隠れた新潟名産
バテンレース 上越市東本町 吉田バレンレース 取材 2001年3月28日
1953年4月から9月まで、バレンレースの原料であるブレート(テープ)を製作していた
(株)有沢製作所の染色に働いていた。仕事は主に、染色だけど、バテンレースの漂白をも
手伝ったことがあり、バレンレースと無縁でないだけに、久しぶりに見たバテンレースに、
懐かしい思いがした。その後は私は東京で別の職業に就いた。
バテンレースは、ドイツが原産地で(hessen州Battenberg)の手工芸品。明治20年前後
に、横浜、神戸に渡来した。家庭内職の好適な手芸であり、瞬く間に普及した。
沿革史を書くと長くなるので、適当に端折るが、江坂熊蔵、山岸宏隆、宮崎慶吉、吉田寅八郎
(現吉田バテンレース先々代)が、高田市(現上越市)に導入したのが高田市でのバテンレース
の始まりである。
明治43年、輸出先は、アメリカ、イギリス、フランス、イタリー、ベルギー等で、大いに活躍した
という。就業者は8000人を数え、高田市では、バテンレースは盛況をみたという。
バテンレースは、第1次大戦、関東大震災、太平洋戦争で、苦難の道を歩いたようだ。
昭和30年後半、(株)有沢製作所が、伝統的手芸品としてバテンレースに着目、吉田バテン
レースの吉田要を招聘し、再興を図り今日に及んでいる。吉田要は、有沢製作所を離れ、自前
の経営を期し、機械レースに飽き足らず、ハンドワークで希少価値であるバテンレースに魅力を
感じるようになり、逐次需要も増え今日にいたり現在吉田バテンレースは材料から仕上げまで
一貫生産を行っている。
吉田バテンレース創業100余年の歴史が語る より抜粋紹介しました。
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上越市東本町2丁目の吉田バテン レースのお店。 ガラスの反射で中がよく見えない のが残念。 |
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バテンレースのできるまで 1.白地に下図を書いて ハトロン紙などで裏打ちし、 型紙を作成。 2.型紙にテープかプレートを 図案通り縫いつけ、輪郭と 内部をかがって編み上げる。 3.さらし、クリーニングののち、 プレスして 形を整える。 |
![]() バレンレースの数々 テーブルクロス、 テーブルセンター、ドイリー、ピアノカバー のれん、椅子カバー、パラソル、ハンカチーフ その他袋物、インテリア用品と多彩である。 |
![]() 吉田バテンレース案内図 お問い合わせは上記案内図の 電話などで。 |
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左の写真は、店内の様子。 ご家庭でのメンテナンス 洗濯機ではネットに入れ弱水流で。手洗いは押し 洗い。汚れや黄ばみが酷いときは、漂白剤を使用。 白色の品と、色物、他の製品と絶対に一緒に洗わ ない。(酸素系の漂白剤が最適です) 脱水機は、ネットに入れ短時間で、手絞りはねじら ない。風通しのよいところへ陰干ししてアイロンは 裏側より高温(180℃)で拡げるように当て布をして 形を整えながら当てる。 色物レースは洗剤が多いと色が変わることがあり ます。塩素系の漂白剤は使用しない。長時間つけた ままにしない。 当社では充実した設備で、ご使用後の補修、洗濯 も承っておりますので、ご利用ください。 |
お聴きの曲(MIDIファイル)はヤマハ(株)から提供されたものです。
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