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| いらっしゃいませ、橋本 純でございます。 なぜか、戦争ものの小説がどっさりと書いてまいりました。 別に戦争が好きなわけではありません。 単に戦史を読むのが好きだったんですけど、気付いたら、これが仕事になってました。 まあ、私が書くのは、シミュレーション小説というものです。 歴史を捻じ曲げるのが商売ということですね。 これって、一種のゲームであろうと思うのですが、作品を書いているうちに、どうも作者と 読者の間にギャップがあるのではないかと思えることがしばしば…… 私は小説を書いているのです。 話としての整合性こそが、作家にとっては命です。 そのためには、自分で事物を想像する権利が作家には与えられています。 ところが、シミュレーションファンを自称される方の中には、こうした作者の都合を 批判する変な人が居るのです。 元々嘘の塊なのに、その中のここが嘘だからおかしい。 ちょっと間違ってないですか? 単に、歴史に忠実な事柄だけで、シミュレーションするなら、小説である必要性は無いですよね。単なるト書きでも、シナリオでも、年表でもいいわけです。 小説家が、自分の小説世界として書いている世界に、このスペックが違う、この兵器はおかしい、などという意味不明の批評をするのって、あなたは正しいと思いますか? もっと自由に、純粋に物語を読んで欲しいなあ。 特に私の作品の場合。 というのはですね、私には二つの持論があるのです。 まず、第二次世界大戦において、厳密にシミュレーションを行えば、日本の勝つ確率は0である。 第二に、どんなに社会構造を変革させても、当時の日本の資産では、まともな戦争ができるはず無い。つまり、史実以上の兵器を作るのは無理だった。 という話です。 このポリシーに従えば、読者の喜ぶようなシミュレーション小説は書けません。 だから、あちこちで力技を使っているのです。 これはもう、荒唐無稽の世界なのだと、最初から開き直っているのですよ。 そういうことをやっているから、必然的にストレスがたまる(^_^;) という訳で、このHPは、そう言った私の私的ストレスのはけ口でもあるのでした。 まあ、とりあえず、一読して、橋本 純の大ボケな頭の中身でも笑っていってくださいませ〜〜〜 |
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