「原子怪獣現わる」

  The Beast from 20,000 Fathoms

 (2004/04/26)


 ここは北極のアメリカ空軍基地。今しも極秘実験が行われようとするところ。特命を帯びて、一機の軍用機が離陸した。

 問題の実験とは水爆実験だった。実験は見事成功。まばゆい光と巨大なキノコ雲が北極圏に立ち上り、あたりの氷山は砕け、みるみる溶けて崩れ落ちた。そんな様子を、実験の中心人物二人、トム・ネズビット博士とエヴァンス大佐は満足げに見守る。

 やがてネズビット博士と相棒のリッチーは、氷上車に乗って実験現場の至近距離に調査に出かける。吹雪も迫る悪天候の中、二手に分かれて調査を進めるネズビット博士とリッチーだったが…。

 その時、リッチーは氷山の向こう側に「何か」を見た!

 それはあたかも巨大な何かの生物のようだ。慌てたリッチーはバランスを崩してクレバスに落ち込み、足を骨折して動けなくなる。仕方なく拳銃を撃って急を知らせるリッチー。

 やがてネズビット博士がその場にやって来るが、一人ではリッチーを動かせない。ネズビット博士が助けを求めようとクレバスを出たとたん…。

 そいつはまた現れた!

 それはまるで太古の恐竜が蘇ったようだ。この化け物は恐ろしい叫び声を上げると、その場を慌ただしく去っていく。そのあおりで氷山は崩れ雪崩が起きて、クレバスは埋まってしまう。ネズビット博士も雪崩に巻き込まれ、疲れ切ってその場に倒れてしまった。

 やがてネズビット博士は基地に運び込まれた。だが意識不明で容態も良くない。早速本国の病院に運ばれる事になるが、当のネズビット博士はうわ言のように繰り返すだけだ。「リッチー、助けてやるからな。あれは何だ? 化け物だ!」

 ネズビット博士は軍用機でニューヨークへ運ばれ、病院で手当てを受けることになった。

 何とか意識を取り戻し、元気を回復しつつあるネズビット博士。だがそれでも彼は絶対安静を言いつけられていた。それというのも、ネズビット博士が「化け物」を見たと主張しているからだ。精神科医が呼ばれ、幻影を見たと決めつけられる。本当に見たと言っても誰も信じてはくれない。わざわざ見舞いに来てくれたエヴァンス大佐も笑って慰める始末。疲れてショックで幻影を見たと片づけられるだけだ。しまいにはネズビット博士ですら、あれが本当の事だという信念がグラつき始めるアリサマだ。

 ところがある晩の北極海。そこを航行する漁船が、海から現れた何者かに襲われた。それはネズビット博士が目撃した、あの巨大な恐竜だった。

 その頃ネズビット博士はすっかり恐竜の事もなかった事にして、病院でゆっくり静養中。ところが新聞を見てこの襲われた漁船の事を知るや、いても立ってもいられなくなった。しかも生存者は、海竜が現れたと証言しているではないか? ネズビット博士はこっそり病院を抜け出し、一路大学の古生物学の大家・エルソン教授の元へ走る。

 エルソン教授の前で、ネズビット博士は熱く自説を展開した。太古の恐竜が氷付けになって閉じこめられていたとしたらどうだ? 例の北極圏での水爆実験が引き金になって、それが蘇ってしまったとしたら?

 ところがタイミングが悪かった。エルソン教授は30年ぶりの休暇をとろうと気もそぞろ。まして冬眠状態とは言え、1億年以上も生き続ける生物なんて考えられない。その場に居合わせた美人助手のリー・ハンターはネズビット博士の言葉に心を動かされ、ツンドラ地帯で氷付けになっていたマンモスを引き合いに出して加勢したものの、結局エルソン教授に一笑に付されるだけ。異常者扱いされないだけでもマシだった。

 ところが今度はカナダ沿岸でも海難事故が発生だ。またしても生存者は海竜の仕業だと言っている。

 やがて原子力委員会のオフィスに働くネズビット博士を、あのハンター嬢が訪ねて来た。一度ならず二度も船が襲われた…と来れば、これは真実である可能性がある。まずは太古の恐竜だとしたら、一体どんな種類のモノか突き止めてみない? 最初は恐竜の話はもうウンザリだったネズビット博士だが、ハンター嬢の熱っぽい言葉にまた好奇心に火がついた。それに一人の男としては、若くて美人の女に対する公私混同の興味もあった。

 かくしてハンター嬢の自宅で、恐竜の復元図とにらめっこのネズビット博士。いいかげん絵を見まくって疲れて来た頃、ようやく目的のモノを見つける。あの化け物はやはり太古に存在した…その名を「レドザウルス」!

 ここでハンター嬢が気の利いた提案をする。もし例の船の生存者に絵を見せて、ネズビット博士が挙げた絵と同じ絵を指摘したとしたら…これはもう偶然の幻ではない。それを聞いたネズビットはカナダの生存者に電話をかけるが、この男は海流騒ぎでの狂人扱いに閉口して剣もホロロ。それでも諦めきれないネズビット博士は、直接説得にカナダへと飛んだ。

 だがこの男は捕まえる事が出来なかった。ならばその前の事故の生存者だ。病院を訪ねたネズビット博士は、渋る生存者に自らも目撃者であると語り、彼をニューヨークに連れて戻ってきた。

 かくして例のエルソン教授の前で恐竜の絵を見る生存者。彼が指し示した絵も、ネズビット博士が挙げた「レドザウルス」だった。

 やはり恐竜はいた!

 これに驚いたエルソン教授は、たちまち学者本来の好奇心に突き動かされた。エルソン教授はただちに軍のエヴァンス大佐を呼び出すと、恐竜調査への協力を要請する。エヴァンス大佐も半信半疑ながら、古生物学の大御所の出馬に沿岸警備隊に協力依頼する事になった。

 そんな折りもおり、ある晩、アメリカ本土メーン州の沿岸に建つ灯台でのこと。

 突然あの恐竜が海から現れ、灯台にしがみつくではないか! 灯台はたまらず崩れ落ち、恐竜は再び海の中へと消えていった。

 そんな恐竜がらみの海難事故の知らせは、逐一沿岸警備隊に連絡された。こうなると沿岸警備隊も黙視している訳にはいかない。早速エヴァンス大佐、ネズビット博士、エルソン教授にハンター嬢まで召集されての作戦会議が開かれる。

 ここまでの恐竜の動きを調べてきたエルソン教授は、ある事に気付いた。最初のネズビット博士による目撃は北極のバフィン湾、次いで漁船が襲われたのはグランドバンクス沖、次の船が襲われたのはカナダのノヴァソコシア、さらに米本土メーン州の灯台が襲われた。その後、マサチューセッツの海岸が襲われたとの知らせも入っている。恐竜は徐々に南下している…それも北海海流に乗ったカタチで進んでいるのだ。すると…次に現れるのはニューヨーク沖ではないか?

 元々「レドザウルス」の化石は、ニューヨーク沖の海底峡谷で発見されている。すると本来の住処はそこだったかもしれない。ならば恐竜が現在そこに潜んでいる事は、十分に考えられる。

 エルソン教授はエヴァンス大佐に、特殊潜行艇を仕立てるよう要請した。ニューヨーク沖の海底峡谷にこの潜行艇を降ろし、そこで恐竜の居場所を確認しようと言うのだ。

 早速一行は船を仕立ててニューヨーク沖へと出発。ここは…と思われる地点で潜行艇を下ろすことにした。ただし潜行艇は極めて小さいため、乗員は二人だけ。操縦士とエルソン教授だけが乗り込んで、恐竜の行方を探る事になった。

 ワイヤーで吊り下げられ、どんどん海底深く沈んでいく潜行艇。エルソン教授の目の前では巨大なタコとサメの戦いが繰り広げられ、深海の神秘を見せつける。

 ちょうどその時…。

 目の前に問題の恐竜がヌッと顔を出した!

 ご機嫌になって通信機で逐一船に報告するエルソン教授。だが彼は、恐竜がどんどん潜行艇までの距離を縮めているのに気付かない。やげてそいつは、潜行艇の真っ正面で大きく口を開いた…。

 この瞬間より潜行艇からの連絡は断たれた。エルソン教授はそのまま帰らぬ人となってしまったのだった。

 教授の悲報に、ネズビット博士もハンター嬢も恐竜確保への意を新たにしているその頃、ニューヨーク港ではとんでもない事が起きていた。

 恐竜がいきなり港湾地区に上陸してきたのだ!

 どんどん市内に侵入して来る恐竜に、マンハッタンは大パニック。逃げまどう人々の群れで辺りは騒然となった。恐竜の侵入に駆けつけた警官は、たった一人で拳銃で応戦するがまったく歯が立たない。あげくの果てに恐竜にガブリと食われてしまうアリサマだ。さらにやってきた警官隊が銃弾を雨あられと浴びせても、恐竜はまったく動じない。建物を破壊しクルマを踏みつぶし、マンハッタンを我が物顔に蹂躙した。

 いまや恐竜の襲撃によって、ニューヨークはその都市機能を完全にマヒさせてしまった。軍が動員され市内全域に戒厳令が敷かれたが、恐竜は今も市内のどこかに潜伏したままだ。

 しかも恐竜の攻撃を受けた人々が、次々高熱を発して倒れだした。恐竜は何らかの疫病でも持っているのだろうか?

 このままではニューヨークが壊滅だ。人類に恐竜せん滅の秘策は、果たしてあるのだろうか?

 

 これって前々から見たいと思っていた作品の一つ。ご存じダイナメーションの大御所レイ・ハリーハウゼンの一本立ちの出世作になったのがこの映画なんだよね。この前は何だかんだ言っても「キング・コング」(1933)で知られるストップモーション・アニメの先達、ウィリス・オブライエンのお弟子さんという位置づけだった。この作品からハリーハウゼンの偉大な業績が本格的に始まる事になる。

 でもって、この後放射能X(1954)、水爆と深海の怪物(1955)、死の大カマキリ(1957)…と続々核実験で現れた巨大生物モノ映画が製作されるキッカケともなった映画。これ以降、アメリカのSF映画の十八番になったパターンは、この映画によって生まれたわけ。

 さらにさらに、実はこの映画、日本映画が誇る怪獣映画の至宝「ゴジラ」(1954)の原型だと言うのだ。ますますもって興味深い作品ではないか。

 で、実際に見てみると、確かにこれは「ゴジラ」との関連が深いと言わざるを得ない。

 まずは核実験で蘇った太古の生物というのが何より共通する。しかもこの怪物、両者とも海を渡って大都会へ襲いかかる。このあたりはその後の「核実験巨大生物モノ」と大同小異と言えなくもないが、最後は近代兵器で退治される点まで同じとくれば影響を受けたと言わざるを得ないだろう。何より両者が「恐竜」だという点が一致する。

 「原子怪獣現わる」と「ゴジラ」の発表の間隔は一年と空いてないという事なので、おそらくは「ゴジラ」企画段階ではこの作品を見た人は日本にはいなかったろう。だが海を越えて大ヒットの評判は伝わって来たに違いない。「原子怪獣」の直後に同じワーナー・ブラザースで制作された「放射能X」が、当時のSF映画にしては異例なほど大作扱いの規模でつくられている事を考えてみれば、その大ヒットの程が伺える。おそらくワーナーは「怪獣映画は金になる」と踏んだに違いないのだ。

 それほどの大評判に加え、核実験で蘇った怪物…という点が、被爆国・日本の気分にもピッタリとマッチしたはずだ。だからこの作品が「ゴジラ」制作の引き金になった事は確かだろう。

 さらに「ゴジラ」つながりで言えば、昨今のリメイク流行りでついにハリウッド・リメイクされたローランド・エメリッヒによる「ゴジラ」(1998)が、実は本家(というべきなんだろうか)「ゴジラ」よりも、どうもこの「原子怪獣現わる」を手本にしているらしいのだ。

 確かに見てみると共通点は多々ある。まずは両者のニューヨークにおける上陸地点が同じ港だ。そしてウォール街へと移動するのも同じ。怪獣が厳戒態勢のマンハッタンにとどまったあげく、夜間の軍の攻撃で川に避難する点も同じだ。怪獣の行動範囲は少なくとも前半ぐらいまで一致する。

 しかも後者ハリウッド「ゴジラ」が、パンナム・ビルを崩さずにブチ抜いてしまうあたりを見よ。これを見た時に僕は、何だかアニメ・キャラが壁をブチ抜いて自分のカタチの穴を開けてしまう描写を連想して、思わず苦笑せずにはいられなかった。バカバカしさもここに極まる…と思ったものだが、今回この「原子怪獣」を見たら、怪獣がビルをブチ抜く描写がちゃんとあるではないか。要は怪獣の大きさの違いで、ハリウッド「ゴジラ」がブチ抜くにはパンナム・ビルの大きさが必要だったという事だが、このあたりから見ても「原子怪獣」を大いに意識している事は明白だ。

 こうやって見ると、ハリウッド「ゴジラ」を制作したローランド・エメリッヒは、かなり1950年代のアメリカSF映画に傾倒している事が分かる。宇宙戦争(1953)を「インデペンデンス・デイ」(1996)としてパクったりしているしね。おそらくは大好きな1950年代SFを、現代の技術で拡大再生産するという野心を持っていたと思う。

 ただし「インデペンデンス・デイ」には変なアメリカのナショナリズムがチラつくし、「ゴジラ」は本家と似ても似つかぬイグアナの化け物を出してしまった。そのへんがファンの不興を買ってしまうところでもあったろう。僕は熱烈な「ゴジラ」フリークでもないから、それなりに楽しめたんだけどね。でも、これを何で「ゴジラ」としてつくったのか分からなかった。別に「ゴジラ」でなくてもいいじゃないか。

 おそらくはエメリッヒは、「宇宙戦争」に次いでこの「原子怪獣」をリメイクしたいという誘惑にも駆られたんじゃないか。彼はどちらかと言えば、「ゴジラ」より「原子怪獣」をやりたかったはずだ。そこに元々ハリウッド「ゴジラ」は当初ヤン・デ・ボン監督で企画が進んでいたのだが、彼が降りた事からエメリッヒにお鉢が回ってきたという経緯がある。その時、エメリッヒは「ゴジラ」をつくるふりをして、この「原子怪獣」をリメイクしてやろうと秘かに決めたのではないか。

 ただし、それではまったく的はずれな事をやったのかと言えば、そうでもないと思うんだよね。なぜなら「ゴジラ」そのものが「原子怪獣」のリメイク的な性格を持っているから。だから、ぐるりと一回りして元々の先祖に戻って来たようなもんだと思うよ。そういう因縁を考えれば、なおさらこの作品は楽しめると思う。しかもハリーハウゼンの「原子怪獣」がストップモーション・アニメ、円谷英二の「ゴジラ」が着ぐるみ特撮、そしてハリウッド版「ゴジラ」がCGと、見事に特撮の世代交代をも物語っている。この3本を改めて並べて見たら面白いんじゃないか。

 もっと面白い点を挙げると、この「原子怪獣」におけるレイ・ブラッドベリとハリーハウゼンの共同作業がある。有名なSF作家ブラッドベリとハリーハウゼンとは豪華な顔合わせだが、実はこの二人、まだ無名の若い頃からの親友同士だったらしい。ただしこの作品に共に関わる事になったのは、奇妙な偶然だった。

 「原子怪獣」DVDには映像特典としてメイキングやインタビューが収録されていて、そこではこのへんの経緯がいろいろ紹介されている。これがなかなか興味深いんだよね。

 実はこの映画、一応ブラッドベリの短編小説「霧笛」を原作にしている。ただし、一応…と書いたのには訳がある。クレジットを見ると、一般的に原作という意味の「Based on a Story by」などという表記は用いられていない。「suggested by」という奇妙なクレジットになっている。

 それというのも、実は当初この映画の企画はブラッドベリの小説の映画化としてスタートしていない。全く関係ないはずの怪獣映画として企画され、そこにハリーハウゼンが特撮マンとして呼ばれたらしい。この映画は元々メジャー会社ワーナーではなく弱小独立プロの製作で、後にワーナーに買い取られるカタチをとった。だから超低予算で製作されていたわけ。ハッキリ言って駆け出しのペーペーだったハリーハウゼンが呼ばれたのは、そんな事情からだと言う。

 ところがブラッドベリの小説「霧笛」(これが「サタデイ・イブニング・ポスト」誌に掲載されたもの)とこの映画の脚本に酷似する点がある事が分かり、慌ててプロデューサーがブラッドベリを呼んで映画化権を取得した…というのがメイキングやインタビューで語られている真相だ。ただし、これには諸説あって真偽のほどは分からない。映画化権取得にあたってブラッドベリが脚本にいくつかアイディアを提供したという話もあるが、それについても本当のところは分からない。

 実際のところ「霧笛」のストーリーは、聞くところではさほど「原子怪獣」と似ているとは思えない。太古から生き延びてきた恐竜が、霧笛の音を仲間の泣き声と聞き違え、ついつい岸にやって来て灯台を破壊する…といったお話らしい。強いて言うなれば「原子怪獣」の灯台破壊シーンがそれにあたるのだろうが、当時はこの手の怪獣映画がまだパターン化する以前のこと(巨大生物映画が続出するのはこの「原子怪獣」以後だという事は、前述した通りだ)。それだけでも類似点と見られる恐れがあったという事なのだろうか。

 面白いのはブラッドベリがこの「霧笛」でジョン・ヒューストンに認められ、彼の「白鯨」(1956)の脚本を任されたという事。考えてみれば、モービー・ディックも怪獣と言えなくもないもんね。こう見ていくとこの「原子怪獣」は、その後のさまざまな映画群に繋がっていく「ひな型」的作品だということが分かるよね。つまりは「元祖」…まさに偉大な作品だ。

 先ほどこの作品以降、類似作品が数多くつくられたと書いたが、実際にこの映画のパターンは何度もこれらの映画に踏襲されている。「放射能X」を見てみれば、怪獣が核実験の産物であることはもちろん、若い美人科学者が登場し、男性主人公が彼女に惹かれていくこと、怪物の捜索過程で目撃者が狂人扱いされていること、怪物が洋上の船を襲うこと…と、同種の趣向が連発する。これは「放射能X」と同じ脚本家が手がけた「水爆と深海の怪物」においても共通することは、前に「放射能X」の感想文でも述べた通りだ。「放射能X」は「原子怪獣」で味をしめたワーナーの作品だから、これを踏襲しようとするのは当然だろう。しかし後続の作品も右に倣えしたために、「原子怪獣」は偉大なお手本になったんだよね。

 映画としては今の観客にとって、少々食い足りないところもあるかもしれない。例えばニューヨーク港への上陸シーン一つとってもそうだ。リメイク…と言うべきハリウッド版「ゴジラ」では、まるで「ジョーズ」のようなジラシとハッタリが交錯したサスペンス演出で見せるこの場面。ところが元祖「原子怪獣」では、まるで「こんちわ〜」とでも言いそうなほど、さりげなくアッサリ怪獣は姿を現してしまう(笑)。そういったタメの演出などをここに期待するのは無理というものだ。

 お話の運びもかなり無理があって、古生物学の大家である教授が何でまたあの程度の「証拠」で怪獣の存在を納得してしまうのか分からない。怪獣を退治するために「放射性アイソトープ」をブチ込むというのも理由が分からない。結構このへんはいいかげんだ。

 だがそれを埋めても余りあるのがハリーハウゼンの特撮。ストップモーション・アニメならではの味のある動きには、やっぱりドキドキさせられてしまう。問題の灯台襲撃場面も、夜景にシルエットで登場する怪獣が詩情すらかき立ててくれる。ラストのコニーアイランドの遊園地で、燃えさかるジェットコースターの軌道を背景に力尽きる怪獣の姿など、見ていて悲愴な美しささえ感じちゃうからね。

 実写場面だってニューヨークのパニック場面を見ると、低予算なりによく頑張っている。結構ワクワクさせて見せてくれるんだよね。もうちょっと早くから怪獣がニューヨーク入りして暴れてくれれば…とも思うが、それは低予算という事で限界があったのだろう。

 面白かったのは、最後に「放射性アイソトープ」の弾丸を怪獣に撃ち込む役を命じられる若い兵士が登場する場面。精悍なツラ構えに、こいつどこかで見たことがある…と思ってたら、何と…この若い兵士はリー・ヴァン・クリーフだというではないか! 後年ハゲタカのように苦み走った風貌でマカロニ・ウエスタンに登場。ジュリアーノ・ジェンマと共演した「怒りの荒野」(1967)あたりでいい味出してたクリーフが、まだ無名時代にこんな映画に出ていたとは。なるほど、射撃には自信がある…と登場してくるわけだ。後年のマカロニ・ガンマンぶりをすでに彷彿とさせているから笑える。

 しかもしかもこの映画の監督ユージン・ローリーって、実はかつてフランスでジャン・ルノワール作品の美術を担当していたと言う。それもちょっとばっかり手がけた事があるというのではなく、結構常連メンバーだったようなのだ。それがまた何でハリウッドに流れ着いて、どういう因果か怪獣映画(笑)。

 ジャン・ルノワールにジョン・ヒューストン、マカロニ・ウエスタンから円谷「ゴジラ」にローランド・エメリッヒまでが絡む壮大な映画史の連鎖を考えた時、この映画の持つ偉大な存在感を改めて感じざるを得ないんだよね。

 

参考:

SFオンライン

http://www.so-net.ne.jp/SF-Online/no16_19980625/index.html

「「霧笛」から新作『ゴジラ』へ」 添野 知生

http://www.so-net.ne.jp/SF-Online/no16_19980625/special-7.html

 


The Beast from 20000 Fathoms

(1953年・アメリカ) ワーナー・ブラザース映画

監督:ユージン・ローリー

製作:ハル・チェスター、ジャック・ディエツ

原作:レイ・ブラッドベリ

脚本:ルー・モーハイム、フレッド・フリーバーガー、ユージン・ローリー、ロバート・スミス

特撮:レイ・ハリーハウゼン

出演:ポール・クリスチャン、ポーラ・レイモンド、セシル・ケラウェイ、ケネス・トビー、ドナルド・ウッズ、リー・ヴァン・クリーフ、スティーヴ・ブロディ、ロス・エリオット、ジャック・ペニック

2004年3月29日・DVDにて鑑賞


 

 

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