#01 

 「恐怖の報酬」

  (ウィリアム・フリードキン監督作品)

  Sorcerer (Wages of Fear)

 (2014/09/22)



 闇の中から、岩に彫り込んだ顔が浮かび上がる。それは土俗的な呪術に使われる人形のような顔で、素朴ながら妙に恐ろしい…。
 メキシコのベラクルズ。街はお祭りで賑わっている。それを建物の窓 から見下ろしている男。その男のもとに、サングラスをかけた男が静かに近づいてくる。その男は殺し屋のニーロ(フランシスコ・ラバル)。彼は窓のそばにい る男に消音銃を向けると、一発で仕留めた。ニーロはそのままエレベーターに乗って下に降り、ゆっくりと人ごみの中に消えて行く…。
 イスラエル。頭にカロットを載せた若者が街を歩いている。彼の名は カッセム(アミドウ)。彼は同じく頭にカロットを載せた若者二人と合流し、やがてある建物の入口付近に座り込んだ。間もなくそんな彼らの前にバスがやって きたので、カッセムたちは立ち上がってバスに乗り込む。しかし彼らは、手荷物のうちひとつを建物の前に置き忘れていた。やがてバスは発車して、その建物か ら離れていく。建物の入口付近で大爆発が起きたのは、それから間もなくのことだった。カッセムたち3人は自分たちのアパートに戻ってくると、いきなり足早 になって部屋に飛び込む。そこはゲリラである彼らのアジトで、すでに高飛びのための用意はできていた。綿密な計画がすでに建てられており、出発は明日。す べてはうまくいくはずだったが…いかんせん敵の動きが早すぎた。アパートの前に軍のクルマがやってきて、銃を持った兵士たちがなだれ込む。いち早く動きを 察知したカッセムは、一足先にアパートを抜け出して間一髪セーフ。しかし他の同志は銃で蜂の巣にされ、ひとりは軍に身柄を拘束された。カッセムはただ静か にその場を後にするしかなかった…。
 パリ。立派な邸宅での優雅な生活をしているマンゾン(ブルーノ・ク レメール)。著述業の妻からは結婚10周年の時計を贈られ、充実した日々。しかし職場である銀行に足を運んだマンゾンは、そこでお偉いさんたちにギチギチ に絞られることになる。実は彼が自分の一族のために秘かに不正を行っていたのが、役員たちにバレてしまった。おまけに、賄賂を贈って何とかしようという工 作まで明るみにされた。精一杯虚勢を張って、潔白をアピールしても後の祭り。「詐欺と収賄」で訴える、猶予は後一日…と冷たい宣告を受けてしまう。マンゾ ンは慌てて仕事上のパートナーを捕まえて「何とかしろ」と迫るが、彼ももはや万策尽きている。マンゾンは資産家であるパートナーの父親に頼れ…と迫るが、 すでに彼は父親に泣きついて突き放されていたのだ。それでも救いはそこにしかない。何とか父親にすがりつけと無理強いするマンゾン。その後、高級レストラ ンで妻と友人とで豪華な食事に舌鼓を打つが、頭の中はそれどころでなくて食った気がしない。しかも、そんなレストランにまであのパートナーがやってくる。 彼の答えはまさに絶望…父親がハッキリ援助を拒否してきたというもの。それでもマンゾンには、もう一度頼め…と彼をどやしつけるしか方法がない。泣きべそ かきながら駐車場に戻って行くパートナーだったが、しばらくすると銃声が! 慌てて彼が乗ったポルシェを見ると、パートナーは銃をくわえて自殺しているで はないか。もはやこれまで。マンゾンは馴染みのレストランの支配人に妻への伝言を頼むと、そのまま外に走り去って行くのだった…。
 アメリカ、ニュージャージー州エリザベス。どう考えても訳アリの スーツの男たち4人が、クルマに乗って教会へとやってくる。教会では結婚式が執り行なわれているが、彼らはその教会の奥の部屋で行われているご祝儀のカネ 勘定の現場に押し入った。すると、何ともうなるほどカネが集まっているではないか。大喜びする男たちだが、金勘定をしていた神父のひとりがこう叫んだのを ちゃんと聞いていればよかったかもしれない。「オマエたち、これが何のカネか分かっているのか!」…しかし彼らはその言葉を無視し、静止しようとしたその 神父を撃ってしまった。今、外では結婚式が進行中だが、その新婦の目の周りは青黒くアザになっている。この新郎も、集まっている連中も、マトモな連中では ない。4人の男たちはそんなことを知らずに、教会を襲撃してしまったのだ。襲撃帰りの4人は最初クルマの中でハシャいでいたが、やがて神父を撃ったことで モメ始める。むろん運転しているリーダー格のスキャンロン(ロイ・シャイダー)とて、何も撃つことはなかったと思っていた。ところが言い争いがアッという 間に仲間割れになって、車内でわめいて銃を持ち出す騒ぎ。さすがにマズいと止めていたスキャンロンだが、ちょいと前方から目を離したのがマズかった。クル マは横から飛び出してきた別のクルマと衝突して横転。歩道脇の消火栓に激突して停止した。水が噴き出して周囲は騒然。運転していたスキャンロンは比較的軽 症だったが、他の3人は血だらけで息をしていなかった。人は集まってくるし救急車やパトカーは来るし、盗んだカネはバラまかれているし…で、もはやこれま で。スキャンロンはともかくその場から姿を消すしかなかった。その頃、そのスジの怖いお兄さんたちが、この強盗の顛末について話し合っていた。交通事故で 一味の3人が死に、1人だけが逃げ隠れしていることもバレていた。一番マズかったのは神父を撃ったことで、神父はこの連中の「身内」だったのだ。お兄さん たちは逃げた1人を徹底的に追いかけて絶対に殺す…ということで意見が一致していた。潜伏していたスキャンロンも、どうやら自分が容易ならざる事態に追い 込まれていることを理解した。かつて貸しをつくっておいたダチに頼んで、パスポートや逃走の手だてを整えてもらう。しかし船に乗った後、自分がどこに連れ て行かれるのかは教えてもらえない。「一体オレはどこに連れて行かれるんだ?」…。
 そこは南米の山の奥深く。鬱陶しいジャングルに覆われた、暑く蒸れ湿った場所。汚ならしい村の建物はみすぼらしく、貧しい身なりの人々がうごめいている ばかり。壁にはお約束の独裁者のポスターとスローガンがベタベタ貼り出されている。道は泥とぬかるみで覆われ、飢え死にしているんだか酔いつぶれているの か分からない男が横たわっている。道ばたに捨ててある生ゴミには、無数のカニが群がってもがいている。そんな中であのスキャンロンがうなされ、汗だくに なって目を覚ます。彼が今いるのは、薄汚い男たちが狭苦しく眠る木賃宿の一角。宿の簡単な洗面所に行って、汚い洗面器の水で顔を洗うスキャンロンだが、ふ と何かの視線に気付く。見下ろすと、白髪のマルケス(カール・ジョン)という男が、じっとこちらを見ている。気のせいだろうか、それとも…。今はドミンゲ スという名でこの村に身を潜めているが、彼はいまだに気が休まる暇がないのだ
 同じ村の汚い酒場には、あのマンゾンがセラーノという名前で食事をとっていた。かつては高級フランス料理を食っていた彼が、今ではショボくれたトースト に大喜び。給仕してくれるしわくちゃ顔の中年女に、ニッコリと微笑みかける。日頃から深い悲しみを滲ませているこの女も、唯一人間扱いしてくれるマンゾン =セラーノには好意を抱いていた。
 この村の住人に、働き口は多くない。付近の山で採掘中の、油田がその最大のものだ。今そのパイプラインの敷設工事の現場に、あのカッセムがマルティネス と名を偽って潜り込んでいた。安全対策などないようなもの。日常的に事故が起きてケガ人が発生するような現場で、カッセム=マルティネスは何とか生き延び ているのだった。
 そんな油田で、あのマンゾン=セラーノも汗水たらして働いていた。ごくわずかなカネで、朝から晩までこき使われる重労働。
 そんな村の飛行場に、定期便の飛行機が飛んでくる。薄汚いポンコツのDC-3だ。飛行場といっても何もない原っぱ。飛行機から降り立ったわずかな乗客の 中に、ひとり異質なものを漂わせた男がいた。唯一パリッとした服を着た男…あの殺し屋のニーロだ。彼は「乗り継ぎでここに来た」と言って、パスポートも見 せずに入国審査を賄賂で通過。汚いタクシーに乗って、村へと向かった。そんなニーロを見つめるスキャンロン=ドミンゲス。彼はこの飛行場で、貨物の積み降 ろしを手伝っているのだ。やがてニーロは酒場の裏にあるアパートに現れ、1週間の約束で部屋を借りた。
 マンゾン=セラーノは、出国を手引きしてくれるという男の家へと出向く。資本は、あの妻にもらった高級時計。男はこれを手付金に…と言ってきたが、マンゾン=セラーノはこう答えるしかなかった。「財産はそれだけだ」…。
 酒場で顔を合わせたスキャンロン=ドミンゲスとマンゾン=セラーノは、親しげに話を始める。ところが、そこに警官たちがやってきた。なぜか捕らえられ、 警察署へと連れて行かれるスキャンロン=ドミンゲス。しかし身分証が不正のものだと指摘されれば、残念ながら認めざるを得ない。「英語しかしゃべれずに名 前がドミンゲスたぁ、聞いて呆れるぜ」と言われても、返す言葉がない。「これから稼ぎの3割をよこせ」と命じられ、憮然としながらも飲まざるを得ないス キャンロン=ドミンゲスだった。
 そんなある日、例の油田でとんでもない事件が起きる。突然の大爆発で多数の死傷者を出しただけでなく、発生した火災が止まらなくなってしまったのだ。
 村に犠牲者の遺体を載せたトラックがやってくる。しかし惨たらしい遺体の様子を見た村人たちは、いきなり興奮して大暴れ。銃で威圧しようとする軍や石油 会社の人間を、大勢で襲い始めるではないか。いくら銃で脅しても多勢に無勢。後から止めに入った軍の連中も含めて、村人たちのリンチに遭って惨殺されてし まう。
 その頃、石油会社の支配人コーレット(ラモン・ビエリ)は、本社からの無理難題に頭を痛めていた。何が何でもノルマは果たせ…という連絡。そうなると、すぐにも油田の火災は鎮火させねばならない
 都会から油田火災の専門家を呼んできて相談すると、爆破して爆風で吹き消すことができるという。しかし肝心の爆薬は…というと、ジャングルの中のボロボ ロの掘っ建て小屋に放置したダイナマイトがあるだけ。しかもコーレットとこの専門家でダイナマイトを点検すると、放置してあったために暑さと湿気でダメー ジを受けているだけでなく、中からニトロが液状に滲み出して危険な状態になっているではないか。これをどうやって山の中の油田まで運び出せばいいのか。ヘリで運ぼうにも、ローターの振動と乱気流で危なくて運べないという。しかし道らしい道もない陸路300キロを、安全に運べるアテなどもっとない。しかしコーレットとしては、こう言うしかなかった。「オレに任せろ」
 こうしてコーレットたちは、村に出向いて拡声器で窮状を訴えた。油田を消さないと村の雇用が危うくなる、爆薬を運べる運転のプロを4人求めている、もちろん礼金ははずむ…。こうした声が、村の貧しい男たちの耳に届かない訳がない。むろんスキャンロン=ドミンゲス、マンゾン=セラーノ、カッセム=マルティネスとて、これに飛びつかないはずがなかった。彼らには、もう後がないのだ。
 こうしてコーレットは志願者たちにトラックを運転させて、オーディションを行った。中には満足に運転すらできない奴もいたが…、意外なことにあのニーロまでが応募してくるではないか。
 そんな中で、抜群な腕前を見せたのがスキャンロン=ドミンゲスたちだった。こうして最終的に選ばれたのが、スキャンロン=ドミンゲス、マンゾン=セラーノ、カッセム=マルティネス、そしてマルケス。ニーロはその場で退けられた。
 4人は2台のトラックに分乗して、それぞれ3個の爆薬の木箱を運ぶことになる。4人はどれでも好きなクルマを使え…と停めてあるトラックを与えられた が、どれもこれもすでに廃車となったボロボロのシロモノ。錆び付いてあちこち破損して走れる訳がないのだが、それでもここから選ぶしかない。背に腹はかえ られない4人は仕方なくこの廃車の山からマシなものを選び、そのパーツをあちこち取り替えて対応することにした。部品を交換し、錆を磨き、油をさし直し て…何とか走れるまでに修繕。荷台にはオガクズが敷き詰められ、そこに埋めるように爆薬の木箱が積み込まれた。最後にマンゾン=セラーノが一同を代表して コーレットに交渉。報酬のアップと国外に出るためのパスポート等を要求する。
 そんな一部始終を、あのニーロが見ていた…。
 やがて夜が明けようとする頃、村にコーレットがやって来る。いよいよ出発だ。ところが、いつになってもマルケスが現れない。そして、なぜかニーロが遠くから不気味にこちらを見ている。これにピンと来たカッセム=マルティネスがマルケスのねぐらに行ってみると、案の定、マルケスは殺されていた。カッと来たカッセム=マルティネスはニーロに突っかかっていくが、海千山千のニーロに軽くいなされる始末。出発前のゴタゴタを、スキャンロン=ドミンゲスが現実的な発言で抑えた。「どっちにしろドライバーが要る。奴にやらせるしかない
 こうしてまだ暗いうちから、2台のトラックに分乗した男たちは油田に向けて走り出した。まずはスキャンロン=ドミンゲスとニーロ組が先行で、15分経ってからマンゾン=セラーノとカッセム=マルティネス組が追いかけるかたち。
 行く手は険しい山道と生い茂るジャングル。頼りは地図1枚と樹木を払いのけるための大太刀のみ。しかし彼らは、この時点では何が自分たちを待ち受けているのかをまだ本当には知っていなかった…。

 ここまでの物語で、ほぼ1時間が経過。今回のフィルムは上映時間が121分とのことだから、出発までで半分の時間を費やしているわけだ。
 本作「恐怖の報酬」は、アンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督のあまりにも有名なフランス映画のリメイクだ。オリジナル版は1953年のモノクロ作品。イブ・モンタンシャルル・ヴァネルといった名優が主演している。南米の山道をニトログリセリンをトラックに積んで運ぶという本筋は本作リメイク版と同じで、緊迫したサスペンスと非情なラストで評判となった。まぁ、この映画史に残る傑作について、僕がとやかく言うのもヤボというものだろう。
 実は僕はこのリメイク版「恐怖の報酬」を、1978年の日本初公開時に劇場で見ている。今回このリメイク版が「カナザワ映画祭」で上映されると知人から聞いて、居ても立ってもいられず金沢まで駆けつけたわけだ。だから、僕にとっては30数年を経ての再会となる。
 しかし実際にこの「カナザワ映画祭」で上映されたバージョンは、僕が日本初公開時に見たバージョンとは大きく異なる。何より日本初公開版は92分だが、今回のバージョンは121分もある。かなりの増量だ。これはまた一体どうしたことなのか。
 そもそもこのリメイク版「恐怖の報酬」は、やたらに評判が悪かった。映画史に残るほどの傑作のリメイクともなれば、大概が不評をくらうのがオチ。それに してもひどいクソミソぶりで、アメリカ本国でも大コケしたというウワサが伝わってきていた。いろいろな意味でいわくつきの作品だったのだ。
 しかし僕は、昔からこの作品が好きだった。駄作扱いされたのも、「不当」な評価だと思っていた。むしろ傑作とさえ思っていた。だから物好きにも金沢まで出向いて、この30数年前の映画を見直す気になったのだ。単純に「あの時」の興奮を再び味わいたいと思っていたし、「ノーカット版上映」と銘打たれた今回の上映でその違いを見極めたいとも思っていた。
 そんなわけで、まずリメイク版「恐怖の報酬」を取り巻いていた、当時の状況からご説明したい。
 

波に乗るフリードキン満を持しての企画だったが

 ウィリアム・フリードキンといえば、かつて一世を風靡した人気監督。しかしその全盛期は、意外にも極めて短かった。
 日本では「真夜中のパーティー」(1970)あたりで知られ始めたようだが、何よりその名が轟いたのは、刑事アクションの「フレンチ・コネクション」(1971)以来。作品賞、監督賞を含むアカデミー賞5部門も獲得して、一気に波に乗った。
 さらに大きな成功を収めたのは、次に発表したオカルト映画「エクソシスト」(1973)。観客が失神したなどの話題も手伝って社会現象化。当時の若手花形監督である「ゴッドファーザー」(1972)のフランシス・コッポラ、「ラスト・ショー」(1971)や「おかしなおかしな大追跡」(1972)のピーター・ボグダノビッチと組んで「ディレクターズ・カンパニー」という会社を立ち上げたり、フランスの大女優であるジャンヌ・モローと1977年に結婚したり…と、スター監督として大いに話題を振りまいた。まさに順風満帆の映画人生。向かうところ敵なし。
 そんな1970年代半ばのウィリアム・フリードキンに新作の企画を持ちかけられたら、断る映画会社などないだろう。まして映画史でも古典と言われる名 作、外国映画音痴のアメリカ人にすらある程度は知られている作品…名匠アンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督の傑作「恐怖の報酬」のリメイク作品だといえ ば、誰が断るだろう。
 あの「エクソシスト」の鬼才が、フランスのクルーゾーの名作を再映画化! こりゃあ大変な作品が出来上がるはず…と誰しもワクワクして待ったはずだ。
 何よりフランス映画の名作に手を出すあたりが、「映画通」のフリードキンらしい。「フレンチ・コネクション」にフェルナンド・レイ、「エクソシスト」のマックス・フォン・シドー…とひと味違うヨーロッパ俳優を起用するだけある。ジャンヌ・モローと結婚したのもダテじゃない。さすが、分かってる男だ。
 そんな「恐怖の報酬」リメイクのタイトルが「ソーサラー」と発表された時も、僕らのワクワク感を増しこそすれ、少しも減退させることはなかった。「魔術師」というタイトルの意味はまったく分からなかったが、「エクソシスト」の監督の新作ならば何でもアリだ。とてつもない恐怖が襲いかかってくるやも知れぬ。
 主演がロイ・シャイダーというのもイイ。「フレンチ・コネクション」のポパイの相棒役ですでにフリードキンとはお手合わせ済みだし、何より「ジョーズ」(1975)の大ヒットによってそのスター株は急上昇中だった。こりゃ大変な作品になりそうだぞ…。極東の島国に住む映画ファンの僕は、ひたすらフリードキンの新作を待ち望んだ。
 その新作は、いつの間にかアメリカ公開されていた
 当時は今ほど海外ニュースがリアルタイムで日本に伝わっては来なかったし、何よりインターネットなんてモノもない。だからよほどの話題作でもない限り、 日本公開間近にならないと新作の情報は入って来なかった。当時、パラマウント、ユニバーサル映画の日本配給を行っていたCICの公開ラインナップに載った ということは、ほとんどアメリカ公開が済んでいることを意味していた。
 それにしたってフリードキンの新作「恐怖の報酬」は、あまりにひっそりと公開されるではないか。この作品の公開は、先も述べたように1978年3月。当時の映画ファンは前年夏の「スター・ウォーズ」(1977)の大ヒットと、それを追いかける「未知との遭遇」(1977)の話題で一色。正直言って、何となくフリードキンは「過去の人」的なイメージがあった。
 しかし映画雑誌などは映画会社とツルんでいるから、公開前の作品の悪いウワサなどはあまり入ってこない。ただただ話題にならず、右から左に消えていくという感じだった。フリードキン版「恐怖の報酬」も、そんな流れに乗ってしまったようだった。
 そもそも「ソーサラー」と聞いていた原題名も、いつの間にか「WAGES OF FEAR」という直訳題名みたいなモノに変わっているではないか。「ソーサラー」というタイトルが持っていた、理屈抜きのストレートさが失われたタイトル。そのこと自体が、何となく冴えない雰囲気を醸し出していた。タイトルは変更されちゃったのだろうか?
 僕がこの作品を見たのは、新宿歌舞伎町のミラノ座だっ ただろうか。公開時の熱の入ってない宣伝のされ方、映画マスコミの反応のニブさから、正直言ってこの作品の置かれた状況は察しがついた。アメリカで興行的 にも批評的にも「失敗」と見なされていることも、何となくどこからか伝わっては来た。そもそも、今回「カナザワ映画祭」で貼り出された、公開当時のポス ターをご覧いただきたい。
 一触即発!鬼才フリードキン監督が放つ超一級サスペンス最新作!
 このやる気が感じられない宣伝コピーを見て、「この映画は期待できる」…とあなたは思うだろうか? ポスター・デザインも本国からの統一ビジュアル使用 などの「縛り」がなさそうで、いかにもこちらの配給会社で支給されたスチール写真を切り抜いたりペタペタ貼ったり…「それなり」にデッチ上げたことがミエ ミエ。例えば「エクソシスト」のビジュアル・フォーマットの統一感などと比較すれば、その「どうでもいい」感じがお分かりいただけるだろう。明らかに映画 会社からも、大ヒット作、勝負作…扱いされていないのである。
 いやぁ、さすがに僕も「ダメだこりゃ」と思いながら、それでも「フリードキンの新作だし…」と、仕方なしに付き合う感じで劇場に足を運んだと思っていただきたい。
 大体、映画好きで年間に映画を多く見ている人なら、その映画の出来がどのくらいのモノか…見る前からおおよその想像はつく。少なくとも失敗作か成功かぐらいの予想はできる。そうした予想は、7〜8割方はずれはしない。
 しかし時として、「映画は見るまで分からない」と思わせる作品も年間に何本か必ず存在するのだ。
 この時の「恐怖の報酬」が、まさにそれだった。
 「フレンチ・コネクション」「エクソシスト」のフリードキンが、大金はたいて名作リメイクに手を出して「やっちまった」…と思われたこの作品。しかし見る側のハードルがスクリーン対峙前に極限まで下がっていたためか、見た後の衝撃はスゴかった。
 ロイ・シャイダー、ブルーノ・クレメール、フランシスコ・ラバル、アミドウと いう主役4人が、いずれも地味だけど映画に合っている。唯一のハリウッド・スターのシャイダー自身、「ジョーズ」でグッとランクが上がったとはいえ、元々 がそんな派手さを持っていなかった。そんなシャイダーを囲むヨーロッパ俳優陣も、シャイダーの「格」に合ったアンサンブルになっていた。例えばハリウッド 映画でアメリカ人以外の俳優を起用すると、日本なら渡辺謙…みたいな「その人しか知られていないから連れてきた」的なワンパターン・キャスティングをしてしまう。フランスならちょっと前だとジェラール・ドパルデュージャン・レノだろうし、今ならアーティスト(2011)のジャン・デュジャルダンだろうか。女優だったら今なら何が何でもマリオン・コティアールだろう(笑)。しかしフリードキンは、そういう「知られてる奴を使う」キャスティングをしなかった。結果、アメリカでは知名度ゼロだろうが、渋く味わい深いキャスティング。それぞれが格に見合った、センスのいい配役を行っているのである。
 そして、南米の貧しく汚い村の描写のリアルなこと!
 汚い建物、汚い人々…何となく胡散臭くて鬱陶しい感じ。シャイダー演じる主人公たちが死にそうな目に遭ってもいいから「逃げ出したい!」と思うだけの、 ウンザリする感じをリアルに出していた。特に、おそらく素人であろうエキストラのツラ構えがハンパないリアルさ。そういえば「フレンチ・コネクション」冒 頭のフランス・マルセイユ場面も、「エクソシスト」冒頭のイラク場面も、気色悪いほどのリアル感が充満していた。このあたりは、映画界入りする前にテレビ 局でドキュメンタリーを撮っていたというフリードキンの面目躍如だろうか。非アメリカの土地や人々を撮らせると、抜群のリアル感と得体の知れなさを発揮するのである。
 そして、何より爆薬抱えての地獄巡りのスゴさ!
 この作品をご覧になった人なら、誰もが本作の中の「豪雨のオンボロ吊り橋渡り」の 強烈さに言及するだろう。吊り橋がハンパじゃなくオンボロなのもスゴいが、そこに差し掛かったトラックのオンボロぶりもまたスゴい。さらに降り注ぐ豪雨の 水量と勢いがまたまたスゴい。むちゃくちゃ過酷な状況で、フラフラ傾く危うい吊り橋の上をトラックで横断。重量制限無視なんてナマやさしいもんじゃない。 実は…正直言ってどう考えても爆薬が吹っ飛んでいるんじゃないかと思うくらいのヤバい角度で、トラックは何度も傾いているのだ。しかしこの場合は爆薬が爆 発する…という怖さより、そもそもトラックが落っこちてしまう、吊り橋が壊れてしまう…という恐れの方が大きいかも。トラックの車輪がかろうじて載ってい る板も腐っていたり劣化したりで、途中バキバキ折れてしまう。いやぁ、もう心臓に悪い。
 さらに、こんな吊り橋に傾きながらも乗っかっているトラックのフェイスがまたスゴい。クルマってヘッドライトとフロントグリルが人の顔みたいに見えるところがあって、それをうまく利用してピクサーのカーズ(2006)などは作られているのだが…このフリードキン版「恐怖の報酬」に出てくるトラック2台の、まるで怪物や鬼のようなフェイスは 何と言ったらいいのだろうか。そもそも、これって実際に存在するクルマなんだろうか。まるで本作のためにオリジナルで作ったんじゃないかと疑いたくなるく らい、鬼気迫る異形のフェイスなのだ。それが思い切り傾きながらボロボロの吊り橋にしがみついている様子は、まさに地獄のような光景だ。元々、発表されて いた「ソーサラー(魔術師)」というタイトルも、このトラックのフェイスからつけられたんじゃないかと思った。フリードキン版「恐怖の報酬」というと「こ の場面」…というほど、強烈に焼き付いている名場面だ。
 そんな苦心惨憺の末…あの手この手で苦難を乗り越えて、仲間3人の命も犠牲にした末に…ロイ・シャイダー扮する主人公は、暗い荒野にたったひとりで取り残されてしまう。どこからか幻聴が聞こえ、悪夢や幻が見えてくる。その場所は…例えば徳島県にある土柱みたいな異様な地形(トルコのカッパドキアにも似ている)で、そこにひとりぼっちで取り残されたロイ・シャイダーの気持ちは、想像するに余りある。しかも、せっかく何とかここまでやって来たのに、トラックはなぜかガス欠かトラブルかでエンジンがかからない…。
 やがて真っ暗な中を、爆薬の木箱を素手で持ってヨロヨロと運ぶロイ・シャイダーの姿があった。こうして何とか契約は果たし、シャイダーひとりが生還に成功したわけだが…。
 僕にとってこの映画がいかに衝撃的だったか…は、僕が本作鑑賞直後に、タンジェリン・ドリームのサントラ盤を慌てて買いに行ったことでも伺える。そのくらい、この映画のタンジェリン・ドリームの音楽はスゴかった。「エクソシスト」にマイク・オールドフィールド「チューブラー・ベルズ」を 起用して、大いに注目させたロック・ミュージック通のフリードキン。今回もドイツのシンセサイザー音楽の雄であるタンジェリン・ドリームに、全編オリジナ ル音楽を作らせた。これが凄まじい効果を映画全編に与えているのである。シンセサイザーの単純リズムの繰り返しが、まるで何かの呪詛のように映画全編に流 れる。南米の汚い村やジャングルの鬱陶しいリアル感、おっかないフェイスの化け物みたいなトラック、そしてタンジェリン・ドリームの腹に響いてくる音楽… これらがミックスされたイヤ〜な感じは、実際に味わってみないと分からない。その後、タンジェリン・ドリームが映画音楽に何度も起用されるようになった経 緯は、僕が本サイトのTime Machineに書いた通りだ。彼らが映画に関わる最初のキッカケとなったのが、この「恐怖の報酬」なのである。
 この映画がダメだなんて、一体どこの誰が言っていたのだろう。この強烈さを味わいながら、この作品が駄作だなんてどうして言えるのだ。そんな事を言う奴は、本当にこの映画を見たのか?
 まぁ、「往年の名作」をリメイクすると、大概はモウロクしたオールド・ファンが激怒して噛み付いてくる。こんなものロクなもんじゃねえ…と、見る前から 罵倒する。あるいはこうしたオールド・ファンにそそのかされて、自分も「分かっている」ふりがしたい若いファンたちまで同じような態度に出る。
 こういう連中は「映画そのもの」など見てはいない。「神聖にして犯すべからざる」過去の名作を、ただ「リメイクした」というだけで許し難いのである。こ れが果たして「映画好き」の態度なのだろうか…とは思うが、世の中の映画ファンなんて大半がこんな連中である。「映画」が好きなんじゃなくて「映画が好き な自分」が好きなのである。「恐怖の報酬」がこういう連中の餌食になった可能性は十分すぎるくらいにある。
 それに、「スター・ウォーズ」大人気でハシャぐ単純単細胞なアメリカ人にとっては、これは決して見ていて能天気に楽しい映画じゃない。そういう「時代の 気分」とは、確かに合ってはいなかっただろう。そしてアメリカでの不評大コケの受け売りで、日本でも無能な映画マスコミや評論家、ついでに見てもいない映 画ファンがケナしたに違いない。僕は当時、日本の映画マスコミやファンを信用できなくなっていたから、どうせそんなところだろうと思っていた。フリードキ ン版「恐怖の報酬」は、僕に言わせれば不当に葬られた不遇な作品だった。
 結果として、「フレンチ・コネクション」「エクソシスト」と連戦連勝だったフリードキンにとって、この失敗は致命的なものになった。あまりに大金を投じ てやりたい放題だった大作の失敗は、その後のフリードキンから作家的自由を奪った。機を見るに敏なフランシス・コッポラはモタつき始めたフリードキンやボ グダノビッチなどの「ディレクターズ・カンパニー」の仲間とサッサと手を切り、早くも波に乗り始めたジョージ・ルーカス、スティーブン・スピルバーグ、マーティン・スコセッシなどの後輩たちとツルむようになった。コッポラという男は、こういう時の逃げ足は早い。その後のフリードキンの転落ぶりが、容易に想像ついたのだろう。もっとも、その後のテメエの転落からは逃げられなかったが(笑)。
 実際に「恐怖の報酬」以後のフリードキンは、「それ」以前とは一線を画する低迷ぶりだった。「クルージング」(1979)、「L.A.大捜査線/狼たちの街」(1985)、ハンテッド(2003)など悪くない作品も発表してはいたが、あの「鬼才」としての作品的・商業的成功は二度と戻っては来なかった。ついでに言うと、ジャンヌ・モローとの結婚生活も3年ほどしかもたなかったという。落ち目になった時には、人間なんてそんなものだ。
 そして初公開の時の興奮は強烈に脳裏に焼き付きながらも、僕もまたフリードキン版「恐怖の報酬」のことはスッカリ忘れていたのである。そして30数年後…。

 

「恐怖の報酬」にまつわるいくつかの謎

 実は今回、「カナザワ映画祭」でこの「恐怖の報酬」が上映されることを知ったのは、ネット上で親しくさせていただいている丸山哲也氏に教えてもらったのがキッカケだった。実は情けないことに、僕はこの「恐怖の報酬」が昨年アメリカでデジタル・リマスターされていたことも知らなかった。フリードキン版「恐怖の報酬」を巡る状況に変化が生じ始めていたことなど、情報に疎い僕にはまったく知る由もなかったのだ。ところがこの「カナザワ映画祭」のサイトを見てみたら、「ノーカット版で初公開!」と書いてあるではないか。
 「ノー・カット版で初公開」?
 実はこの「恐怖の報酬」、日本公開版は短縮版である…ということは、かなり前から言われていたことだった。正確に言うと「日本公開版」というより「国際版」と言うべきだろうか。アメリカ映画にはよくあることだが、アメリカ国内公開版と国際版で編集が微妙に違うのである。
 ちなみにこのフリードキン版「恐怖の報酬」が日本でかなり昔にVHSビデオソフトが発売された時には、アメリカ国内公開版でリリースされていた…というウワサを聞いている。僕は見ていないので確認できていないのだが、これは本当なのだろうか。
 また、それならば気になっていた原題名のことも理解できないでもない。「ソーサラー」が「WAGES OF FEAR」という歯切れの悪いタイトルに変わっていたし、 実際に日本公開にあたっての広告や劇場パンフレットではそうなっていた。しかしタンジェリン・ドリームのサウンドトラック盤を買ったら、そこにはちゃんと タイトルが「ソーサラー」と表示されているではないか。アレレ?…さてはアメリカ国内版と国際版では、タイトルが異なっているのか。
 例えばロバート・アルドリッチ監督、バート・レイノルズ主演の「ロンゲスト・ヤード」(1974)は、日本公開時になぜか原題名が「The Mean Machine」となっていた。ところがアメリカ本国では、原題名は「The Longest Yard」。 これってアメリカ以外の国ではアメリカン・フットボールに疎いので、何の事だか分からない恐れのある「The Longest Yard」ってタイトルをやめて、劇中で主人公たちが組んだチーム名「The Mean Machine」をタイトルにしたのではないか。残念ながら日本ではすでに原題名からカタカナ邦題を作っちゃった後なので、こうしたアメリカ本国での配慮は無駄になってしまったが…(笑)。こういう例は、アメリカ映画には結構いろいろある。
 同じようなことが、「恐怖の報酬」にも言えるのかもしれない。
 アメリカ国内では何だかワケが分からない「ソーサラー」というタイトルで公開したが、海外版では国際的知名度の高いクルーゾーの「恐怖の報酬」の英語直訳タイトルにして、「あの傑作のリメイク!」として公開したのではないか。
 それは、この「恐怖の報酬」がアメリカ国内で大コケしたことが理由になっていたかもしれない。
 「恐怖の報酬」のアメリカ公開は1977年夏。あの「スター・ウォーズ」と真っ向勝負というかたちになってしまった。当時、「スター・ウォーズ」があん なバカ当たりするなんて、当のジョージ・ルーカスですら思っていなかったのだ。当然、「エクソシスト」のフリードキンによる「恐怖の報酬」は、夏の公開作 の中でも期待度絶大な作品だっただろう。「ソーサラー」なんてワケの分からないタイトルも、その限りにおいてはハッタリ感があっていい。
 ところがフタを開けてみたら、ノー・マークの「スター・ウォーズ」がぶっちぎりで「恐怖の報酬」は大惨敗。こんなふざけたタイトルにしたからだ…と、ア メリカ以外では分かりやすい英語タイトルにした…という理屈がつく。おまけに、出来るだけ映画の無駄を省いて何とか「娯楽性」の高い映画にしよう、ついで に劇場での回転率を高めて収益を上げよう…と30分もカットされてしまった。あのマイケル・チミノ「天国の門」(1980)とほぼ同様な理由で大幅カットが断行された…と考えるのが、極めて自然な気がするのだ。
 「カナザワ映画祭」で上映される「ノー・カット版」とは、このアメリカ国内公開版のことではないだろうか。
 実はフリードキン版「恐怖の報酬」には、もうひとつ謎があった
 つい1〜2年前からネット上で見ていた本作に関するニュースの中に、信じ難いものがあったのだ。いわく、「恐怖の報酬」の権利がどこにあるのか分からない…というのだ。
 そのニュースによるとパラマウント、ユニバーサル、フリードキンの三者で話し合いが持たれている…ということだが、それまではこの映画の権利がどこにあるかも決まっていなかったようなのだ。
 実は本作は、日本では前述したようにVHSビデオが発売されただけで、現在(2014年9月)の段階ではDVDもブルーレイも発売されていない(注:ア メリカでは4月にブルーレイが発売になったようだ)。なんでソフトが出ないのか不思議に思っていたのだが、権利者が不明のために発売できなかったのだろう か。
 まぁ、大コケした映画の権利なんざ、どうでもいいと思ってしまっても無理はない(笑)。しかし、それではこの映画の制作はどこの映画会社で行われていた のだろうか?…という疑問が浮かんでくる。そしてそんな「権利者不明」のニュースを見た時に、僕にはひとつ思い当たることがあったのだ。
 実は公開当時の劇場パンフレットに、映画会社の名前もマークも入っていなかった。
 正確には、日本で本作を配給を行っていたシネマ・インターナショナル・コーポレーション(CIC)の名前とマークだけは入っていた。CICは元々はパラマウントとユニバーサルのハリウッド大手2社が海外配給のために設立した会社で、後にMGM、そしてユナイテッド・アーティスツが加わってユナイテッド・インターナショナル・ピクチャーズ(UIP)となった(その後、日本ではパラマウントとユニバーサルが離脱して、UIP日本支社も閉鎖された)。パラマウント映画「ゴッドファーザー」もユニバーサル映画「ジョーズ」も、日本ではCICを通じて配給されたのだ。
 公開の際には、広告や劇場パンフレットには「パラマウント映画・CIC配給」というふうに表記。あくまでそれぞれの映画会社の作品について、配給・宣伝業務だけを行う会社だったのだ。日本で大映末期1970〜1971年のジリ貧時代に設立された、大映と日活両社の作品を配給する「ダイニチ映配」という会社と似たようなものか。
 ところがこの「恐怖の報酬」には、当時CICに参加していたパラマウント、ユニバーサルどちらの名前も入っていない。気になってタンジェリン・ドリーム のサウンドトラック盤のジャケットを見てみたが、そこにはスタッフ・キャスト名が細かく書いてあったものの、なぜか本来入っているはずの 「Paramount Pictures presents」といった表記がない。だから公開当初から、僕も不思議に思っていたのだ。一体これってどうなってるんだろう?
 実はこれについては、今回、何十年ぶりかで「恐怖の報酬」劇場パンフレットを読み返して謎が解けた。ほとんど読むところのないパンフレットではあるが、その中の、猫の額ほどの「プロダクション・ノート」というコラムに、回答が書いてあったのである。
 それによると、「恐怖の報酬」は「CICが本格的に映画製作に乗り出す記念すべき作品」とのこと。何と本作は、パラマウントやユニバーサル作品の配給専門だったCICが、初めて自主制作に乗り出した作品だったのだ。
 なるほど、それならば合点がいく。現在、いくつかの国々では当初設立したパラマウントとユニバーサルどちらもUIPの配給網から離脱し、企業形態も変わってしまった。だから権利の保有者がどこか分からなくなってしまったわけか。
 ちなみに同じ「プロダクション・ノート」の受け売りを続けると、アメリカ公開は1977年6月24日。何とミシシッピー川を境にして、東海岸をパラマウ ント、西海岸をユニバーサルが配給するという特異な配給形態をとっていたらしい。そのあたりからも本作の特殊事情が伺える。
 それにしても…もし「恐怖の報酬」が成功していたら、その後もCIC(あるいは改変後のUIP)が自主制作した作品が次々と登場した可能性があったわけだ。「恐怖の報酬」の惨敗は、こうした可能性の芽を根こそぎ摘んでしまった。本 作は凝り性のフリードキンによってメキシコ、イスラエル、フランスなどのロケを行っただけでなく、南米ドミニカ共和国の原生林を切り拓いて油田や村などの セットを建設して作り上げた。それらの巨額の投資も全部パーになってしまった。おまけにワケ分からんタイトルに、ロイ・シャイダー以外はアメリカじゃ無名 ばかりの地味〜なキャスト。だから言わんこっちゃない、最初からコケることは目に見えていたんだ…。当時のCICの人たちの怒りも想像がつく。
 ひとつの映画会社の運命を変えてしまった…という意味では、ユナイテッド・アーティスツを傾かせてしまった「天国の門」のマイケル・チミノに先立つ「大罪」である。その後、フリードキンのハリウッドでの運が尽きてしまったのも、正直言って無理のないことかもしれない。

 

久々の再会か、はたまた初対面か

 そんなわけで「カナザワ映画祭」に乗り込んだ僕だが、そこで見た「恐怖の報酬」は果たしてどんなバージョンだったのか。
 その前に、この「カナザワ映画祭」について簡単にご紹介しておこう。
 お恥ずかしい話だが、僕はこの映画祭のことを何も知らなかった。そもそもこの映画祭の存在自体を知らなかった。それなのに、地方でこんな意欲的な上映を 行っているとは…。それに比べて…派手な宣伝をしてカネをかけてる割には「正月映画を一足お先にお披露目!」でしかないような東京国際映画祭は、図体ばか りデカくてかなり寂しい内容に感じられる。安っぽくケバケバしたものばかり目立って、肝心なモノが欠けちゃってる気がする。こんなことは言いたくなかった が、「東京」の関係者にはちょっと情けなさを自覚してもらわないと困る。
 期間は9月12日金曜日から15日月曜日まで。会場は地元の老舗ホテル「金沢都ホテル」の地下2階にあるセミナーホール。元は「ロキシー劇場」という映画館で、それを改装したもののようだ。
 映画祭の売りは、ここで大音響で映画を上映する「爆音上映」。つい先日閉館した東京・吉祥寺のバウス・シアターでも好評だった「爆音」である。まさかここで堪能できるとは思わなかった。
 お目当ての「恐怖の報酬」は初日12日の上映だったが、それ以外にも「U・ボート」(1981)、「マッドマックス2」(1981)、ブラックホーク・ダウン(2001)、「フルメタル・ジャケット」(1987)…など気になる作品の「爆音」上映が目白押し。時間が許せばもっといろいろ見たかった…。
 そんなわけで、272席のキャパのセミナーホールに午後6時過ぎに到着。上映は午後7時からなのに、力が入りまくり(笑)。どうやらこの映画祭は地元で おなじみの映画ファンたちによって支えられているようで、顔見知りの人たちが多数を占める。その中で東京から単身乗り込んだ僕は、少々浮いていているのが チト寂しい。早くも気分は、南米の村で孤独を味わうロイ・シャイダーに感情移入…(笑)。
 こうしてはるばる東京から遠征して見た「恐怖の報酬」は、懐かしい30数年ぶりの再会か、はたまた見知らぬ映画との初対面か…。
 まず冒頭に、「パラマウント・ピクチャーズ・アンド・ユニバーサル・ピクチャーズ・プレゼント」と 出てくる。正直言って30数年前の記憶は今さらたぐることが出来ないので、公開当時、これが映画にあったかどうかは定かではない。しかし前述のような権利 関係のトラブルが発生したことや「CICが自主製作した」という事情から考えて、公開当時はこのクレジットが入っていなかったように思われる。このクレ ジットは権利関係の問題がすべて解決したため、新たに付け加えられたものではないか。
 ちなみに今回追加されたとおぼしきクレジットは、この冒頭のカンパニー・クレジットだけではない。映画が終わってエンディング・クレジットもすべて終わった後に、今回のデジタル・リマスターに関わったスタッフのクレジットが ワン・ショットで出てくるのだ。やはり今回「カナザワ映画祭」で使用されたバージョンは、昨年(2013年)夏のヴェネチア映画祭で特別上映されたデジタ ル・リマスター版だったのだ。それをこうしてスクリーンで見ることができるとは…至福としか言いようがない。生きててよかった!
 次に出てくるのは、手書きの毛筆のような字で「SORCERER」と いうタイトル。そのバックに、岩に彫られたような奇妙な「顔」が暗闇からじわっと見えてくる。まるでナマハゲとか東南アジアや中南米の遺跡にでも刻まれた 化け物というか、そんな恐ろしげだが素朴な顔。よくよく見ていると、それがまるで主人公たちが劇中で乗るトラックのフェイスのようにも見えてくる。これっ てそういう意味なんだろうか…?
 さて、そこから本編に入るのだが…いきなりメキシコの場面が出てきて「殺し屋」フランシスコ・ラバルがいかにもな服装で登場してくるので、僕はアッと驚いた。ややや…これは明らかに僕の知っている「恐怖の報酬」ではない
 先にも述べたようにさすがに初公開時の記憶はおぼろげで、ハッキリ覚えているとは言い難い。だから公開当時のバージョンの原題名が何だったのかも分から ないし、今回見た「ノー・カット版」みたいに暗闇から岩に彫られた顔が浮き出てきたかどうかも覚えていない。しかしそんな僕でも、ドラマは間違いなく主人 公4人がくすぶっている南米の山の中から始まったことだけは記憶していた。メキシコで「殺し屋」が仕事をソツなくこなすシークエンスから始まるとは、僕はまったく予想だにしていなかった。
 さらに次にはイスラエルでのアミドウの場面、そしてパリでのブルーノ・クレメールの場面、最後にアメリカはニュー・ジャージーでのロイ・シャイダーの場 面が出てくる。つまり4人の主人公たちがどうして南米に落ちなくちゃならなかったのか…そうなる原因を描いたシークエンスが、映画の冒頭に置かれているの だ。
 ところが、これが結構長い
 どのくらい長いのかは僕がこの感想文冒頭に書いたストーリー紹介からお察しいただきたいが、おそらく30分ぐらいはあるのではないか。つまり「ノー・カット版=アメリカ国内公開版」から削除されたのは、ほとんどこの4人の主人公の過去を描いた部分だと分かるのである。
 確かに僕が見た日本初公開版では、4人の過去は詳しくは描かれなかった。僕の記憶では非常に短く刈り込まれて、劇中にカットバックのような手法で挿入されていたのだった。ただ、それで十分だったと当時は思っていた。
 しかし、4人の過去がこれほど詳しく描かれ、しかもドラマの時系列に沿ってちゃんと映画の冒頭に組み込まれていたとは…正直かなり驚いた。しかも、それ ぞれちょっとした「別の映画」の様相を呈していて、それなりにお金もかかっていそうなのだ(ブルーノ・クレメールの場面などは、登場人物は延々フランス語 をしゃべって、完全にフランス映画みたいだったもんねぇ)。
 そういえば先にも触れたように…これ以前のフリードキン作品って、作品の冒頭に外国シークエンスを入れるのがお約束だっ た。「フレンチ・コネクション」のフランス・マルセイユ、「エクソシスト」のイラクなど…それらが「いかにもハリウッド撮影隊がロケしましたよ」って感じ の作り物感満載なタッチではなく、まるでその国の映画スタッフが撮ったかドキュメンタリー映画として撮ったかのように、リアル感たっぷりに描かれているのがミソだっ た。フリードキンもそんな「ハリウッドの薄っぺらい作り物」感とは一線を画した自分の演出タッチに自信があって、あえてそうしていた印象があった。そうい う異質な「外国」シークエンスを冒頭に持ってくることで、作品にスケール感やリアル感を持ち込んでいたところもあった。
 だから満を持しての自信作「恐怖の報酬」リメイクでも、フリードキンがそれまでと同じように「外国」シークエンスから始めようと思ったことは想像に難くない。ロイ・シャイダーだけは「外国」でなくアメリカだが、この作品は本編が南米の山の中だからアメリカも「外国」のうちということなのだろう。
 従来ならば、このフリードキンの「成功体験」に裏打ちされた手法は、おそらくちゃんとそれなりの効果をあげたはずだ。特にブルーノ・クレメールのパリ場 面などは高級で洗練された暮らしが問答無用で描かれているので、本編が始まってからの南米との落差が凄まじかった。アミドウのテロリスト生活は果たして 「戻りたい」ようなものなのか…という気もしてくるが、あの「最底辺」とでも言うべき南米のどん底生活と比べれば「まだマシ」に見えてくる。なるほど4人 の男たちが「文明世界」に戻りたくて、多少無茶してもいいという気持ちになるのも分かる。そういう主人公たちの心理に裏付けを与えるためにも、フリードキ ンにとってこの冒頭の「主役4人の過去」シークエンスは必要だったんだろう。
 それはよく分かるのだが…いかんせん、外国シークエンス「かける4」…だったのが計算違いだった。
 これが、どれかひとつ…だったらフリードキンの想定通り抜群の効果を挙げたのかもしれないが、残念ながら主役は4人。彼らの過去場面を律儀に4回繰り返すことになってしまった。そうなると、正直言ってこれはかったるいと言わざるを得ない。
 さらに正直に言わせてもらうなら、それぞれのシークエンスもじっくり見せられるほど面白くは出来ていない。南米にいる時点での彼らを見て、「まぁ、そうだろうな」と思わされる程度の予想のつく過去でしかない。リアルではあっても驚きも興味深さもない…たっぷり見せるまでもないようなエピソードなのである。それが4回繰り返されるんだから、ちょっとダレてしまうのは仕方ないわな。
 その結果、全体的にドラマが動き出すのが遅れてしまう。この感想文のストーリー紹介を終えた直後に書いたように、トラックが走り出すまでに上映時間の約半分…1時間が経過してしまうのだ。これはいくら何でも遅すぎのような気がする。
 僕はいろいろな理由からワクワクして見ていたし、これはこれなりに興味深かったのでまったくオーケーだったが…何も知らずにこの作品に接した人だった ら、確かにちょっとタルいと思ってしまっても仕方ないような気がする。このシークエンスのせいで映画がコケたワケではないと思うが、もし制作者側が挽回を 図ろうと思うなら、ここは刈り込んだ方がいいと思っても不思議はない。実際、僕はそうやって編集された国際版バージョンを見てすごく感心したのだから、その判断は間違っていなかったのだろう。
 主人公たちの過去なんて、爆薬抱えての地獄巡りのあちこちにフラッシュバックでチラチラ見せる程度でまったく良かった。その方が映画のリズムも崩せずよ かったし、それでも十分フリードキンが意図していたことは表現できてた。そもそも長々と見せたって、大したことは言っていなかったのだから…。
 ただ、それ以外の物語の進行は、おそらくほとんど僕が見たバージョンと変わらないと思う。上映時間の違いからも、たぶん肝心の部分はあまり変わっていな いはず。またしても吊り橋の場面は手に汗握らされたし、立ち塞がる倒木を排除する場面も面白かった。何だかんだ言ってよく出来ている。やっぱりこの映画はスゴいよ。
 今回、見直したことによって、改めて気付いた点もいくつかある。
 まずはアメリカでの原題名のこと。「SORCERER」ってタイトルが何で付いたのか…、実はずっとそのことを悩んでいたのだ。フリードキンがテキトーに付けたんだろうとは思いながらも、何の理由もなくこんなタイトルを付けるはずないとも思っていた。ともかく謎のタイトルだったのだ。しかし、今回その謎がついに解けるとは…!
 何と主人公4人のうち、ブルーノ・クレメールとアミドウ組が乗るおっかないフェイスのトラックの車体に、うっすらと「SORCERER」と書いてあるではないか。みんなはこれに気付いていたのだろうか? 一体どうしてそんな文言が書かれているのかは分からないが、この2台目のトラックこそ「ソーサラー」号だったのだ! やっぱりこのトラックはワケありだったのか…。
 さらに劇中で山道を通過中、トラックが通り過ぎた後に岩の壁面に妙な顔が描かれているショットが ある。ほんの一瞬のことなので見逃してしまう人も多いだろうし、僕も公開当時そんなショットがあるとは気付いていなかったが…それは映画がスタートしてす ぐ「SORCERER」というタイトルの背景に登場する、岩に彫り込まれた「顔」と同じものだ。恐ろしくも素朴な化け物のような顔。やはりあの2台目のト ラック=岩に彫られた顔=「SORCERER」ってことなんだろうか。4人は悪事を働いて南米に逃れてきた段階で、すでに「悪魔」に祟られていた…という ことなのだろうか。
 それにしても、この岩に彫られた「ソーサラー」の顔といい、4人が乗るトラックのフェイスといい、さらに4人がクルマ選びのために見せられる何台ものぶっ壊れたスクラップ・トラックたちの「ツラ構え」といい…その怖さと素朴さが同居したような「顔」って、水木しげるが描いた妖怪みたいで味わい深い。話は脱線してしまうが、フリードキン版「恐怖の報酬」を「ゲゲゲの鬼太郎」で商業的に大成功する前の水木しげるがマンガにしていたら、かなり面白いモノが出来上がったんじゃないだろうか。これは本気でそう思う。












ここからは映画を見てから!












 そんな風に大いに楽しませてもらった「恐怖の報酬」だが、日本初公開バージョンと今回のバージョンではもう一カ所だけ大きな違いがあった。それはエンディングだ。
 苦心惨憺、精神力と体力の限りを振り絞り、4人のうち3人の命まで犠牲にして…やっと爆薬を目的地へと届けたロイ・シャイダー。日を改めて例の村へ戻っ てきたときには、石油会社の連中を伴って別人のようにこざっぱりとした服装になっていた。高額の小切手が切られ国外脱出の手はずも整って、すべて万々歳で 言うことなしのはず。ところが、なぜかロイ・シャイダーの表情は冴えない。目が凍り付いて死んでいる…。
 実は僕が最初に見た日本公開版は、この場面で終わっている。しかし今回見た「ノー・カット版=アメリカ国内公開版」は、その後にちょっとしたオマケがつく。命からがら生還したロイ・シャイダーを待つ、非情な運命を暗示した幕切れとなるのである。
 なるほど、ちょっとシニカルな味が出たエンディングだ。これはこれで「アリ」な気もする。「人生の皮肉」を感じさせて、シャレてひねった味わいがある。
 実はオリジナルのクルーゾー版「恐怖の報酬」を愛する人たちからすると、フリードキン版のリメイクは「人間ドラマ」が乏しいからダメだと 言われているらしい。「人間ドラマ(笑)」という言葉自体いかがなものか…と思ったりもするのだが、世間一般からすればそういうものなのだろう。じゃあ何 て言えばいいんだよ!と問われれば、そういう僕だって「人間ドラマ」という言葉しか適当なモノが思いつかないのだが…(笑)。それはともかく、「人間ドラ マ」ってなくちゃダメなのかね?…と、正直言って思っちゃう時もある。「ロボット・ドラマ」「悪霊ドラマ」とかはどうなんだ…な〜んてイチャモンをつけた いムキもあるだろうが、それはまた別のお話(笑)。
 閑話休題。それはともかく、今回の「ノー・カット版」ラストに漂う皮肉な味は、クルーゾー版にあった情緒性とかフランスのエスプリ(笑)などに似たもの を彷彿とさせるところもあって、「人間ドラマ」派の人にとっては受け入れやすいエンディングかもしれない。だから「こっちの方がいい」という人がいたとし ても、僕はまったく不思議ではない。
 ただ、僕もそれに賛同するかというと、答えは「ノー」だ
 まぁ、今回見たものも悪くはないエンディングだが、僕はどちらかというと以前の国際版の方が好みだ。もちろん、そっちを最初に見たから…という先入観も否定できない。だが、必ずしもそればかりは言えないような気がする。図らずもフリードキンの本質は、カットされたバージョンの方にこそ認められるからである。
 フリードキン映画を見てきた人ならお分かりのように、彼の映画はいつも「あいまい」で宙ぶらりんな印象を残して終わる。不安定な幕切れこそが、フリードキン映画の「意匠」だ。
 「フレンチ・コネクション」ではポパイ刑事が敵を追って暗闇に消えて行き、銃声が聞こえたところで終わった。「エクソシスト」は少女の悪魔払いに成功し たはずなのに、最後に出てくる少女の表情には何となく不安が残る。また、「恐怖の報酬」以後の作品でも…「クルージング」ではアル・パチーノはおとり捜査 を終えたはずなのに、どこかトラウマが抜けていないように見える。「L.A.大捜査線/狼たちの街」では生き残った刑事が情報屋の女の家で得意満面にまく し立てるが、家の外に謎のクルマが音もなく停車して終わる。どれもこれも、明確な「結論」「結果」が出ていない。何ともあいまいで、見ている僕らに不安を 残して終わるのが「いつものフリードキン流」なのだ。
 だとすると、ここは「運命の皮肉」などという「したり顔の結論」ではなく、ハッキリ決着をつけないで濁すところが彼らしさだろう。
 打つ手なしで逃げ出してきた南米の村ではあるが、ここでも煮詰まって先の展望が全くない。文字通り「底辺」のアリ地獄。そこで一縷の望み…と飛びついた ヤバすぎる仕事を、何とかかんとか力を振り絞って頑張った。しかしそこまでやって望みを叶えたその時には、主人公の中の人間的な何かが粉砕され、すべて擦 り切れて失われていた…。
 考えようによっては、こっちの方が数倍救いがないんじゃないか
 この虚無感。スピルバーグの出世作激突!(1972)のエンディングにも似た、シラケわたったあのムード。これこそが、フリードキンが常に僕らに見せてきた幕切れではなかったか。
 奇妙なことに、ディレクターズ・カットたる「ノー・カット版」ではなくカットされたバージョンの方が、むしろフリードキンの本質を捉えているとは…。これこそが本当に「運命の皮肉」というものかもしれない。
 もちろんそんな相違点はあっても、フリードキン版「恐怖の報酬」が本来持っている凄みは、決して減じたりはしていない。今回、別バージョンを見る機会を 得て、改めてそう思った。細部の違いから多少の違和感は持ったものの、根本にある強烈さはいささかも損なわれていない。そんなことで、この作品の価値は揺 らぎはしない。
 むしろ作品本来のパワーを再認識することで、僕は今回、改めて「傑作」であるとの意を強くしたのだった

 


Sorcerer (Wages of Fear)
(1977年・アメリカ) 
フィルム・プロパティーズ・インターナショナルB.V.、パラマウント映画、ユニバーサル映画(旧シネマ・インターナショナル・コーポレーション) 制作
監督:ウィリアム・フリードキン
製作:ウィリアム・フリードキン
脚本:ウォロン・グリーン
出演:ロイ・シャイダー(スキャンロン/ドミンゲス)、ブルーノ・クレメール(マンゾン/セラーノ)、フランシスコ・ラバル(ニーロ)、アミドウ(カッセ ム/マルティネス)、ラモン・ビエリ(石油会社の支配人コーレット)、カール・ジョン(マルケス)、フレデリック・フォン・レデブール(カルロス)、 ジョー・スピネル(スパイダー)

2014年9月12日・「カナザワ映画祭2014」にて鑑賞(米国公開ノーカット版/デジタル・リマスター・バージョン)

 


 

 

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