「サイコ」

  Psycho

 (2002/09/02)


 

 

映画未見の方はお読みにならないでください

 

 

 中西部の田舎街、アリゾナ州フェニックス。12月11日金曜日、午後2時43分。そのけだるい昼下がり、いわゆる「連れ込み宿」にシケ込んでいる男女が一組。今まさに部屋でイチャつき合っているジャネット・リーとジョン・ギャビンがそれである。二人はつい先ほど一戦交え終わったところ。ギャビンはさらに時間の許す限り続けようとその気充分だが、リーの方はと言えば会社の昼休みを抜け出しての慌ただしい密会に少々お疲れ気味。それも毎月ギャビンが出張でこの街を訪れるたびの束の間の情事だから、 リーの疲れもひとしお。いいかげんそろそろ「結婚」の二文字が頭をよぎり始めてもいた

 だがギャビンとしては、そうはいかない。離婚経験者としての彼には前の妻に払わねばならない慰謝料があるし、何より親が残した莫大な借金があった。そんなこんなで首が回らないところに、しがない商いで細々と生計を立てている身となれば、とてもリーを花嫁として迎えるには気が退ける。いつか事態が好転したら…と胸に期するギャビンではあったが、いつになってもその日がやってくるアテはない。これは実に男としてツラいところではあったが、彼とてもどうすることも出来ないのだ。結果、いつまでもつかず離れずで続く二人の関係。それでも彼女と会えれば天国だと思えるギャビンの男心ではあったが、リーの方では出口の見えない状況にさすがに業を煮やし始めた。あげく折角の楽しい逢瀬の場でも愛する男の一挙手一投足が気に障り、ついついイヤミの一つも言いたくなるリー。彼女の気持ちも痛いほど分かるだけに、責めるに責められず黙って不平不満を引き受けるしかないギャビン。そんな互いの思いが空回りする、何ともやるせない今日この頃であった。

 あぁ、金さえあれば…。

 そんなモヤモヤを抱えたまま仕事場である不動産屋に戻ったリーだが、気の晴れない時には次々と間の悪いことが降りかかるもの。同僚のパトリシア・ヒッチコックはというと新婚のおのろけ話を連発して、結婚を望みながら思うにまかせないリーを煽りに煽る。それだけでもたまらないところに、この日はさらにウンザリすることがあった。社長が商談の相手を会社に連れて来たのだが、こいつがいかにも金権体質のガハハオヤジ。エロ劇画雑誌の裏表紙あたりに載っている開運グッズ広告か何かで、金髪女と裸で札束プールにどっぷり浸かってそうな、品のカケラもない男だ。この日は社長と商談がまとまったらしく、いきなりキャッシュで4万ドルをポン。おまけにガハハオヤジの常として下半身に人格がないから、ジャネット・リーに気がある素振りもムキ出しでチョッカイを出す。フトコロから取り出した湯気の立つような4万ドルの札束を、リーの目の前でヒラヒラさせて言いたい放題だ。シケた顔するな、世の中は金だ、不幸なんて金で吹き飛ばせばいいんだよ…などと、デリカシーなぞ微塵もない発言を連発。世間じゃ必死の思いで年金おろした老人から金を盗るケシカラン輩も数多くいるが、この手のいけ好かん奴を襲うんなら拍手喝采受けようものを、どうして強盗たちはああいったガハハオヤジを襲わない。ああいう奴は襲われて当然なのに、どいつもこいつも根性がなくていけない。それはともかく、今何より金がノドから手が出るほど欲しいジャネット・リーの気持ちも知らず、ガハハオヤジは無神経にも挑発を繰り返す。不幸を金で吹き飛ばせって? 出来りゃとっくにそうしてる。

 そんな折りもおり、社長はすっかり煮つまったジャネット・リーに、事もあろうにこの4万ドルを銀行に預けに行ってくれと頼む。思えば先ほどの同僚、次いで金権ガハハオヤジとお膳立てが済んだところで、この社長がダメ押しで彼女の背中をポンと後押ししたも同然。これはもう盗んでくれと言っているようなもの。リーの理性の最後の砦は、ガラガラと音を立てて崩れ落ちてしまった。彼女は社長に頭痛による早退を申し出ると、帰宅途中で銀行に4万ドルを預けに行くと告げて会社を出た。

 その数十分後…。

 ジャネット・リーはアパートの自室にいた。ただし当然のことながら寝てなんかいない。旅行カバンに身の回りの物を詰めて、旅立ちの準備に余念がない。そんな彼女の手元にあの4万ドルの札束が、封筒に入ったまま置いてあったのは言うまでもない。

 かくしてコッソリと車で街を出るジャネット・リー…といきたいところだが、こういう時には間の悪いことが立て続けに降りかかるのは先ほど述べた通り。交差点の赤信号で停止した時、たまたま運の悪いことに横断歩道を歩くあの社長と遭遇。そこにジャネット・リー、よせばいいのにいつものクセで、フト手なんか振って挨拶しちゃうから何ともマズイ。あんた頭痛で早退したんじゃなかったの?

 焦って車を飛ばしに飛ばすものの、そのうち夜もどっぷり暮れてくる。思えばこの日、ジャネット・リーにはあまりにいろいろな事がありすぎた。ベットリと彼女の全身にまとわりついた疲れが、そのまぶたを重くする。かくして彼女は車を沿道に停めて、車中一泊とあいなった。

 ところが間の悪いことは続く。翌朝彼女が目覚めてみれば、目の前にグラサンかけたパトロール警官がいるではないか。そりゃ辺鄙な道端に車を停めて、若い女が居眠りこいてりゃ不審に思うのがスジってもの。ところがジャネット・リー、思いきりビビりまくるからかえって怪しまれ、あげくナンバープレートは控えられるわ運転免許証は見られるわ。やっと警官から解放されて車を発進させても、ハタと気付けばパトカーが背後からついてくるではないか。これにはさすがにリーもまいった。しばらくしてパトカーが尾行をやめても、まるっきり安心できないリー。次の街で早速中古車屋へ出向き、今彼女が乗っている車と交換を目論んだ。だが、その商談中に例のグラサン警官がひそかにやって来て、そんな彼女の様子を遠くからうかがっているではないか。何のことはない、ここで車を交換しても意味がない。慌てまくりで試乗もせずに新しい車に乗り換えた彼女は、怪しむ中古車屋のオヤジやグラサン警官に見守られながら再び出発した。

 車をひた走りに走らせるジャネット・リーの脳裏に、さまざまな思いがよぎる。今ごろ職場では、いつになっても出社しない彼女を社長が気にし出す頃かもしれない。いや、もうすでに家に電話している頃かもしれない。それでも誰も電話に出ないから、今度は姉の家に電話しているかもしれない。そして、銀行にお金が預けられていないことがバレているかもしれない。社長は長年働いてきた彼女が悪事に手を染めるなんて信じられるだろうか。でも、いつかは真相に行き当たるだろう。そういえば、昨日頭痛で早退したはずなのに、なぜか車に乗って出かけていたっけ…。そんなことを誰かと話しているかもしれない。あのガハハオヤジもさぞかし怒り狂うことだろう。俺に気のある素振りなんか見せやがって、とんでもない性悪女だ、俺の金をどうしてくれる。…そんなガハハオヤジの怒り狂いっぷりを想像したら、今まで張り詰めた気分でずっと沈痛な思いだったジャネット・リーも、ほんの少しだけ愉快な気分になった。ざまあみろだ、あのセクハラガハハオヤジめ。

 そんな事を考えながら走っているうちに、再び夜のとばりが降りた。しかも激しい雨も降り出した。あまりのドシャ降りぶりに視界も悪くなる。このままじゃ運転も危うい。そんな彼女の思いを知ってか知らずか、真っ暗な前方からおぼろげに電飾看板が浮かび上がってくるではないか。それはまるで彼女をどこかに誘い込むかのように、妖しげな光をあたりに放っていた。

 「ベイツ・モーテル」

 故郷の街からも遠く離れた。あのしつこい警官ももはや追っては来ない。そして何よりこの激しい大雨だ。ここでちょっと休んでいってもいいではないか。ジャネット・リーはそう自分に言い聞かせたか、車をその寂しいモーテルの駐車場に滑り込ませた。

 

 

 

 

 

 

 

まだ見ていない人はここまで!

 

 

 

 

 

 

 

 案の定、このモーテルに他に客はいなかった。やって来たジャネット・リーを迎えたのは、まだ若いこのモーテルの管理人ノーマン・ベイツことアンソニー・パーキンスだ。

 彼いわく、このモーテルにはめったに客が来ないとか。新道が開通して以来、旧道沿いのこのモーテルはめっきり寂れてしまった。パーキンスは久々に客が来た嬉しさからか、やけに人なつっこくリーに接してくる。こんな若者がなぜ一人でこんなモーテルを経営しているのか不思議に思ったリーだが、実は彼はここに一人で住んでいるわけではない。このモーテルを見下ろすかたちの高台にそびえる母屋には、彼の病弱な母親がこもっているのだ。

  リーがここで食事がとれるかどうかを尋ねると、ベイツ=パーキンスは自分と一緒に食べようと言ってくる。彼の寂しさを思いやったリーは、そんな彼の申し出を受け入れることにした。管理人室の隣の1号室を今夜の宿としたジャネット・リーは部屋に入り、ベイツ=パーキンスは、母屋まで食事を取りに行った。

 部屋で一息入れるジャネット・リー。だが、あの4万ドルの札束がはいった封筒を見るとたちまち気が休まらなくなる。彼女は札束を封筒から取り出すと、新聞紙に包んでまるでゴミみたいに見せかけた。これで一安心か…。

 何やら声が聞こえる。

 一体何の声だとジャネット・リーが表に出てみると、どうやら声は母屋から聞えて来るらしい。それは二人の人物が言い争いをする声だ。

 「あんな女にマンマとたらし込まれおってからに」「母さん、あの人はそんな人じゃないよ」「う〜んにゃ違う、若いおなごは皆同じじゃ」「やめてよ母さん、そんなんじゃないって」「う〜んにゃ違う、色気づいたおなごは股おっ広げてフェロモンぷんぷんさせて誘ってくるに決まっとるんじゃ」「母さん、いつフェロモンなんて言葉覚えたの?」「常識じゃろうが。フェロモンというのはな、ありゃ言わば邪悪なフォースの暗黒面というやつじゃ」「母さん、何だかヨーダみたいな話し方だよ?」「ならおまえもアミダラに誘惑されないように気をつけるんだね!」

 その片方は明らかに先ほどのベイツ=パーキンスの声、そしてもう一つの声は聞き覚えのない声だが、まさかヨーダということはあるまい。老婆の声らしく聞えるところから彼の母親であることは間違いない。窓にも照明に照らされた老婆のシルエットが映っている。

 食事を運んでやって来たベイツ=パーキンスの表情はさえなかった。彼はさすがにリーに先ほどのやりとりを聞かれたことを察して気まずい表情を浮かべた。

 「迷惑かけちゃって悪かったわね。お母さんってヨーダなの?」「いや…母さんは病気で、時々ちょっとおかしくなるんだ。フォースの暗黒面とかいうものらしい」

 二人は管理人室の億にある、ベイツ=パーキンス御自慢の応接室に入った。すると部屋狭しと置かれた数々の鳥や動物の剥製。この剥製づくりこそ、ベイツ=パーキンスの唯一の道楽と言えるものだった。

 こんなもの寂しいモーテルに一人ポツンと取り残され、母親の世話のために縛られたあげく、 口うるさく抑えつけられる日々。そんなベイツ=パーキンスに同情したジャネット・リーは、彼の本音を聞き出そうとしてみる。だが、彼はそんな自分の境遇をたまらなくは思っていても、そこから脱しようとは思ってはいないようだ。「仕方ないよジェダイの宿命だから。ヨーダ…じゃなかった母さんを置いていくわけにもいかない」

 彼いわく、人は罠にハマったらどうやっても逃げることは出来ないという。そりゃそうだ、「エピソード1」でアナキンがどんなに無邪気な坊やだったとしても、今度出来る「エピソード3」ではダースベイダーになっているのが宿命だ。ジャージャービンクスの出番を減らすことは出来ても、フォースの暗黒面からは逃れられないのだ。ジャネット・リーがつい同情心から母親を捨てることを持ちかけたのが裏目に出たか、妙に興奮してきたベイツ=パーキンス。鼻息も妙に荒くなってきて、まるでデカくて黒いヘルメットの奥から響いてくるように、不気味にス〜ッハ〜ッとこもったような音が聞えてきた。フォースの暗黒面ってこれのこと?

 一方ジャネット・リーには、ベイツ=パーキンスの話を聞いているうちに自分に思い当たるフシがあった。罠にハマった人間。思えば自分も何かの罠にハマってしまったのだ。今になってようやく目が覚めた。こんなことをするなんて全くどうかしていた。それに気付いて憑き物が取れたかのようにスカッと気が晴れた彼女は、引き留めるベイツ=パーキンスを部屋に残して、自分の今夜の宿である1号室の部屋に戻って行った。

 リーは部屋に戻ると、今まで使ってしまった金額の計算をした。彼女はフェニックスの街に戻り、やり直す決心をした。罠にハマっていてはいけない。ヤケを起して自暴自棄になるんじゃなく、罠から逃れられないと甘んじることなく、何とかもう一度出直すんだ。ベイツ=パーキンスみたいになってはいけない。そう考えた彼女は気が軽くなって、汗をながしてスッキリするためにシャワーを浴びる気になった。

 だが、当然この夜はそれで終わるわけがなかった。

 お金を返そう、罪を認めよう…そんな決意も新たに、着ているものを脱いでいくジャネット・リー。どこからともなく「タブー」のメロディが聞えてくる中、脱ぎながら「ちょっとだけよ」のお茶目なギャグも飛ばす軽やかさだ。

 全裸になってシャワールームに入ると、リーは蛇口をひねる。噴き出す湯を一身に浴びて、身も心も清められるような心地だ。自分はまだやり直せる。そう思ったからこそ、心も軽く湯のしぶきに身をゆだねるリーではあった。思わず口から鼻歌もついて出る。「はぁ〜ババンババンバンバァ〜ン…」

 その時!

 シャワールームのカーテンを乱暴に開いて、何者かがジャネット・リーの前に立ちはだかった。そのシルエットは…ヨーダか? 加藤茶か? いや、老婆だ! ともかくその手には出刃包丁を握っているではないか。

 「宿題やったか〜!」

 出刃包丁を振り降ろす何者かのシルエット。リーは何を思ったか、「はぁ〜ビ〜バ〜ノンノン!」と悲鳴を上げる。しかし何者かはおかまいなしに次々と出刃包丁を振り降ろす。

 「お風呂はいったか〜!」「夕飯食ったか〜!」「歯はみがいたか〜!」 はぁ〜ビ〜バ〜ビ〜バ〜ビ〜バ〜!

 そして出刃包丁を振るうだけ振るうと、謎のシルエットは「また来週ぅ〜!」と言い放ってシャワールームを出て行った。その時にはうつろなまなざしのジャネット・リーは、もはや虫の息で「いい湯だな」なんて歌う元気なんかある訳がなかった。何とかカーテンにつかまろうとしたが、彼女の全体重をかけたらひとたまりもない。カーテンは留め金からどんどんはずれて、もはや息絶えたジャネット・リーの体はシャワールームの床に投げ出された。

 シャワーの湯は、何事もなかったかのように放たれたまま。

 そんなここ1号室のシャワールームに、慌てふためいて駆け込んで来たベイツ=パーキンス。だが彼は、シャワールームで亡骸になったジャネット・リーの姿を見るや、愕然として身動き出来なくなった。壁に飛び散った血が手につく。血に染まった自分の手を見つめたベイツ=パーキンスは、ついつい自分の十八番を披露せずにはいられない。

 「なんじゃこりゃ〜っ?」

 思わず瞬間芸の「太陽にほえろ!」ジーパン刑事マネなんかしてしまうが、もちろんそんな事している場合ではない。

 ええいままよ。もうベイツ=パーキンスはためらわなかった。リーの亡骸ははずれたビニールカーテンで包んで運び出す。血で汚れたシャワールームは洗い流す。さらにリーの亡骸ともってきた荷物は、すべて彼女の車のトランクに放り込む。彼女がこんな罠にハマるキッカケになってしまった、あの4万ドルの札束の入った新聞紙とともに。

 そして車をモーテル裏手の沼のほとりまで走らせると、そのまま車を沼に滑り込ませた。ブクブクブクブク…罪と秘密を乗せたまま車は沈む。これですべては消えて闇に葬られる。多摩川のアザラシ「タマちゃん」も泥水の中に一時は消えていた。

 仕方ないんだ、こうするしか方法がない。証拠隠滅こそが孝行息子にとれるただ一つの道だった。

 少なくともベイツ=パーキンスだけはそう思っていた…。

 

 

 

 

 

 

 

映画が見てから読んで!

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日後、ここはフェニックスから遠く離れた街でしがない商売を営むジョン・ギャビンの店。突然一人の女が押しかけてきたことから物語は新たな展開を見せる。彼女はあのジェネット・リーの姉ヴェラ・マイルズ。彼女は失踪した妹がギャビンのもとに身を寄せたものと思い込んで、わざわざここまで押しかけて来たのだ。何のことやら分からず大慌てのギャビンだが、そこにもう一人珍客が現われたためにもつれた糸がますますもつれた。そのもう一人の客というのがアブラギッシュな中年男のマーティン・バルサム。例のなくなった4万ドルのキャッシュを追っている探偵である。当然、4万ドル紛失の件は失踪したリーが疑われていることはいうまでもない。ただし今の段階でお金が戻れば、まだ罪は不問になる。そのため姉のマイルズは妹を説得するためにやって来たし、姉が妹の居所を知っているものと睨んだ探偵バルサムもその後をつけたという訳だ。だが、ギャビンも当然のごとく彼女の足取りを知らない。むしろそんな大事になっていると知って、彼女の安否を心配し始めるアリサマ。これにはギャビンが妹の居所を知っていると思っていたマイルズもショックを隠し切れない。ギャビンはマイルズと共に、リーの行方を調べなくては…と決意するのだった。

 さて、こんな状態を見たバルサム探偵は、これでは別のセンを調べねばなるまいと沿道をシラミつぶしに当たり始めた。しかしリーの足取りはつかめない。そんなこんなでたどり着いたのが、何とも怪しげな「ベイツ・モーテル」だ。

 出てきた管理人アンソニー・パーキンスがこれまた挙動不審。リーの写真を見せても「知らぬ存ぜぬ」一点張りだが、宿泊台帳を調べると失踪当日に宿泊した女で「パドメ・アミダラ」なるいかにも偽名くさい名前が一つある。筆跡を見てみると、明らかにこれはリーその人だ。なのに、ベイツ=パーキンスはなぜかトボケてばかり。母屋には母親がいるらしいのだが、話を聞きたいと言っても聞き入れてもらえない。窓には母親の人影が見えるのに…。

 ますます怪しい。

 一旦、「ベイツ・モーテル」を出たバルサム探偵は、マイルズの元に電話を入れて怪しいモーテルを発見したと告げる。母親が何やら知っているかもしれぬと睨んだバルサム探偵は、この老婆に接触を試みると彼女に言い残した。

 コッソリと「ベイツ・モーテル」に舞い戻ってきたバルサム探偵。だが管理人室にベイツ=パーキンスの姿はなかった。

 ならば…と母屋に歩いていくバルサム探偵。よくよく考えてみれば、な〜んも分かってないボンクラ和泉元彌にダブルブッキング問題を聞いても能楽協会追放問題を聞いても、ロクに答えられる訳がない。そういうことは本来すべてをコントロールしている節子ママにこそ聞くべきだ。

 バルサム探偵は母屋の扉をゆっくり開き、人けのない内部に入って行った。目の前には大きな階段が。問題の母親は二階にいるらしい。バルサム探偵はゆっくりと階段を上って行った。

 すると!

 二階の部屋の扉がバ〜ンと開いて、飛び出してきたのはヨーダならぬ節子ママか? その手に鋭利な刃物を持ち、階段を上って来たバルサム探偵目がけて振り下ろした。

 追放するならしてみなさい!

 うわ〜っと叫ぶバルサム探偵は、もがき苦しみながら階段をドドドドッと滑り落ちていき、最後に床に叩き付けられるように倒れた。即死だった。節子ママがその様子を見て、和泉家500年の歴史は能楽協会よりも長いのよ…と溜飲を下げたかどうかは分からない。

 かくして、またもブクブクと沼に沈んでいくバルサム探偵の車…。

 だが、今回ばかりはマズかった。バルサム探偵からの電話を受けたヴェラ・マイルズは、その後も探偵からの引き続きの連絡を待っていた。だが彼はそのまま消息を絶ってしまった。何かあったに違いない!

 胸騒ぎを感じたマイルズは妹の恋人だったギャビンと連絡を取り、「ベイツ・モーテル」が怪しいという結論に達した。そこでギャビンが夜中に「ベイツ・モーテル」へ出向いたが、生憎と管理人室には誰もいないし、肝心のバルサム探偵の車すらもない。母屋の窓には灯りで母親らしきシルエットが見えていたが、まさか上がり込んで聞くわけにもいかない。

 そこでマイルズとギャビンは、付近を管轄にする保安官の自宅に押しかけて事態を説明したのだが、彼らの言い分は軽く一蹴されてしまう。人けのないモーテルにひっそり母親と暮らす、気弱そうな若者…そんな男が犯罪に関わると思えるか?

 納得出来ないマイルズは保安官に食い下がり、バルサム探偵がベイツ=パーキンスの母親に会いに行こうとしていた話まで披露した。すると保安官は慌てず騒がずキッパリ反論するのだった。

 「彼の母親はいないよ。もう何年も前に死んでるからね…」

 

 

 

 

 

 

 

この映画を見ていない人、ならびに「エクゼクティブ・デシジョン」「スクリーム」「15ミニッツ」を見ていない人は、お読みにならないでください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰が何と言っても揺るがない、泣く子も黙るショッカー映画の最高峰。傑作が目白押しのアルフレッド・ヒッチコックの作品群の中でも、代表作に挙げられるうちの一本。な〜んてことは改めて僕がこんなところで言うべきことでもないんだよね。釈迦に説法のレベルのお話になっちゃう。言うまでもなく文字通り「サイコ・キラー」ものの元祖になった作品だからねぇ。この映画の影響下に生まれた作品はクサるほどあるし、ご存じヒッチ・フォロワーのブライアン・デパーマに至っては、「キャリー」から「殺しのドレス」とあの有名なシャワールームのシーンを飽きもせずパクってる。バーナード・ハーマンの弦楽器で固めた音楽は、そのシャワールームの殺しの曲が「キャリー」のサイキック・パワー発揮シーンに転じてパクられてるし、単調な音の繰り返しが印象的なテーマ曲が「ジョーズ」のテーマ曲に影響を与えてもいる。この手の直接影響を挙げて言ったらキリがないね。

 しかもこの映画、後に詳しく述べるけれども観客が「これは主役」と思うキャラクターが、ドラマの途中で死んで一転してしまう。この意表を突いたドラマ展開はまだ新鮮らしく、最近でもカート・ラッセルとスティーブン・セガール主演の「エクゼクティブ・デシジョン」、ウェス・クレイブンの「スクリーム」、さらにロバート・デニーロとエドワード・バーンズ主演の「15ミニッツ」で流用されて効果を挙げていた。それもこれも、この「サイコ」なしにはなかったものかもしれないのだ。

 これほどの「名作」をリメイクしようという試みも当然行なわれたが、ガス・ヴァン・サントほどの強者にして「サイコ」は手強い相手だったのか、それとも神聖にして侵すべからざる領域だったのか、どうもオリジナル「サイコ」をそのままコピーしてカラー化しただけの作品になってしまったらしい。それもまさに全カットそのまんまという出来映えだったらしい。それじゃあリメイクなんかする必要ないよねぇ。しかも、ジャネット・リーの役をアン・ヘッシュっていうのはともかく、アンソニー・パーキンスの役をヴィンス・ヴォーンっていうのは何を考えたんだろうね。出て来た瞬間から怪しいではないか。オリジナル「サイコ」の狙いは明らかにそうじゃなかった。で、そこがまさにミソだったはずだ。

 僕はこの映画をテレビで何度も見ている。ただし吹き替えでカットされててCMがバンバン入るかたちだったから、オリジナルに近い状態で見たことがなかった。それで改めて今回DVDで見てみようというわけ。

 先ほどから繰り返し述べているように、再三再四引用、オマージュ、パクり、パロディ化されている題材。しかも僕は不完全版とは言えテレビで見てもいる。だから、今更ヒッチコックが初公開時に求めたようなネタバレなしの新鮮な状態でこの映画に接するなんて、求めるべくもない。途中で主役と思えたジャネット・リーが死んで画面から退場してしまう衝撃もないし、アンソニー・パーキンスが罪もないかわいそうな青年でない事も割れている。彼がなぜそうなったかの真相だって、例えこの映画のストーリーを事前に知らされてなくとも、今時の人なら難なく察するだろう。この時は「サイコ・キラー」の概念すらなかったから「まさか」ということになったけど、今時は「おとなしそうでマジメそうな奴から疑え」って感じだもんね(笑)。それだけ時代も変わったってことなんだろう。いや、この「サイコ」がその概念を変えるのに一役かった可能性がある。

 だから、この映画の一番のうまみである「衝撃」「驚き」の面で著しく減退してしまうのは否めない。そうなっちゃうと、これって見ても面白くもおかしくもない映画になっちゃうかなと覚悟して見た。

 確かにビックリも驚きもしない。

 だけど、そういうショックがないだけ、実はヒッチコックのうまさは思いきり際立って見える。これは意外な収穫だったね。

 冒頭からしばらくはジャネット・リーを主役と見せたい意図があるので、彼女の横領を無理なく描くのに全力を注いでる。このあたりがまずうまい。本当のドラマの原動力となる犯罪が起きるまでには時間があって、そこまでのサスペンス醸成のためにドラマの本筋ではないジャネット・リーの横領をじっくり描いているわけ。だがドラマが本筋に入った時、金を盗んだ悪い奴が殺されても当然…という印象になってしまうとブチ壊しになってしまう。そこで彼女がそこまで追い詰められるに至った理由を実に無駄なく合理的に説明。観客を彼女に感情移入させ、一緒に共犯関係を結ばせるドラマづくりだ。この手際が実に見事だね。彼女が街から脱出するくだりでたっぷりハラハラさせる。ようやく彼女が「ベイツ・モーテル」にたどり着いた時、僕らも彼女もホッと一息つくことになるわけだ。

 ここで登場するアンソニー・パーキンス。公開当時は繊細で善良な青春スターのイメージがあったための起用だったろうが、今じゃ「サイコ」以降のアブない人イメージがベットリついてるから、残念ながら観客は当時と同じ気分には浸れない。これは余談だが、本作は20年以上経って続編「サイコ2」が制作され、何と最終的には4作目までつくられるシリーズ化を果たした。その際にパーキンスは一貫して主演し、3作めでは監督まで兼任だからね。俳優としてのキャリアをすっかり狂わせて、完全にノーマン・ベイツその人とイメージを同化させちゃったわけ。

 それでも彼が、ジャネット・リーが殺された後で慌てふためいて部屋から証拠隠滅を図るくだりでは、ついつい彼に肩入れして見てしまうから不思議だ。それが証拠に沼に沈めた車が、沈み切らずに一旦水面で止まってしまうシーンでは、僕も含めて見ている人すべてが「ヤバイッ」と思ってしまう。何といつの間にか、僕らは今度はアンソニー・パーキンスに感情移入していることになるんだね。

 パーキンスと母親の一人二役あたりは、今ではありふれた趣向でもはや驚くこともない。だが、それでもこの映画には、映画の話法のうまみが詰まっている。見慣れて見飽きて手垢がつきまくったはずのシャワールームの惨劇も、やっぱり人間が裸になった時の無防備さに訴えてきてイヤ〜な気分になるし、カットの切り方つなぎ方で暴力的なイメージをつくり出した手際のよさは不滅だ。

 それより何より驚いたのは、ショッカーとしての破壊力を失ったこの作品の、ドラマとしての力強さだ。罠に落ち込んでしまったジャネット・リーとアンソニー・パーキンスの無限地獄。パーキンスはともかくとして、特にジャネット・リーのドツボのハマり具合は身につまされる。これ見ちゃうと、煮つまった時についついバカな考えに取り憑かれて自滅しちゃったり墓穴掘ったりしてる自分のことをいやが上にも思い出す。いわゆる「怖い映画」としてだけではなく、ドラマとしての骨格がしっかりしてる。これはもちろんヒッチコックの話術のうまさもさることながら、SFホラー・テレビシリーズの知られざる名作、「アウター・リミッツ」のメイン・クリエイターであったジョゼフ・ステファーノの脚本の見事さでもあるように思える。思い起こしてみれば「アウター・リミッツ」、怖くて奇想天外なエピソード揃いではあったが、その根幹にはいつもしっかりした人間ドラマが横たわっていたっけ。僕はあの番組を見て何度泣かされたか分からない。そんなステファーノの資質も、この「サイコ」には遺憾なく発揮されているように思えるんだね。

 元々「サイコ」って言葉は「サイコロジー=心理学」から来ているわけで、この映画においてはアンソニー・パーキンスの異常心理を指しているのに違いない。でも僕はこの「サイコ」って言葉、いたってフツーの人ジャネット・リーが、ひょんな事から落ち込んでしまった精神のドツボ状態のことも指しているように思えるんだよ。だから何かを思い詰めて視野が狭くなった人には、ガタガタ言わずに迷わずこの「サイコ」を見せた方がいいかもね。ヤケを起こしている人、毒々しい思いに取り憑かれている人、熱くなって冷静さを欠いている人にこの映画はもってこいだ。だってクドクド説教したって人は言うこと聞きやしないだろう? それよりこの映画の方が100倍威力がある。話術に長けた映画づくりの名手、銀幕の真のマエストロ=ヒッチコックが、あなたに代わって腕によりをかけて説得してくれるからね。

 思いとどまりなさいよ、よく考えなさいよ、こうはなりたくないだろう…って。

 

 

 


Psycho

(1960年・アメリカ)パラマウント映画

監督・製作:アルフレッド・ヒッチコック

脚本:ジョゼフ・ステファーノ

出演:アンソニー・パーキンス、ジャネット・リー、ジョン・ギャビン、ヴェラ・マイルズ、マーティン・バルサム、サイモン・オークランド、ジョン・マッキンタイア、ジョン・アンダーソン、パトリシア・ヒッチコック

2002年8月17日・DVDにて鑑賞


 

 

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