「ガルーダ」

  Paksa wayu (Garuda)

 (2011/04/18)


伝説の存在が現代のバンコクに突如よみがえる

 それは紀元前80543年頃のことだ。当時、地上には巨大な翼を持った鳥のような生き物が闊歩していた。しかし、彼らは決して他の縄張りまで出しゃばらず、至って大人しく暮らしていた。しかし彼らの全盛期の終わり頃に、彼らの中に一匹の「異端児」が現れた。それは一際獰猛で凶暴で、どこでもお構いなしに殺戮を重ねるケダモノだった。見かねた仲間たちはこの「異端児」を拘束し、大木で作った「オリ」の中に閉じこめた。彼らがその土地を去る時も、「異端児」だけはその場に捨て置いたのだった…。

 時は流れて1977年。ここはインドのカシミール地方。常に微妙な空気が漂う、パキスタンとの国境付近である。荒野に立てたテントに、インド青年が立ちつくしている。そこにジープで到着するインド男が一人。

 「もうすぐ攻撃が始まるぞ、ピエール博士は?」

 「頭がおかしくなっちまってるよ」

 慌てて近くのトンネルに入って行くインド男。ピエール博士はこの場所で何やら発掘調査を行っていたが、いよいよパキスタン軍の攻撃が始まった。それでピエール博士に避難するように言いに来たわけだ。

 しかし当のピエール博士(ケン・ストリュートカー)は、トンネルの奥で夢中で彫り続けている。なるほど前方の岩盤に、何やら鳥のようなシルエットが見えるではないか。こうなると、もはや何を言っても無駄。パキスタン軍の事を言っても聞く耳を持たない。そのうち攻撃が始まって、あちこちに砲撃が始まる。するとトンネルもその都度激震に襲われ、今にも落盤しそうな雲行きになった。

 ところが一旦爆撃が収まると、ピエール博士はそこにポッカリと穴が開いたのに気づく。何と博士たちの代わりに、爆撃が「いい仕事」をしてくれたわけだ。早速開いた穴から覗いてみると…何やら巨大な鳥の骨格のような化石が見えるではないか。

 「オレは正しかった! アレはガルーダだ!」

 だが喜びもつかの間、また爆撃でトンネルが崩れかかる。ピエール博士を庇って助けたインド男は、自分が犠牲となって埋もれてしまった。さすがにこれには唖然とするピエール博士。しかし彼は、すぐに目の前に現れたものに心奪われた。それは、何やら鳥類のモノと思われる巨大なツメだ。ピエール博士は埋もれた男の亡骸に向かって、こう叫んだ。

 「オマエの犠牲は無駄ではなかったぞ!」

 さらに時代は下って2005年、ここはタイのバンコク。現在、最先端の巨大な掘削機を使って、地下鉄トンネルが作られていた。ところがGPS衛星からのデータが、奇妙なことを知らせてくる。なぜか行く手の岩盤が、異常なほど強靱なものだというのだ。それはすぐに現実のものとなり、あまりに固い岩盤に阻まれて掘削機は停止した。

 作業員たちは一体何が起きたかと掘削機の前に駆け寄るが、行く手の岩盤を見たとたん、何とも神妙な顔つきになった。「こりゃ、面倒な事になったぞ!」

 そこには、何かの生物の頭蓋骨と思える化石が顔を覗かせていた…。

 それから間もなくのこと、とある講堂でスライドを上映しながら、一人の若い女性がプレゼンテーションを行っていた。

 「白亜紀後期の今から2億年前には、鳥の先祖…翼を持った恐竜が生息していました」

 その若い女性こそ、あのピエール博士の娘リーナ(サラ・レッグ)。彼女は今は亡き父の遺志を継いで、ガルーダ研究に没頭していた。現在行っているプレゼンテーションは、タイでの発掘許可を得るためのもの。そんなリーナの奮闘ぶりを、彼女のアメリカ人の相棒ティム(ダニエル・ブルース・フレイザー)が微笑ましく見守る。だが同じ講堂の最後尾の席に、一人の眼光鋭い軍人がヒッソリ座っていた。

 「君はタイ人ではないね?」

 プレゼンに耳を傾けていた役人たちが、いきなりざわめき出した。リーナはフランス人の父とタイ人の母の間に生まれたハーフ。役人たちの見解は、「外国人」には発掘許可は出せないというものだった。

 落胆のあまり憮然とするリーナ。彼女の脳裏には、「ペテン師」呼ばわりされて失意の中で世を去った父の面影が甦る…。

 2ヶ月後、カラシン県サクワン遺跡。博物館でのいささか退屈な業務をこなしていたリーナとティムのもとに、リーナの叔父ウィチャイ博士(ヤニ・トラムド)から突然「バンコクに戻ってこい」との連絡が入る。そしてまもなく、彼らの前に軍用ヘリコプターが飛来した。

 そして夜の7時、リーナとティムは特殊部隊の男たちに連れられ、バンコクの地下鉄工事現場へと連れて行かれる。何が何やら分からぬリーナとティムだが、誰からも具体的な説明はない。

 やがてウィチャイ博士がやって来るが、彼の顔は心なしかこわばっているようだ。その横にはこの特殊部隊のリーダーらしき男が立っていた。その無愛想で冷たい顔の男トスチャイ大佐(ソンラン・テピタック)こそ、例のプレゼンの席で最後尾に座っていた男ではないか。

 「外国人とハーフか、道理でイカレてるわけだ」

 何を思ったかいきなり敵意ムキ出し発言をかますトスチャイ大佐。当然、リーナも「外国人とハーフのどこが悪いの?」と応戦。彼らは初対面から思い切り最悪の出会い方をした。

 トスチャイ大佐、そして副官のクライサク中佐(チャラド・ナ・ソンクラ)と共に、ウィチャイ博士、リーナ、ティムは、エレベーターで地下へと下りていく。

 地下には特殊部隊の臨時基地が置かれていて、荒くれ者たちが周囲を取り巻く緊張した雰囲気の中、ウィチャイ博士がリーナとティムに簡単な説明を始めた。「今から2ヶ月前、この工事現場でこんなものが出土したのだ」

 博士が取り出したのは、例の生物の頭蓋骨。それを見たリーナとティムは、自分たちの仮説が正しかったことを知って喜んだ。「ということは、まだまだこの付近から化石が発見される可能性があります!」

 「よし! トンネルに入るぞ!」

 いきなり一同に命じるトスチャイ大佐。そんな彼の命令には、従わざるを得ない威圧感があった。トスチャイ大佐率いる特殊部隊の面々と共に、リーナ、ティム、ウィチャイ博士は、トンネルの奥へと入っていく。こうして一行は、問題の岩盤の前へとやって来た。

 こうなると持ち前の好奇心が止まらないリーナとティム。二人は岩盤のあちこちを調べて回るが、そのうち小さなひび割れから風が吹いてくるのに気づく。

 「向こう側に洞窟があるのか?」

 その発言を聞いたとたん、トスチャイ大佐は迷わず部下に指示を出す。「よし、かかれ!」

 彼らはこの岩盤を爆破して、穴を開けようというのだ。これにはリーナはたまらず抗議。「貴重な発見を台無しにするかもしれないのよ!」

 しかしリーナたちがそんな反論を出来るような雰囲気ではない。さすがにヤバイと思ったウィチャイ博士とティムは、ブーブー文句を言うリーナをトスチャイ大佐の前から連れ出してしまう。

 こうして岩盤にはアッという間に爆薬が仕掛けられ、えらく格好を付けた爆薬係の男が、岩盤にデカい穴を開ける。間髪入れずにトスチャイ大佐が命令を出して、銃を構えた特殊部隊隊員たちが穴の中へと飛び込んで行った。

 確かにその奥は、広大な洞窟だった。そこには古代の森がそのまま埋もれたらしく、大木の化石がそこかしこにそびえ立っている。特殊部隊はそこに乗り込んで、どうやら何か発見したようだ。

 「何があったの?」とリーナは中に入ろうとするが、トスチャイ大佐はより一層おっかない顔をして、部下に断固として命令する。「民間人を外に追い出せ!」

 「どうして? なぜ追い出すの? 父や私の手柄を横取りする気なの?」

 こうなると怒り心頭でわめき散らすリーナ。しかし特殊部隊の連中は本気だ。たちまちリーナとティムは、地下の荷物置き場らしき場所に閉じこめられることになる。そうなってもリーナのわめき散らしは止まらない。「冗談じゃないわ!」とか「訴えてやる!」とか次から次へと続く悪口雑言に、さすがのティムもウンザリだ。「いいかげんに文句はやめろよ、リーナ」

 実はティムは、先程から扉のカギをこじ開けようと努力していたのだ。そんな小細工で開く訳がない…とせせら笑うリーナだったが、何とティムはまんまと扉を開けることに成功。二人は荷物置き場から脱出する。

 一方、特殊部隊は例の洞窟の中に照明装置などを運び込み、慌ただしく何やら準備を進めていた。そんな中、ウィチャイ博士は一心不乱に祈り続ける。

 「あなた様の怒りに触れてしまったのでしたら、お許しください。決してわざとではないのです」

 臨時基地のモニターでそんなウィチャイ博士の様子を見ていたトスチャイ大佐の脳裏には、かつての忌まわしい記憶が戻ってくる。それは作戦遂行中での出来事。彼の部下が目の前で、大蛇のような怪物に飲み込まれてしまうという事件だった。トスチャイ大佐は、今もそのトラウマに苦しんでいるのだ。

 「忘れてください。あれはあなたのせいではない!」

 いくらクライサク中佐がそう告げても、トスチャイ大佐は自分を許すことができないのだ。そんな二人がモニターを見つめるうちに、荷物置き場を脱出したリーナとティムの姿が映り出す。

 彼らは素朴に大発見の証拠を得ようと、ビデオカメラを片手に洞窟内にやって来た。ところが最初にティムが「それ」に気づき、リーナも「それ」を目の当たりにした。そんな二人が唖然としているなか…。

 「口で言っても分からないようだな」

 気づくとリーナとティムの周りには、トスチャイ大佐以下特殊部隊の隊員たちが銃を構えて取り巻いていた。しかも、今度こそ事態はかなりヤバそうだ。

 「リーナ、走れ!」

 ティムは照明器具をひっくり返して周囲を真っ暗にすると、照明スタンドを振り回しながら突進。しかし逞しい隊員たちとでは相手にならず、たちまちブッ倒されてしまう。しかしリーナは逃げおおせて、地下のトンネル内をひた走っていった。

 その頃、例の「それ」の前では、特殊部隊員たちが照明の電源を入れようとしていた。しかしスイッチを入れたとたん、いきなり配電盤に火花が散ってオシャカ。その時たまたま電気のケーブルが、「それ」の脚の部分に触れていたのを誰も気づかなかった。

 やがてウィチャイ博士が何かの気配に気づいたが、「それ」の姿には気づかなかった。ところが隊員の一人が上から襲ってきた「それ」にさらわれた頃に、ウィチャイ博士は「それ」が先ほどまでいた場所から消えたことに気づいた。ウィチャイ博士自身が「それ」の犠牲になったのは、それから間もなくのことだ。

 その頃、地下道に逃げたリーナは、いきなりビデオカメラを撃たれて物陰に隠れた。トスチャイ大佐たちが彼女を追って来たのだ。

 「武器は使わないんじゃなかったの?」

 「目的を遂行するためなら仕方がない」

 彼女にはなぜ特殊部隊の連中がこの事実を隠そうとするのか、まったく合点がいかなかった。ただの古代生物の化石に、どうしてそんなにこだわるのか。本当に神々だとでもいうつもりなのか?

 「アレがただの古代生物だと言い切れるのか? オマエの父親のくだらない学説を、オレたちに押し付けるんじゃない!」

 しかし、リーナも父親をケナされたら黙っていられない。冗談じゃないわとばかりに飛び出して、泣く子も黙るトスチャイ大佐相手に悪口雑言だ。しかしそんな時、隊員の一人がトンネル上部に「異変」を感じ取った。

 バリバリバリバリッ!

 いきなり機銃掃射する隊員。たちまち戦闘態勢に入る隊員たち。リーナは慌てて縮こまる中、「それ」は上から飛来して隊員一人をかっさらっていった。さらわれた隊員は慌てふためいて、持っていた銃を辺り構わず乱射。隊員の一人が流れ弾で脚を負傷する。しかし「それ」はまたしても上から飛来して、その隊員をさらっていった。そんな阿鼻叫喚の最中、リーナは横に逃げ道があるのに気づく。この隙に逃げ出そうと走り出したリーナを見て、隊員の一人がすぐに後を追う。しかしそんな隊員に、またまた「それ」は襲いかかった。間一髪でリーナは助かるが、彼女の父の形見の「ツメ」のネックレスを落としてしまう。それを掴んで引き寄せる際に、ツメは床をこすってまるで悲鳴のような鋭い音を発するではないか。すると「それ」の様子がそれまでと変わった。

 さらにリーナの前に立ちはだかる「それ」。何と間近でにらみ合う両者だが、とっさにトスチャイ大佐がリーナに飛びかかって、彼女が「それ」に襲われるのを未然に防いだ。しかし、その際にトスチャイ大佐が銃を落としてしまう。するとリーナはその銃を拾って、こんな状況下なのにトスチャイ大佐を脅すではないか。

 「近付くと撃つわよ!」

 これにはさすがのトスチャイ大佐も唖然だが、彼が「それ」の咆哮に気を取られているうちに、リーナはまんまとその場を逃げ出してしまう。

 そして「それ」は、はるか地下道の天井近くから、隊員たちの様子を伺っていた。それは、これから始まる惨劇のほんの序章に過ぎなかったのだ…。

 

「神」と「怪獣」を結びつけるものとは?

 珍しや、タイでつくられた怪獣映画である。

 昔は東南アジアの映画など日本の映画館ではまったくと言っていいほど公開されていなかったが、近年はありがたいことにチラホラと東南アジア映画も公開されるようになった。タイの映画も、ホラー映画ナン・ナーク(1999)あたりを皮切りに次々とわが国の映画館で上映されるようになってきたのである。

 タランティーノあたりを意識したようなサスペンス「シックスティナイン」(1999)、オカマのスポ根コメディアタック・ナンバーハーフ(2000)、メキメキ頭角を現してきたパン・ブラザースの出世作アイ(2002)、さらにトニー・ジャーによるスーパー・アクションマッハ!(2003)、子供時代の追憶をテーマにしたフェーンチャン/ぼくの恋人(2003)…ってな感じで紹介されてきた近年のタイ映画を一言でいうと、それこそ我々が「東南アジア映画」を想起した時に脳裏に浮かんでくる「純朴」「単純」「稚拙」…といったイメージとは異なり、いずれも新しい世代の映画人がつくった新しい感覚の映画…エンターテインメント性も十分で「洗練」された映画ばかり。これには正直驚かされた。

 そして僕らが知らなかっただけで、こうした東南アジアの国々もそれぞれに「映画大国」だったらしいということを、イヤというほど思い知らされたものだ。

 で、「ナン・ナーク」やトカゲ女(2004)のようなホラーがあるならば、当然SFだってあるんじゃないだろうか…と、SF映画好きの僕は当然のごとく大いに期待したわけ。

 これは、そんなタイ製の怪獣映画である。

 確か、いつぞやの東京国際ファンタスティック映画祭で上映されていたものだ。DVDが発売されていたのを見て、「これはSF好きとしては見なきゃ!」と思って飛びついた。それで早速感想文を書こうとしたわけだが…。

 それからほぼ3年近く、僕はこの感想文を書きかけのまま放置するハメになってしまった。

 その理由は僕自身にも一向に分からなかった。ともかく感想文を書き始めたものの、どうしても続かない。結局この作品の感想文のもたつきが、うちのサイトの「SF映画秘宝館」がほぼ3年間まったく更新されなくなった理由の最大のモノであったのは確かだ。

 何でそんなことになってしまったのか?…については追々語るとして、とりあえずこの「ガルーダ」という作品の周辺から語っていこう。

 まず「ガルーダ」という作品のタイトルを聞いて僕がすぐに想起したのは、「ガルーダ」という名の航空会社。正式に言うと、「ガルーダ・インドネシア航空」だ。

 僕は元々飛行機好きで、一時は航空業界に身を置いたことがあるので、当然この「ガルーダ」という名前は気になっていた。航空会社が自らを「鳥」に見立てるのは、昔のJALの社章「鶴丸」を例に挙げるまでもなく洋の東西を問わない。この「ガルーダ・インドネシア航空」も、飛行機の尾翼に「鳥」をイメージした絵柄が描いてあった。

 そして、今回の作品「ガルーダ」は、翼を持った怪獣の出てくる映画だ。つまり「鳥」の怪獣である。あっちはインドネシアでこっちはタイ。その違いはあっても、どちらも近隣の東南アジアの国。これは何か関連があるものと考えるのが当然だろう。

 調べてみると、案の定、関連は大あり。「ガルーダ」とはインドの神話に出てくる神の鳥らしく、タイやインドネシアでも同様に扱われているようだ。

 驚いたことにこの「ガルーダ」は、日本に入って「天狗」に転じたという話もあるみたいだが、そこまでいくと今回の話からはかけ離れる。映画の話に戻そう。

 つまりこの映画に出てくる怪獣は、実は「ゴジラ」や「ガメラ」みたいな日本の怪獣とはチト異なる。もっと言うと、アメリカのキング・コング(1933)ともレイ・ハリーハウゼン映画原子怪獣現わる(1953)に出てくる怪獣とも違う。単なる野獣ではない。「神」としてのケダモノなのだ。

 劇中では奇妙な特殊部隊の一団が登場し、ガルーダとの死闘を展開する。彼らはまるで日本の特撮テレビ番組に出てくる科学特捜隊やウルトラ警備隊みたいな「怪獣」専門の特殊部隊らしいのだが、その性格は日本の「それ」らのように晴れがましくはない。妙にスゴんでおっかないコワモテさを前面に出しているが、つまりは彼らは「日陰者」なのである。そして極端なほどに秘密主義だ。それと言うのも、どうやら彼らが戦う相手としての「怪獣」は「神」であり、しばしば人々にとって畏敬や信仰の対象になっているから…のようなのだ。

 この特殊部隊リーダーの回想場面に大蛇のような怪獣も登場してくるが、当然これも「神」ということになるのだろう(インドの神話には蛇や竜のクリーチャーである「ナーガ」という怪物も出てくるようで、おそらくこの大蛇は「ナーガ」なのではないか?)。

 かつて日本の特撮テレビ番組を見ていて、わざわざ科学特捜隊やウルトラ警備隊のような「怪獣」専門特殊部隊を編成しなければならないほど、世の中に「怪獣」って溢れているものなんだろうか?…と子供心に突っ込みを入れたくなったものだが、こちらはそれに加えて「怪獣」は「神」である…と来た。そんな特殊部隊が必要なほど「神々」が溢れているって、一体どんな国なのだ。このへんの感覚っていうのは、日本の「怪獣」を取り巻く状況とはかなり違うものがあるように思えるのである。

 実際そのへんの国情の違いというのは、この作品の中に色濃く現れている。外国の観客が見て、「これはお国柄の違いだ」と感じるという話ではない。劇中で登場人物がそうハッキリと語り、作り手もそれを大いに意識してつくっているからユニークなのだ。

 そもそもこの映画のヒロインは、タイとフランスのハーフの女性という設定。そんな彼女がフランス人の父が情熱を傾けていた、「ガルーダ」研究を引き継いでいるということになっている。その研究とは、おそらくは「ガルーダ」は本当に存在した古代生物である…というもののようである。

 ところが彼女がタイの役所にガルーダ発見のための発掘作業の許可を得ようとすると、「外国人には認められない」という理由で拒否。「外国人」とはハーフのヒロインのことを指すのだが、怒り狂う彼女に叔父が慰めていう言葉も奇妙で、「デリケートな問題だから」と必死にとりなすのである。

 そういえばこのヒロインの回想では、フランス人の父がタイの民衆から「詐欺師」「ペテン師」扱いで石を持て追われる場面が出てくる。単純に化石が見つからなかったとか仮説が証明できなかったとか…そんな類のことでは、あれだけボロクソな目に遭う意味が分からない。日本で石器をねつ造して「発見した」と偽っていた「ゴッドハンド」と言われた男ぐらいじゃないと、あそこまで非難されるとは思えないのだ。

 そうなると、やはり「ガルーダ」に触れるということは、例えば日本で言うと…天皇陵を強引に発掘するくらいのヤバイ行為、無礼な行為を意味するのではないだろうか? 何か国民的なバックボーンというか、精神的支柱に触れる問題に絡んでくるのではないか? そうでないと、あれほどの非難囂々ぶりや「デリケートな問題」とビビる理由が分からない。

 しかもこのヒロインがアメリカ人の友人を伴って地下鉄現場に赴いた時、いきなり初対面で特殊部隊リーダーが敵意ムキ出しな態度を打ち出すから奇妙だ。その時のコメントもスゴくて、「外国人とハーフか、イカレてるわけだ」というもの。何もこの時点でこんなに敵視しなくてもいいと思うのだが、「外国」…いや、おそらく「西洋」に対して、このリーダーは生理的嫌悪感を露骨に出すのである。

 そういえば映画イントロの神話みたいなお話と1977年インドでのフランス人科学者による発掘場面が終わり、現代のタイ・バンコクに話が移ってきて地下鉄掘削のための装置が停止してしまった際、タイ人の作業員が「アメリカ製の機械だからダメなんだ」と必要以上に「アメリカ製」であることをコキ下ろしている。これもその後の展開からすると、執拗に「外国」「西洋」を敵視し、蔑視しているように見えるのだ。何なのだ、この映画全体に充満する「外国」「西洋」に対する排他的な空気とは?

 「オレたちタイ人のことは、外国…おそらく西洋…には理解できない」「西洋人はエラそうにしていて何も分かっていない」…というような、歪んだ国粋主義的な卑屈な発想が感じられて、正直言ってあまり快く映画を見ることができない。たぶん僕がこの映画を見ていて引っかかり、ついつい感想文を放置してしまっていたのは、このあたりのことが理由のひとつだろう。

 そういえば、あのアクション映画「マッハ!」においても、そんな排他的、ナショナリズム的な設定が出てきた記憶がある。これってタイ映画ではよくあることなんだろうか?

 後述するが、実際にこの映画で主役級で登場するヒロイン(フランス人とのハーフという設定)とそのアメリカ人の友人は、あまりお利口には描かれていない。特にアメリカ人の友人に関していうと、コメディ・リリーフと言えば聞こえがいいが、かなり愚かな人物としてバカにされているのである。

 逆に言うと現代のタイにおいても、いわゆる西欧合理主義的なモノとは対極にある、「神々への信仰」やら「畏敬の念」、ハッキリ言うと「迷信」と言われかねないモノが、人々の生活や信条の中に脈々と生きているということなのだろうか。ひょっとして現代のタイの人々は、口ではアレコレ言っているし近代的な生活を営んではいても、こういう神々の類の存在を心の底では信じているのではないだろうか。そうでもなければ、これほど当然のごとく「神々と戦う特殊部隊」を登場させることもないだろうし、「神々を外国人たちに冒涜させる」ことへの嫌悪を執拗に語るまい。現に劇中でも、本来は合理主義者であるはずのヒロインの叔父である科学者が、まだ「復活」もしていない化石状態のガルーダに必死に祈りを捧げる場面が出てくる。あれだって他の国の怪獣映画だったら、科学者が逆に合理主義を振り回してガルーダを冒涜する設定になっていそうではないか。これはやはり、国民性の違いと考えるべきなのだろうか。そういう意味では、この作品には単に「タイ製の怪獣映画」である以上の何かがあるのである。

 実は今回の映画に出てくる特殊部隊が、「人々の神々への信仰や畏敬の念を守るために、実は邪悪な怪獣である神々を闇から闇へ葬っている」のか、それとも「迷信の類と言われながら信仰の対象でもある神が、実際に存在していることが明るみになった時の社会的インパクトを恐れて、闇から闇へ葬っている」のか、そのへんがハッキリしないので作者の意図も漠然としたカタチでしか汲み取れない。そのあたりは、そもそもガルーダなどの「神」がタイの人々にとって敬うべき存在なのか、親しまれている存在なのか、はたまた恐れられ忌み嫌われている存在なのか…そのあたりが分からない僕が見ているから、イマイチよく伝わって来ないのかもしれない。これは、タイという国に詳しい方からの報告や研究を待ちたいところだ。

 ついでに言うと、僕はタイの怪獣映画ということで、もう1本の「問題作」を連想してしまった。それは「ウルトラマン」の映画版が大ヒットしたことでドサクサに紛れて1979年に日本公開された、「ウルトラ6兄弟VS怪獣軍団」(1974)という作品だ。ウルトラマンが出てくるなら当たるだろ…という安易な発想で公開されたようだが、相当の怪作だということは当時から耳にしていた。実はいまだに恐くて実物を目にしていない(笑)のだが、この作品自体はタイを舞台にしたタイのお話で、そこにウルトラマン・ファミリーが登場する話らしい。ユニークなのはここにタイの神話に出てくる「ハヌマーン」という神様が一枚加わって、ウルトラ・ファミリーと共闘するという設定。これをガルーダと一緒にするのは適切かどうかは分からないが…つまりはまたしても「神」なのである。

 なぜタイの怪獣モノが「神」の化身というカタチをとるのか?…という問題は、確かにちょっと気になる。実は気になる点がもう一点あって、東宝の「ゴジラ」シリーズの一作「ゴジラ対メカゴジラ」(1974)にキング・シーサーという怪獣が登場するが、これまた沖縄の「神」という設定らしいのである。この事実は最近、ある人に聞いて知ったのだが、どうも僕の中では偶然とは思えない。

 どういうわけかは分からないが、アジアの南方には「神」と「怪獣」を結ぶ何らかのメンタリティーが存在しているのだろうか? なぜこの両者は、この地域においてかくも結びつきやすいのか? これは、ぜひアジアの文化史などに詳しい人に研究してもらいたいが、いかがだろうか?

 

怪獣よりも犠牲者を生む凶悪ヒロイン(笑)

 そして、僕がこの感想文を長らく放置してしまった理由がもうひとつ…それは先ほどもチラリと触れたが、主役級で登場するヒロインの愚かさだ。

 いやぁ、これを「愚かさ」と言って片付けてしまっていいのか。何と言っていいのか分からないのだが、映画史上これほど好きになれないヒロインっていないのではないか。バカはバカなんだけど、それでは言い尽くせない。まして、生意気とか男勝りとかそんなことではまったくない。ただただ、見ていて歯ぎしりしたくなるほどにイヤな女なのである。

 失意の中で世を去った父の遺志を継ぐ…という志や良し。しかし、だからといって何をしてもいい訳じゃないだろう。どこから突っ込んでいいやら分からないが、やることなすこと観客と他の登場人物の神経を逆なでする。

 確かに「専門家」として迎えたはずのヒロインとその友人を、必要以上に脅してイヤミを言う特殊部隊のリーダーたちは、何とも不可解な人物だ。脚本上で一体どうしてこんなムチャクチャな人物設定にしたのか…ハッキリ言ってまったく納得できない。ともかく不愉快この上ない人物となっているが、だからといってそんな特殊部隊リーダーに対して、ヒロインが何をしてもいいということにはなるまい。

 ところが特殊部隊リーダーもリーダーなら、ヒロインもヒロインなのである。

 何とかガルーダ実在の証拠を手に入れようと右往左往している間はいいが、ガルーダが復活して特殊部隊の隊員に襲いかかってからも、このヒロインはあっちへウロチョロこっちへウロチョロして隊員たちの足を引っ張る。こいつが余計なことをしたおかげで、死ななくてもいい隊員が死ぬことになってしまう。にも関わらず悪びれもしないし、まったく懲りない。一度など例のリーダーに命を救われたのに、直後にそのリーダーに銃を向けるというテイタラク。上にはまだガルーダがいて彼らを狙っている最中にも関わらず…だ。

 その後、特殊部隊はガルーダを殺すために洞窟に爆弾をしかける作戦に出るが、そこでまたこのヒロインがノコノコ出てきて作戦をブチ壊し。またしても隊員たちは無駄死にだ。しかも、自分の叔父がどうなったのか、心配ひとつしないのもひどい。

 そんなこんなで洞窟から命からがら脱出した際、ヒロインを助けたリーダーは思わずキレて彼女に怒りをぶちまける。そこで彼が言うことは、初対面の時の理不尽な振る舞いとは違ってしごくもっともな主張だ。こいつのおかげで作戦はメチャメチャ、隊員もたくさん死んでいるんだから言いたくもなる。しかしこの女はそこで泣きながら逆ギレ。口から出てくる言葉といえばこの調子だ。

 「そんなに私を責めないでよお!」

 これで彼女を責めるのを止めてしまうリーダーの真意は、見ている僕らにはまったく理解できない。そして劇中たった一回だけ糾弾されるヒロインは、泣きはするもののここでも一切謝罪はしないのだ。いやぁもう、不倫会見の時の麻木久仁子もビックリの図々しさ。思わずツイッターで悪事をバクロしたくもなる(笑)。

 そんなヒロインは映画の終盤、ビルの屋上でのガルーダとの対決時にも本領発揮。この女は首から下げているガルーダのツメが怪物を引き寄せていると分かっていながら、モタモタしてなかなかツメを捨てようとしない。そのため最大のピンチを自ら呼び寄せて、特殊部隊リーダーにまたまた余計な手間をかけさせるのである。どこまで人に迷惑かければ気が済むのだこの女は!

 その他にも例のアメリカ人の友人のバカさ加減はかなりなもので、見ていて笑えるどころかイライラさせられるばかり。特殊部隊リーダーの不可解な言動のおかしさについても、先に触れた通りだ。正直言ってこの映画に出てくる登場人物は、揃いも揃ってウンザリさせられる奴らばかりなのである。

 だがその中でも、ヒロインのひどさはまさに群を抜いている。

 ホラーやSF畑の映画においては、今までも足手まといになったりバカな振る舞いをしたり、見ていて苛立つヒロインがいっぱい登場してきた。しかしこの映画のヒロインは、そんな中でも頭一つ飛び抜けている。おそらく映画史上最強最悪、もっともひどいヒロインだと断言してもいいのではないだろうか。

 しかも彼女の声というかしゃべり方というか、これがまたとにかく聞いていてイライラさせられる。

 そういや…またまた「マッハ!」を引き合いに出させてもらうと、あそこに出てきた女の子もやたら甲高い声でギャーギャーわめいて、うるさくて興ざめだった。今回の映画のヒロインのしゃべり方を聞いていて、アレを思いだしてしまったよ。

 だから…これを言っちゃ本当にマズイと思うし、偏見だと言われれば反論しようがないが、タイ語って緊迫した状況下で話し言葉として発音されると、物凄く耳障りで聞く者を苛立たせる言葉なんじゃないだろうか? だとすると、役者さんや作り手のせいではないので、責めるのは筋違いということになるのだろうが…。

 しかし、それにしたってあのヒロインは本当にひどかった。最後まで生き残っているのが許せないほどだ。こいつのおかげで何人命を落としたか分からないからである。

 この映画の監督・脚本を手掛けたモントン・アラヤンクンという人物は、その後「The Victim」(2006)、「The House」(2007)といった題名のホラー映画をつくっていて、どうやらSF・ホラー畑一筋の人らしい。そのせいか、この作品でも怪獣映画として凝りに凝った形跡が見てとれる。

 そもそもこの作品、タイ映画として初めてデジタル・ハイビジョンカメラで撮影された作品だという。スター・ウォーズ/エピソード2:クローンの攻撃(2002)やフランス映画ヴィドック(2001)あたりで初めて導入され、今ではマイケル・マン監督作品などでお馴染みになったデジタル・ハイビジョン撮影だが、タイ映画として初めて採用した…というのは確かに革新的だっただろう。そのおかげか、全編CGによる特殊効果が盛り込まれ、これがなかなか頑張っているから驚く。そもそも怪獣ガルーダそのものが、コマ撮りアニメの人形や着ぐるみなどではなく、すべてCGで制作されているのだ。ある意味では日本の怪獣映画などよりも進化しているのである。

 その他にも、特殊部隊員のナイフ使いとガルーダの一騎打ちシーンがまるでマトリックス(1999)の回転ショットみたいに撮影されているあたり、見ているこっちとしては「やってるやってる」と苦笑を誘わないでもないが、まあやりたい気持ちは分からないでもない。ガルーダが巨大化して夜のバンコクを攻撃する終盤部分も、かなり怪獣映画としての楽しさに満ちている。

 そんなこんなで一生懸命やっているだけに、登場人物の設定のひどさ、わけてもヒロインのあまりのムチャクチャぶりにはガッカリを通り越して嫌悪感がこみ上げる。そうそう、3年近く前に途中まで感想文書いていながら、そのまま投げ出したのはこのせいだったのだ。

 こんなヒロインさえ出てこなければ、この映画はもっと評価していいはずなのに…残念だ。

 


Paksa wayu (Garuda)

(2004年・タイ)

日本劇場未公開、東京ファンタスティック映画祭2004にて上映

R.S.プロモーション・リパブリック・カンパニー・リミテッド、P.O.V.(ポイント・オブ・ビュー)カンパニー・リミテッド 制作

監督・脚本:モントン・アラヤンクン

製作:モントン・アラヤンクン、パウィニー・ウィチャヤポンクル

製作総指揮:クリアンガイ・チェチョティサク、スラチャイ・チェチョティサク

出演:ソンラン・テピタック、サラ・レッグ、ダニエル・ブルース・フレイザー、チャラド・ナ・ソンクラ、スティポン・サムクムピム、タラポン・クムビット、ポヤ・ヴィムクティヨン、ヤニ・トラムド、ケン・ストリュートカー

2008年1月13日、2010年12月19日・DVDにて鑑賞


 

 

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