服や各国の伝統衣装を着て、千面女のようにさまざまな姿で現れるのでよく人々に誤解され、非難されますが、それでも変えようとせず、何も言わずにがまんして自分の役割りを演じ続けています。総じて言えば、彼女は最も古い方法を伝授すると言いながら彼女自身は最もモダンで(笑い)、弟子たちにもモダンな修行者になるよう求めているのです。
 これら枠からはみ出た、超越した、一般的でない行動は人々の視野を大きく広げてくれました。しかしその一方では、世の中の人たちには理解ができない事もあります。世間の人たちが理解しにくい、あるいは疑問を持つ事はよくわかります。しかし、私たちは彼女が物質と精神の両方において善を行い、向上するよう教えている事を認めざるを得ません。消極的でマイナスの部分はないのです。ですから社会の一般の人々や宗教の研究者、または修行者にとっては、SMCHと観音法門は、少なくとも別の新しい情報と選択を提供しているのだと思います。しかも、これはどうみても利点の方が多いのです。(笑い)(SMCH:ありがとうございます)解放された多元的な社会は、さまざまな、害のない珍しい物を歓迎しています。Supreme Masterの、このようないろいろな行動について、私たちはみな新鮮な珍しさを感じると思います。ひいては彼らの多岐にわたる新鮮な貢献によって社会にさまざまな自由な選択肢が提供され、文化的生活がより多彩なものになったと思います。最後にSMCH 、常に神とともにあって、フォルモサや大陸の人民や全人類を代表して、神様によろしくおっしゃっていただければありがたく思います。(拍手)
 次に、いくつかの質問をしたいと思います。一つめは観音法門という宗教の本質、あるいは定義と関係のある事で、この中には3つの質問があります。第一は、社会一般の人々や宗教研究者たちは観音法門を新興宗教とみなしています。主催者側もChing Hai教団と呼んでいました。そこでお聞きしますが、観音法門は宗教でしょうか? これが一つめの質問のうちの、最初のものです。

宗教はもともとみな観音法門から来たものである

SMCH:観音法門は宗教ではありません。けれどもすべての宗教は観音法門から来たものです。この世界にはすでにたくさんの宗教がありますので、私はもう一つの宗教を作りたくはありません。最初から考えた事もありません。そうしようと思ったら、とっくにしたはずです。教主と言えばちょっと響きが良いですからね。(笑い) 観音法門を修行するというのは私たちの本来の姿に戻るという事です。しかし一般の宗教は、みな古代の人々の体験を言っているだけです。例えばイエス・キリストは修行してどのような能力があって、どんな神通力があったとか、そして神と一緒にいるとか、彼の弟子たちが修行してどういう能力を備えたとか、神と一緒になれたなどです。あるいは、釈迦はこれを修行した結果、何々を得たとか、そして成就したので釈迦の弟子もこれを修行して成就したなどなどです。私たちの観音法門も、人々に彼らと同じ道を歩ませています。ですからすべての宗教は、元々みな観音法門の修行から来たものなのです。イエス・キリストがこの世に来たためにキリスト教と呼び、釈迦が来たので仏教と呼ぶようになったのです。こうして多くの宗教を生み出してしまいました。お願いですから、私が死んだ後にChing Hai教と呼ばないでください。(笑い)

阮教授:そうですね。社会の人々と宗教研究者たちは、みなさんの団体を観音法門あるいはChing Hai教団と呼んでいますが、あなたはChing Hai教団という呼び名を受け入れますか?

SMCH:むろんみなさんにはどんな呼び方もする権利があります。ただし私たちは非常にシンプルに考えていて、自分で自分を認識するだけの事です。ですから私たちはもう1つの他の宗教を作って社会に影響を与え、もっと多くの宗教紛争になるのを恐れています。私たちは自分の神性を認識するだけで、自分の内面の最もよい性質を認識するだけの事です。ですから何も名札をかけておく必要はないのです。実際に私たちはそう思っています。けれどもみなさんがChing Hai教と呼ぶのはかまいません。私たちは自分の名刺にそれを書いたりはしませんが。

阮教授:第2の質問は先程の事と関連するものです。あなたは以前、自分はどんな宗教にも属さないとおっしゃっていますが(SMCH:そうです)観音法門とその他の宗教とはどんな関係がありますか? 先程の質問への回答で、すでにお答えになったかもしれませんが、さらに深くご説明をいただきたいと思います。

SMCH:もう少しつけ加える事もできます。先程も言いましたように、本来宗教は存在していなかったのです。例えば、釈迦がこの世に来る前には仏教はありませんでしたし、イエス・キリストが来る前にもキリスト教はなく、ムハンマド(モハメッド)が来る前は、回教は存在しませんでした。つまりすべてのいわゆる悟りを開いた人は、神の意志によりこの解脱の方法を伝授し、すでに「家」に帰る用意ができた人に伝えるのです。後になって、彼らのマスターや信徒が亡くなると、後世の人たちは彼らの師と弟子たちが何を教えていたかがほとんどわからず、引き続き教え伝える事ができなくなったわけです。そこで偶像を崇拝し、言葉による、いわゆる教理を崇拝するようになったので、「以心伝心」によるパワーはありません。こうして1つの宗教ができるのです。観音法門は元々最も古い「家」に帰る唯一の方法です。家に帰る道はたった1つしかないのです。そういう事です。

阮教授:わかりました。第3の質問です。フォルモサにも海外にも、観音法門と称する名前があり、伝授する事もありますが、あなたが伝授する観音法門とは特に違った点はあるのでしょうか? というのは今日のテーマは「SMCHの観音法門」ですので。

SMCH:まあ、これは彼らがそう称しているのです。観音法門とは私たちが自性を顧みる事です。つまり内在の音流を観る事です。この音流が本性であり、神性です。ですから他の団体でこれと同じものを教えるとしたらそれも「観音法門」と言えます。もしくは、彼らは別の名を使っているかもしれません。「音流」とか「神の内在の音」とか「THE WORD」と呼ぶかもしれません。もし私たちに内在の神性を聞き(あるいは内在の天国とも呼ぶ)、内在の光を見せてくれるなら、同じ方法である事を示しています。

阮教授:ありがとうございます。先程の第2の質問は、団体組織に関するものです。私たちの知る限り、古くからのカトリックにしても、新興の一貫道にしても、例えばカトリックはローマ教皇から宣教師の間に、枢機卿、大司教、司教、司祭があり、一貫道にも師尊、師母、道長、点伝師、壇主、引保師など、みな巨大な教会、教団組織があり、厳密な階級や肩書きがあります。ですから動員する際は能率が高くて速いのです。しかし官僚体制に似かよった行政システムが成り立ちやすい事もあります。これは私たちが一般的に知っている情況です。そして観音法門の門徒は、今は全世界にいて、実際の人数は私はよく知りませんが、少なくとも数十万人はいると思います。その数字はよくわかりませんが、今後さらに増えてゆくと思います。観音法門の団体を観察する時、論文資料を見た限りでは、マスターとあなたの弟子たちの間には「観音使者」という、比較的正式な名称の存在があるだけです。これを見ると、目下の観音法門は厳密な組織を持つ団体ではないようです。このようにあまり厳密でない組織が有効に門徒を動員して大規模な普及教育活動を行う事はできるのでしょうか? 特に長い間持続できますでしょうか? 現在見たところではできるようです。というのは、毎回集会を催す規模は非常に大きいからです。これは主に指導者本人の魅力からだと思います。しかし、これで長続きできるのでしょうか? マスターにお尋ねしますが、この問題についてどう思われますか。あるいは何かご感想はおありでしょうか?

SMCH:ありがとうございます。あなたの質問ははっきりしていますね。(笑い) 隙がありません。たぶん悟りを開いた方なのでしょう。私たちは組織とか、あなたがおっしゃった、いわゆる官僚的な地位は信じていません。観音使者というのも便宜的にこう言っているだけで、人々に、彼らが観音法門を言葉で伝えるられるのだという事をわかってもらうための名称です。ただし、内面の、本当のメッセージの伝達は、静かな、言葉を発さない中で行い、神から内面に対して心で伝えます。観音使者が伝えるものではありません。観音使者は、彼らに説明してもらうというだけの事です。ですから「使者」と呼ぶのです。私たちはたくさんの、しかもりっぱな名称は好んでおりません。私一人が「Supreme Master」、つまり最高の師という名称に耐えるだけで十分です。みんなが外で非難されずにすみます。私たちは謙虚になるよう強調し、自分で修行し、外面的な何かの地位を求めているわけではありません。ですから私たちの団体では、仕事をする人は多くても名前を書き記しているものはあまり見当たりません。誰々さんが何をした、などとは書きません。例えばスタッフの中でも撮影グループはたくさんの仕事をしていますが、自分の名前は書き残していません。大勢の人がサンプル本や書籍を作っていますが、誰が印刷したかなどと書き記していません。時々、国によっては名前を表記しなければならないという法律があって、それで書き記す場合はあります。このように、なるべくみんなに知られないようにするのです。人に知ってもらったので、公開せざるを得なくなったのです。地位といったもののためにやっているのではありません。みんなは自分の内面の偉大さをよく知っているので話す必要もないのです。

阮教授:そこでプレッシャーはマスター一人で耐えていればいいというわけですね。

SMCH:この方が良いのです。みんなが自由でいられますから。

阮教授:私の質問はこれで終わります。朱教授。

議長:すばらしかったです。阮教授のすばらしい評論と質問に感謝します。そしてマスターの奥の深いお答え、ありがとうございました。次は会議のスケジュールを少し調整したいと思います。会場のみなさんの中にも、きっと大変興味を持たれ、マスターにいろいろな見解を伺ったり質問をしたい方がおいでかと思います。コメンテーターへの質問もよろしいかと思います。次にみなさんにこの場を開放し、質問していただきます。はい、そちらの女性!

問:さっきの議長の質問について、引き続き伺いたいと思います。つまり、SMCHは、自分は供養を受けないと強調していますが、彼女は世界各地であれだけの善行をされていて、それは決して少しばかりの資金でできるわけではありません。先程、自分は帽子を編んだり洋服をデザインしているとおっしゃいましたが、それは弟子に向けて売っているのですか? それとも一般の人に売っているのでしょうか? その売り上げであんなにたくさんの難民を助ける事ができるのでしょうか? あるいはアメリカの水害や東南アジア各地の天災や人的災難にあった人を支援する事ができますか? これらの資金源について、もっと説明していただけませんでしょうか?

SMCH:私本人は、提供されたものを受けとる事はしません。しかし、被災民が現れた場合、弟子が直接難民に届けるとしたら私たちの物と一緒にして、一つにして送ります。弟子たちも貢献しています。みんなが一緒にやっています。 次へ