第11回 遺跡発掘調査報告会 2004年3月7日 リージョンプラザ上越
主催 財団法人埋蔵文化財調査事業団
上越市教育委員会
新潟県教育委員会
下割遺跡 所在地 新潟県上越市大字米岡字下割1205
調査期間 2003年4月〜11月
調査面積 1万4600u
報告者 山崎 忠良氏
遺跡の概要・立地
下記の第10回調査報告も参照。
今年度は、古墳時代、中世の調査を行った。中世の面は標高13.5〜14bで、中世の
面から70a下には古墳時代の面があり、遺跡の中央には埋没した旧河川道が見付かった。
遺物
古墳時代の遺物は土師器、玉類、木製品がある。土師器は古墳時代前期〜中期のもの
で、遺構包含層から出土しているが、玉類は管玉1点、紡錘車を転用した勾玉のみ完成品?
1点でした。木製品の漆器などがあり、そのほとんどは埋没河川から出土した。
中世の遺構物は土器・陶器類、石製品、木製品などがある。土器・陶磁器類では珠洲焼
の甕、壺、擂鉢が多く出土した。珠洲焼は多くの遺構で出土しており、年代は13〜14世紀
になる。瀬戸美濃産、中国産の陶磁器、漆器、箸・曲物などの木製品が出土した。
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下割遺跡出土品 土師器 甕 土師器 壺 左下 器台 |
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下割遺跡出土品 瀬戸物・皿、擂鉢、土器 青磁・皿(中国製) 木製品 匙、漆塗皿 |
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下割遺跡出土品 写真左 勾玉(滑石製) 写真右 管玉(凝灰岩製)
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下割遺跡出土品 礎板 柱穴の底に敷かれており 柱の沈下を防ぐための ものと思われる。 上越市一之口遺跡西地区 にも類例がある。 |
第10回 遺跡発掘調査報告会 新潟ユニオンプラザにて、2003年3月2日(日)
主催・(財)新潟県埋蔵文化財調査事業団 新潟県教育委員会
下割遺跡 所在地 上越市大字米岡字下割1205
調査期間 2002年4月〜10月
調査面積 6500平方メート
発表者 山崎忠良 以下は、事業団・山崎氏の報告発表より。
下割遺跡は上越市の東部、飯田側の左岸の自然堤防上に立地し、飯田側までの
距離は400メートル。標高13〜14メートル。上越三和道路法線外の北側は、上越市
教育委員会によって調査され、弥生時代から中世にいたる遺跡であることが判明して
いる。
遺構 掘立柱建物14棟、井戸24基、道路状遺構2基、溝などが確認され中世の溝
に囲まれた屋敷跡であることが判明した。
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遺物 古代の遺物 須恵器が主体 |
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遺物 中世の遺物 土器、陶磁器類、 中国産の青磁などが 出土した。 |
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遺物 珠洲焼 遺構から珠洲焼が出土 することが多いため、 遺構の年代は出土する 珠洲焼の年代と同じ 13世紀後半から14 世紀頃と思われる。 |
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遺物 近世の遺物 陶磁器がほとんど で、越中瀬戸、唐津、 伊万里の椀、皿など の日用品が主体。 |
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遺物 金属製品 小刀、古銭、古銭は 藁紐に通した銭緡の 状態で出土したもの もあり、その多くは 宋銭。 石製品 磨石、砥石、硯 |
今回の調査では、屋敷跡が確認されました。遺跡の周辺には溝をめぐる屋敷跡がいくつか
存在していたと思われる。これらの屋敷同士あるいは集落同士は道で結ばれ、人や物が
往来する中世集落の景観がうかがえる。
仲田遺跡へ行く
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