第11回 遺跡発掘調査報告会 2004年3月7日 リージョンプラザ上越
主催 財団法人新潟県埋蔵文化財調査事業団
上越市教育委員会
新潟県教育委員会
東原町遺跡
所在地 新潟県柏崎市東原町字下原22−2
調査期間 2003年4月〜10月
調査面積 2万8094u
報告者 山本 肇氏
遺跡の概要・立地
柏崎平野の北端、鯖石川と別山川の合流地点500b下流にあり、鯖石川左岸の自然
堤防上から西に広がる沖積低地に立地している。国道8号線柏崎バイパスの建設に伴う
発掘調査の結果、古代から中世前期(下層)、中世後半(中層)、江戸時代(上層)の遺物、
遺構が含まれる遺跡が発見された。
遺構
上層では水田跡、建物跡(2棟)、土葬による墓(3基)が検出された。墓と見られる遺構
には樽を棺に転用した例、銭(寛永通寶)などが副葬されていたものもあった。
中層では調査区の北側で集落跡、南側の沖積地で水田跡、畑跡が検出された。集落内
には埋納銭、珠洲焼の壺・甕が埋められた土坑、農具など生活用具の製作、修理を行った
とみられる小規模な鍛冶遺構も発見された。
下層では集落、水田跡が検出されたが、古代と中世では集落の区画の溝、建物の軸が
異なっていた。中世の軸はほぼ真北に統一され、古代は東に34度ずれていた。それが
自然災害によるものかその他の要因によるのかは検討中です。
遺物
土器、陶磁器類、鍛冶関連遺構(鉄くずなど)、金属製品、木製品、石製品などが出土した。
土器、陶磁器類で青磁、白磁などの陶磁器類の数は非常に少なく、土器が大半を占めて
いた。土器はほとんどが「かわらけ」と呼ばれる土師質土器の皿で、その多くが土坑、ピット
にまとめて廃棄されていた。
特に土坑(SK」106)からはほぼ完形品の皿が200枚出土した。口径の大きなものと
小さいものに大別され、灯明皿に使用されたと思われる痕跡の見られたものが10枚ほど
ありましたが、大多数は使用による器面の傷みがほとんど無いことから、使用期間は
短かったと考えられ、祭祀、宴に使用された後、土坑に一括投棄されたものとみられる。
鍛冶関連遺物としては、鉄滓(鉄くず)、砂鉄などが多量に出土した。
木製品は遺物全体の2割ほどで。箸、椀、柄杓など食生活に関わるものが中世の井戸
から出土した。江戸時代では、墓からは木製の数珠、鍬形が出土した。
埋納銭
調査区の北側、豊田橋近くの道路付近で直径、深さ共に50aの土坑から古銭の入った
壺が出土した。この壺は、14世紀前半に作られた珠洲焼で、大きさは口径20a、胴部の
最大径30a、器高37aでした。壺には木の蓋がかぶせてあった。
壺の中には1万674枚の銭貨が入っており、ほぼすべての銭にひもが通されていた。
この状態を緡(さし)という。1緡は銭97枚を基本としたようで、これで100文とみなして
いたようです。当時は輸入銭貨を流通させていたため、各国の歴代王朝発行の銭貨が数
多く見られます。日本で模鋳された銭を含め、この壺では71銭種が確認できた。1番古い
銭は五銖(後漢:西暦24年)、新しいものは中国銭では至大通寶(元:西暦1310年)で、
最新銭はは紹豊元寶(ベトナム・陳:西暦1341年)とみられる。容器の珠洲焼は14世紀
前半に作られたものです。銭貨と壺の製作年代から、14世紀代中頃から後半に埋め
られたものと考えられる。
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東原町遺跡出土品 珠洲焼 壺、甕 |
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東原町遺跡出土品 木製品 箸、黒漆塗り皿 |
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東原町遺跡出土品 刀子、釘、はさみ 硯、砥石 |
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東原町遺跡出土品 古銭が入っていた珠洲焼の壺 |
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東原町遺跡出土品 大量の古銭 |
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東原町遺跡出土品 鍛冶関連遺物 ほ口(ふいごの口)、鉄滓 鉄滓の前 砂鉄 鍛造剥片、槌、台石 |
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東原町遺跡出土品 かわらけ 右、黒くなっているのは 灯明皿に使用された と思われるもの。 右下隅の写真 かわらけが出土した 土坑。 |
お聴きの曲(MIDIファイル)はヤマハ(株)から提供されたものです。
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