用言寺遺跡 新潟県上越市大字今泉字用言寺(JR東日本信越線脇野田駅裏)
現地説明会 主催 新潟県埋蔵文化財調査事業団 2005年8月6日
遺跡概要 立地 八代川によって作り出された河岸段丘上 標高 19メートル
調査原因 北陸新幹線建設
調査面積 発掘調査が必要な 7770uのうち 5892u
遺跡の年代 平安〜室町時代(上層・500〜1200年前) 古墳時代前期
(中層・1700〜1800年前) 縄文時代後期(下層・3500年前)
今回は上層を調査している。
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用言寺遺跡 |
| 用言寺遺跡 説明会 |
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平安時代前期の溝(9世紀後半〜10世紀)が多数見付かりました。ほぼ並行する
ように掘られており、規模は、幅 100a・深さ 50aほどと比較的大きなもの。中
でも断面が V字形をなす大溝は、幅 160a・深さ 90センチに達するもので注目
される。調査範囲には、このころの集落跡は発見されておらず、どのような目的で
作られたのか検討中。これらの溝は、洪水性の堆積物(砂)で短期間のうちに
埋まったようです。埋まりきったころの地層からは、、ほとんど壊れていない土師器
(椀・甕)が出土している。
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生産域に見られる 浅い溝 道路状遺構 |
| 深い溝 |
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深い溝 |
| V字型の深い溝 |
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用言寺遺跡は、出土遺物の年代から 12世紀〜15世紀ころに最盛期を迎えていた
ことがわかりました。このころの掘立柱建物、井戸、溝で構成される集落跡が見付かって
いる。遺構の広がりから、居住域が南側、生産域(畑・水田?)が北側に設けられていた
と考えられている。目的に応じた土地利用があったと考えられます。
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掘立柱建物跡 7棟発見されて おり、いずれも 東西南北の軸に あわせて作られて おり、計画的に 配置されていたと 考えられる。柱穴の 直径は 15aほど と小さく、建物の 規模は2間×3間、 2間×2間と小型 のもので、物置、 納屋などと考えられ ている。 |
| 井戸 井戸は 15基発見 されている。素堀で、 井側はなく、地下 1.5メートルにある 水脈(砂層)から水を 得ていたようで、今も 水が湧いている。 井戸と思われて いる中には、異臭が するものがあり、 トイレではないかと 想像される。 |
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中国から輸入 された青磁(13 世紀)写真上 白磁(12世紀) 写真左 磁器は当時国産 出来なかった高級 食器である。 |
| 瀬戸焼(15世紀) |
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珠洲焼(12世紀〜15世紀) 能登半島の先端で 焼かれた灰色の陶器。 須恵器の製作伝統を 継承した焼物で、東北 日本海沿いに広く流通して いる。 擂鉢(写真上) 甕(写真左) |
| 土師器の皿 灯明皿 皿の縁にすす が付いている。 |
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平安時代 後期(12 世紀)の 白磁。 井戸から 見付かって いる。 |
| 井戸 から 見付 かった。 土師器 の皿。 |
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| 木製品 木製品はすべて井戸から 見付かった。 上の写真 左から鍬、櫛、 箸。 左の写真 曲物。 井戸からは焦げた木材や 焼けた土がまとまって発見 された。ある時期に集落が 火災にあったかも知れ ません。 |
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横瓶 |
| 土師器 |
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長胴甕 |
| 甕 |
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お聴きの曲(midiファイル)はヤマハ(株)から提供されたものです。