第11回 遺跡発掘調査報告会 2004年3月7日 リージョンプラザ上越
主催 財団法人新潟県埋蔵文化財調査事業団
上越教育委員会
新潟県教育委員会
峪ノ上遺跡・五反田遺跡
所在地 峪ノ上遺跡 新潟県上越市大字木島字峪ノ上52
五反田遺跡 新潟県中頸城郡板倉町大字米増字五反田44
調査期間 2003年4月〜11月
調査面積 峪ノ上1160u 五反田遺跡5680u
報告者 渡邊 裕之氏
峪ノ上遺跡
遺跡の概要・立地
峪ノ上(がけのうえ)遺跡は、関田山脈と頸城連山が接する頸城平野(高田平野が正式
名・編者注)の南端に位置し、東を関川、西を矢代川に挟まれた段丘上に立地している。
遺跡は段丘の先端に位置し、その名が示す通り、段差2bの崖が遺跡のすぐ脇を走って
いる。
北陸新幹線の建設に伴う発掘調査の結果、古墳時代後期(7世紀後半)の竪穴住居1基、
平安時代前半(9世紀中頃)の掘立柱1棟、溝5条などを検出した。調査区域外に遺構が
続いていることから、遺跡の中心が南側に広がっていると予想される。
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峪ノ上遺跡出土品 土師器 甕、高坏、杯など。 |
五反田遺跡
遺跡の概要・立地
峪ノ上の南東4qに位置し、関田山脈から流れる大熊川が形成した扇状地の中央部に立地
します。北陸新幹線建設に伴う発掘調査の結果、奈良・平安時代(8世紀〜10世紀)の建物群
の存在が明らかになった。
調査の成果
土師器焼成遺構からは、元の形を留めた土師器の碗が20個体以上出土した。出土状態
には、伏せたものとそうでないものとがあり、2枚重なっているものもあった。遺構の壁面は
焼けて硬くなり、土器の表面には焼成時の熱による破損が見られることから、土器を焼いた
遺構と推定している。
五反田遺跡からは大量の遺物が出土した。特に、愛知県猿投古窯跡群で焼かれた緑釉
陶器、灰釉陶器、中国製の白磁碗が出土したことは注目される。一般的な集落跡地での出土
例が少ないとされるこれらの遺物は、五反田遺跡で生活した人々の階層の高さを伺わせる。
「西」「万」「豊」「兼公」「寺」などの墨書土器が18点以上出土した。人名と思われる「兼公」、
新潟県内で、まだ数例しか発見されていない「寺」といった墨書土器が出土したことは、当遺跡
の性格を知るうえで有力な材料になると思われる。
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五反田遺跡出土品 須恵器 杯など。 |
台の上遺跡 新潟県上越市 会場に展示されていたもの。
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台の上遺跡出土品 須恵器、 土師器 甕、 土師器 須恵器 硯 須恵器 有台杯 |
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台の上遺跡出土品 土師器 杯、須恵器 硯、円面硯 平安時代後半(1100年前) 写真左下 石製紡錘車、土製紡錘車、砥石 写真右中から下 土師器 墨書土器、須恵器 墨書土器 墨書された文字 「万」 「寺」 「西」 「稲人」(人名) |
お聴きの曲(MIDIファイル)はヤマハ(株)から提供されたものです。
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