「ふたりの人魚」

  蘇州河 (Suzhou River)

 (2003/01/06)


 

「ねぇ、私がもしいなくなったら、どこまでも私のことを捜してくれる?」

「え?…ああ」

「私を、まるでマーダーみたいに捜してくれる?」

「ああ、そうとも」

「…ウソつき」

 

 その街は地球上のどこでもいい。まぁ、仮に中国の魔都・シャンハイとでもしておこうか。私の名前はF、映画のホームページを運営する傍ら、この街でビデオ撮影を商売にしている男だ。私はヒマがあるとシャンハイの街を流れる川・蘇州河を船で行き来する。この川ではあらゆる人間模様を見ることが出来る。それはまるでシネコンでさまざまな映画が上映されているかのようだ。私はそこで映画のハシゴをするかのように、川の両岸に現れては消える人々の営みを見つめてみる。そこには今日も男と女のさまざまなドラマが繰り広げられているのだ。

 そんな私に新しいビデオの仕事が来た。それは怪しげなネオンサインまたたくバーでの仕事。店のオーナーのいかがわしい男に話を聞きにいくが、何やら回りくどい話ばかりしてラチが明かない。だが、辛抱強く聞いていると、この男が頼みたいのはどうもこういうことのようだった。

 このバーでは、ちょいと一味違うアトラクションをしている。店のど真ん中にデカイ水槽を設置して、そこで「人魚ショー」を行っているのだ。人魚と言っても当然ホンモノであるはずはない。金髪のカツラをつけてビキニの水着を身に纏い、足に作り物のサカナの尾ヒレをつけた娘が、水槽の中を舞うように泳ぐのだ。店のオーナーはこの「人魚」をビデオ撮影して、店の宣伝に使いたいと言うのだ。

 早速、店の中央に陣取る水槽を見に行った私。中には金髪のカツラの「人魚」が泳いでいて、私に向かって手を振っていた。

 その瞬間、私は恋に落ちた

 私とその「人魚」メイメイ(ジョウ・シュン)との愛の暮らしが始まった。だが、彼女はどこか謎めいたところのある女だった。私はメイメイに一緒に暮らそうと言ったが、彼女はそうはしなかった。私の住まいに現れて数日間一緒にいるかと思えば、さりげなく出かけてくると言ったまま姿を消した。そして、またある日消えた時と同じさりげなさで、この住まいに戻ってくる。だが、私はそんな彼女の気まぐれを愛した。そんな振る舞いが彼女には似つかわしいと思えたからだ。私は彼女に何の押しつけもしたくはなかった。したいようにさせてやりたかった。

 そんなメイメイが、私によく言った言葉がある。

 「私がもしいなくなったら、マーダーみたいにどこまでも私のことを捜してくれる?

 マーダーとは、バイク便の運搬人の男だと言う。その言葉の背後に、いかなる物語が隠されているのか。

 それは彼女が好きだと言っていた、ある映画の物語かもしれない。私がいつも自分の映画のホームページで映画の感想を書くように、自分なりにこの物語を組み立て直してみよう。それは映画そのものではないかもしれない。思い違いや記憶違いがあるかもしれない。だがそこに現れる物語は、まぎれもなく私が映画から受け取った何かであることは間違いない。

 マーダー(ジア・ホンシュン)…彼はこの川のそばでワルガキ連中とツルんでいた男。ある日、仲間が盗んできたバイクを、彼は横からかっさらって逃げた。その日から、バイクは彼の商売道具となった。このバイクを元手に商売で稼ぐ…そんなとらぬ狸の皮算用ではあったものの、現実にはバイク商売はさほど儲からない。結局、マーダーはいつまで経ってもバイク商売止まりで甘んじていなければならなかった。

 そんな彼がある仕事を請け負うことになる。依頼人はラオ・B(ホア・ツォンカイ)なる男と彼にツルんでいる一人の女(ナイ・アン)。この女、ちょいと訳アリで、マーダーとも昔なじみなのだが、それはまた別の話だ。

 頼まれた仕事というのは、いつもの荷物運びとはちょいと趣が違っていた

 離婚して一人娘を引き取って暮らしている男がいた。彼が家に女を引き込んで二人でシッポリやるためには、この一人娘がちょいの間ジャマになる。そこでマーダーが彼女をバイクに乗せて、叔母の家まで連れていってやるのだ。しかるべき時が過ぎたら、また彼女を叔母の家から父親の家まで送ってやるわけだ。

 何をどう言っても一時厄介払いされるこの娘ムーダンは、髪を三つ編みに結んだ素朴な娘。マーダーのバイクの荷台に初めて跨った時も、事情が事情だから表情は固かった。そんなムーダンをマーダーは無表情にビジネスとして叔母の家まで運ぶ。

 だが、そんな事が毎日のように続くうちに、表情を固くしていたムーダンにも無表情なマーダーにも変化が起こってくる。それは俗に言う「情が湧く」ということだったのだろうか。

 そのうちムーダンがせがむがままに、帰り道を遠回りして帰るようになるマーダー。明らかにお互いに惹かれるものを感じていた。ムーダンの誕生日には、マーダーは人魚の人形を買ってやり、まだ幼さの残るムーダンに酒を飲ませてハメをはずした一日を過ごした。

 ある日、帰り道の途中で、マーダーの家に行きたいとせがむムーダン。マーダーの殺風景な住まいでテレビの映画を無言で見つめるだけの二人。それでも二人は幸せだった。

 おっと、これでは物語が盛り上がらないな。もっと何かインパクトが必要だ。何かなくちゃならないはずだ。

 そうそう、マーダーという男、実はまったく堅気の男というわけじゃない。例の仕事の依頼人の訳アリ女とも、かつては恋仲だったこともある。この二人、当然のごとくヤバい世界とも通じる人間だったわけだ。

 だから、あくまで幼げで素朴なムーダンを愛するが故、マーダーは彼女との仲がこれ以上深みにハマるのを恐れた。彼女を自分の汚れた世界に引きずり込みたくはないマーダーは、いつしか彼女との仲を疎遠にしていこうとしていたのだ。

 だが、ある雨の夜のこと。マーダーの住まいの扉を叩く音がする。扉を開けると、そこに立っていたのはあのムーダンだった。彼女はズブ濡れになりながら、マーダーの住まいまで歩いて来たのだった。そんな彼女を見つめながら、もはや自分の気持ちも後戻り出来ないと悟るマーダーだった。

 だが運命は非情だ。例の依頼人ラオ・Bと訳アリ女は、忌まわしい企みを持っていたのだ。ムーダンを誘拐して父親から身代金をせしめる。今回の仕事は元々それが目的だったのだ。そんな企てを持ちかけられたマーダーは、とてもじゃないが言うことを聞く気になれない。そんなマーダーの気持ちを見透かすように、訳アリ女は挑むように彼に言った。「あんた、あの娘に惚れちゃったんだね?」

 だが、この世界に首まで浸かったマーダーだ。結局拒むことなど出来ない。

 マーダーに連れ出され嬉々としてついてきたムーダン。やっと二人きりの時間を過ごせるんだとハシャぐ彼女を待っていたのは、廃ビルでの拉致監禁だった。ムーダンの笑顔が凍り付く。だがマーダーはその心を無表情に隠した。

 誘拐は成功。身代金を払うことに父親が同意したとの連絡を受け、マーダーはムーダンをバイクに乗せて送り届けようとする。だが、その瞬間にムーダンは逃げ出した。走って走って、追うマーダーを振りきるように走って、ムーダンがたどり着いたのは蘇州河に架かる巨大な鉄橋だった。

 橋の手すりにぶら下がり、ムーダンはマーダーに向かって叫ぶ。

 「私はここから飛び降りるから! そして私は人魚になるんだから!

 驚愕するマーダーの目の前で、ムーダンは眼下の川の中に身を躍らせた。

 身代金をせしめたと狂喜する訳アリ女は、ラオ・Bによって射殺された。そしてマーダーも、橋で警官たちによって逮捕された。ムーダンの姿は、川に飲み込まれたまま二度と浮かんでは来なかった。

 やがて蘇州河のあちこちで、行き交う船員による人魚の目撃報告が聞かれるようになった。金髪をなびかせた大きな尾ヒレの人魚。それは、あのムーダンが生まれ変わった姿なのだろうか?

 そして月日は流れた。

 マーダーは出所して、再びバイク稼業に戻った。そんな彼がシャバに出てきてから、ずっと続けていることがある。それは彼の前から消え去った、あのムーダンの行方を捜すこと。仕事の日も休みの日も、彼はムーダンをこのシャンハイの街に求めて歩き回った。だが行方は洋として知れない。

 そんなある日、マーダーはとある店で若い女とすれ違う。

 「!!!」

 マーダーはまるで何かに憑かれたように、その若い女を追っていく。彼女が入っていった場所は怪しげなネオンサインまたたくバーだ。マーダーはそのバーに忍び込むと、彼女が支度する控え室をのぞき込む。

 そこで黒髪のその娘は、金髪のカツラをつけ、水着に着替えて、大きな尾ヒレをつけようとしていた。

 彼女はあのムーダンに生き写しじゃないか!

 このバーでは、ちょいと一味違うアトラクションをしている。店のど真ん中にデカイ水槽を設置して、そこで「人魚ショー」を行っているのだ。人魚と言っても当然ホンモノであるはずはない。金髪のカツラをつけてビキニの水着を身に纏い、足に作り物のサカナの尾ヒレをつけた娘が、水槽の中を舞うように泳ぐのだ。

 早速、店の中央に陣取る水槽を見に行ったマーダー。中には金髪のカツラの「人魚」が泳いでいて、彼に向かって手を振っていた。

 マーダーは、仕事を終えた「人魚」の控え室に忍び込むが、店の男たちに叩き出された。ならばと彼女の帰宅をつけるマーダー。彼女はあの蘇州河に浮かぶボートハウスに住んでいた。躊躇せずボートハウスに乗り込むマーダー。

 いきなりの訪問者に「人魚」は慌てた。マーダーは彼女をムーダンに違いないと話しかけるが、彼女はまごつくばかりだ。

 「あなた人違いしているわ、私はそのムーダンって人じゃない

 だが、どうしても納得出来ないマーダー。その日から、マーダーが水槽のあるバーに通い詰める日々が始まった。忍耐強く何度も何度も自分とムーダンとの物語を聞かせるマーダーだが、「人魚」ことメイメイはそんな彼の話を一笑に付すばかり。

 そんな彼女がつき合っている男がいると知れば、その男…Fの元へ押しかけるムーダン。だが、F…私はそんな彼を突き放すように言い切った。あれはオマエの知るムーダンなんかじゃないと。

 そんなマーダーの熱心さにいつしかメイメイもうち解けてきた。彼女もマーダーの話すムーダンの物語にのめり込んできた、そんな頃…。

 マーダーが人魚ショーを行っているバーから出たところを、屈強な男たちが襲う。それをほくそ笑みながら見ているバーのオーナー。それは誰あろうこの私…Fの差し金だった。卑怯な男と言わば言え。私は愛するメイメイを失いたくなかったのだ。そのためだったら何でもする…そんな気持ちに思い詰めた私だった。

 

 

 

 

 

 

 

ここからは映画を見てから

 

 

 

 

 

 

 

 だがマーダーはある日ケロッとした顔をして私の前に現れた。おそらく先日彼が男たちに襲われたのが私の仕業だと、先刻承知の上のことだろう。マーダーはこの街を出てムーダンを捜すと告げに来たのだ。彼女はきっとどこかに生きていると言い残して、マーダーは私の前から去っていった。

 ところがマーダーは、あのムーダンとの再会を実現してしまう。キッカケはムーダンの誕生日に彼女に飲ませた酒だった。同じ銘柄の酒を求めにとあるコンビニに入った時、彼はムーダンを見つけてしまった。彼女はそのコンビニの店員をしていたのだ。長い月日を経て見つめ合う二人…。

 警察からの知らせを聞いた時、私は耳を疑った。身元確認のために警官たちに連れられ、慌てて現場へ駆けつける私。それはあの蘇州河のほとり。二体の水死体が岸に上げられ、その回りを警官と野次馬たちが取り囲んでいた。そこに横たわる男の顔は、まぎれもないあのマーダーのものだった。そしてその隣りに冷たくなって横たわっているのは…。

 私はその足でメイメイを呼びに走った。川からクレーンで引き揚げられるマーダーのバイクが見える。私と共に現場にやって来たメイメイは、そこに横たわったままの二人を見て息を呑んだ。マーダー…そしてムーダン。メイメイとうり二つの少女。それを見たメイメイは、深い衝撃を受けていたようだ。「あの人の言っていたことは本当だった。ムーダンは本当にいたんだわ」

 その日、私はメイメイと彼女のボートハウスに二人きりで過ごした。久しぶりにしみじみ語り合う私とメイメイ。

「ねぇ、私がもしいなくなったら、どこまでも私のことを捜してくれる?」

「え?…ああ」

「私を、まるでマーダーみたいに捜してくれる?」

「ああ、そうとも」

「…ウソつき」

 ともかく嵐は去った。すべては片づいた。私は、また二人の平穏な暮らしが戻ってくると思っていたのだが…。

 翌日、メイメイは去ってしまった。彼女のボートハウスはもぬけの空だった。そこに彼女の書き置きを残したまま…。

 「私を愛していたら、私を捜して」

 

 この映画のことは、知人から聞いていてすごく見たかったんだよね。お話としても僕の興味を惹くものだと直感的に感じた。出演者も監督のロー・イエも耳慣れない名前だったが、何となく僕好みの映画の予感がしたんだね。今回DVDで初めて見ることになったんだけど、その予感は的中した。いや、予想以上に感銘深い映画だった。

 ヒロインを巡るウリ二つの女の物語が金髪のカツラを介して展開するあたり、誰がどう見てもヒッチコックの「めまい」を思い起こさせるよね。そんなことを言うと、またブライアン・デパーマの「愛のメモリー」みたいなヒッチコック・フォロワーの作品かと言われてしまいそうだ。確かにそうなんだが、こちらの方が圧倒的にオリジナリティがある。

 元々、僕は悲痛さのあるヒッチコック映画が大好きだ。そしてフォロワーがつくるこの手の悲痛な映画にも惹かれてしまう。そんなヒッチコック・フォロワーの悲痛なラブ・ストーリーと言えば、何と言ってもフランソワ・トリュフォーのそれが思い出されるところだろう。近年もその手の傑作としては、「氷の接吻」があった。これなんかヒッチコック…というより、トリュフォーのフィルターを通したヒッチコック・タッチといった趣があった。この作品も紛れもなくそうしたトリュフォー=ヒッチコック・タッチの傑作だと思う。

 現実と幻想とが語り手とマーダーという二人の男を挟んで交錯するあたりが何とも不思議な感触だし、そんな夢とマコトが入り組んだ構造や、語り手の「私」がビデオ作家であるあたりの「メタ映画」ぶりがトリュフォー・テイストを思わせるんだね。

 ヒロインを演じているジョウ・シュンは、何とも不思議な個性で見る者を魅了する。この後、「中国の小さなお針子」といった出演作が控えているようだが、注目すべき女優だね。もちろんロー・イエの次回作も見逃せない。現代中国映画ってのはここまで進んでいる。もうエキゾチシズムだけで人を惹きつけるものではない。当たり前のことながら、改めてその事実を痛感したね。

 そんなこの映画は、つかみどころのない愛の実感というものを雄弁に伝えてくれる。人は相手を愛するのだろうか。それとも幻想を愛しているのだろうか。それとも、幻想も強く願っているうちに現実となるのだろうか。分からない。分からない。僕にはもう何も分からなくなった。でも、相手をこの腕に抱きしめている時だけはホンモノだ。そして何よりも、愛しているという実感こそは真実なのだろう

 そしてその実感を手に入れるために、女は姿を消すのかもしれない。そんな女を追い求めていくことこそ、愛なのかもしれない。それを幻と振りきることこそ、現実なのかもしれない。どちらも真実なのだろう。この映画はそう僕らに語っているかのように、今の僕には思えるのだ。

 

 「私を愛していたら、私を捜して」

 私も消えたメイメイを求めて、マーダーのようにどこまでも探し求めてみようか。

 いや、やめておこう。あれは単なる物語だ。数限りなく公開される映画と同じ。単なる良く出来た、愛の物語。それにとどめておいた方がいい。

 だが、本当にそうだろうか?

 街の景色の中で、一人で佇む部屋の中で、行き交う人々の群の中で、暗闇に包まれながら凝視するスクリーンの中で、電話回線を介したコンピュータ・ディスプレイの中で…知らず知らずのうちに私は、今も彼女の面影を求めている。

 彼女の声、彼女のまなざし、彼女の香り…。

 どうしても振り払えない、忘れようとしても忘れられない。捜すまいと思ってもいつしか求めてしまう。それは単なる幻想なんだろうか。

 それこそが愛の真実ではないのか。

 

 


蘇州河 (Suzhou River)(2000年・中国、ドイツ、日本)

監督・脚本:ロー・イエ

製作:ナイ・アン、フィリップ・ボバー

出演:ジョウ・シュン、ジア・ホンシュン、ナイ・アン、ヤオ・アンリェン

2002年12月22日・DVDにて鑑賞


 

 

 to : Archives - Index 

 

 to : Outlaw Index

   

 to : HOME

 

 

Ads by TOK2