「レポマン」

  Repo Man

 (2004/06/14)


宇宙人の死体を乗せたクルマが街を行く

 ここはアメリカ西部のだだっ広い荒野の一本道。今まさに一台のクルマが、パトロールの白バイに呼び止められているところ。他には人っ子一人いない、他に何のクルマも走っていない。

 クルマを運転しているのはメガネをかけた中年男フォックス・ハリス。ただし白バイ警官の制止が聞こえないのか、なかなか止まらない。見れば目はあさっての方に行っちゃってるし、取り憑かれたように妙な鼻歌を口ずさんでるし、イヤな汗をぐっしょりとかいているし、ちょっとアブない雰囲気だ。

 それでも何とか警官の制止に気づき、クルマを止めるフォックス・ハリス。警官はこのフォックス・ハリスの醸し出すアブな〜い雰囲気にはまったく気付かず、後ろのトランクを開けるように指示。それに対しフォックス・ハリスは、それでなくても怪しげな表情でニヤリとする。「見ない方がいいと思うがな」

 ゆっくり開くトランク。その中をのぞき込んだ警官は、中から放たれる目映い光線に思わず目を覆う。

 そして一瞬のうちに…白骨まで蒸発!

 あとには湯気を立てたブーツが一足残されただけ。トランクを自動的に閉じたクルマは、再びハイウェイを走り出した…。

 その頃、ここはロサンゼルス。ちょっとパンク入ったアンチャンのエミリオ・エステベスが、スーパーで値札つけの仕事の真っ最中。一緒にいるメガネの男は、腐れ縁の彼のダチ公だ。だが早速スーパーの店主がやってきて、エステベスの出勤状態の悪さにガミガミ。元々こんな仕事などやりたくはなかったエステベスは、これ幸いにと全て放り出してスーパーを去る。だが、そうは言っても行くアテなどない。お仲間たちのたまり場にシケ込んでみても、マジにパンクしてワルの道一直線の連中とはどこか相容れない。ダチの××と求人広告を物色してみてもしたい仕事がないし、そもそも仕事の方がエステベスを受け付けない。こんな訳で人生に退屈しながらも、どうにもどこにも居場所がないエステベスなのだった。

 一方、ここは例の荒野のハイウェイ。スッポリと原発で着るような防護服に身を固めた男たちが、あの白バイ警官蒸発現場をアレコレと調べているではないか。その一団を率いるのは、何とも冷たい印象を与える女捜査官スーザン・バーンズ。彼女の片手はなぜか金属の義手だ。さて、あのクルマのトランクには一体何が入っていたのか?

 そんなある日、ブラブラと街を歩いていたエステベスは、クルマに乗った中年男ハリー・ディーン・スタントンに呼び止められる。彼は自分が今乗っているクルマを運転しなくてはならないが、もう一台のクルマもここから動かさねばならないらしい。実はそのクルマには女房を乗せて…とか何とかゴチャゴチャ言っているが要領を得ない。ともかくもう一台のクルマのキーをエステベスに渡し、それでスタントンのクルマと伴走してきて欲しいという事は分かった。そうすりゃ金をやる!

 何だかサッパリ分からなかったが、どうせエステベスは暇を持て余していた。おまけにそのクルマに乗り込んで走らせようとしたら、知らない二人組が慌てて飛び出してきて止めようとするではないか。そんな連中をツッ転がせてクルマは急発進。退屈で飽き飽きしていただけに、エステベスは訳もなく愉快になってきた。さっきスタントンは「女房がどうの」とか言ってたが、女房など影も形もない。アレはエステベスにクルマを運転させるためのウソに違いない。だが、この際ホントの理由は何でもいい。楽しければいいのだ。

 そんなスタントンのクルマが入っていったのは、街はずれの廃車置き場のような空き地。そこに建てられた事務所には他にもさまざまな男たち、そして一同を仕切る大姉御ヴォネッタ・マギー、さらには自動車整備係だが運転は出来ないという変わり種トレイシー・ウォルター…などがたむろっていた。

 彼らは「レポマン」だ。

 ローンが払えない連中からクルマを奪う…それがレポマンの仕事。それを知ったエステベスは、嫌悪感をムキ出しにする。仲間に入れと言われてもにべもない。だが今回の「働き」によって、エステベスは報酬を得てしまった。大姉御ヴォネッタ・マギーもズバリ指摘する。「イヤだろうと何だろうと、アンタはもうそのレポマンなのよ」

 冗談じゃないとレポマンの巣を後にするエステベスだが、だからと言って居場所は他にあるわけではない。たまに自宅へ戻っても状況は変わらない。両親はと言えば、インチキ臭いテレビの宗教番組を朝から晩までボ〜ッと見ていて、家から一歩も出ないアリサマ。このインチキ宗教のどこがいいのか知らないが、エステベスのための貯金まで全額残らず寄付するという入れ込みようだ。とてもついていけるわけがない。結局何だかんだ言って、スタントンたちレポマンの仲間に舞い戻るしかないエステベスだった。

 こうしてエステベスのレポマン修行が始まる。スタントンや他の仲間と組んで、今日も今日とて踏み倒し屋からクルマをかっさらう。踏み倒す奴もさまざま、レポマンもさまざま。スタントンはレポマンの心得みたいな文句をアレコレと語るが、別のレポマンにはそいつなりの流儀がある。それらと来たら千差万別。変わらないのは、どいつも自分の流儀やポリシーが絶対と思っていること、そして自分は正しいと思いこんでいることだけだ。ともかく、どいつもこいつも分かった風な口をきく。それだけは誰もが変わらない。

 それでも変化に富んだレポマンの暮らしは、それまでの生活にないものをエステベスにくれた。何よりエキサイティングだ。ある時は銃を持ち出す奴がいる。ある時はクルマ強盗スレスレ…というよりクルマ強盗そのものなのだが…そんなマネをする事になる。この商売には競争相手もいて、スタントンはデル・サモーラとエディ・ヴェレツのラテン兄弟を商売敵と見なしていた。だから街を走っている時に通りがかろうものなら、たちまち激しいカーチェイスとデッドヒートの応酬となる始末。確かに他の商売にはない興奮の日々だ。しかもこれで金がもらえる。

 そんなある日、エステベスがまたまたクルマを一台頂戴している最中、ちょっとイケてるお姉ちゃんが街を歩いているのに出くわした。となれば、エステベスもついつい「ネエチャン、乗ってかねえ?」と聞くのがお約束というもの。かくしてエステベスはこの女の子オリヴィア・バラシュを、行く先までクルマに乗せてってやることになった。

 ところが途中で通りかかったクルマの連中にえらく脅え、クルマの中で身を隠すバラシュ。その連中と来たら、黒タイに黒スーツ、黒メガネと、「マトリックス」のエージェント・スミスじゃなけりゃ他は「MIB」しかないって出で立ちの男どもだ。何をそんなに脅えているのかと尋ねると、彼女は今「あるブツ」を追っているという。それは宇宙人の死体だ…。

 あまりにバカげた話に、思わず爆笑を抑えきれないエステベス。これにはバラシュも気を悪くしたが、それにしたって笑うしかない話だ。科学者が宇宙人の死体を盗み出して、クルマの後部トランクに隠して走り回っている…。エステベスとしては眉にツバするしかない話だ。おまけに目の前のフツーすぎる女の子バラシュが自分の事を「諜報員」であると言いだし、その目的地が「フルーツケーキ販売会社」とかいう建物となれば…すべてはますます悪い冗談としか思えない。それでもエステベスがあまりに笑いすぎで、ご機嫌斜めのバラシュだ。

 だが、そこはそれ若いもん同士。ちょっとここでヌイてく?…となれば、仲良くプチ・カーセックスに及ぶのだから他愛のないもの。

 さて…そんなエステベスだが、新聞に「宇宙人の死体発見!」の文字が踊っているのにビックリ。しかも彼がたむろするレポマン事務所には、バラシュが宇宙人の死体を乗せている…と語っていたのと同じ車種のクルマに、2万ドルの賞金を付けて回収依頼が届いた。こうなると、宇宙人話もあながちウソとも言えないではないか。

 おまけにこの儲け話、デル・サモーラとエディ・ヴェレツのラテン兄弟の元にも届いていたからたまらない。すっかり欲の皮の突っ張ったこいつらは、スタントンたちレポマン軍団を出し抜いて、まんまと2万ドルいただこうという魂胆だ。

 そんなこんなの思惑をヨソに、フォックス・ハリスのクルマはあっちへこっちへ暴走。その表情はますますキレていた。ところがガソリン・スタンドでちょっと目を離した隙に、例のラテン兄弟に奪われてしまう。だが、宇宙人の死体争奪戦はこれでは終わらない。今度はこのラテン兄弟がちょっと離れた隙に、ジェニファー・バルゴービン、ディック・ルードらという、エステベスの元ダチのパンク連中が乗っていってしまった。こんな調子で持ち主が転々としたあげく、最終的には元の持ち主のフォックス・ハリスがクルマを探し当てめでたく(?)取り戻す事に。だがその際に、パンク野郎が一人ワナにハメられて蒸発させられたのは言うまでもない。

 しばらくはレポマン生活をエンジョイしていたエステベスだが、やっているうちにはそう楽しい事ばかりじゃなくなった。ヤバい橋も渡った。各人の「流儀」とやらもいい加減な事が薄々分かってきた。エステベスをスカウトし、最も親しくしていたスタントンも、ある事件からキレ始めてしまう。

 そんな中で、エステベス自身もこの稼業にうんざりし始めた。ある日スタントンと大喧嘩したエステベスは、怒ってクルマを下りてしまう。そしてアテもなくブラブラと歩いていたエステベスは、ふとアレを見つけてしまうのだ…。

 あの2万ドルの値がついたクルマ、宇宙人の死体を乗せているというウワサのクルマ、キレちゃってる中年男フォックス・ハリスが運転するクルマ…。

 みんながその行方を追っている問題のあのクルマを!

 

一世風靡したエミリオ・エステベスの昨日と今日

 実はこの映画、語るにしても一言で終えたいというのが本音だ。オープニングのテーマ曲がカッコいい。それに尽きる。

 でも、それじゃあんまりだからねぇ(笑)。それに言いたいことも他にないわけではない。

 僕がこの作品を最初に見たのは、たぶん1987年の新春。ロサンゼルス旅行から帰ったすぐだった。だからこの映画のリアリティをすごく感じられて興奮した覚えがある。

 すでに名前が知られていたアレックス・コックスの、これは出世作だという触れ込みだった。驚いたのは、いきなりユニバーサル映画のマークが出てきたこと。あくまでマイナーでインディペンデントな人だと思っていたから、キャリアの最初の頃からメジャーな仕事をしていたのかと驚かされた。このへんの事情はよく知らないので、ひょっとしたら単にユニバーサルが後で買い上げたのか、それとも配給権を手に入れただけというところなのだろうが。

 それより驚いたのが、参加したメンツの豪華さ。撮影のロビー・ミュラーあたりは、ジム・ジャームッシュなどアメリカのインディペンデント系に深入りしているから分からないでもない。ハリー・ディーン・スタントンも同様だ。ヴィム・ヴェンダース人脈だよなと思わされる。だが、そこに実質上の主役エミリオ・エステベスと来るから驚いた。

 このエステベス、当時はハリウッドの青春スターとしてトップクラスにいた人物。ちょうどジョン・ヒューズの一連の青春映画が大当たりをとって、モリー・リングウォルド、アリー・シーディー、デミ・ムーア、ジャド・ネルソン、アンドリュー・マッカーシー、ロブ・ロウ、アンソニー・マイケル・ホール…などなど、数多くの青春スターが一山いくらで大売り出しされていた。彼らは当時総称して「ブラッドパック」と呼ばれていたが、そんな名称を必要としたほど、彼らはあっちこっちの映画にバラ売りされて出ていた。確かにあの時代の映画界の一つの流れではあったのだ。

 今は当時の彼らの存在感を知るべくもないが、そのあたりの雰囲気を少なからず感じるには、「ブラッドパック」役者の主要メンバーを集合させた作品…「セント・エルモス・ファイアー」(1985)、「ブレックファスト・クラブ」(1985)、「アウトサイダー」(1983)…などの作品を見るのが一番いいかもしれない。ただし、この時代における「ブラッドパック」の台頭というのは、今考えればやっぱり作られたムーブメントに思える。その立役者たちのほとんどが現在は消え去っており、最も成功して大人のスターとなったのが決して当時はメイン・ストリームではなかったデミ・ムーア(しかも彼女ですら現在はスターバリューを落としている)だけ…というあたりに、そんな事情が伺えるではないか。

 ここで挙げた三本のうち、火付け役のジョン・ヒューズが関わったのは「ブレックファスト・クラブ」だけ。「セント・エルモス・ファイアー」はこうした「ブラッドパック」系映画の集大成的位置づけの作品だが、肝心のヒューズは無関係だ。また、“巨匠”フランシス・コッポラが青春映画に乗り出した作品「アウトサイダー」は、厳密には「ブラッドパック」映画とは言いかねる(まだ「ブラッドパック」現象そのものが起きてなかった)。だが「アウトサイダー」のキャストにはその後の「ブラッドパック」役者が数多く含まれていたし、それ以外にもブレーク直前の若手役者たちが文字通りひしめき合っていた。今をときめくトム・クルーズもその中にいたのは有名な話だ。

 このように「ブラッドパック」予備軍というか周辺の遊軍の中には、C・トーマス・ハウエルやらラルフ・マッチオ、パトリック・スウェイジからマット・ディロン、ヴィンセント・スパーノ、リー・トンプソン、シンシア・ギブ、ジェニファー・グレイなどといった当時の「明日のスター」たちが群雄割拠していた。そんなこんなも含めて、当時の青春映画…その中心にあったジョン・ヒューズ映画や「ブラッドパック」俳優軍団がいかにアメリカ映画で重要な位置を占めていたか、これでお分かりいただけると思う。

 そしてエステベスは、そんな「ブラッドパック」軍団の中心的存在だった。実際に僕が挙げた代表的三作品すべてに顔を出している。そして実際に彼は、そんな若手俳優集団の中でリーダー的役割を果たしていたようなのだ。

 彼がいかにしてそんなポジションを占めたのか、正直言って僕は分からない。確かにマーティン・シーンの二世映画スターではあるが、そんな二世俳優は掃いて捨てるほどいる。だからそんな事で群を抜いた存在になった訳もないだろう。ただ一つだけ確かに言えることは、この時代のエポック・メイキングな青春映画三作すべてに顔を出すほど、「なくてはならない顔」だったのは彼だけだった。

 同じ「ブラッドパック」の中で、デミ・ムーアという相手を得て恋愛進行中だったのも彼だけだった。さらにそのムーアを共演者に、監督兼主演作「ウィズダム/夢のかけら」(1986)を放ったのも彼だけだった。そんなエステベスの行動の一つひとつが、彼をして「ブラッドパック」のリーダー格へと押し上げた気もする。まず、こんな若手チンピラの段階で「監督」しようなんて考えるあたり、他の役者たちにはいないよねぇ。

 で、実はこの「レポマン」に出たって事も、どこかで彼の格を上げたんじゃないかと思うんだよね。

 「ブラッドパック」の他の連中の誰もが、こんなインディペンデントの映画に出ようなんて思ってなかったはずだ。エステベスがそこまで考えて出たのかどうかは分からない。だけど、自分で監督しようなんて事も考えていた男だ。このアレックス・コックス作品に出たのも、まるっきり偶然とばかりは思えない。で、この「レポマン」は傑作として残り、大いにエステベスも男を上げたと思うんだよね。

 ところがジョン・ヒューズ映画がファミリー・ピクチャーへと移行したあたりで、エステベスの勢いも下降していった。彼に青春映画以外の代表作がなかなか出なかったのもツラかった。それと、デミ・ムーアに見切りを付けられたのも、イメージ下降につながったのかもしれない。弟チャーリー・シーンが後から現れて、「プラトーン」(1986)、「ウォール街」(1987)と二本のオリバー・ストーン作品をジャンピング・ボードにスターダムに駆け上がったのも、彼のジリ貧を余計印象づけた。「ブラッドパック」時代が華々しかっただけに、その後の彼が何とも寂しいんだよね。

 彼の最後のヒット作って、リチャード・ドレイファス共演の刑事コメディ「張り込み」(1987)あたりではないか。しかも、あれをエステベスの映画と思う人はいまい。あくまであれはリチャード・ドレイファスの映画だ。いやいや、後も「ヤングガン」(1988)とか「飛べないアヒル」(1992)とかあったっけ。だけど、彼の印象は極めて薄い。

 そんなエステベスが久々にスクリーンに顔を見せたのは(…というか、出ていたのかもしれないが見る機会がなかった)、トム・クルーズ主演の娯楽大作「ミッション:インポッシブル」(1996)。これには驚いた。出ているとは知らなかったから、エステベスを起用したクルーズの友情に男気を感じたよ。

 ところが、実はこれがひどかった。登場して数分で無惨な殺され方(涙)。あの使い方はないだろう…と、今度は一気に憤慨したよ。ノー・クレジットなのもうなづけた。もっともあんな出番でもこういう大作に出した事に意義があるのかもしれないが…。ともかくあの無惨な出番が、今のエステベスを最も象徴しているかも知れない。ファンなら思わず「アッ」と声を上げてしまいそうな、あんまりな登場と退場の仕方なのだ。

 それでも、「レポマン」のエステベスは永遠に残る鮮烈さだ。そしてエステベスはその後ジョン・ヒューズ作品でいかんなく発揮する、彼の一番優れた資質をこの「レポマン」でも惜しみなく見せているのだ。

 それは一体何なのか?

 

アレックス・コックスが見せる意外や本格青春映画の味

 「レポマン」にそこはかとなく漂うパンク風味は、「シド・アンド・ナンシー」(1986)などパンクに傾倒するコックス監督ならではのもの。だが実際この作品を微細に点検していくと、意外なまでに真っ当な青春映画である事に驚く。

 なぜか毎日が面白くなくて、何かを押しつけて来られれば反発もする。だけど自分が何をしていいのかも分からないし、第一自分の居場所がない。自分が一体何たるかも分からない。同じパンク好きだとしても、そっちの道に思いっきりハンドルを切っちゃってる昔のダチにはこれまた違和感を感じてしまう。一体自分は何者で、ここはどこで、本当はどこに行くべきかが分かってない。

 そんな主人公の姿って、例えばコッポラのランブルフィッシュなどにも描かれていた青春の典型ではないか。あるいは台湾映画藍色夏恋あたりにも通じるもののように思える。そんな若輩者が若輩者なりに持っている“哀愁”みたいなものが感じられるんだよね。

 そんな彼がレポマンと出会って、彼らの暮らしを経験していくようになる。

 確かに他のつまんない仕事に比べて、面白いし刺激のある仕事だ。他の大人たちみたいに押しつけがましい訳でもないし、凡庸でもないから一緒にやっていける。こりゃあ自分の世界かな…と思い始める主人公の目を覚ますかのように、宇宙人の死体を積んだクルマがロスの街を右往左往するんだよね。

 そう、確かにパンクなコックスらしい味付けとして、この宇宙人の死体がトリッキーなアイテムとして出ては来るが、それは主人公をとりまく世界をかき回すための道具に過ぎない。それってコックスの遊び心の産物ではあるが、その本筋はあくまで正統派青春映画というのがミソなのだ。

 だからこそこの主人公は、「青春映画の雄」ジョン・ヒューズ映画常連となるエステベスでなければならなかった。確かに彼ならピッタリだ。

 レポマン一人ひとりはそれぞれポリシーを持っていて、どいつもこいつも大真面目にコレが絶対と思いこんでいる。我こそが真理を掴んでいると自信満々だ。それらを見て主人公は、最初はマトモに感心してしまう。何も自信が持てず、確固たるものがない主人公は、そんなレポマンたちがまぶしく見えるんだよね。

 だが長く付き合っているうちに、それらの個々の「信念」「真理」とやらも結構いいかげんでどうでもいいものであることが分かってくる。実際は誰もが自信がないし、誰もハッキリと何かを分かっている訳ではない。自分をクビにしたスーパー店主みたいな世俗のオヤジらと同じだ。沈着冷静で「分かってる大人」と思っていたハリー・ディーン・スタントン扮するベテラン・レポマンですら、ちょっとした事で冷静さを欠いて見苦しい所を見せてしまう。

 興味深いのは、主人公のダチのパンク野郎が殺される場面だ。強盗を重ねてすっかり「その気」のこのチンピラがコンビニでの大立ち回りのあげく銃で撃たれて、「世の中が悪かったんだ」…などと聞いたようなセリフを口走る。それに対して主人公は、情け容赦ない言葉を吐き捨てるんだよね。「ケッ、所詮はオレたち田舎パンクのくせに!」

 考えてみればこいつだって強盗に及ぶ直前、連れの女に「そろそろ身を固めないか」などと持ちかけたりするセコい世俗性も持っていたではないか。何のことはない凡人もいいとこ。結局このパンクなチンピラも、他の世俗オヤジたちと大差なかったということか。

 みんな分かったような事を言う、分かったようなふりをしている、分かったつもりになっている。

 それって僕自身が若い頃から感じていた事だよね。いや…実は今でもそう感じている。どうしてこうも他人というものは、人前で自信満々に振る舞えるのだろうと思っている。今時はずっと年下の人間に、「世の中ってのはそんなもんですよ」なんて言われてしまうテイタラクだ(笑)。どっちが経験豊かなんだか分からない。

 だけどね…ホントに分かってる奴なんているのかね?

 聞いた風な事を言う人々。それはレポマン仲間の一人のように妙ちきりんな哲学書に入れ込んでいるのも、主人公の両親のように新興宗教に入れ込むのも同じだろう。両親の方は魂の抜け殻にまでされているからちょっと違うが、哲学書に傾倒している奴などはまるでその考えを自分が発見したかの言いようだ。この自信たっぷりなこと。

 でも、ホントは誰にも何も分かってはいない。

 そんな分かったつもりの人々の中に、まったく理解を超えた宇宙人の死体が投げ出される。この映画の面白い点はそこだ。ここでの宇宙人の死体ってのは、世の中の底知れなさを象徴する暗喩なのだ。

 主人公はもっともらしい事ばかり言う世間の連中が、どいつもこいつも一皮むけば何も分かってない事を知っていく。もちろん彼は、自分が何も分かってないことも先刻承知だ。ただし主人公は、自分が「分かってない」事を「分かって」いる。彼は自分というものを知っているのだ。

 唯一例外がいるとすれば、自分ではクルマを運転できない整備士がそうかもしれない。この整備士が哲学書の事について主人公に解説する場面があるが、あれもまた秀逸だ。ハッキリ言って何を言っているのか分からない支離滅裂ぶり。しまいには「UFOはタイムマシンなのだ」などと訳分からない事を言い出す始末。こいつなんかは分かってないとかそういうんじゃないんだろうね。狂っちゃってるのかもしれない。どこか世間の規範からハズれてしまった存在だ。

 だからラスト、ピッカピカに光りだしたクルマに乗り込めたのは、この狂った…イっちゃってる整備士と主人公だけだ。二人はピカピカ光るクルマに乗ったまま、ロスの上空をどこまでも高く舞い上がっていく。

 既成概念から自由な奴と自分を至らなさを知っている奴だけが、より遥かなる高みをめざせる…。

 ここでのアレックス・コックスの言いたい事って、そういう事だと思うんだよね。だとしたら、これってホントに真っ当な青春映画じゃないか。僕はますます感心しちゃったんだよね。そして、それはもう「青春」なんて歳をとくに通り越した、この僕にもすごく痛感される事でもある。「レポマン」を見た時に僕が何であれほど興奮したのか、その理由の一端はたぶんそんなところにあるのかもしれない。

 アレックス・コックスはこの後も異色作をつくり続けて、それらはそれなりに評価もされている。僕もそれらのいくつかを見ている。まぁ、しまいには永瀬正敏主演のテレビ「私立探偵・濱マイク」(2002)にまで手を出したのには複雑な思いだったけどね(笑)。

 今回面白いと思ったのは、登場人物が手にするビール缶から各種の缶詰やビンなどが、すべて一様に白いラベルになっている事。つまり架空のラベルになっているんだよね。これは現実のどこかの街の話…ではなく、もっと普遍性で寓話のような味を出したいという意図があったのだろう。そしてこのへんの趣向って、場所も時代も確定できない架空の街を舞台にした、後年のコックスの異色ハードボイルド作品「デス&コンパス」(1996)にも共通するところかもしれない。また、パンクな味は前述「シド・アンド・ナンシー」をはじめ、その後のコックス作品に一貫する味…。つまりコックス作品を特徴づける要素の大きな部分は、この「レポマン」ですでに披露されていると言ってもいい。

 だけど何だかんだ言って、最も初期にあたるこの「レポマン」の衝撃に匹敵する作品は、結局出ていないと思うんだよね。個人的には他に「シド・アンド・ナンシー」を、すごく感銘を受けた映画として挙げてもいい。あとの作品もそれなりに楽しませてくれるけど、「レポマン」みたいにいきなりハートわし掴みみたいな思いをしたことはない。この映画にはアレックス・コックス作品の中でも群を抜いた、そんなハッとさせる瞬間がある。スリルがある、ユーモアがある、50年代SF映画みたいなミステリアスさがある、アクションがある…そして何より青春映画の味がある。

 で、その中でも冒頭のクレジット・タイトル・シークエンスが一番カッコいい。

 こんな事を言っちゃったらコックスは怒るだろうか。だけどこのイントロは映画そのものを象徴する素晴らしい出来だ。この冒頭のクレジット・シークエンスだけは全編のスコアを作曲したティト・ラリヴァとスティーヴン・ハフステッターのコンビではなく、なぜかあのイギー・ポップが担当して「レポマン・テーマ」をガンガン演奏している。コンピュータ・ディスプレイに映ったアメリカ西部からロス周辺のロードマップを背景に、ノリノリで流れる「レポマン・テーマ」はともかくカッコいい! このオープニング見たさに、何度もDVDをかけ直したくなるほどだからね。

 


Repo Man

(1984年・アメリカ) ユニバーサル映画 配給

エッジ・シティ・プロダクション制作

監督・脚本:アレックス・コックス

製作:ピーター・マッカーシー、ジョナサン・ワックス

製作総指揮:マイケル・ネスミス

出演:ハリー・ディーン・スタントン、エミリオ・エステべス、ヴォネッタ・マギー、オリヴィア・バラシュ、サイ・リチャードソン、トレイシー・ウォルター、スーザン・バーンズ、フォックス・ハリス、ビフ・イェーガー

2004年6月5日・DVDにて鑑賞


 

 

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