第1回ながのツーデーウォーク 1日目 山本勘助コース(11q) 2006年10月28日
参加者 川中島合戦コース(21q) 248人 山本勘助コース(11q) 239人 計 562人
上越歩く会参加者 グループ参加 13名 個人参加 4名 計17名
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JR東日本信越線の 車窓から望んだ、 妙高(写真左) 火打(写真右) JR東日本信越線 高田駅 6:13発の 汽車に乗る。参加者 も直江津駅、南高田駅、 脇野田駅から乗り込ん で総勢13名が出発 する。 |
| 秋の妙高山 左に見えるのは黒姫山 JR日東日本信越線 長野駅 7:39着。 シャトルバス(往復 1000円)で、松代城跡 へ向かい。受付を済ませ 準備する。 |
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松代城趾の広場に集まった 参加者 上越歩く会の会員も見えます。 |
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![]() 写真左 コース説明を聞く上越歩く会のメンバー 写真上 真田勝鬨太鼓の演奏 主催者挨拶、来賓挨拶、コース説明、注意 事項、ウオームアップストレッチの後、檄が あり、真田勝鬨太鼓に送られて(写真上)、 21qコースに続いて 9:05スタート。 |
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真田勝鬨太鼓に送られて、 スタートし、松代城内へ入る。 |
| 橋を渡って、松代城内を歩く。 |
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松代城の反対側の城門をくぐり 城外へ出て、通りを左へ。すぐ先に トイレがあり、ここで11qコースは 20qコースと分かれて、右折する のだが、私がトイレに入っているうち に、みんなは20qコースの人の後に ついて直進してしまったという。同時 スタートの弊害だろうが、地図の確認 を怠ったのが原因。トイレから出た私 は、21qコースの人が多いなあ、 11qコースの人は少ないなあと 感じて、変だとは思いました。 |
| 典廐寺 川中島の戦いで戦死した 信玄公の実弟信繁の菩提寺。 川中島の戦いで戦死した 武田、上杉両軍6000余名を 供養している。 千曲川に架かる松代大橋 を渡って左折、典廐寺 9:50 着。典廐寺前から千曲川左岸 の土手へ出る。 |
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千曲川左岸の土手を行く。 前方には、松代大橋を渡る ウオーカーが見える。 橋をくぐって左折、再び 通りへ出て、八幡原史跡公園 へ。 |
| チェックポイント 八幡原史跡公園 10:0着。写真の先で右折。千曲川 左岸の土手へ出る。 千曲川左岸を歩き、更埴橋を渡り 千曲川右岸へ出て右折。千曲川を 上流へ向かう。 |
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千曲川河川敷の長芋畑 |
| 千曲川の河川敷は砂地で長芋が良く育つようだ。 |
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![]() 千曲川から望んだ、北アルプス(雪をかぶった山)。白馬連峰でしょう。右の前衛の山陰の ピークが白馬岳か。ちょっとあやふやで済みません。 |
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千曲川右岸を行く、河川敷が 広いので、川は見えない。 |
![]() 千曲川右岸の土手を左端の人物(写真上)のところから河川敷 へ降りると、山本勘助の墓(写真右)がある。山本勘助は武田軍 の軍師。キツツキ戦法を上杉軍に見破られ、その責任から上杉 軍に突入、戦死した。 |
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山本勘助の墓にお参りした後、再び、千曲川右岸の土手を上流へ進む。松代町西寺尾で左折土手
を降り、町の通りを進み、上信越道をくぐり、しばらくして右折。真田宝物館前を通り、長野電鉄河東線
の踏切を渡り右折すればゴールの松代城趾である。11:40 ゴール。
ゴールのスタンプを貰い、昼食にする。上越歩く会の参加者は、すでにゴールしていると思ったのに、
誰もいないのが不思議だった。13:30 近くなって、上越歩く会のみんながゴールしてきました。聞いて
みると、最初の分岐点で、21qコースのみんなの後について行ってしまい、気がついて引き返して来た
のだとか。主催団体のリーダーも間違えたと言うからお粗末。地図を良く確認しなかったからの間違いで、
私が付いていながら、自由歩行のため、私はトイレに入っていてリードできなかった責任を感じている。
今回は、上越歩く会の引率のため、上越歩く会の会旗を掲げて歩いた。そのためか、話しかけてくる
人が格段に増えて、歩きながら、多くの長野市の方と、川中島の古戦場と、上越市の上杉謙信公の縁
など、貴重な話しができて楽しかった。財団法人ながの観光コンベンションビューローの参事の方から、
来年の、上杉謙信公ツーデーマーチの資料を送って欲しいと要望された。来年のNHK大河ドラマは
武田信玄である。当然川中島の戦いがメインになるだろう。両市のツーデーマーチの連携があっても
いいかなと思いました。
お聴きの曲(midiファイル)はヤマハ(株)から提供されたものです。