#01 

 「光と闇の伝説/コリン・マッケンジー」

   (初公開時タイトル「コリン・マッケンジー/もうひとりのグリフィス」)

  Forgotten Silver

 (2018/12/10)



 

念のために映画を見てからお読みください。

 


 ニュージーランドを代表する映画作家ピーター・ジャクソンが「それ」を発見したのは、ちょっとした偶然からだった。叔母であるハナ・マッケンジーの家の納屋に古いフィルムが置かれていると聞いたことから、軽い気持ちで覗きに行ったのがその始まりだった。それがニュージーランドの…いや、世界の映画史を揺るがす大事件になろうとは…。
 ピーター・ジャクソンは、「それ」を納屋に置かれた大きな箱の中から見つけた。そこには数多くのフィルム缶や、その他の資料が埋もれていた。フィルム缶 はひどく錆び付いており、「戦士の季節」などと書かれたラベルが貼られている。それらを見つけたジャクソンは、即座にそれらがありふれたホーム・ムービーなどではないと見破った。だが、そんな彼でもそのフィルムの本当の価値までは分からない。その真価は、ジャクソンがそれらのフィルム群を持ち込んだアーカイブのスタッフたちでなければ分かりようもなかった。
 そのフィルムは、ニュージーランド映画創成期のパイオニアだったコリン・マッケンジーの作品だった。
 いや、それは単にニュージーランド映画にとどまらず…映画史全体から見ても、まさに揺籃期というべき時代を切り開いた先駆者の仕事だった。有名なアメリカの映画評論家であり映画史研究家でもあるレナード・マーティンも、アメリカの大物独立系プロデューサーであるハーベイ・ワインスタインも、その業績の重要さについては太鼓判を押している。では、なぜそんな重要人物が歴史の影に埋もれ、完全に忘れ去れていたのか? それは、彼の作品がすべて失われていたからだ。
 ここではコリン・マッケンジー作品の復元を試みるとともに、彼の生涯を振り返ってみよう…。
 コリン・マッケンジーは1888年、ニュージーランドの南島で生まれた。
 彼の父は南島に渡ってから、農夫として勤勉に働いた。そんな彼のふたりの息子のうち、兄がコリンである。彼は弟のブルックとはまったくタイプが異なり、内向的で勉強好き。だが、兄弟はいつも仲が良かった。
 コリンは父の家業を継ごうとはせず、叔父の自転車屋に入り浸って技術を学んだ。やがて、そんなコリンの人生を一変する出会いがある。彼のふるさとに、活動写真の巡回上映がやって来たのだ。この体験によって「映画」に魅入られたコリンは、以来それを自らの生業とすることを決意する。
 しかし、南半球の小国であるニュージーランドの…しかも辺鄙な田舎に暮らすコリンにとって、「映画作り」を行うのはたやすいことではない。まず、カメラがない。
 だが、コリンには独創性と技術があった。彼は自力でカメラを作ってしまったのだ。その動力は、彼の慣れ親しんだ自転車である。コリンがこの試作カメラで自転車を漕ぎながら初めて撮影したフィルムも、今回見つかったフィルムの中から発見されている。
 さらに、コリンはフィルムも自分で作ってしまった。卵の白身から、フィルム原料のセルロースを抽出したのだ。だが、その入手のために多数の卵を盗んだことがバレて、コリンは父親の怒りを買った。こうしてコリンは父親からの破壊を免れた1台のカメラを携え、生家を飛び出した。時に、コリン・マッケンジー若干15歳。
 幸いなことに、当時のニュージーランドでは映画が大流行り。17歳の時には弟ブルックと会社を立ち上げ、さまざまなフィルムの撮影で稼ぎまくる。そんな コリンたちの活躍ぶりは、彼らが撮影したフィルムの中に刻印されていた。リチャード・ピアーズという人物が作った、飛行機のテスト飛行の様子を撮影した フィルムである。このフィルムが撮影されたのは、1903年。あのライト兄弟による初飛行より、9か月早い大記録である。このフィルムの発見によって、その事実が裏付けられることになった。それまでの歴史が、大きく覆されたのである。
 今回の発見によって、歴史が変わったのはそれだけではない。1908年には、コリンは長編映画の製作に乗り出す。その作品「戦士の季節」は単に長編映画だというだけでなく、初めてセリフや音声を同期させたトーキー映画として製作したのである。ハリウッド初のトーキー作品「ジャズ・シンガー」(1927)に先んじること19年の快挙については、例のレナード・マーティンも大いに認めるところだ。
 だが、残念ながらコリンはどうも詰めが甘かった。「戦士の季節」は中国人たちの物語で話される言語は中国語、そこに字幕を入れるという発想がなかった。結果、観客は映画を理解できず、この映画史に残るべき画期的な事件は世間から完全に黙殺されることになる。
 その後も世界に先駆けてカラー・フィルムを開発するが、不幸な出来事から投獄されるに至る。しかし、こうした度重なる不運にもめげないコリンは、今までにない超大作映画の製作を企画し、その実現に邁進することになる。それは聖書から採った物語、「サロメ」の映画化であった…。


失われた「幻」の映画人を描いた作品
 この作品のことは、かなり前に評判を聞いていた。
 いわく、ピーター・ジャクソンの旧作でロード・オブ・ザ・リング(2001)などを発表するずっと前に製作した作品。また、架空の映画監督の伝記をまことしやかに描いた作品、映画史にオマージュを捧げた作品…などなどとも聞いている。その評判だけで、僕みたいな奴ならすぐにも見たくなるような映画だ。
 そもそも僕はフランソワ・トリュフォーアメリカの夜(1973)の名を挙げるまでもなく、「映画づくり」「映画の裏話」…を映画にした作品がメシより好きである。そして、ブレア・ウィッチ・プロジェクト(1999)やクローバーフィールド/HAKAISHA(2008)など、事実みたいにリアルに見せかけたフィクションの映画…いわゆるフェイク・ドキュメンタリーも大好きである。本作のような映画を見たくならない訳がない。
 そして、そんな内容の作品を撮るならば、ピーター・ジャクソンなら絶対うまく作っている予感がする。「ロード・オブ・ザ・リング」を撮ってスーパー・メジャー級の映画作家になる以前のジャクソンは、オタク丸出しの監督という感じだった。本作はジャクソンが有名になるずっと前、ケイト・ウィンスレット主演で「乙女の祈り」(1994)を撮った後、初めてハリウッドに渡って「さまよう魂たち」(1996)を撮るまでの間の時期に撮られた作品である。まだメジャーになる前のピーター・ジャクソンが持っていた「オタク」な部分が、いい意味で活かされた作品になっている可能性がある訳だ。見たくならないはずがないだろう。
 だが、僕はなぜかこの作品の存在を知らず、知った時には見る機会を失っていた。かつて非常に細々と劇場公開されたらしいが、その時にはまったく気がつか なかった。ビデオ発売されたこともあったようだが、それも知らなかった。今ではそのビデオを探すのも困難なようである。試しに中古ビデオを購入しようと探 してみたら、ちょっと法外な値段がついていたので断念してしまった。お高い値段がついていたので、僕はそこまでして見たいとは思わなかった。それで、本作 には大いに興味はあったのだが、ずっと見れずにいたという訳である。
 たまたま今回、配給会社パンドラの記念上映があって(創立31年…というハンパさがよく分からないのだが)、そこで本作に触れる機会があった訳だ。待った甲斐があった。単に見る機会を得ただけでなく、テレビ画面でなくスクリーンで見ることが出来た訳である。
 こうして見ることが出来た本作は、ピーター・ジャクソンその人がいきなり登場してベラベラとまくし立てるところから始まる。何とジャクソンがホストで出ずっぱりなのだ。コスタ・ボーテスという人物と共同監督というスタイルをとっているのは、おそらくそのせいだろう。
 ピーター・ジャクソンが縁者の家に行き、そこの納屋に数多くのフィルムが眠っているのを見つける。ホコリを払って調べたところ、それらのフィルムには値 千金の価値があることが分かった。それらのフィルムを撮った男こそ、何を隠そうコリン・マッケンジー。これがニュージーランド映画の祖…といえる人物であ り、ただニュージーランドにとどまらず世界の映画史でも稀有な人物であることが分かってくる。映画の創世記を築いた人物といえば、エジソンリュミエール兄弟D・W・グリフィスジョルジュ・メリエスだ…というあたりの人々の名前が出てくるが、実は誰にも知られていなかった映画の後進国であるここニュージーランドに、それらの映画のパイオニアたちに先駆けてさまざまな技術を開発していた男がいた…というお話。失われた「幻」の映画人を描いた作品なのである。
 そんな驚くべき話を裏付けるかのように…出てくるのが実在の映画評論家のレナード・マーティンだったり、プロデューサーのハーベイ・ワインスタインだったり、はたまた俳優のサム・ニールだったりするから、ますますリアルさが増してくる。余談だが、この映画に出て来た時のワインスタインはハリウッドでも良質な作品を製作しているプロデューサーという位置づけだったと思われるが、今となってはちょっと違う見え方をしてしまうのは否めない。

全編に溢れる作り込みの「リアル」感
 そんな訳で、映画の「僻地」だと思われていたニュージーランドに、実はトーキーもカラー映画も長編大作映画も…世界に先んじて作っていた男が いたというお話。しかも、すべて忘れ去られていたそれらの事実を、埋もれていたフィルムとともに開封するという映画だ。まるで、無名のまま死んだ天才写真 家を発掘する傑作ドキュメンタリー映画ヴィヴィアン・マイヤーを探して(2013)を思わせるような、ミステリーの味付けもある作品である。そして、ついには超大作「サロメ」のためにマッケンジー自身がジャングルの中に建設した巨大オープン・セットが発掘されるという、血湧き肉踊る展開にまで発展していくのだ。
 だが、僕はもうすでに本作が「もっともらしく見せているがフィクション」であると知っている。「ブレア・ウィッチ〜」みたいな作品だと知っている訳だ。それを知った上で見ているから「やらせ」と分かるけれど、そうでなければある程度までは信じ込んで見ていたのではないだろうか。そのくらい本作の作り込みはリアルなのである。
 そして、僕は本作のことを「ブレア・ウィッチ〜」みたいな作品である…と述べてたが、正確にはロブ・ライナーの出世作で架空のヘビメタ・バンドを描いた「スパイナル・タップ」(1984)や、ビートルズそっくりのラトルズというバンドの興亡を描いた「オール・ユー・ニード・イズ・キャッシュ」(1978)などのスタイルに酷似しているというべきかもしれない。特に後者でミック・ジャガーポール・サイモンらがマジメな顔をして「ラトルズ」について語るインタビューが出てくるあたりは、本作のレナード・マーティンやハーベイ・ワインスタインらへのインタビューと同様でリアル感を出している。
 そういえば本作で一番笑っちゃったのはサム・ニールの登場で、実はここでのサム・ニールの映像は何となく見覚えがあった。それでついつい見終わった後に調べてみたら…。
 実はちょっと前に、「映画誕生100年」というイベントが世界中で 盛り上がった時期があった。アメリカのエジソンがキネトスコープを映画館で公開した1894年をその起点とするのか、それともフランスのリュミエール兄弟がシネマ トグラフという映画が公開した1895年を起点とするのかによって若干時期がズレるが、アカデミー賞でもこれを記念したショート・フィルムなどを披露した りしていた。そんな中で異彩を放っていたのが、BFI(British Film Institute)が作った映画100年を振り返るTVドキュメンタリー・シリーズ。世界各国の監督たちに委嘱して、その監督の国の映画史を映像化させた訳だ。これがアメリカ篇はマーティン・スコセッシマイケル・ヘンリー・ウィルソン、イギリス篇はスティーヴン・フリアーズマイク・デイブ、アイルランド篇はドナルド・テイラー・ブラック、ドイツ篇はエドガー・ライツ、日本篇は大島渚、中国語圏の映画はスタンリー・クワン、フランス篇はジャン=リュック・ゴダールアンヌ=マリ・ミエヴィル、ポーランド篇はパウエル・ロジンスキ、オーストラリア篇はジョージ・ミラー…といった豪華な監督の顔ぶれによる作品揃い。そのうち何本かは日本のテレビでも放映になって、僕はテレビにかじりついて見た記憶がある。
 その中で群を抜いてつまらなかったのは残念ながら大島渚の日本篇で、ただただ誰もが知っているような日本の映画史上の代表作を、断片とスチールを並べて 教科書通りにナレーションしたもの。これって大島渚は何が面白くて作ったんだろう。マジメな人だったんだろうが、この作品の恐ろしいまでの面白みのなさか ら見ると、この人ってひょっとしたら映画監督は向いてなかったんじゃないだろうか。
 笑っちゃったのがマーティン・スコセッシのアメリカ篇で、「マーティン・スコセッシのアメリカ映画縦断パーソナル・ジャーニー」と題して、頼まれもしないのに3本も作ってしまうという図々しさ(笑)。ハッキリ言って反則なんだけど、1本じゃ語りきれないというこの人の熱意は十分に伝わった。やはり面白さではピカイチだったことは言うまでもない。
 で、このシリーズのニュージーランド篇を撮ったのが、サム・ニールジュディ・ライマー。これも「サム・ニールの映画パーソナル・ジャーニー」みたいな趣向になっていて、サム・ニールが自分が関わったり好きだったニュージーランド映画を語り尽くす…みたいな、サム・ニール・ファン垂涎の作品(笑)となっている。ところがこの「映画100年ニュージーランド篇」に出てくるサム・ニールは、本作のインタビュー部分とまったく同じジャケットとシャツを着ているのだ! シャツの一番上のボタンまでピッチリとめてるのも、ジャケットの胸の飾りまで同じなので間違いない。調べてみると、どうやら本作と「映画100年」のサム・ニール・インタビューは同時に撮られていたらしく…というか、「映画100年」に便乗して撮っちゃったっぽい(笑)。でも、本作のテーマ的にはまさにうってつけ…という感じではある。リアル感が出るわけだわ(笑)。
 ただ、僕は最初から「やらせ」と知っていたが、知っていなくても途中から「???」と察しただろうなとは思われる。例えば飛行機のテスト現場を撮影した フィルムで、その場にいた人物のポケットに突っ込まれた新聞紙の日付から、それがライト兄弟の初フライトより早いと見破るくだり。さすがにこの当時のフィ ルムの粒子と感度で、拡大して新聞紙の日付が分かる訳がないだろう。
 その他にも初トーキーが中国語によるドラマだったため不評で話題にならなかった…とか、初のカラー作品が原住民の全裸が写っていたため没になってしまった…とか、いちいち何かと「オチ」がつくあ たりも「アレレ?」という気になってくる。そこまでの持っていき方はあまりにリアルなんでウッカリ騙されそうになるが、ピーター・ジャクソンが持ち前の 「いたずら心」を抑えきれなかったため(笑)に、その都度「オチ」がついてバレちゃうのだ。でも、まぁ…これは娯楽作品としてのサービス精神なのだろう。

本作が影響を与えた映画、本作が影響を受けた映画
 そんなゲリラ的手法も駆使してリアル感を追求しての「やらせ」ドキュメントだが…そのリアリティがもっとも発揮されたのが、劇中に出てくる「フィルム」の映像である。
 偶然、発見されたマッケンジーの貴重な記録…といった体で出てくる、ダメージを受けて劣化したフィルム。そんな断片が劇中次々と出てくる。それらの傷み 方のリアルさがこれまた真に迫っているので、ついついこれはホントのことじゃないのか?…と思いたくなってしまう。そのリアルさたるや…タランティーノデス・プルーフ in グラインドハウス(2007)の名画座に落っこちて来たズタズタなフィルムっぽい汚しも真っ青…。だが、このタランティーノ作品よりも、むしろこっちの方が本作に近いんじゃないかと思える作品がもう1本あった。
 それは、スペインのホセ・ルイス・ゲリンが撮った異色作影の列車(1997)である。
 この「影の列車」は、映画創世期に失踪したアマチュア映画作家が遺したフィルムが発見された…という体で作られた作品で、映画の前半はほぼその古いフィ ルムを見せていく構成である。むろん、それはこの映画のために現代に作られた「やらせ」フィルムで、つまりはこの映画も「ブレア・ウィッチ・プロジェク ト」スタイルの映画なのだ。だが、そのリアルさ加減が尋常ではない。 その当時の時代色も見事なら、フィルムの汚しっぷりも見事。ノイズの入り具合やダメージの受け方が実にリアルなのだ。実は物語云々よりも(…というか、こ の映画そのものがいわゆる一般的な「物語性」に乏しい作品なのだが)このフィルムの古びた感じこそが見どころ。それだけで、見ている側はスリリングに感じ てしまう程の出来映えなのだ。
 片や映画の「僻地」ニュージーランドで映画史を塗り替える作品を連発していた忘れられた映画作家の話、片やアマチュアとして家族の記録をフィルムに遺し たまま失踪したアマチュア映画作家の話…その映画史的なポジションは違えど、映画を作るにあたってのスタンスには、何か共通するものを感じてしまう。ここ からは独断と偏見と妄想が絡んだ話になってしまうが、ホセ・ルイス・ゲリンはこの「光と闇の伝説/コリン・マッケンジー」をどこかで見て、それに大きく影 響されて「影の列車」を撮ったということはないだろうか。それくらい、両者に漂うムードには共通するものが多いのだ。
 そしてそれとは逆に、「光と闇の伝説/コリン・マッケンジー」もまた、ある作品から強い影響を受けていたように思われる。それは、タヴィアーニ兄弟がハリウッド揺籃期を題材に描いた大作「グッドモーニング・バビロン!」(1987)だ。
 「グッドモーニング・バビロン!」については有名な作品なので多くを語らないが、D・W・グリフィス畢生の大作「イントレランス」(1916) 製作秘話で、イタリアからアメリカに渡った兄弟の物語である。ラストは第一次大戦に駆り出されることになった二人が過酷な運命を辿る…というもので、お互 いの最後の姿を映画キャメラで撮影する…という泣かせどころで幕となる。そもそもが映画創世期を舞台にした作品という点が共通するだけでなく、主人公コリ ン・マッケンジーにはパートナーとしての弟がいたこと、ラストで戦火に巻き込まれるあたりまでが同じである。これはさすがに偶然というには「類似点」が多すぎだろう。間違いなく本作は、「グッドモーニング・バビロン!」の影響を受けて製作されたはずだ。確かに、かなり似ていると言わざるを得ない。
 だが、それでも…本作のラストシーンには思わず涙してしまう。
 そこでは鏡に写る我が身とキャメラを、自らキャメラを回しながら撮影するコリン・マッケンジーの姿が捉えられる。確かに本作はフェイク動画を巧みに組み 合わせた「やらせ」ドキュメンタリーで、そこに描かれているお話は真実ではないかもしれない。そして、その捏造した映像があまりに巧みでリアリティがある ために、それを見るだけでも十分楽しめる作品ではあるだろう。だが、例えそれが虚構の人物であったとしても、大志を抱きながら世に認められることもなく、 志半ばで挫折せざるを得なかった主人公には共感できる。それは僕が映画ファンでマッケンジーが映画作家だったから…という訳でもないだろう。
 いわば悲惨な幕切れを迎えてしまった主人公の人生ではあったが、笑顔でキャメラを回すラストシーンの彼は笑顔で希望に溢れていた。僕らがこのラストシーンに共感してしまうのは、そこに…僕ら自身の姿を見てしまうからではないだろうか。
 僕らもおそらく何も為すことは出来ず、人知れず忘れ去られてしまう存在であろう。志も半ばどころかまったく果たせないまま、人生を終わるに違いない。それでも、何とかかんとか精一杯生きていたい…。そんな「精一杯生きた」証を、キャメラを回すコリン・マッケンジーの姿に感じるからではないだろうか。
 間違いなく「人生の後半戦」に入っていると自覚しているだけに、僕にはそんなコリン・マッケンジーの姿が人ごとには思えないのである。


 


Forgotten Silver
(1995年・ニュージーランド)
ウィングナット・フィルムズ、ニュージーランド・フィルム・コミッション、ニュージーランド・オン・エアー 制作
監督:コスタ・ボーテス、ピーター・ジャクソン
製作:スー・ロジャース
製作総指揮:ジェイミー・セルカーク、ピーター・ジャクソン
脚本:コスタ・ボーテス、ピーター・ジャクソン
出演:ピーター・ジャクソン、コスタ・ボーテス、レナード・マーティン、ハーベイ・ワインスタイン、サム・ニール、トーマス・ロビンス(コリン・マッケン ジー)、リチャード・シュートクリフ(ブルック・マッケンジー)、サラー・マックロード(メイ・ベル)、ベアトリス・アシュトン(ハンナ・マッケン ジー)、ピーター・コリガン(スタン)

2018年9月24日・新宿K's Cinema「パンドラ創立31周年特集上映/時代とともに」にて鑑賞

 


 

 

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