#01 

 「白い町で」

  Dans la ville blanche (In the White City)

 (2011/01/10)


 まばゆい光を浴びながら、遙かな洋上を悠然と航行する巨大な貨物船。

 その機関室の中で、ポールという男(ブルーノ・ガンツ)は外国人の相棒と一緒に働いていた。長い航海中、さほど緊張を強いられる瞬間があるわけではない。時として機械の具合が悪くなることがあっても、ポールは慌てず騒がず対処し、的確に物事を処理する。言ってしまえば、かなり単調な毎日ではあった。

 そんな単調な日々の彩りとしようとしたのか、ポールは暇さえあれば小型の8ミリ・フィルムのカメラを取り出し、あちこちにレンズを向けてみる。とは言っても、船の上では被写体とて限られる。同僚にカメラを持ってもらい、自分が被写体となってレンズに微笑みかけてみても、毎度お馴染み光景となるのは致し方ないところだ。

 そんなポールを乗せた大型貨物船が、とある港町へとやって来た。

 今まで撮り溜めたフィルムをバッグに詰め込み、早速船から降りるポール。もちろん愛用の8ミリ・カメラで、下船の時から撮り続けるのは言うまでもない。

 そこはどこも明るい陽の光に満ち、白っぽい壁の古びた建物が多い、坂道や起伏に富んだ街だった。

 街の中を走る市電を見つけると、慌てて飛び乗るポール。市電から見た市内の様子は、歩いて見るこの街の様子とはひと味違う。その微妙な変化を、8ミリの被写体を常に探すポールが見逃すはずもない。市電は狭苦しい街の街路を、まるで壁に触りそうなほどスレスレになって、クネクネ曲がりながら走っていく。

 街の散策に疲れたポールは、とあるバーに入ってカウンターの女性にビールを注文。冷えたビールをぐいっとやりながら何かをじっと見つめていたポールは、やがてふと表情をほころばせた。それもそのはず、バーの壁には時計がかけてあったが、その文字盤は普通の右回りのモノとは逆で左回り、針も左回りに動くシロモノだった。

 ポールはカウンターの女性ローザ(テレーザ・マドルーカ)に「英語は話せるか?」と聞く、彼女が「フランス語なら少し」と答えたので、そこからフランス語でのやりとりが始まった。

 「時計が逆に進んでる」

 するとローザはニッコリ笑いながら答えた。「いいえ。正しく進んでいるわ…逆なのは世界の方よ

 「なるほど。時計を全部逆にすれば、世界も正しく動く

 「ここで何をしているの? 船員?」

 「いや…浮かぶ工場にいる。変な奴らと」

 そんなやりとりをしているうち打ち解けてきたポールは、このバーのある建物がホテルであることに気付き、ローザに「部屋はあるか?」と尋ねる。彼はなぜか、今晩ここに泊まる気になったのだ。

 あの壁の時計を見た時から、ポールの中で時計が「正しく」動き出したのだろうか。

 ローザにホテルの主人の所まで連れてこられたポール。ところがホテルの主人とローザの間で、ちょっとした言い合いが起きる。「バーで働いている時もホテルのメイドみたいに化粧っけがなくて困る」と難癖つけるホテルの主人に対して、ローザは「それなら給料を二倍にして。さもなきゃ仕事以外で私には命令はできないわ」と一歩も退かない。そんな彼女の態度を、ポールは思わず微笑ましく見つめていた。

 案内されてきたホテルの部屋は、見晴らしのいい場所にあった。持参したテレコから気だるい音楽を流し、楽しげに踊りまくるポール。旅先ならではの開放感に満たされる。

 一人でメシを食い、夜の街をうろつく。ダンスホールで踊って、いきなりケンカを売られたりする。あっちこっちの女を口説いて、女同士がモメたりもする。お気楽でいいかげんで無責任で…気ままな時間が過ぎていく。

 翌朝、部屋のベッドでダラダラしていると、あのローザが「メイド」として入ってくる。ポールは洗面所を洗い始めたローザにカメラを向けたが、彼女は撮影されることをイヤがった。

 「船は動かないの?」

 「オレがいなくても動くさ」

 そんなポールはカメラからフィルムを取りだし、紙で包んで郵便局へ持っていく…。

 さて、場面は変わる。ここは先ほどの港町から遠く離れた、ある国のある街だと思っていただきたい。自宅に戻ってきた女が、ポストに小包が届いていることに気付く。中味は撮影済みの8ミリ・フィルムだ。

 フィルムを映写機にかけて、スクリーンに映写する。そこにはカメラに向けて微笑むポールが映り、港町に入っていく船が映っていた。続いてどこか白っぽい港町の風景が次々映り、ポールが泊まっているホテルの部屋が映った。じっとその画面を見つめる女は、ポールの妻エリザ(ユリア・フォンダリン)だ。そのうち画面には、洗面所を洗うローザが映し出される…。

 毎日毎日、ポールは何もせず部屋で無為に過ごした。ローザはバーで仕事をしながら、そんなポールの様子が気になっているようだ。そんな何もしない日々の中で、ポールはエリザに手紙を書いていた。

 「船を去った夢を見た。街に出て、ホテルに部屋をとった。夢の中で街は白く、部屋は白く、孤独も沈黙も白い。君を想っている。愛しているよ…」

 家でその手紙を読んだエリザは、ポールの真意をつかみかねていた。

 やがて、ポールをこの街に連れてきた船が出航。ポールは満面の笑みで部屋の窓から船を見つめ、出稿の様子をカメラに収めた。

 それでも、ポールは何もしない。ただただ一人で部屋にいる。そして、エリザへの手紙を書く。

 「僕は元気だ、そして自由だ。何もしない。休暇とは違う…」

 エリザもポールに手紙を書いた。「船会社からあなたの失踪の知らせ。私はどうしたらいいの? たぶん、何もしない。たぶんあなたは今、気持ちの整理をしているのだと思う。後で説明をしてくれるわよね…?」

 そう手紙に書きながらも、エリザはポールの言動に当惑を隠しきれない。

 さすがにある日、衝動的に部屋を飛び出すポール。しかし、何もするわけでなく、ただひたすら街を歩き回った。そうして最後に、あのホテルのバーに辿り着く。カウンターには、今日もローザが立っていた。

 「ビールをくれ!」

 久しぶりに彼女の前に現れたポールを見て、ローザがニッコリと微笑む。

 「今日はよく歩いた。歩いている時はよく考える。…君のことだけを考えていた

 そんなポールの言葉を聞いて、ローザの表情はますますイキイキと輝く。

 その夜、バーを閉めた後で、ポールはカウンターの中でローザの洗い物を手伝った。「さぁ、後で僕の部屋で一杯やろう」

 だが、このホテルではダメだ…とローザは言う。するとポールは彼女に尋ねた。「では、君の家は?」

 そしてローザをギュッと抱きしめるポールだった。

 こうして結ばれた二人は、それから毎日のように一緒に時を過ごしていたのだったが…。

 

僕が出会った数少ないスイス映画たち

 この作品は、日本の僕らが目にする機会が少ないスイス映画だ。

 しかしそんなスイス映画も、かつては日本の映画ファンの間で今よりもうちょっと陽の当たるポジションを得ていたような気がする。この「白い町で」の日本公開は1986年2月だが、ちょうどその頃…1980年代半ばあたりは、日本でもスイス映画にそれなりに光が当たっていた頃。…というか、世界各国のさまざまな映画が、割と気軽に日本の劇場でかかっていたのだ。かつてはそんな時代があった。

 もちろん、前々からそんな土壌があったわけではない。

 1970年代はアメリカ映画以外の外国映画は不毛で、仮に上映されたらアラン・ドロン映画か「エマニエル夫人」(1974)…という状況が冗談ではなく本当にあった。そうなっちゃうのも理由があって、「エクソシスト」(1973)やタワーリング・インフェルノ(1974)以降、アメリカ映画の大作を何館もの映画館で拡大上映するケースが定着してしまった。当然、以前なら公開されていたはずのヨーロッパ映画などが、日本の市場からはじき出されたというわけだ。

 しかし、ハリウッド映画の大攻勢がかかる前から…フランス、イタリア、イギリスなどのヨーロッパ映画などは公開されても、スイス映画なんてシロモノはほとんど公開されなかった。それらは非常に地味な存在だったし、日本にも情報など入ってこなかったからだ。

 そんな状況が一変したのは、岩波ホールに始まる「ミニシアター・ブーム」の到来からだろうか。岩波ホールがいわゆるミニシアター的映画上映をスタートさせたのは1974年だというが、それが1970年代末あたりから、徐々に成果を挙げてきた。そのため岩波の成功に追随するかたちで、あちこちに雨後の竹の子のようにミニシアターが乱立するようになったのだ。

 時代はちょうどバブル真っ盛り。さまざまな大企業が、社会貢献やら文化貢献などであまった金を使ってイメージアップをしたがっていた。それはいささか意地悪いモノの見方かもしれないが、この時代、やたら大企業が文化芸術活動を支援する「冠イベント」が多かったのは間違いないだろう。西武系セゾン・グループがミニシアター群をあちこちに作ったのも、ちょうどその頃だ。

 またバブル経済は、意外なカタチで映画ファンに恩恵を与えた。世界各地の映画祭でのフィルム・マーケットで、ジャパン・マネーが猛威を奮ったからだ。映画祭で賞をとったり話題になったりした作品は、アッという間に日本の配給会社に買い占められた。

 これにはちょうど家庭にほぼ普及し尽くしたと思われる、ビデオの影響も大きかった。レンタル・ビデオの需要がどんどん拡大していたが、それをまかなうための供給が追いつかない。そこでビデオメーカーは先を争って、ヒット作話題作ばかりでなくクセの強い作品や未公開作まで、さらには未知のマイナーな作品まで…世界のさまざまな作品を片っ端から買いあさったのだ。

 こうして買った映画作品は、そのままビデオ化するより短くとも劇場公開した方が「ハク」がつく。しかも全国に乱立したミニシアターは、上映するための作品を求めていた。こうして双方のニーズがめでたく合致。映画ファンもまた新たな刺激に飢えていたので、ミニシアターで次々公開される珍しい国々の珍しい作品に飛びついた。そんな夢のような状況が、1980年代には現実のものとなっていたのだ。この時期の東京は、ニューヨークやパリなどを抜いて「世界で最も多くの映画が見られる都市」…と言われていたものだった。

 それも、バブル崩壊までのことだったのだが…。

 ともかくそんな時期、ミニシアターでは僕にとって数多くの「発見」があった。すでに亡くなっていたルキノ・ヴィスコンティの晩年の未公開作が次々公開。ポーランドのアンジェイ・ワイダの未公開作も発掘された。旧ソ連のニキータ・ミハルコフアンドレイ・タルコフスキーも作品が公開され、「黄色い大地」(1984)でチェン・カイコー「紅いコーリャン」(1987)でチャン・イーモウが紹介された。ピーター・ウィアーなどのオーストラリア映画、ヴィム・ヴェンダースヴェルナー・ヘルツォークライナー・ヴェルナー・ファスヴィンダーなどのニュー・ジャーマン・シネマも紹介された。

 そんな一連の流れの中で、日本の映画ファンには珍しいスイス映画も紹介されたのだ。

 中でも最も有名な映画作家はといえば、ダニエル・シュミットということになるだろう。たぶん一番有名な作品は、ハリウッド女優ローレン・ハットンをヒロインに迎えた「ヘカテ」(1982)ということになるのだろうか。何でこんな映画に、バート・レイノルズの「ゲイター」(1976)とかリチャード・ギアの出世作「アメリカン・ジゴロ」(1980)のハットンが出たのか…は何とも不思議。僕は他にキャロル・ブーケ主演の「デ・ジャ・ヴュ」(1987)も見ているが、ともかく奇妙な作風の映画ばかりだった。

 で、次に有名なのが本作の監督アラン・タネール…ということになるらしい。

 ただし、情けないことに僕はその作品を、今まで1本もちゃんと見たことがなかったと告白しなくてはなるまい。何しろ、やっぱりこの人って地味ではあった。たぶんわが国で一番ポピュラーなタネール作品が、この「白い町で」なんじゃないだろうか。それも僕は後述するように、劇場では見逃してしまっているのだ。

 そして…僕はスイス映画というと、あと二人の気になる映画作家がいる。一人は日本ではちゃんと作品が劇場公開されたことはないのだが、アテネ・フランセ文化センターでの上映で作品を見た女性監督パトリシア・モラーズ。その作品「インディアンはまだ遠くにいる」(1977)はモラーズの監督デビュー作で、しかも主演を務めたフランス女優イザベル・ユペールにとっても初の本格的主演映画だったようだ。17歳の女子高生が森の中で凍死していた…という実話を基に、彼女の死に至るまでの1週間を追う物語。しかし、どうして彼女が死を選んだのか…という理由はまったく語られない。それなのに、見ていて不思議な感興をおぼえる作品だった。…そもそも僕がアテネ・フランセに行くってのもかなりミスマッチだが(笑)、この時は「ある予感」が働いて、どうしても見たくなって駆けつけたという経緯がある。

 ちなみにこのパトリシア、実の弟が当時一世を風靡していたプログレッシブ・ロック・グループ、イエスのメンバーで、リック・ウェイクマン脱退後に入った後釜キーボード・プレイヤーのパトリック・モラーツだというからビックリだ。

 そしてもう一人は、「山の焚火」(1985)を放ったフレディ・M・ムーラー。こちらは僕らがイメージする「スイス」そのものの作品で、高山にポツリと建った一軒家に暮らす4人家族のお話。途中で圧倒的な悲劇…姉と少々知的障害気味の弟との近親相姦とそれによる家庭のカタストロフ…が描かれるが、それを除いては極めて淡々とした寡黙な映画だった。これもかなり印象的で、かなり感銘を受けた作品だったのだ。

 ちなみに、僕が「山の焚火」を見たのは、今はなくなったセゾン系のミニシアター、シネヴィヴァン六本木。僕はここでエリック・ロメール作品をはじめ、数々の秀作を見せてもらった記憶がある。

 そして僕は今回取り上げた「白い町で」の予告編を、この当時、シネヴィヴァンで繰り返し見ていたのだ。

 今でも覚えているが、「白い町で」が上映されていたのはキネカ大森。シネヴィヴァンと同じセゾン系列ということで、予告編が上映されていたのだろう。僕はその予告編を見るたび、この映画を見たいと痛切に思ったものだった。

 しかしキネカ大森は、僕にはちょっと遠くてなかなか足が運ばない映画館だった。映像には心惹かれたが、ひょっとしたら大ハズシかもしれない。わざわざ大森まで出掛けて行って、デカくハズシたらツライ…。そんなこんなしているうちに、たぶん公開が終わっちゃったんじゃないかと思う。それで結局、僕はこの作品をスクリーンでは見ないで終わってしまった。

 1988年にフジテレビの深夜映画枠で放映された時には、喜び勇んで録画したことを覚えている。しかし結局録画したテープはろくすっぽ見ないまま、本棚に放り込まれてそのままになっていた。

 今回はそれを10年以上の歳月を経て、初めてちゃんと通しで見ることになったわけだ。

 

うまく言葉にできないこの映画の「魅力」

 さて、こうしてやっと見ることができた「白い町で」は、期待に違わぬ不思議な面白さに満ちていた。

 ただし、たった今「面白さ」という言葉を使ったものの、この映画の「面白さ」はハリウッド娯楽映画のような「面白さ」でないことは、容易に想像ができるだろう。むしろそういう意味で語るなら、この映画は退屈な作品の部類に入ってしまう。ドラマティックな出来事が起きるわけではないし、凄まじいビジュアルを見ることもできない。機知に富んだ会話が展開するわけでもないし、驚かされることもない。むしろ映画は何も起きない状態で、淡々と進んでいくだけだ。

 しかも主人公はほとんど「何もしない」男だ。おまけに何を考えているのか分からないから、普通の映画の主人公のようになかなか感情移入もできない。

 彼は貨物船の機関士としてある港町へやって来るが、そのまま町に居着いて船には戻らない。なぜそうしたのかは分からずじまいだ。この町に居着いても、特段何かをするというわけではない。むしろ「何もしない」。やることと言えば8ミリ・フィルムのカメラを回すことぐらいだ。それも、何か特別なモノを撮っているわけではない。彼がブラブラして目にした町の風景などを撮影しているだけだ。

 しかも奇妙なことに、彼はそれを故国の妻に送りつけているらしい。しかし、妻に対しても彼は説明らしきことを一切しない。分かったような分からないような禅問答みたいな手紙を送るか、あるいは無言で意味不明のフィルムを送るかだ。

 ふと降り立った町に居着いてしまったという気持ちは分からないでもないし、そこで土地の女とデキてしまうのも分かる。そこに説明できない感情があることも何となく理解できないでもない。主人公が有り金残らずゴロツキに盗まれて、それでも平然としているあたりも…そもそもこの作品は「リアリティ」を重んじている映画ではないと考えれば、「アリ」かもしれない。そうは言っても、主人公が金を盗んだ犯人を突き止めた後で、何の作戦も戦略もなしに「金返せ」と迫って刺されてしまうに至っては、さすがにアホじゃないかと言いたくもなるのだが…。

 もうひとつ細かいことを指摘すると、主人公は未現像のフィルムを妻に送りつけているはずなのに、妻は小包を開けていきなりフィルムを映写機にかけている。こりゃいくら何でもおかしいだろ。

 しかし、この作品でこういう類のことをいちいち指摘するのは、実は無意味なんじゃないだろうかとも思う

 こう書いてしまうとまったく面白みがなさそうな作品に思われてしまいそうだが、この映画にはうまく言葉にできない独特な魅力があるのだ。

 例えば劇中で主人公が撮影した8ミリ・フィルムの映像が何度か挿入されるのだが、何ということもない風景が映っている映像ながら…これが実に不思議な効果を映画に与えている。どこかおぼろげでボンヤリした8ミリ・フィルムの映像が、何も考えられなくなって呆然としている主人公の心象風景のように見えてくる。彼の虚ろな心の内面のように感じられて来るのである。

 そしてどちらかと言えば単調な展開の物語ではあるが、時折流れるサックスの音楽が、何ともけだるい気分を観客に伝えてくる。

 だがそんなことより何より、映画に登場する「白い町」そのものが、見る者の心に奇妙な感慨を残す。劇中ではこの町の名前が語られることはないが、舞台となっているのはポルトガルのリスボンだ。この映画を見ると、何となく一度は足を運んでみたくなる。こういう言い方をするとあまりに陳腐な感じだが、実際そういう気分になるから仕方がない。だからこそ、この主人公の気持ちが見る者にも腑に落ちてくるのである。

 つかみどころのない主人公を演じたのは、ドイツの名優ブルーノ・ガンツ。ヴィム・ヴェンダースの「アメリカの友人」(1977)、「ベルリン・天使の詩」(1987)、ヴェルナー・ヘルツォークの「ノスフェラトゥ」(1978)などで頭角を現し、最近ではヒトラー/最期の12日間(2004)でヒトラー役を演じて話題を呼んだ。そのほかフランシス・コッポラの胡蝶の夢(2007)やケイト・ウィンスレットがオスカー主演女優賞をとった愛を読むひと(2008)などのアメリカ映画にも進出。おまけに日本映画「バルトの楽園」(2006)にも出演するという大活躍ぶりだ。

 ただしこの「白い町で」の頃は、まだまだ「名優」然とした風格も落ち着きもない。だからこそ、ふと仕事や責任や義務を放棄し、衝動的に降り立った町に居座ってしまう危うげな主人公が似合っている。そして後年にはヒトラーさえ時に人間味のある人物として演じてしまった「得体の知れなさ」が、この「何を考えているのか分からない」主人公を演じるには役立っている。全然パッとしないオッサンのように見えて、不思議な魅力のある俳優ブルーノ・ガンツが演じているおかげで、この作品にもつかみどころのない魅力が吹き込まれたと言える。

 …とか何とかゴチャゴチャ書いてはきたが、読んでいる人は僕が何でこの映画を魅力的だと言っているのか、たぶんこれではサッパリ分からないだろう。

 実際この映画にはいろいろ魅力はあるが、その最も魅力的な要素は…主人公が見知らぬ町に降り立ち、それまで自分にまとわりついていたしがらみをすべて捨ててしまって、何をするわけでもなくその町に居座ってしまう…というこの映画の設定そのものにある。この映画に惹かれた他の人々はどうか知らないが、少なくともこの僕に限って言えば、この映画に惹かれた理由はほぼこの設定「だけ」であると言っていい。それくらい、僕は主人公が陥ったシチュエーションに強く惹かれたのである。

 …というか、どこか身に覚えがある…というべきだろうか。

 

どこか異境の町で消えてしまいたくなる

 いろいろ回りくどい説明はヌキにして言うと、僕には時々仕事の合間を見つけては、フラッと出掛ける街がある。

 変な意味はナシで率直なことを言わせていただければ、僕は東京生まれで東京育ち。ここでしか生きていこうと思ったことはない。いや、白状すると大昔に引退後はペルーで暮らそうなんてバカなことを考えたこともあったが、それはまるで冗談みたいな思いつきだった。だから、僕は一生この東京で暮らしていくんだろうと考えてきたわけだ。

 ただ、時々自分の暮らしに息が詰まってきた時、どこかにフラッと消えてしまいたくなる時もある。その地方都市は、僕にとってそんな「避難所」のような場所だった。

 実はかつてその街には僕の恋人がいて、そのため2年ほど行き来したことがあったのだ。さすがにその女と別れてからは行く気にもならず、3年間ぐらいは足を運ばなかった。その時は、もう二度とその街には行かないだろうと思っていた。ところがある年、忙しい仕事が一段落ついてフトどこかに行ってみたい衝動にかられた時、真っ先に頭に浮かんだのが例の街だったわけだ。

 2年間ほど行き来していたとはいっても1ヶ月に1回、その都度2〜3日滞在するぐらい。それだけでは、街の中を熟知するところまではいかない。おまけにその恋人とイチャつくので忙しいとなると、街のあちこちを散策するヒマもない。だからやっぱりどこかいまだに「未知の街」ではある。

 その一方、さすがにそれだけ足を運べばどこに何があるか最低限の情報は持っていた。短期に腰を据えるには不便を感じない。僕は何しろ臆病者で出不精だから、まったく知らない土地に行くのは抵抗があった。だから、ちょっと足を運ぶには都合がいい。

 おまけに映画館も多いし地方都市にしては上映本数も多いから、映画好きとしてはなおさら結構だ。そして元々、どこか清潔なその街が好きでもあった。さらに都合がいいことには…問題の女は結婚して東京に出てきたと聞いていたから、その街に行っても問題ない。むしろ東京でブラブラしている方が、昔の女とバッタリ会う確率が高いというわけだ(笑)。

 まったく知らない場所じゃない気安さと、それでいて知らない場所に行ったワクワク感と、その他にもいろいろと都合のイイ点と…そんなわけで僕は今から5年ほど前から、再びその街へ時々出掛けるようになったわけだ。

 そこでは、僕は完ぺきに独りぼっちだった。

 映画を見たりメシを食ったり本を読んだり…観光名所なんてまったく行かない。ただただブラブラして、ただただ時間をつぶす。実は途中から思わぬカタチで知り合いができたのだが、それでもほとんどの時間を、僕は一人で無駄に過ごしていた。

 その時間が、僕にはとっても貴重だった

 そして、自宅じゃなくてホテルという「よそよそしい場所」にいることが、僕をすごく新鮮で自由な気分にさせた。

 いつかロスト・イン・トランスレーション(2003)を見た時も、その街に降り立った時の自分を思いだした。不思議に寂しくて虚ろなんだけど、実は僕はそれがキライではない。時に一人になりたいと思った時、僕はいつもその街を思い出すのだ。

 一度など東京に戻る日に大雪が降って、飛行機が欠航になった時があった。その時、そのまま東京に帰らず、その街に居着いてしまおうか…という思いが、僕の心の中をチラリとよぎったのだ。あの時、もうちょっと僕の背中を後押しするような要素が何かあったら…僕はそのまま東京に帰らなかったんじゃないか…と、今でも心の奥底では秘かに思っている。

 そうしていたら、僕は本当の意味で「自由」になれたのだろうか。

 


Dans la ville blanche (In the White City)

(1983年・スイス、ポルトガル、イギリス)

チャンネル・フォー・フィルムズ、フィルモグラフS.A. 、メトロ・フィルムズ、テレビジョン・スイス・ロマンド、ウエストドイチェ・ランドファンク 制作

監督・製作・脚本:アラン・タネール

出演:ブルーノ・ガンツ、テレーザ・マドルーカ、ユリア・フォンダリン、ジョゼ・カルヴァーリョ、フランシスコ・バイアン、ジョゼ・ワレンステイン、セシリア・ギマランエス、ジョアナ・ヴィセンテ

2010年12月30日・ビデオにて鑑賞(1988年8月12日・フジテレビ放映時に録画)

 


 

 

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