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デュシャンの総て

Presented by Tatsuya Yoshimoto.

  本サイトでは、「武蔵野美術評論賞」(2001)入選「デュシャン読解入門」その他を、増補改訂し公開しています。

「クリティックの本道を行くもの」(港千尋氏)
「一定のレヴェルを越えた本格的研究」(高島直之氏)
 

ifountain@gemini.livedoor.com

 

 

デュシャン読解入門〔要旨〕


  本小論は、徹底した読解により、デュシャンの作品群と分裂症的書き物が織り成す迷宮について、多くの批評家が報告しえなかった、体系的思考の存在をはじめて立証し、近代的なデュシャン学の扉を押し開くものである。デュシャンには、20世紀美術史上の最大の謎として知られる、『彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁もまた』等、高度に集約的な三つの大作が存在するが、これらは完成された精神分析学的体系の見取り図であり、また、同一内容の三つのヴァリアントである。本小論では、精神分析学の最も有力な一派であるラカン派の基本的諸概念と、デュシャンの作品世界、特に三大大作の対応関係を可能な限り明解に示す事により、一見複雑に見えるそれらが、性的な享楽“裂口”と、それを埋め合わせる、言語的な享楽、つまり“ファルス”の単純な組み合わせに還元されることを明らかにした。

スキゾグラフィー  
  《射影》《雄の鋳型》《停止原基》といった、錯綜する透視図。この《停止原基》により作られる、《アルファベット》。改良された《照明用ガス》は斜面を下り、《花嫁》は裸にされる。理由は様々あるだろうが、周知のようにデュシャンの思想は、これまでアカデミックな研究の対象としては、その意義を十分に認識されずに来た。批評家たちは、ダダ・シュルレアリスムを代表する戦略家としてのデュシャンの存在を貴重なものと感じる一方で、思想家デュシャンには疑いのまなざしを向けてきた。デュシャンが奇才レーモン・ルッセルの戯曲を、外見上の手本にしたことを考えれば、その反映である諸テクストはスキゾグラフィー(分裂症的な書き物)と呼ぶに十分値するのだが、そこには批評家たちもはっきり気付いていた通り、欲動やリビドー、言語的表象といった、精神分析学的体系の中核部分がある。ルッセル風の演出とは裏腹に、それらはまったくの合理的構築物であり、今日権威ある枠組みに照らして標定することが可能である。フロイトが言うようにパラノイア的妄想が哲学体系のカリカチュアであるとすれば、そこにはちょうど半周分回転してパラノイア的妄想のカリカチュアとなった哲学的体系がある。  
         
神話的な主題
  デュシャンのスキゾグラフィーの一定部分は、ユングが「マンダラ」と呼ぶ、一連の神秘家的体験に特有の、法則や原理を記述したものと考えられる。ユングが「夜の航海」と名付けた主題、また視覚化されたリビドー備給について、デュシャンは記している。その下降過程は、《尻尾を前へ向けた彗星》《ヘッドライト》状の、《ニッケルとプラチナの純粋小児》であり、その上昇過程は、要するに方向転換しただけの同じ形状であるが、《ニッケルとプラチナをふりかけた小枝》状の、《斜面をロー・ギアで登る自動車》である。その限定された曖昧さによって、メディアとしては一編の詩であるマンダラは、われわれにとってはひとつの足掛かりを提供するものである。一方でデュシャンは、何であれある概念を図示するにあたって、限定された曖昧さから、全面的な一層の曖昧さへと突き進んだ。マンダラはある種の応用形式として、狂気さながらの、高度に無意味化されたメディアである、判じ絵を準備したのである。著者はラカン理論に依拠して、この判じ絵の内容を細部まで確定することに成功した。    
 
三つの大作と、共通の主題
  本小論は、デュシャン入門の最小単位として構想されたものであり、従来、つねに“謎の”と冠されてきた、高度に集約的なデュシャンの三つの大作、「彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁もまた」(通称「大ガラス」)、「(1)落水(2)照明用ガスが与えられれば」(通称「遺作」)、そして「おまえは私を」の共通主題の解明に特化したものである。また本小論は、「大ガラス」中に三系列の記号グループを分離し、その各構成要素を、他の二大作の構成要素と対応させつつ、順次辿ったものである。第1章は、大ガラスの上下二面のパネルの下側である《独身者の機械》中の、「橇・磨砕器」系列の解説に、第2章は、同パネル中の「鋳型・濾過器」系列の解説に、それぞれ充てられている。また、第3章は、上側パネル《花嫁》中に達する、「飛沫・射撃」系列の解説に充てられているが、これは実は本小論が主系列として認めるものであり、三作品に共通の主題の存在が、ここで明らかにされている。ちなみに各系列はそれぞれ、精神分析学上のある著名な概念に対応しているのだが、それはジャック・ラカンの「象徴界」「想像界」及び「現実界」であり、この各カテゴリーに対応する透視法、「換喩的連鎖」「小他者の心像」及び「想像的ファルス」である。

 


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