「日本沈没」

  (森谷司郎監督作品)

  Submersion of Japan a.k.a. Tidal Wave

 (2006/07/24)


 美しい富士山の姿に代表される日本列島。そして戦後の繁栄と天下太平を貪っている日本人たち。だが日本の国土に未曾有の大異変が迫っているとは、彼らは知る由もなかった。

 洋上を行く一隻の船。それは深海潜水艇「わだつみ」を運ぶための船だ。小笠原諸島付近の無人島が一夜にして海中に没した件を調査するために、海底火山の権威と言われる地球物理学者の田所博士(小林桂樹)と幸長助教授(滝田裕介)が「わだつみ」をチャーターした。「わだつみ」を動かすのは、若い操縦士小野寺(藤岡弘)と船から監視する相棒・結城(夏八木勲)の仕事。慣れ親しんだ仕事にリラックス・ムードの小野寺に、いきなりビリビリとした緊張感を漂わせる田所博士が訊ねる。「これは1万メートルまで潜れるんだな?」

 そんな田所博士に、小野寺はニッコリしながら答える。「理論上はそうなんですが、実際にはそこまで潜っていなくて…そのためには会社を説得しなくてはなりませんねぇ」

 だが、田所博士はニコリともせずわめき散らす。「オレが聞いているのは、1万メートル潜れるかどうかだっ!」

 初対面でのこのケンカ腰の言い草に、さすがに憮然の小野寺。これでは最初から、田所博士に好印象を持てるわけがない。だが、仕事は仕事。田所博士と幸長を「わだつみ」に乗せて、早速沈んだ無人島の海域に潜ってみる。案の定、危険も考えずにムチャな要求を連発の田所博士だが、それに対する小野寺の不満や怒りはものの数分で忘れ去られてしまった。

 何だか、海底がヘンだ。

 そんな様子を目撃した田所は、妙に陰鬱な表情で黙りこくってしまった。船上での専門家を交えた会議でも、やたら苛立たしい顔をしてわめき散らす。「わからん。何が起きているのか、サッパリわからん!

 さらに小野寺、田所たちは「わだつみ」で日本海溝に潜ってみるが、ここで彼らは決定的な異変を目撃する。もくもくと濃厚な煙のように日本海溝を覆い尽くす「乱泥流」という現象だ。これには素人の小野寺ですら、何かただならぬ事が起きていると気づかずにはいられない。

 その頃、東京では…山本総理大臣(丹波哲郎)が公邸に戻ってきたところ。だが山本総理は、何か心に引っかかっているものがあるようだ。着替えする間もなく子供部屋にやって来ると、本棚から子供向けの科学図鑑を手にする。日本海溝…彼は今日、ここに何か異変が起きていると報告を受けたのだ。普段ならそんな畑違いの話に大して関心も払わないところだが、今回はなぜか胸騒ぎがする。それは一種の彼の政治家としての「カン」だ。

 一方、陸に上がった小野寺は、いきなりまたあの耳障りな田所博士の電話を受ける。どうやら小野寺は、あの不作法で無神経な学者バカのお眼鏡に適ったらしい。そして小野寺も、あの海底異変を見た後では田所博士に対する考えを変えつつあった。だが、近々再び「わだつみ」をチャーターしたい…という田所の頼みは、あまりにムチャだ。優秀な潜水艇「わだつみ」は世界で引っ張りダコで、向こう1年間はとても使える状態ではない。それを聞いた田所博士は、例によってまたカンシャクを起こして電話を叩き切った。

 そんな小野寺は、上司(神山繁)からいきなり「縁談」を持ちかけられる。相手は伊豆のいいトコのお嬢様・阿部玲子(いしだあゆみ)。この「お嬢様」、本人は至って自由奔放なために、親から早く嫁に行けとせかされていた。そこで小野寺に白羽の矢が立ったわけだ。半ば無理矢理、伊豆の別荘で玲子と会わされた小野寺。上司は「若いもんは若いもん同士」…と要らぬ気遣いをしてくれたが、玲子と何となく気が合った小野寺にとっては「渡りに船」。「泳ぎましょう」と玲子に意味ありげに誘われた小野寺は、湘南の海岸で激しく口づけを交わした。だが、さらに…と思った矢先、突然目の前の伊豆天城山が大爆発したから残念。「その先」はおあずけとなってしまう。

 だが、小野寺は「おあずけ」ぐらいで済んだからいいものの、この地域は甚大な被害を被った。閣議でその被害状況を聞かされる山本総理は、思わず例の日本海溝の異変の話を思い出す。早速山本総理は、総理官邸にその道のエキスパートを集める事にした。集まったプロたちを前に、山本総理は開口一番ズバリと言い放つ。

 「私は難しい話は結構。結局のところ、もっと単純な事をもっと分かるようにお聞かせ願いたい」

 この総理発言にすっくと立ち上がって即席講義を買って出たのは、地球物理学の大家・竹内均東大教授だ。その分かりやすい話で、マントル対流のメカニズムや、日本海溝で太平洋プレートがマントル内に沈み込んでいく…という話は分かった。だが、今、日本海溝で何が起こっているのかは分からない。ここで激しい発言をしたのが、例によって例のごとし…クセモノの田所博士だ。「私は今日、総理に言うつもりで来た。…為政者としては、かなりの覚悟を決めていただきたい!

 だがそんな発言は、その場の「専門家」たちの失笑を買っただけだ。それでも田所博士の思い詰めた表情は、山本総理に強い印象を残す。

 そんなある日、田所博士は突如ある人物に呼びつけられ、箱根のホテルに足を運んだ。そこで待ちかまえていたのはかなり高齢の老人だ。その老人…100歳を超えると言われる渡という男(島田正吾)こそ、明治・大正・昭和…と日本の裏側に君臨し、今なお政財界に絶大な影響力を与えている人物。さすがの田所博士も、この渡老人の前では慎重にならざるを得ない。そして渡老人が田所博士に問うたこととは…。

 「毎年、家の軒先にある巣に戻ってきていたツバメが、今年は戻ってこん。一体何があるんじゃろう…?」

 渡老人はその驚くべきカンで、来たるべき異変の本質を鋭く嗅ぎ取っていたのだった。その通り、いまや日本中で生き物たちの行動に異変が起きていた。「私はその何かを今必死につかもうとしておるんです!」

 それを聞いた渡老人は、もう一つの質問を田所博士に投げた。「では、科学者にとって一番大切な事は何かな?」

 その問いに、田所博士は一瞬のためらいも見せずにこう答えた。「カンです!」

 それから間もなくのこと。東京の田所博士の事務所に、3人の男たちがやって来た。それも、フランスの「ケルマディック号」なる深海探査艇を提供するというあまりにも好条件の申し出を携えての訪問。男たちは、情報科学が専門の中田(二谷英明)、内閣調査室の邦枝(中丸忠雄)、総理の秘書・三村(加藤和夫)という顔ぶれ。彼らは田所博士に、総理直々のプロジェクト「D計画」への参加を要請しに来たのだった。むろん田所博士にも異論はない。そして田所博士は、「ケルマディック号」の操艇者として迷わず小野寺を指名した。「船を操るのはあいつだ、あいつしかおらん!」

 こうして小野寺も会社に辞表を提出して、単身「D計画」に参加した。一同は「ケルマディック号」を搭載した船で洋上へと向かう。それから延々強行軍で、日本海溝の各地に探査機を設置。日本列島の地下から膨大なデータを採取した。

 そして…あまりのハード・スケジュールに小野寺も根を上げかかった頃、鬼気迫る形相の田所博士がヨロけながら一同の前に顔を出した。その田所博士の表情を見れば、尋常ならざる事態が起きている事は想像に難くない。案の定、田所博士はマントル対流のスピードの異常な加速について言及した。それが日本列島に与える甚大な影響とは…? 「その場合、変動の規模や被害の程度はどのくらいとお考えですか?」「マグニチュード8以上の地震が来るでしょうか?」

 「地震も来るだろう。だが最悪の場合は…」田所博士は一同の誰とも目を合わせようとせず、何かに憑かれたような表情で答えた。

 「…最悪の場合は、日本列島の大部分は海の中に沈む!」

 田所博士がそう言い放つのを待っていたように、突然、船を大きな揺れが襲った。それは、恐るべき東京大地震の襲来を告げる号砲だったのだ!

 

 このあまりにも有名な作品の事を知らない人は、公開以後に物心ついた人以外ほとんどいないんじゃないだろうか。

 何しろこの映画は、公開当時で配給収入が40億円、観客動員数880万人という超弩級の大ヒットを記録。日本映画の興行記録のトップに君臨してしまったのだ。元々は小松左京の原作小説がベストセラーでバカ売れしていたから当然と言えば当然の結果かもしれないが、日本映画が斜陽と言われて久しかったこの時代を考えると、やっぱりこれは大変な記録だった。そして同じ森谷司郎監督の「八甲田山」(1977)が登場するまで、確か「日本沈没」は日本映画のヒット記録の頂点に立ち続けていたのだ。

 もちろん僕も見に行った。当時は中学2年生。「日本沈没」は1974年のお正月映画で、どこでも大入り満員の大盛況だった。そんな中、僕は中学の同級生たちと一緒に見に行ったのだ。これはそんな当時の最高のイベント・ムービーだった。

 今回その「日本沈没」がリメイクされると聞いて、ある知人のご厚意によってDVDを拝借。リメイクを見たその翌日にオリジナル作品を見るという貴重な体験ができたわけだ。ともかく不完全なカタチでテレビで見たことはあっても、ジックリ見る機会としては32年ぶりの「沈没」体験となる。

 監督の森谷司郎については(1968)の感想文でも触れているが、元々は黒澤明作品の助監督上がりの人。本来は「兄貴の恋人」(1968)、「赤頭巾ちゃん気をつけて」(1970)などの青春映画で知られた人だった。井上陽水の「夢の中へ」を主題歌として使った「放課後」(1973)も森谷監督の作品…と言えば、何となく雰囲気がお分かりいただけるだろうか?

 ところが森谷監督と言えば、今ではおそらく重厚大作の監督…というイメージが濃厚だろう。前述の「八甲田山」「動乱」(1980)、「海峡」(1982)、「小説吉田学校」(1983)…と並んだ作品群を見渡すと、それまでの青春映画群がまるで別人の作品のようだ。そんな森谷監督の作風が一変する事になる「分水嶺」的作品が、この「日本沈没」なのだ。

 脚本は橋本忍。ご存じ「羅生門」(1950)、「生きる」(1952)、「七人の侍」(1954)、「隠し砦の三悪人」(1958)…などの黒澤作品で知られる名シナリオライターだ。もちろん「張込み」(1958)、「切腹」(1962)、「白い巨塔」(1966)…などの名作、傑作を放った日本映画屈指のシナリオライターでもある。後年には脚本家として極めて異例なことに、この映画の監督である森谷司郎、野村芳太郎をパートナーとして「橋本プロ」なる独立プロダクションを興した。その第一作目の「砂の器」(1974)、二作目の「八甲田山」の連続大ヒットで一躍注目を浴びたが、三作目に自らが監督に乗り出した「幻の湖」(1982)で、誰もがアッと驚愕する大失敗をしでかした事でも有名。もちろん…「日本沈没」は橋本忍がトンデモ路線に突っ走るずっと以前の作品であることは言うまでもない。

 そして森谷、橋本に加えて美術の村木与四郎、音楽の佐藤勝…と、この作品は旧・黒澤組の人々がスタッフの中核を占めているのも特徴だ。東宝はこの時点ではとっくに黒澤ご本人には見切りをつけていたくせに、超大作中の超大作をつくろうという時にはやっぱり旧・黒澤組のご利益を得なければ…と思っていたのだろうか。そのせいもあって…この映画は邦画の斜陽ドン底期の制作の割には、かなり堂々たる佇まいを見せているのだ。

 ちなみに余談ではあるが…この映画はアメリカに輸出された時に、テレビの「ボナンザ」や「大地震」(!)に出演しているローン・グリーンの登場場面を追加して再編集された「Tidal Wave」なるバージョンがつくられたらしい。果たしてこの再編集版は、一体いかなる映画になっていたのだろうか? かなり気になる。

 さて、この映画がいかに公開当時巨大なインパクトを持っていたかと言えば…東宝がすぐに「柳の下のドジョウ」をすくおうと、小松左京の原作と藤岡弘主演の「エスパイ」(1974)、これまたベストセラー原作に丹波哲郎主演の「ノストラダムスの大予言」(1974)…という、「日本沈没」のイメージをどこか引きずった2作の大作を放ったことでもよく分かる。結局、前者はトホホな結果だったようだが、後者はまたまた大ヒットという結果。ちょうど時代的にもハリウッドで「ポセイドン・アドベンチャー」(1973)に始まるパニック映画ブームがスタートする時期だったため、邦画でも「新幹線大爆破」(1975)、「東京湾炎上」(1975)などのパニック大作が連発されることになった。「日本沈没」は、それらのキッカケともなった作品なのだ。

 そんな「日本沈没」だが、実は1973年の原作小説の出版以前に映画化企画が立ち上がっていたことは、意外に知られていない。そして最初の企画を立てたのは、実際の作品を制作した東宝ではないのだ。それは、僕が神保町の古本屋で古い「キネマ旬報」のバックナンバーを漁っていた時に分かった。おそらく1971年の製作ニュースだと思うのだが、そこに大映のラインナップとして小松左京原作の「日本列島沈没」なる映画の企画が上がっていたのだ。大映の倒産は1971年末だから、おそらくその直前の頃の「キネ旬」だったと思う。もし大映の経営悪化がもう少し遅れて「日本沈没」が製作されていたら…と思うと、何やら運命のいたずらを感じずにはいられない。

 実際のところ、小松左京がこの「日本沈没」の構想をかなり前から持っていたことは事実なようだ。僕は子供の頃かなりのSF好きで、いろいろ貪り読んでいた時期がある。その時期に小松左京の「果しなき流れの果に」という長編SF小説を読んだのだが、実はここに「日本沈没」物語の原型が登場するのだ。「果しなき流れの果に」自体は古墳から発掘された不思議な砂時計に始まり、恐竜時代から地球の消滅によって人類が宇宙の各所に散る超未来に及ぶ、手塚治虫の「火の鳥」も真っ青の時空を超えたスケールのSF大河小説。おそらく僕の知る限りでは小松左京の最高傑作ではないかと思うが、その未来のエピソードの中に宇宙への移民を待つ人々の描写が出てくる。彼らは遠い昔に国土が海中に没して、その時点では地球の各地に移民として散っていた。その「ニップ」と呼ばれる人々が曖昧で怪しげになっているかつての「国歌」を口ずさむ描写は、今でも強く印象に残っている。その「果しなき流れの果に」の発表は1965年だから、その時から「日本沈没」のイメージは小松左京の中に育っていたのだろう。

 また、邦画では制作費や特殊技術の限界でSF小説の映画化が難しいにも関わらず、小松左京に限っては「日本沈没」の他に「エスパイ」(1974)、「復活の日」(1980)、「さよならジュピター」(1984)、「首都消失」(1987)…と合計5作も映画化されている日本では希有のSF作家だ。それもこれも「日本沈没」の大成功があったればこそ…だが、残念ながらそのうち成功作はと言えば、やはり「日本沈没」と「復活の日」だけという事になってしまうだろう。

 そんなあらゆる意味でエポック・メイキングな作品「日本沈没」は、一方に藤岡弘といしだあゆみの若いカップルを配置し、もう一方に丹波哲郎扮する総理大臣、島田正吾扮する影の大物・渡老人などの政治の世界を配置して、トリックスターとして一種の「マッド・サイエンティスト」田所博士を登場させるという構成をとった人間群像劇の構成を持っている。そんなさまざまな階層の人々が、未曾有の国難に対してタイムリミットぎりぎりで右往左往し奮闘する姿を描く…というコンセプトは、どこか同じく橋本忍が脚本を手がけた東宝の大作「日本のいちばん長い日」(1967)に似ている。実際、敗戦の直前まではまさに「日本沈没」の状態だったはずだ。似てくるのも当たり前なのだ。

 しかも今回はそれに加えて、日本を取り巻く世界の反応まで出てくる。国連の特別委員会が招集されたり…と、邦画としては異例のスケール感で展開するこのくだりのハイライトは、キャンベラ郊外の別荘で行われるオーストラリア首相と日本の外交特使とのやりとり。ここでその特使役で登場するのは、「彼岸花」(1958)、「秋日和」(1960)、「秋刀魚の味」(1962)などの小津安二郎作品で知的な味を見せていた名優・中村伸郎だ。世界大戦争(1961)では圧倒的貫禄で官房長官を演じていた中村だが、ここでは豹<ジャガー>は走った(1970)でも披露していた堂々たるジャパニーズ・イングリッシュで語り、何ともカッコイイのである。リッパなのである。「日本は今、頭を垂れて世界のみなさまに助けを請うているのです」…などと言葉こそしおらしいが、態度はあくまで「毅然」そのもの。そもそも毅然とした態度とは、どこぞのアホな政治家が言うようにコワモテに振る舞う事ではない。コワモテがいいと思っているのはゴロツキだけだ。そのあたりを、「違いの分かる男」中村伸郎はキッチリ演じて見せてくれた。この場面は何度見てもシビレる。

 シビレると言えば、この映画に出てくる総理大臣も実にカッコイイ。現実にはこんな総理いないんじゃないかと思うくらい立派な人物。これを演じているのが、泣く子も黙る丹波哲郎だ。日本映画の大作と言えば欠かすことのできない役者になった丹波哲郎だが(そして後年は「霊界」のメッセンジャーとしての活躍の方が目立ってしまったが)、元々は新東宝の女奴隷船(1960)で海賊の親玉なんかやっていた人。大物然としてきたのはいつ頃か…僕にはしかと分からないが、ひょっとしたらそれは007は二度死ぬ(1967)への出演がキッカケだったのかもしれない。ともかくトントン拍子の大出世ぶりにはビックリだが、そんな彼もこの「日本沈没」と翌年の「砂の器」出演あたりで、本格的に「大作の顔」となったようだ。ともかく東京大地震の場面で丹波総理が見せる決断の瞬間…電話で宮内庁長官を呼びつけて、「非常災害対策本部長・内閣総理大臣の命令です、ただちに避難者を宮城内に入れてくださいっ!」と一喝する場面のカッコよさったらない。また島田正吾の渡老人から有識者の意見として「日本人はこのまま何もせん方がええ」…との言葉を聞いて、目を真っ赤にする場面なども圧巻。確かにこの映画の丹波総理は最高にカッコいいのだ。ただし当時は、このように総理をリッパに描いても成立するような「いい時代」であったことも確かなのだろう。今これをやったら、チャンチャラおかしくて誰もついていけないと思う。

 さて丹波総理について言及したら、もう一方の重要人物=田所博士役を演じた小林桂樹について語らなければ手落ちだろう。僕らが小林桂樹と聞くと脳裏に浮かぶあの好人物ぶりとは裏腹に、ここでは実にアブないマッド・サイエンティストぶりを発揮。何しろ映画が始まって間もなくのもう一人の主人公=小野寺との出会いの場面では、いきなり無茶な恫喝をやらかすので藤岡弘=小野寺に思いっ切りガン飛ばされていた(笑)。おそらく原作における田所博士の造形は「失われた世界」などのコナン・ドイルのSF小説に連続登場する重要人物=チャレンジャー教授が原型と考えられるが、この役どころに小林桂樹…という意外なキャスティングに、新鮮な感じを抱く方も少なくないだろう。

 しかしアブない小林桂樹と言えば、実はこの時すでに先例があった。同じ森谷司郎監督の「首」がそれだ。これまた同作の感想文をご参照いただきたいが、小林桂樹演じる「首」の主人公=正木弁護士という人物がやっぱりかなりアブない。正義を貫きたいという気持ちが強すぎるあまり、場の空気や周囲の状況、他人の迷惑も顧みずにハイテンションで突っ走る。こうなるともはや正義感とは言えない。どこかネジの狂ったおかしな人としか思えないのだ。そんな「首」を見れば、明らかに「日本沈没」の田所博士はその延長線上の人物であることが分かる。

 実は「首」は森谷司郎が監督しているだけでなく、橋本忍が脚本を書いた作品。「日本沈没」は小林=森谷=橋本のコラボレーションが再現された作品なのだ。おそらく森谷=橋本は「首」での正木弁護士のブチギレ・キャラと小林桂樹の怪演ぶりを記憶にとどめていて、「日本沈没」の田所博士を創造するにあたってそのままのキャラクターを移植したのだろう。そのハマりっぷりたるや…映画の大ヒットの後を受けて「日本沈没」がTBSでテレビドラマ化された時も、キャスト一新された中で小林桂樹の田所博士だけはそのままスライドして再演されていたことでお分かりいただけると思う。まさに余人をもって代え難い役どころなのだ。

 こうしたベテランたちに囲まれて本作の実質上の主役・小野寺を演じたのは、今ではテレビのトンデモ探険隊長になってしまった藤岡弘(笑)。この人は初代「仮面ライダー」としても知られているが、何故に「日本沈没」に突然起用されたのかは僕にも分からない。ただ「日本沈没」の大ヒット後、東宝はこの人を本気で映画スターとして育てようとした形跡がある。「野獣狩り」(1973)、「エスパイ」(1974)、「野獣死すべし/復讐のメカニック」(1974)、「東京湾炎上」(1975)、「大空のサムライ」(1976)…と、現在では信じられないくらい連続映画主演を果たしているのだ。

 おそらく東宝は、何となく往年の三船敏郎みたいな野性味溢れるスターを再びつくりたい…と思っていたような気がする。そのへんの事情は、「日本沈没」が中核スタッフが旧黒澤組で占められていたあたりと何らかの関係があるかもしれない。黒澤当人はトラブルメーカーとなっていたしカネがかかってしょうがないから使いたくないが、あの黒澤作品(それも「用心棒」などの娯楽大作)のようなダイナミズム溢れるヒット映画はノドから手が出るほど欲しい。それが本音だったのかもしれない。そしてその中心には三船のような男臭いスターがいるべきだ…と。本来は洗練された社風の東宝が、藤岡弘のようにフェロモンの臭いがプンプンする役者に映画不況の真っ直中でこれほど連続主演させた理由は、たぶんそのへんにあるような気がする。

 だが、何しろこの当時はもう時代が違っていた。結局、映画における藤岡弘は、「日本沈没」以外の興行的成功作を得られずに終わってしまった。その後の彼の顛末についてはみなさんの方がよくご存じだろう。ここでは、現代ロサンゼルスに甦った日本のサムライを演じた「SFソードキル」(1984)での好演ぶりを挙げることで、藤岡弘を新たな映画スターに育てようとしたその目の付け所だけは正しかったと指摘しておきたい。やっぱり、彼にとっては時代が悪かったのだ。

 さて、そんな旧「日本沈没」について語るとキリがなくなりそうだが、何よりこの映画がスゴかったのは…やっぱり東京大地震場面に代表される地震被害の特撮だ。

 そうは言っても当時はCGなどない。そこで例によって例のごとしのミニチュア特撮で全編をまかなっているのだが…確かにチャチと言えばチャチ。だが、ゆっくりと建物そのものの重みで崩れ落ちていく街の情景たるや、まさに悪夢そのもの。メチャメチャになって人々が死傷する街の描写もちゃんと途中で挿入されるから、マニアだけが喜ぶような不毛なミニチュアショーにはなっていない。そして、ともかくイヤ〜な感じなのだ。

 地震が始まるや橋が折れてクルマが投げ出される。歩道橋が落ちてくる。玉突き事故で渋滞が発生、クルマが次々発火して爆発する。ガソリンスタンドも爆発炎上する。コンビナートも次々爆発。人々が火だるまになる。江東区や墨田区では住宅が倒壊した後に堤防が決壊して洪水が襲いかかる。ビル街では頭上からガラスの破片の雨が降り注いで人々を直撃。たちまちみんな血まみれになる。都心のビル街は火の海で、消防車は路上の障害物や突風のせいで現場に近づけない。よしんば近づいても水道は断水で消火出来ない。自衛隊のヘリが消火弾投下するが焼け石に水。おまけに消火弾はすぐ底をついて、後はただ東京の中心が炎上するのを見守る事しか出来ない。住宅街では避難民が火に囲まれて逃げ場を失っていく。後に残ったのは炭化した避難民の遺体…。これでもかこれでもかこれでもか…と酷い場面のオンパレード。いくら特撮でも、これは無責任に楽しめない。

 当時中学生だった僕はこの映画を見終わって、しばし級友たちと呆然となった記憶がある。ハッキリ言ってイヤ〜なもん見ちゃったなという感じだ。何しろ人生経験も知識もない中坊では、あの大地震場面に唖然呆然となるぐらいが関の山だっただろう。ともかく単なるミニチュア特撮でしかない地震場面が、あれほどインパクトを持って迫ってくるとは僕らも予想外だったのだ。そして、映画でこれほどの鬼気迫る怖さを体験したのは、後にも先にもこの一本だけ。

 後年ハリウッドからパニック大作として大地震(1974)が上陸してきた時も、僕はこれほどのインパクトは受けなかった。こちらは同じミニチュアを使っていても、何しろオプティカル合成技術も上ならカネのかけ方も上。おまけにこの時には重低音で劇場そのものを揺らすという「センサラウンド」なる音響システムを導入していた。むろん僕も大いに期待して見に行って、その威力にシビレまくったクチだ。

 だが、それをイヤ〜な感じとは思わなかったし、呆然とすることもなかった。何か派手なスペクタクル・ショーを見物したみたいな感じで、興奮はしたけど怖くはなかったのだ。いわば人ごとだった。

 それに対して「日本沈没」は、決して対岸の火事ではなかった。崩れ落ちて燃えているのは僕らが住んでいる街だし、そこで被害にあっているのは僕ら自身だったのだ。それは、こんな目には絶対に遭いたくないと思いながらも、遭ってしまう可能性が十分すぎるくらいある「悪夢」だ。そんなシビアさの前に、ミニチュア然としたセットがチャチ…なんて文句は全く意味がなかった。実際に「日本沈没」の特撮場面は、ミニチュアではあっても良くできていたと思う。

 というわけで、絶賛に次ぐ絶賛で締めくくりたい旧作「日本沈没」ではあるが、実はそれだけではいささか片手落ちだ。実はかつての邦画に必ずと言っていいほど存在した、「困った部分」も少なからず抱えているのだ。

 それはまず、このサイト初期にアップした特集邦画に夢中!/洋画ファンに捧げる日本映画入門の中で僕が書いた、ある舶来映画愛好家の懺悔録なる一文の抜粋から始めるのが妥当だろう。

“人工衛星から沈みゆく日本列島をとらえた映像とおぼしきショットが何カ所か挿入されるんだけど、その引き裂かれて分断される日本列島の模型の裂け目に、ポコポコとかわいくドライアイスの煙が上がってるんだよな。そりゃあないだろう? 日本列島の模型自体は人工衛星からの写真を元にリアルにつくったと豪語してたけど、そこに洋菓子についてるようなドライアイスの煙がポコポコ。もう、トホホなわけ。大体、衛星からの映像だとするなら、ビデオか何かに写せばいいのにフィルムでじか撮り。何でかなぁ。”

 これなどは…僕が「ガメラ/大怪獣空中決戦」(1995)やウォルフガング・ペーターゼン監督の出世作「U・ボート」(1981)の特撮を賞賛する時によく言う「センスの問題」なのだろう。あの「ドライアイスのポコポコ」を見たら火山活動と思ってくれ…なんて、スタッフに都合がよく勝手な甘えでしかない。それに対して…いかにチャチなミニチュア然と見えていても、自分の重みに耐えかねて崩れ落ちるような建物のセット群には、明らかにリアリティをカタチにしようとする「作り手のセンス」が感じられた。そんなデリカシーが、この「衛星から見た日本列島」には全く感じられない。まるで分かっていないのだ。

 そして、問題は特撮だけではない。演出や脚本にもところどころ、明らかに分かる難点があるのがイタイ。

 例えば、日本政府が世界各国に日本人難民受け入れを働きかける場面。前述の中村伸郎がオーストラリア首相と会談する場面はなかなかの出来栄えなのに、その後何とも余計な事をしてくれるのだ。何とホワイトハウス、天安門、クレムリンにロンドンのビッグベンなど、世界の主要都市のランドマークを「絵ハガキ」的静止画面で次々映し出していく! これってつまりは、こんな世界各国に働きかけてるんですよ…という表現なのだろう。だが残念ながら…実景をロケできず「絵ハガキ」で代用した時点で、それは単に貧乏くさい表現に成り下がっている。何でこんな事をやっちゃったのか。これはかなり見ていて恥ずかしい場面だ。ちゃんとオーストラリア首相との場面があるのだから、それだけですべてを代表させても良かったではないか。マジでやめて欲しかった。

 さらに「D計画」スタッフ…滝田裕介、二谷英明、中丸忠雄の3人がヘリに乗って東京上空を行く場面。別にこの時点では彼らは日本が沈没するとも東京が大地震に遭うとも知らずにいるのに、いきなり滝田裕介が「喜びと悲しみがひしめき合い、それでもみんな精一杯に生きている」…などと思い入れたっぷりに東京について語るセリフが出てくるのが何とも奇妙だ。さすがに脚本の橋本忍もこれは恥ずかしいと気づいたのか、慌てて二谷英明に「えらく感傷的じゃないか」などと茶々入れさせているが、これはどう考えても不自然なセリフだろう

 またこの「日本沈没」では、映画の話法がいきなり混乱する場面がいくつかある。例えば丹波総理が私邸に戻ってきた場面。彼はいきなり子供部屋に乗り込み、図鑑で日本海溝を確かめる。そこで唐突に、こんなナレーションが耳に飛び込んでくるのだ。「人間には不思議な感覚がある。それほど関心を持たずに聞き流した言葉が、何かの瞬間に甦る」

 一体これは誰の言葉なのか? この映画にはナレーターを立てるという「お約束」なら、映画の冒頭や何カ所かの場面でナレーションを出すべきだろう。しかし僕が見る限りでは、この映画の中に登場人物以外の「ナレーター」が出てくるのはわずかにこの場面のみ。これはいかにもおかしいし、映画の話法としても変だ。

 もっと変なのは、東京大地震真っ最中の首相官邸の場面。自衛隊の戦闘機や偵察機にも消火弾を搭載させようとするが、どちらも性能的に無理だと知らされた直後…丹波哲郎の内心の声としてのナレーションが入ってくる。「では、偵察機や戦闘機は何のために? 国民の生命財産を守るとは、一体何なのだろう?」

 これもおそらく…この場面に至るまで登場人物の心のモノローグはないし、これ以後もないはずだ。だとすると何とも唐突だし、映画の話法を混乱させている。つまり「語り手は誰か?」「観客は誰の視点で見ているのか?」がメチャメチャになりかねない、極めて無神経で粗雑な構成をとっているのだ。

 幸いなことに危うい部分はこのわずかな箇所だけで済んでいるので、映画全体のキズにはなっていない。だが「名シナリオライター」の誉れも高い橋本忍にしては、ずいぶん安易な手法を使ったものだと少々呆れもする。というか…この当時の日本映画では、こうした粗雑な構成がしばしば見られたように思う。結局、言いたい事は分かるが、あまりに饒舌に過ぎる。言葉で言ってしまったら実もフタもなくなる。これもまた、「センスの問題」と言うべきだろう。

 だがこのように橋本忍の手腕にケチをつけたものの、映画全体のガッチリした骨太の構成には正直言ってかなり圧倒された。人間群像劇としてのダイナミズムもあるし、日本映画としては異例なほどの馬力もあるのだ。

 そして「既存の権威」というモノがいかに危ういかという事を、まだ中学生の僕に教えてくれたのもこの映画だ。劇中では「日本沈没」を必死に訴える田所博士を、いかにも「権威者」然とした学者たちがバカにして笑い者にする。もし丹波総理や渡老人に先見の明がなかったなら、日本人は為す術もなく海の藻屑となるところだったはずだ。

 これと似たような状況を、僕は実際にこの目で見たことがある。それは1994年のロサンゼルス地震の時だ。あの時、都市の大動脈であるハイウェイ群が、まるでダンボールででもつくったかのように呆気なく崩壊してしまった。ところがニュースでこの現象についてコメントを求められた「権威ある学者」たちは、誰もが口々に「こんな事は耐震構造の日本の高速道路では絶対に起きない」と断言したのだ。それがいかにウソっぱちであったかは、翌年の阪神大震災がモノの見事に証明している。学者や専門家というものがいかにいいかげんでアテにならないものか、いかに何の役にも立たない無能・無知の輩か、僕は心底思い知ったよ。そして…中学生の時に見た「日本沈没」のことを思い出した。田所博士のあの激しい罵倒…「この御用学者が!」を。

 この映画は、そんなリアルな教訓に満ちている。

 日本民族の存続が危ぶまれるような究極のカタストロフ、全編に漂う終末感、むごたらしくも非情な地震災害の現実…映画「日本沈没」が僕らに突きつけるのは、思い切り気が滅入るようなリアルな悪夢だ。だから中学生だった僕は、見終わってかなりへこんだ。だが今日改めて見直してみると、この映画のラストが奇妙な明るさに満ちているのに軽い衝撃を受けたのだった。

 ロシアとおぼしき雪原を行く長距離列車に、いしだあゆみ演じる玲子が乗っている。一方、これはオーストラリアなのだろうか、灼熱の荒野を行く貨車には、傷ついた小野寺が乗っている。地球の両極端のような場所に運ばれていく二人がその後どこかで出会うことは、実はかなり難しい事かもしれない。

 それでも、彼らは生きている

 日本人はかけがえのない「日本」という国土を失ってしまった。しかし人間は、何があろうと「命あっての物種」だ。生き延びることができた。生きていることこそ最大のチャンス…それが何よりの喜びではないか。

 そして僕は…そこにもう一つの暗号も読みとれるような気がしたのだ。

 ある意味で良くも悪くも日本を体現していた渡老人や田所博士は、日本の国土と運命を共にした。彼らは日本という国土の庇護を必要としていたが、ある意味でその手かせ足かせから逃れられなかったとも言える。ならば日本人は、日本を失うことで「日本の呪縛」から解き放たれるのではないか?

 時に自らを尊大に過大評価し、時に自らを必要以上に卑下する…とにかく自分たちを「特別扱い」せずにはいられない日本人。それが自らの呪縛から解き放たれるなら、こんな結末もハッピーエンドではないか。

 小野寺が乗った列車が地平線の彼方に消えていくエンディングは、そんなことを僕に考えさせてくれるのだ。

 


Submersion of Japan a.k.a. Tidal Wave

(1973年・日本)東宝映画、東宝映像 制作

監督:森谷司郎

特技監督:中野昭慶

製作:田中友幸、田中収

脚本:橋本忍

出演:小林桂樹、丹波哲郎、藤岡弘、いしだあゆみ、滝田裕介、二谷英明、中丸忠雄、村井国夫、夏八木勲、細川俊夫、加藤和夫、中村伸郎、島田正吾

2006年7月16日・DVDにて鑑賞


 

 

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