「ワイルド・パーティー」

  Beyond the Valley of the Dolls

 (2004/02/23)


フィル・スペクターと「レット・イット・ビー・ネイキッド」

 昨年末ごろ、「マトリックス・レボリューションズ」 の感想文の冒頭で、最近発表されたビートルズの新作アルバム「レット・イット・ビー・ネイキッド」の話をチラッとしたのを、みなさん覚えていらっしゃるだろうか?

 このアルバムが、ビートルズ1970年発表のラスト・アルバム「レット・イット・ビー」のリニューアル・アルバムだということは、誰もが耳にタコが出来そうなほど聞いている話に違いない。ビートルズ最末期のドサクサで、レコーディングされていたもののテープが放り出されていたままだったこのアルバム。ジョン・レノン、ジョージ・ハリソン、リンゴ・スターはこのマスター・テープを、著名な音楽プロデューサーであるフィル・スペクターに任せる事を決意。スペクターはさまざまな手法を駆使し、コーラス隊からオーケストラまでダビングして完成させてしまったのが最初に発表された「レット・イット・ビー」のアルバムだ。

 だがこのアルバム、元々がライブ感覚でつくろうとしたものだけに、これらの加工にポール・マッカートニーは激しく反発。ちょうどマネージメントその他でメンバーが反目している時だけに、さらにグループの空中分解を促す結果となってしまった。そういう意味では曰くつきのアルバムだ。

 それから33年。新たに発表されたアルバム「ネイキッド」は、ダビングによって音が加工された「レット・イット・ビー」を、もう一度元の状態に戻したアルバムという触れ込みで発表されたわけだね。

 まぁ当事者だったメンバーのうち、すでにジョンもジョージもこの世の人ではない。だから今さら反対する者もいない。だが、それだけではない。当時はスペクターを高く買っていたジョン、ジョージ、リンゴも、結局は彼と袂を分かつに至っていた

 例えばジョン・レノンはアルバム「ロックンロール」(1975)までスペクターに自作の制作を任せていたが、その過程で彼と激しく衝突するようになっていたようだ。何としまいにはスペクターが制作途中のマスター・テープを持ち逃げしてしまうという、信じられない事件も起こってスケジュールはベタ遅れ。完成したアルバムのうち半分以上は、新たにスペクター抜きでレコーディングされたものに差し替えられていた。

 ジョージ・ハリソンも1971年にスペクターと共同プロデュースしたソロ・アルバム「オール・シングス・マスト・パス」を2001年にデジタル・リマスターした時に、曲からエコー処理を取り除いて発表。スペクターと言えば、「ウォール・オブ・サウンド」と称される分厚い音が売り物。オーケストラやらコーラスでやたら飾りたてたあげく、仕上げのエコーは欠かせないものだった。そのエコーを全部取ってしまったのだから、よほどスペクターに嫌気が差していたのだろう。

 フィル・スペクターと言えばアメリカ・ポピュラー・ミュージックの世界では伝説的な人物だ。ビーチ・ボーイズのリーダーであるブライアン・ウィルソンはスペクターに心酔して、あの分厚い「ウォール・オブ・サウンド」を何とか真似ようと試みたりもした。だけど、最終的にこれほどビートルズのメンバーに嫌われてしまったということは、よほど何かワケがあるに違いない。ハンパな嫌われ方じゃないもんねぇ。

 それって実は、スペクターその人にまつわるものかもしれないよ。

 

ロサンゼルスにやってきた女バンド三人組

 夜、赤いマントを着た怪しげな人物が、逃げまどう人々を殺して歩く。さらにあるコテージの中に侵入したこの人物は、そこのベッドで眠っている女の口に拳銃を突きつけてくわえさせた。最初は何の事やら寝ぼけて分からないこの女、ようやく事と次第に気付いて目を見開くと、あたりをつんざく悲鳴を上げた

 一体どうしてこんな事が起こったのか。それを語るには、これに先立つ一連の出来事を振り返ってみなければなるまい。

 それはアメリカのど田舎でのこと。丸顔タレ目でチャーミングなボーカル兼リズム・ギター担当ドリー・リード、お目目パッチリで付けまつ毛バリバリのリード・ギター担当シンシア・マイヤーズ、唯一の黒人でちょっとワイルド系のドラムス担当マーシア・マクブルーム…と、イケてる若い女の子三人組のロック・バンド「ケリー・アフェア」が、高校の体育館で熱演中だ。ノリのいい演奏に観客は踊りまくる。リードはマネージャー兼恋人のデビッド・ガリアンと移動用のバンの中でねっちり…と、それなりの幸せを噛みしめていた。

 だけど、こんな田舎の高校での演奏ではうだつが上がらない。ここは一発ロック・ミュージック業界のメッカで一旗上げようと、「ケリー・アフェア」の面々はロサンゼルス行きを提案する。最初は渋っていたマネージャーのガリアンは何かと理由を付けて拒もうとするが、彼女たちはそんな理由など意に介さない。ヤバい街だよ。怖くなんてないわ。スモッグばかりだよ。気にしない気にしない。ジャンキーがウヨウヨだよ。どうって事ないじゃない。俗物だらけだ。関係ないって。…てなやりとりをしたあげく、ガリアンと「ケリー・アフェア」の一行は、おんぼろバンを飛ばして一路ロサンゼルスへ!

 まず頼ったのはリードの伯母フィリス・デイビス。いろいろ事情があって長らく連絡をしていなかったが、こういう時こそコネを活かさなくては。第一、伯母デイビスはヌードモデルの写真スタジオを経営していて、何かと業界にはつながりもあって好都合だ。

 久々に訪ねたリードを伯母デイビスは歓迎した。それどころか、リードの亡き母がもらい損ねた祖母の遺産を分けてもくれると言う。これに狂喜するリードは、次の瞬間さらに大喜びすることになった。何と伯母デイビスが、リードたちをVIPのパーティーに招待してくれると言うのだ。それは音楽業界の大立者、Zマンことジョン・ラザーが夜毎自分の屋敷で派手に催すパーティーだ。一足先にリードは伯母デイビスに連れられてZマン=ラザーのお屋敷へ。マネージャーのガリアンや他のメンバーも追いかけてパーティー会場へ駆けつける事になった。

 さて、たどり着いたZマン=ラザーのお屋敷。キュートな新顔リードは、早速Zマン=ラザーに目をつけられる。リードはリードでVIPたちが繰り広げる酒池肉林のパーティーに目をまん丸。それでもひるむどころかワクワクの面もちだ。Zマン=ラザーはリードをすっかり気に入って、あっちこっちに連れ回す。そこではあっちこっちの部屋で男と女、男と男、女と女がもつれ合い、マリファナ吹かして酒をかっくらうアリサマ。広間ではモノホンのプロの有名バンドが演奏しているし、バーテンは元ナチ戦犯というウワサだし…何だかとにかくモノスゴイ。

 後からやってきたガリアンや他メンバーも、このワイルドな状態にはビックリ。特にガリアンはリードが心配でたまらないが、一体どこに連れて行かれたのか分からないでヤキモキ。そんな彼の気持ちを知ってか知らずか、新進ポルノ女優のイーディ・ウィリアムズは彼にアレコレと迫る。マクブルームもこの雰囲気にはすっかり飲まれながらも、ウェイターのバイトをしていた黒人青年といい雰囲気になる。逆にマイヤーズはここでとある同性愛の女エリカ・ギャビンに目をつけられるものの、何となくこの雰囲気にノレないものを感じる…と、それぞれこのパーティーの受け止め方は違っていた

 そのうちZマン=ラザーはリードがバンドをやっていると聞くと、パーティーを盛り上げていた生バンドの演奏を制して、彼女たち「ケリー・アフェア」に演奏してくれと頼む。それはリードも望むところだ。ステージに上がった三人は、いきなりパンチの効いた演奏を聞かせる。これにはZマン=ラザー以下、パーティーの客たちも驚いた。

 特にZマン=ラザーはすっかり気に入って、自分がバンドを売り出してやるとデカい事を言い出す。おまけに今のバンド名じゃダサいから、「キャリー・ネイション」と改名しろ…などと言う始末だ。三人組は現金にも大喜びだが、それはマネージャーのガリアンの立場が浮くという事を意味した。だがそんな彼の気持ちを考える余裕はこの三人にはない。ただただ降りかかってきた幸運に、大いに悪ノリする三人組だった。

 案の定、業界の大物Zマン=ラザーがちょっと本気を出せば売り出しもチョロい。「キャリー・ネイション」は一気に名を売って、人気バンド街道をひた走る。ご機嫌な彼女たちは演奏活動を精力的に行っては、夜な夜なZマン=ラザーのパーティーに入り浸り。特にリードはチヤホヤされまくって嬉しくって仕方がない。やる事もなく浮きまくって、ただいるだけの存在となったガリアンが焦り狂っていても、見て見ぬふりでとりあえず楽しい方へと流れているテイタラクだ。そんなガリアンは自暴自棄になって、例のポルノ女優ウィリアムズの誘惑に負けていく。

 マクブルームもパーティーには入り浸るものの、例の黒人青年との仲も深めていった。彼は弁護士めざして勉強中の身。いつしか二人は将来を誓い合うようになっていた。マイヤーズはと言えば、ずっと乱チキパーティーとは一線を画したまま。

 やがてリードは金髪のイケメン俳優マイケル・ブロジェットとデキてしまって享楽の日々。だがこの男、金のためならババアとだって寝るジゴロな男でもあった。そしてリードに近づいたのも、そもそもは彼女の得る遺産目当て。だけどリードは楽しければいい、気にしない気にしない。ついついブロシェットにそそのかされて、遺産の事で何かとツラく当たる伯母の雇われ弁護士を手玉に取って、ギャフンと言わせて溜飲を下げるリードだった。どこまでも世の中ナメ切るガキンチョ女。

 

 

 

 

 

 

 

ここからは映画を見てから

 

 

 

 

 

 

 

 だがその頃、悲劇の芽は静かに育っていた。

 まずはポルノ女優ウィリアムズに誘惑されていたガリアンが、あんまり踏ん切りがつかないので愛想づかしされる。ヤケを起こしたガリアンが、次にすがり付いたのはあのマイヤーズ。ついつい一夜を共にしてしまうが、身体目当てがミエミエで叩き出される。もうミジメこの上なし。何の希望もなくなったガリアンは、ある日「キャリー・ネイション」が演奏するテレビ・スタジオの天井の足場から飛び降りて重傷。ここに及んでリードらバンド・メンバーはやっと事の重大さを思い知るが、もはや後の祭り。ガリアンはほとんど回復の見込みのない下半身不随の身体になってしまう。さすがに罪の意識にさいなまれたリードは、ブロシェットとの爛れた関係を精算して、車椅子のガリアンに付きそう決意をする。

 一方、マイヤーズはあのガリアンとの一夜で妊娠し、ついつい他に相談する人間もなく同性愛女ギャビンの勧めで堕胎する。それからは一転してギャビンとの関係に溺れ、ワイルド・パーティーの常連となってしまったから皮肉だ。またマクブルームはマクブルームで、パーティーに現れたボクシングのヘビー級チャンピオンといい仲になって一夜を過ごし、そこを彼氏に見つかって大モメだ。

 そんなあれよあれよの悲劇のまっただ中で、あのZマン=ラザーは突然屋敷にお仲間を召集した。余興に呼ばれたのは例のジゴロ男ブロシェット、そしてギャビンと彼女に付き合わされたマイヤーズ、さらにナチのバーテンもお供に付いてきた。それはちょっとした仮装パーティーで、ブロシェットはターザンと称してヒョウ柄のビキニ・パンツを履かされる始末。当のZマン=ラザーは自らを「スーパー・ウーマン」と称し、赤いマントと派手な衣装を身につけて女になりきったつもりのようだ。そしてみんな酒に仕込んだ秘薬を飲み込んで、ラリった勢いで乱交に及んだ。

 ところがブロシェットの身体を弄んでいたZマン=ラザーの様子がおかしくなった。おふざけが過ぎると怒りだしたブロシェットだったが、Zマン=ラザーはマジで自分を「スーパー・ウーマン」だと思い始めたようなのだ。それをバカにしたブロシェットに、Zマン=ラザーの怒りが爆発!

 いきなり剣でブロシェットの首をチョン斬った!

 たまたまその場を目撃したマイヤーズは慌てて逃げ出す。Zマン=ラザーの狂気はもはや止まらず、ナチのバーテンを追いつめてこれまた惨殺。さらにあるコテージの中に侵入したZマン=ラザーは、そこのベッドで眠っているギャビンの口に拳銃を突きつけてくわえさせた。最初は何の事やら寝ぼけて分からない彼女だが、ようやく事と次第に気付いて目を見開くと、あたりをつんざく悲鳴を上げた。

 Zマン=ラザーはためらいなく引き金を引き、ギャビンの鼻から口から血が勢いよく噴出した!

 さらにZマン=ラザーは、逃げまどうマイヤーズをターゲットに追いつめる。追いつめられた彼女は、慌てて電話でリード、ガリアン、マクブルームと彼氏を呼び出す。彼らは慌ててバンに乗り、Zマン=ラザーの屋敷に駆けつけた。

 だが一足遅く、マイヤーズは血祭り。何とかZマン=ラザーを抑えようとした一同はモミクチャ。そんなこんなでドタバタしているうちに銃が暴発。Zマン=ラザーはあえない最後を遂げる。

 ところが…世の中何が幸いするか分からない

 このてんやわんやのドタバタ劇のショックなのか…あの死ぬまで下半身不随は必至と思われていたガリアンの下半身が、麻痺状態を脱したではないか!

 

アメリカのエロ映画事情とラス・メイヤー

 この映画ってものの本によればカルトな映画らしい。まぁ、それも無理ないだろう。あのハリウッド・メジャーの20世紀フォックスが、エロ映画作家ラス・メイヤーを招いてつくらせた映画。まずはあり得ない組み合わせ。そう来れば、それだけで何となくスキャンダラスではないか。

 ところでラス・メイヤーって名前は、作品を見た事がない人でも何度かは聞いた事があるかもしれないね。実は僕もこれまで作品を見た事はなかった。それでもその名は脳裏に刻み込まれている。アメリカのエロ映画のつくり手で、いわゆる「巨乳」映画の作家だ。

 さて、これ以降は僕も分からないなりに知っている事を書いていくつもりだから、いささか舌足らずだったりおかしかったりしたら許していただきたい。だが、このラス・メイヤーと「ワイルド・パーティー」について考察する事は、当時のアメリカ映画…いや、ひょっとすると日本映画さえも探る事になるかもしれないんだよね。だからしばしおつき合いを。

 ところでアメリカのエロ映画…と言えば、誰しもあのポール・トーマス・アンダーソン監督の快作「ブギーナイツ」(1997)の世界を連想するよね。自堕落で、だけどアッケラカンと妙に明るいアメリカン・ポルノの世界。だけどこれから話すラス・メイヤーの世界は、これらとはちょっと違う。

 そもそも「ブギーナイツ」は1977年に始まり1980年代初頭に幕を閉じる、アメリカのハード・コア・ポルノの盛衰記だ。そこではフィルムからビデオへの転換が描かれるが、そもそもこのハード・コアというものがメイヤーの世界ではない。

 ここからは僕も単なる受け売りの知識のひけらかしになるので、いささか気が退ける。しかし避けては通れない部分なので我慢して読んでいただきたい。

 我々の多くは現在、アメリカのエロ映画…ポルノ映画って元からかなりオープンなもので、性器の露出オーケー、性行為の直接描写オーケー、すべて当たり前であるような印象を持っていると思う。そして、常に性表現や性描写では先駆を走っていたイメージもある。だけどこれは間違いだ。

 実はアメリカ人、そしてアメリカ映画ほど保守的で閉鎖的なものはない。ハリウッドの映画人たちは自堕落な生活をしていたかもしれないが、映画自体は早くからプロダクション・コードが出来て、厳しく規制されていた。それと言うのも、元々アメリカ人の気質が極めて性や道徳について厳しく保守的なものだったからで、キリスト教会が厳然とした力を(今も)持ち続けているからだ。

 例えば上品な読者のみなさんにこんな話をするのも気が退けるが、今は日本のAVでも盛んに行われる膣外射精。あれは本当に性交を行っている…という証拠として、あるいは派手に見せるためのアトラクションとして、現在の日本のAVで行われているように思われる。だがそれって本来は、アメリカのハードコア・ポルノ映画の手法からのパクりだ。

 では、なぜアメリカでそれが行われたのかと言うと、その理由は日本のそれとは大きく異なる。派手にリアルに見せるとかそういう理由ではなく、「妊娠させるような事はしていませんよ」…という極めて宗教的、モラル的な意味で行われていたらしいのだ。その形だけが理由も分からないまま、見た目の派手さだけで今の日本に継承されているのに過ぎない。

 実は僕はこの話を何かの本で読んだだけなので、事の真偽は分からない。だがアメリカならありそうな話だと思うよ。そしてハードコア時代を迎えるに至ってもこんな意識が根強く残っていたとしたら、それ以前はもっとガチガチであった事は想像に難くない。

 そういうアレコレはある意味で建て前だけの偽善とも言えるのだが、それはまた別の話。この時代のアメリカ映画は、キスや抱擁の描写からセリフに至るまで厳しく管理され、裸体、性器、性交などもってのほか。アンダーグラウンドではともかく、少なくとも劇場にかかる商業映画ではそうだったようだ。

 戦後しばらく経っても大胆さから言えばむしろヨーロッパ映画の方が上で、スウェーデンのイングマル・ベルイマンの「不良少女モニカ」(1952)などが、まるでエロ映画のように驚きの声で迎えられたりした。余談だがこれは日本でも大して事情は変わらなかったようで、この「モニカ」を筆頭にベルイマン映画は最初エロで世界に受け入れられた可能性が高い

 他にフランスでも古くはグラマー女優マルティーヌ・キャロルがヌードをさらす作品、さらに下ってからもロジェ・ヴァディムの官能的な監督作品などがあった。こうしたヨーロッパの流れは、少しづつなりともアメリカに届いて来たはずだ。

 やがて1968年頃に、今ではお馴染みの「PG」「R」「X」などといったレイティングが導入されて、アメリカでも性器露出や性交挿入描写が解禁され始める。ただ、初の劇場用ハードコア映画の発表は1970年…と聞いているが、それまで直接描写の映画がどんな形で上映されたのかは僕には分からない。ひょっとしたらドライブインシアターとか、そういう場所で上映されていた可能性はある。

 それにしても、ひたすらお堅かったアメリカ映画にこのような変革が訪れたのは、果たしていかなる理由からか? 

 ここからは僕の推測だけど、時代のせいと言うほかはない。泥沼のベトナム戦争激化によるモラルの低下。折からのロック・ミュージック、ヒッピー・ムーブメント、学園紛争、公民権運動…などなどの価値観の変動やカウンターカルチャーの影響。そしてテレビの普及によって映画が衰退し、映画産業がカッコつけていられなくなった事…。

 アメリカ映画の衰退は、アメリカ映画の制作拠点を物価が安く人件費の安いヨーロッパへと移らせた。そこでヨーロッパ映画人にアメリカ映画を撮らせることもした。何しろフランソワ・トリュフォーまでが英語映画「華氏451」(1966)を撮った時代があるのだ。このあたりのヨーロッパの人材の流入が、アメリカ映画の「解禁」を促した可能性はある。

 また衰弱したアメリカ映画に対して、フランスのヌーヴェル・バーグが台頭した事も大きかったかもしれない。ドサクサに紛れてヨーロッパ映画そのものと、その空気がハリウッドに流れ込んで来たのは時代の必然だった。当然さまざまなハリウッドの規制は、古くさく時代遅れなものに思えただろう。そうなれば、とにかく他国に遅れをとるのをイヤがる国民性だ。「解禁」まで一気に突っ走ったという事はあり得る。

 ともかくそんなこんなで「解禁」を実現したアメリカで、ついにハードコア映画としては初の大ヒット作「ディープ・スロート」(1972)が誕生するわけ。これでハードコアは完全に市民権を得る。だけど、それって「ゴッドファーザー」と同じ年なんだよね。言い換えれば、アメリカがそこまで来たのは、ついこないだの事なんだよ。

 で、今まではそんなハードコアの話をしてきたが、当然そこまでに至る前にソフトな方だってあった。そこで頑張っていたのが、ここでご紹介するラス・メイヤーだ。

 ラス・メイヤーが初期に撮っていた「ピープショウ」(1952)あたりは、単なるストリップの舞台をフィルム撮影したようなシロモノだったらしい。それが「肉体の罠」(1964)あたりからちゃんとした(というのも変だが)エロとドラマが一体となったエロ映画を撮り始めたようだ。ただし、それらの作品を見ていない僕には「〜だったようだ」みたいな言い方しか出来ない。おそらくこれらの作品は、今では見る事も出来ないものばかりだろう。

 このあたりからメイヤーはこの世界の先駆者だったらしく、先日東京でも連続上映された作品「ファスタープッシーキャット・キル!キル!」(1966)、「女豹ビクセン」(1968)などをつくって評判をとった。で、このあたりですでに「巨乳のメイヤー」としての定評を得ていたようだ。

 実際僕がメイヤーの名を知ったのも、とにかくデカいバストの女が出てくる映画の作り手として…だ。これが芸風になっちゃったというのも凄いが、先に挙げた「女豹ビクセン」は実際にかなりの当たりをとったらしい。で、20世紀フォックスから直々に呼ばれるに至ったというわけだ。

 さて先に僕はメイヤーはハードコアとは別のエロ映画…ソフトな分野で活躍していた人と紹介した。それはどの程度のものだったか…と言えば僕も実物に接していないので偉そうな事は言えない。だが発表時期によって程度の違いはあるだろうが、せいぜい全裸で乳房やヘアが見えるか見えないか程度、性器露出も露骨な性行為描写もないシロモノだったらしい。特にラス・メイヤーの場合は「巨乳」という芸風が確立していたから、それはもうエロというより一種のキッチュな表現やコメディ化していたのではないか。ならばメイヤーはある意味、時代を体現した存在となり得ていたのだ。まぁ知ったかぶりで言ってる僕あたりでも、それくらいは何となく分からないでもないよ。というワケで、僕のメイヤーやアメリカ・エロ映画事情についての受け売りのお話は、これくらいでオシマイにしておこう。

 

迎えた20世紀フォックスと当時の映画事情

 ともかくメイヤーはこうした経緯でフォックスに呼ばれるワケだが、それにしたってエロ映画と言えばエロ映画だ。本来だったらハリウッドのメジャー・スタジオの出番などあるはずもなかったろう。これには当時のフォックスとハリウッド、そして世界的な映画の衰退が大きく関係していたワケだ。

 テレビ時代を迎えたハリウッドは、スペクタクル大作主義とヨーロッパへの制作拠点の移動、さらにテレビからの人材を得ての低予算路線の3本柱で何とか苦境を打開しようとしていた。

 20世紀フォックスもテレビでは見れない映画の魅力を前面に出そうと、「史上最大の作戦」(1962)、「クレオパトラ」(1968)などスペクタクル大作を製作。だが後者「クレオパトラ」がアクシデントに次ぐアクシデントで制作費が天井知らずに上がり、フォックスの経営を苦しめる事となった。「トラ・トラ・トラ!」(1970)の製作が進んでいたのもこの頃だと思われるが、こちらはこちらで黒澤明を起用した日本側シークエンスの進行が思わしくない。すべては黒澤とフォックスの間に立った日本側プロデューサーの怪しげな暗躍によるもののようだが、結局撮影に入ったものの使えるフィルムも撮れずに黒澤降板という最悪の事態を引き起こした。これは当時それでなくても余裕のなかったフォックスにとって、さらに自らの首を締めるような事態だったのではないか。フォックスのメイヤー起用は、こうした事態を背景に起こったと考えていただきたい。つまり、低予算で金を確実に稼ぐ監督が欲しかった。そのためには手段を選んでいる余裕がなかった。

 この時期、ハリウッドのみならず全世界で、映画産業は空前の不況となっていた。ハリウッド・メジャーが次々と巨大企業に買収されたのもこの頃だ。先に挙げた「トラ・トラ・トラ!」で黒澤明が登場したのも、「史上最大の作戦」以来のワールドワイドな戦争大作をつくりたいフォックスの思惑とは別に、黒澤には黒澤なりの事情があった

 黒澤映画の製作規模は作品を追うごとに拡大の一途を辿るが、日本の映画人口は減少する一方。さすがに東宝も巨匠黒澤を特別扱いばかり出来なくなってきた。結局黒澤は「赤ひげ」(1965)を最後に日本映画の製作を諦め、かねてより引き合いがあった海外に目を向ける。こうして最初の海外企画、アメリカ映画「暴走機関車」が企画されるが、これが諸事情で頓挫。次に取りかかったのが「トラ・トラ・トラ!」だ。

 この時期、黒澤明が日本映画から離れたがった事情は今の僕でも分かる。それは当時の日本映画の、極端に殺伐とした状況だ。この時期、黒澤以外の巨匠と呼ばれる映画監督は成瀬巳喜男か木下恵介ぐらい。だが成瀬は「乱れ雲」(1967)を遺作に1969年に世を去った。木下も古巣・松竹を離れて東宝で撮った「なつかしき笛や太鼓」(1967)の後は、しばらく映画の現場を去ってしまう。というのも、そんな古き良き日本映画を知る人間ならばとても耐え難いであろう、荒んだ空気が映画界全体に蔓延していたからだ。

 まずは合理化、制作費の切り詰め、そして企画の転換…実はこの三つめが一番大きかっただろう。

 それはハリウッドがテレビ攻勢に対してとった方策にも似ている。まずハリウッドはテレビで見れないもの…としてスペクタクルを指向した。それは日本で大映が70ミリ映画「釈迦」(1961)をつくったとの同じだ。だが制作費がべらぼうにかかるスペクタクル大作は、そうそう何度もつくれない。おまけに一つ間違うと大変な事になるリスキーな賭けだ。それでは他にテレビでは見れないものと言えば何だ?…それはエログロではないか!

 一足先に経営不振に陥った映画会社・新東宝がとった路線と、それはほとんど同じだ。怪談とエロ、そして思い出したように放つ天皇ものの超大作。結局ジリ貧になると人間誰しも同じような事しか考えつかないのか。

 この時代の日本映画はどれもこれも、大なり小なりこうした傾向から逃れる事は出来なかった。だから、ほとんどの作品にヤケクソのような気分が漂った。クエンティン・タランティーノが「キル・ビルVol.1」(2003)で盛んに引用していたのが、この1970年前後のヤケクソ感漂う日本映画だと言えば、お分かりいただけるだろうか。

 そして日本の映画会社と同じ事を、天下のハリウッド・メジャー20世紀フォックスまでもが考えた。それがメイヤーの起用だったのだ。

 メイヤーがメジャー・デビューを果たした経緯は、大体こんなところだと思うよ。ちなみに、余談ながらこのあたりの日本映画の状況にもうちょっと触れると、「トラ・トラ・トラ!」の夢破れた黒澤は低予算の日本映画「どですかでん」(1970)に取り組んだが、興行的には不発。そこに追い打ちをかけて1971年11月には日活ロマンポルノがスタート、12月には大映倒産と来て、同じ月に黒澤は自殺未遂に追い込まれる。まさに映画最悪の時期だ。

 で、今ごろ気付いたんだけど、この日活のポルノ転換には「ワイルド・パーティー」が間接的影響を与えているのではないか?

 日活と言えば一時は裕次郎映画で大当たりを取った時もある、一応は日本映画のメジャー、五社の一角を担っていた存在だ、いくら何でも今より格段にエロに風当たりが強かった1971年当時、ポルノへの転換は相当キツかっただろう。経営が逼迫しているからとは言え、日活にそれをやらせた原動力は何だったのか?…こう考えてみると、この「ワイルド・パーティー」が少なからず影響を与えているのでは…と思わずにいられないのだ。

 天下のハリウッドの老舗20世紀フォックスだってエロ映画をつくった。ならば日活がポルノをやるのだってアリじゃないか? 対外的にはどうか知らないが、少なくとも日活の首脳やそこで働く映画人たちは、そんな事を言い訳…と言っちゃマズイなら支えとして、ポルノ転換を決断したんじゃないだろうか?

 それはさておき、だ。

 ともかくフォックスはメイヤーを受け入れた。メイヤーに提示されたのは同社作品「哀愁の花びら」(1967)の続編製作だ。

 

ハリウッドの懐に飛び込んでハリウッドをからかう「確信犯」

 「哀愁の花びら」なる作品を僕はテレビで見ている。監督は「大地震」の職人マーク・ロブソン。バーバラ・パーキンス、パティー・デューク、それにシャロン・テートの三人の田舎娘がハリウッドに出てきてモミクチャになる話。強いて言うなれば、太田裕美の歌う「赤いハイヒール」の映画界版みたいなお話だ。ハッキリ言って陳腐なメロドラマでしかない。

 で、フォックスがこれの続編をメイヤーに依頼したと言っても、それは三人娘のハリウッド転落話をもう一本つくれ…ぐらいの意味しかなかったのだろう。実際「哀愁の花びら」には原作があるが、その続編小説なんかありはしない。ただ「哀愁の花びら」的設定を今風にロックの話にして、もっとスキャンダラスにして客を呼ぼうというハラだ。当然、「哀愁の花びら」の原作者ジャクリーン・スーザンは抗議してきたらしく、フォックスは「ワイルド・パーティー」冒頭にその旨を明記せざるを得なかった。「ワイルド・パーティー」の原題が"Beyond the Valley of the Dolls"(「哀愁の花びら」は原題を"The Valley of the Dolls"という)であり、そして映画冒頭に「この映画は『哀愁の花びら』の続編ではありません」なる奇妙な文章が登場するのは、こういった事情からだ。

 で、この「ワイルド・パーティー」自体、実は「哀愁の花びら」に負けず劣らず陳腐なドラマだ。特にヒロインと元カレのマネージャーを巡る愛想模様なんて陳腐そのもの。すっかりど派手な芸能界とパーティーの日々に溺れたヒロインは、見るからに身体だけの美形俳優にゾッコン。恋人は取られる、マネージャーの仕事は取られる…とすっかり蚊帳の外の元カレ・マネージャーは自暴自棄になり、ついには無茶やって下半身不随。バンド・メンバーはこの男の子供を一夜で身ごもって中絶。それから同性愛女とツルむ。もう一人のバンド・メンバーの黒人女は、弁護士めざす苦学生とつき合いながらヘビー級チャンプと浮気。途中で出てくる恋人同士が野原で走るいかにもなスローモーション場面とか、イモな描写の連発にハッキリ言って笑うしかない寒々しさだ。

 おまけに主演級の三人がいずれもプレイボーイ誌のモデルだったというズブの素人で、演技も学芸会レベル。僕はメイヤー映画なんて他に見ていないから、なるほどこんな調子でいいかげんにつくってたのかな…と半ば思い始めた。そもそもカルト映画なんて、本来真面目につくってダメになっちゃった映画を笑って楽しむという、ちょっと意地悪いスノッブなお楽しみである部分が大きい。日本映画で言えばあの狂ったようなムチャクチャな超大作、橋本忍の「幻の湖」(1982)がそうだよね。てっきり「ワイルド・パーティー」もその類の映画だと思いこんでいた。

 ところがそれにしてはこの映画、妙なところで妙に演出が冴え渡ったりするから不思議だ。

 映画はいきなりオープニング・クレジットで奇怪な殺戮現場を映し出すが、それが何を意味しているのかは明かされない。実はこれって後に出てくるヤマ場なんだけど、こういう時制の壊し方って当時は新しかったと思うよ。実はこの後に出てくるシークエンスでも、後に出てくる場面をチラチラと先にデジャ・ヴみたいに見せたりしてる。ひょっとしてこれってメイヤーの常套手段だったら、あのタランティーノが「パルプ・フィクション」(1994)や「ジャッキー・ブラウン」(1997)で時制をいじくった事も、実はここから来ているかもしれない。

 この殺戮場面のイントロは、女の口に銃口が突っ込まれ、気付いた女が悲鳴を上げるくだりで終わる。ところがその悲鳴のカットからいきなり切り替わるのは、バンドのリード・ボーカルのネエチャンが「ウワォ〜ッ!」とシャウトするカットだ。その両者が一瞬で場面転換する。この編集は実にカッコいい。

 で、さらに注目は主人公たちがロスに行こうと決意するくだり。マネージャーは「スモッグがある」とか「ジャンキーがいっぱいだ」とか渋るけど、バンドのメンバーたちは「関係ない」「いいじゃないの」などと言って意に介さない。このマネージャーと女の子たちのやりとりが、合いの手というか掛け合いみたいになってポンポンと実にテンポがいい。しかもこれらのやりとりがただ芝居として写されるのではなくて、ロサンゼルスのさまざまな映像がパッパッとモンタージュされていくくだりに声だけ乗せられていくあたりが、何ともセンスの良さを感じさせるのだ。結構長いシークエンスなのだが、パッパッと絵が切り替わるリズムと掛け合いの調子の良さで実にカッコよくまとまってる。なかなかキマってるんだよね。

 実はこんなロサンゼルス風景の小気味いいモンタージュって、僕は今まで何度も見てきたような気がする。たぶんアメリカ映画を見てきた方なら、誰でも思い当たるフシがあるんじゃないか? 今回僕は「ワイルド・パーティー」を見て、この手のモンタージュってみんなこの作品のパクりだったんじゃないだろうか…と思ったんだよね。

 例えばこんな趣向の例として一番最近のものとして思い出すのが、ハリソン・フォードとジョシュ・ハートネット主演の「ハリウッド的殺人事件」(2003)。オープニング・クレジット・シークエンスでロスのいろいろな場所にある「ハリウッド」の文字をパッパカとどんどんモンタージュしていくあたりは、あのヨレヨレな映画で唯一のカッコいい部分だ。だがそれも、おそらく「ワイルド・パーティー」のこの場面の影響下にあると考えられるんだよね。いや、これは決してこじつけじゃない。最初は「偶然の一致か」と思ったりもしたが、今は確信に至った。なぜなら「ハリウッド的殺人事件」は「ワイルド・パーティー」をどうしたって意識しているはずだ。「ハリウッド〜」の物語は、ラップグループ殺しというハリウッドの音楽産業の暗部を扱ったものだ。そして、どちらも音楽業界の大立者が殺人者になっている。これは絶対知っててやっている。意識していないはずがないね。

 もう一つ注目したいのは後半の唐突な殺戮場面で、今時のスプラッタ・ムービーや当時でもアンダーグラウンドで見られていて映画ならいざ知らず、ここでの血みどろぶりはちょっとこの時代のメジャー映画としては、ほぼ同時期の「ワイルドバンチ」(1969)と並んで珍しかったんじゃないかということ。もちろん今の目で見たらおとなしい事おびただしい。せいぜい首が飛んで、血が多少噴き出す程度だ。だけど1970年当時にこれを見たアメリカ人には、充分衝撃的だったはずだよ。

 むしろ肝心なエロの方はメジャー映画ということもあってか、いたって大人しい。元々がメイヤー映画のエロなんてこの程度の他愛もないものだったのかもしれないが、濡れ場もヌードもほんの少ししか出てこない。出てもまるっきりささやかな露出だ。たぶんイマドキの人はエロ映画とさえ思わないだろう。むしろ最後のいきなりの殺戮の方が印象に残るかもしれない。そういう意味で、あのプチ・スプラッタ描写は先駆的な意味あいがあったように思うんだよね。

 と言うわけで、この「ワイルド・パーティー」はかなり多大な影響を後年の作品に与えているということになる。しかも部分的に確かに演出の冴えを感じさせる箇所がある。そう見ちゃうとお話の陳腐さ、ドラマのいいかげんさとそれらの落差に、何とも唖然としてしまうんだよね。

 実はこの「ワイルド・パーティー」を製作するにあたって、ラス・メイヤーは自分を評価してくれたある大学生を雇った。この男ロジャー・エバートって、実はその後ピューリッツァ賞を取ることになる有名な映画評論家なのだが、そんな男が無名時代にメイヤーを手伝っているから面白い。

 こうなってみると、この映画って単にマヌケな映画ってワケじゃないと、どうしたって感じずにはいられない。後半いきなり唐突に大殺戮場面が登場するあたりの行き当たりばったりさ、そしてその時のショックが何と下半身不随の元マネージャーの足を治してしまうご都合主義。めでたしめでたしとばかり、主人公カップルの結婚式場面にヌケヌケとウェディング・マーチを流して終わるシラジラしさといい、どう考えてもバカ映画としか思えないのだが、あのところどころに見られる異様なカッコよさを考えると、これとても「確信犯」なのではないかと思えるんだよね。

 つまりは、ハリウッドの恐さおぞましさを描く「ハリウッド映画」を最大限に陳腐でバカバカしくつくる事で、ハリウッドそのものの陳腐さバカバカしさを暴露してしまおうという狙いだ。

 そもそも天下の20世紀フォックスが一介のエロ映画作家メイヤーに仕事を依頼してきた事自体、どう考えてもエロ狙いでしかないだろう。それ以外の何者でもあり得ない。そこで依頼してきた仕事とは、ショウビズの悪夢を描いた映画の続編。今回は音楽業界を舞台にしているとは言え、何だかんだ言って映画産業と音楽産業は地続きのハリウッドだ。

 そんなハリウッド・バビロンのおぞましさを告発すると言いながら、それを観客にのぞき見させるための映画づくりなんて、これほど下司な根性丸だしの企画はないだろう。しかもフォックスこそがそんなハリウッドの権化なのだから、これほどの偽善もない。ハリウッドの本流からはずれたところで映画をつくり続けて来たメイヤーと、後年には辛口映画批評家になるうるさ方のエバートは、天下のハリウッド・メジャーが恥も外聞も捨ててエロ映画づくりに乗り出した折もおり、こうしたハリウッドが元々持っている腐敗を彼らの懐の中に飛び込んで思いっきりからかってやろうと腹をくくったのではないか。

 だって首チョン斬るシーンで、何と事もあろうにお馴染み20世紀フォックスのファンファーレが鳴り響くんだよ(笑)。僕は画面を見ていて唖然となっちゃったよ。こんなとんでもない爆笑の趣向を盛り込んでいる事からも、ハリウッドをオチョクる意図は明らかではないか。そもそも斬首場面でフォックス・ファンファーレなんて、真面目な映画であるわけがないわな。

 終盤の唐突な殺戮場面は、実は1968年に起きたあのチャールズ・マンソンによるシャロン・テート惨殺事件にヒントを得たと言われている。もしそうなら彼らのオチョクリも相当なものだ。何しろシャロン・テートは元々の「哀愁の花びら」の主演女優だ。そしてマンソン事件こそ何よりハリウッドのおぞましさを体現したような事件だ。そこに鳴り響く、毎度おなじみハリウッドの権化フォックス・ファンファーレ。ここまで来ると、この映画ってまったくシャレにならないんだよね。

 ところで音楽の事が出てきたからあえて言うと、この映画の楽曲って結構イカしてる。三人組のロック・バンドが演奏する曲の数々が、当時のニューロック風のものからフォークロックまがいのものまで、結構カッコ良かったり聞かせてくれるものが揃ってる。ハッキリ言って主役ネエチャンがどう考えても演奏してないのがミエミエだとか、三人組が本来だったらギター、ベース、ドラムスの編成であるところをなぜかギター二台にドラムスという変なバンドになっているあたりとか、メイヤーはじめ音楽に精通しているとは思えないんだけどね(笑)。音楽業界を舞台にしたお話だから当然と言えば当然だが、こんな映画なのに楽曲は意外に粒揃いなんだよね。

 そして笑っちゃう設定ながら実は笑うに笑えないのが、この映画のジョーカーとも言えるZマンの存在だ。

 このZマンなる音楽業界の大物、どうやら冒頭にも挙げたビートルズ内紛の立役者の一人フィル・スペクターをモデルに描いたらしいんだよね。

 そういえば実際のスペクターもいろいろ奇行が目につく人だったらしい。天才と何とかは紙一重とは言うけれど、アメリカのポピュラー・ミュージックで革新的な事をやり続けたこの人は、やっぱりどこか変だった。

 先に述べたジョン・レノンの「ロックンロール」レコーディングの際のエピソードでも、マスター・テープを持ち逃げしただけでも相当変だが、そもそもスタジオ内で銃をぶっ放したとか、とんでもない話を聞いた事があるんだよね。つまりはそういう人だったわけ。

 この映画ではアッと驚く正体を見せるZマンだが、さすがに実際のスペクターはそこまでいかないにしても、かなりヤバい人ではあったらしい。それが証拠にこのスペクター、2003年には本当に女を銃で撃ち殺して逮捕されてしまったんだよね。まるっきりこの映画の冒頭がシャレにならない。完全に予言になっちゃったんだよね。

 まぁ、そんな奴と関わったのならビートルズだってひとたまりもないワケだ。むしろあの程度の泥沼の解散騒動で済んで良かった方かもしれない。実はビートルズの4人こそが、スペクターの「ワイルド・パーティー」にハマり込んだウブな女の子三人組バンドみたいなもんだったんだからね。

 

 

参考:

「映画秘宝Vol.1 エド・ウッドとサイテー映画の世界」
「 同  Vol.11 映画懐かし地獄'70's」
洋泉社「異説・黒澤明」文春文庫ビジュアル版 文藝春秋

 


Beyond the Valley of the Dolls

(1970年・アメリカ) 20世紀フォックス映画 製作

監督:ラス・メイヤー

製作:ラス・メイヤー

脚本:ロジャー・エバート

出演:ドリー・リード、シンシア・マイヤーズ、マーシア・マクブルーム、デヴィッド・ガリアン、ジョン・ラザー、マイケル・ブロジェット、イーディ・ウィリアムズ、エリカ・ギャヴィン、フィリス・デイビス

2004年2月14日・DVDにて鑑賞


 

 

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