閉館記念哀悼特集

期間限定企画(11月28日 - 12月26日)

「ミニシアターに行こう!」番外編

シネヴィヴァン六本木に捧げる

鎮魂歌<レクイエム>

The Last Picture Show of CineVivan ROPPONGI

(1998/11/28)


今秋、東京の映画ファンの間に大きな衝撃が走りました。それはミニシアターの雄として君臨してきたシネヴィ ヴァン六本木の閉館のニュースです。東京のミニシアターの草分けの一つとして意欲的な番組編成を行ってきたシネヴィヴァン。整理券の発行、レイトショー上 映など、単館上映のミニシアターの典型的性格を持っていたシネヴィヴァン。その撤退は、ある意味でミニシアター・ブームの終焉を象徴する「事件」かもしれ ません。これは単に東京ローカルの問題だけではありません。東京以外の地域の映画ファンのみなさんにも、この一時代を築いてきた映画館の興亡を見つめなが ら、我が国における映画興行の明日を見つめていただきたいと思います。


CONTENTS

 

一つの時代が終わったのかもしれない

最後の支配人・水戸政夫氏に聞く

Interview with MR.MASAO MITO

夫馬 信一 by Shinichi Fuma

 

シネ・ヴィヴァン六本木と私

CineVivant and Me

みち世 by Michiyo

  

シネヴィヴァン六本木閉館に寄せる想い

Memoirs of CineVivant, Early Days

tess♪ by tess

  

またいつかこっそり復活して

Please Come Back CineVivant

かおる by Kaoru

 

シネヴィヴァン秘宝館

The CineVivant Museum

 

シネヴィヴァン六本木 栄光の軌跡

全上映作品一挙紹介

The History of CineVivant (1983-1999)

 

 

本特集の企画を推進するにあたって、シネヴィヴァン六本木の営業担当・西沢彰弘氏、テアトル新宿・沢村 敏氏の多大なご協力を得ました。ここで改めて深く感謝申し上げます。

 

 

本企画と併せてぜひ見ていただきたい特集

「ミニシアターに行こう!」

は、こちら

 

 

(C)1999 Masao Mito, Michiyo,tess, Kaoru

and FUMA'S WORKSHOP


 

 一つの時代が終わったのかもしれない

 最後の支配人・水戸政夫氏に聞く

 Interview with MR.MASAO MITO

 夫馬 信一

 by Shinichi Fuma

 

水戸さんが支配人におなりになったのはいつからですか?

 昨年(1998年)の4月からですかね。「HANA-BI」の時からです。ただ、その前の年からここの責任者ということで統括してましたので、いろんなことをやってみようとしましたね。

元々はヨーロッパ系の作品多かったですよね。

 確かにかつてヨーロッパ系の作品かけてたんですが、これだけ単館できますとね、なかなかいいシャシンも入ってこ ない。そうすると興行上のこともあるし。どんなものが受け入れられるか、いろんなことをやってみようと。基本的には洋画ですが、邦画を入れてみたりドキュ メンタリー入れてみたり。「Focus」と「月とキャベツ」の凱旋興行を1週間やったり…これは私も製作に携わりましたから。

え? プロデューサーとして?

まぁ裏方ですけどね(笑)。表には黒井和男・原正人さんがいますから。裏方で製作にあたっていたんです。

それでいろいろやってみようという発想が出たんですね。

今、都内で単館が32観…ぐらいですか。ほとんど渋谷と日比谷・有楽町・銀座で2つのコアになってますからね。昔とはかなり状勢も変わってきてますよ。

こちらは元々、西武さんの…。

 西武百貨店の文化事業部でここをつくって、WAVEと合わせてやってたんですよね。それを西友が受けるかたちで、西友の文化事業部が運営をしていました。さらに、それを昨年、東京テアトルに移管するということになりまして。

支配人になられてから思い出深い作品というと。

 一番混んだのが「CUBE」でしたからね。あれは9月12日から15週近くやったんですけど。初日、朝来たとき には全然並んでなかったんですけどね、10時ぐらいになったら上の駐車場の警備の人から「いっぱい並んでますよ」って電話がきて、しょうがないから開ける かって二人で開けたら、もうそれからお客さん切れなかったですね。だから4〜5回来たけど見れないって人もいらっしゃいましたよ。

私もそうでした(笑)。

 あ、そうですか(苦笑)。日曜日なんか夕方の3時頃になると、もう夜の9時からのレイトショーまで券がないというような状況でしたね。

でも、こちらの動員数のトップ、「CUBE」なんですよね? 1983年からやっていたけど、昨年の「CUBE」が実は最大のヒットだった。

 だから意外に入っているようで入ってないんですよね。ここのキャパは立ち見入れてせいぜい200しか入りません から、1日5回まわしても1000人ですよね。それとここの立地条件だと、12時1分が最終ですから11時半がリミットですよね。銀座から8分で来ますけ ど、JRのターミナル駅がありませんから。

我々ファンが考えている以上に難しい問題もあったんですね。

 レイトはウチがハシリのほうですが、当時は単館もあまりありませんでしたからね。レイトはずっととぎれなくやっ てきましたが、やってる人間も大変ですが、入っても入らなくてもコストが出てきますよね。そのためにチラシつくったりしなくちゃいけない。トータル・バラ ンスでどうなってるんだということですよね。

それで、今年いっぱいで閉館ということですが、こんなことをお伺いするのも何ですが、今どういうふうに感じられていますか?

 どう言えばいいんでしょうね。…その日になってみなけりゃ、わからないんでしょうね。統括の時点から入れて足か け3年関わってきましたけど。…ただ、一つの時代が終わったのかもしれないですよ。都内に30何館と出てきて、昔のとんがった映画だけやってた映画館が、 時代の趨勢の中で消えていく…っていう。六本木の街でこれだけやってこれたというのは、やはり単館が少なかったということもあるんでしょうね。今これだけ 出てきて棲み分けも変わってきて、…そろそろ使命が終わったというか、潮時なのかなと思います。1年中、それも昼の番組夜の番組かけなくちゃいけない。1 年間52週興行館として運営するには、良質な作品も集まりづらくなってきました。やはりマーケット・ニーズに合わせた考え方が必要じゃないですかね。

終わりにあたって、何かやるということはないんですか?

ありません。黙って静かにやめる、と。ただ、最終日は最終回まで上映せずに、WAVEと共同でちょっと映画以外の 違ったことやろうと思ってますが。…途中で回顧上映とか一回考えたんですけど、終わりがロックできないと決められないでしょう。それで結局やめちゃったん です。10何本ぐらい集めてやろうとは思ってたんですけどね。…それだったら、その時かかってる映画見ていただいて、特別あいさつもなし。ここでみんなで 集まって「ありがとうございました」と。

映画館らしい終わり方なんですね。

最後の日も、今日も明日も、いつも一緒のはずですよね。だから、懐かしんでどうのってイベントも、必要ないんじゃないかって気がするんですよ。

 

 

 

  

 CineVivant and Me

  

 Memoirs of CineVivant, Early Days

 

 Please Come Back CineVivant

 

 The CineVivant Museum

 

 The History of CineVivant (1983-1999)

 

  

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