「ザ・ラスト・ウェーブ」

  The Last Wave

 (2003/01/13)


 ここはオーストラリアの砂漠地帯。11月というのに突如カミナリの音がゴロゴロと鳴り出す。子供を外で遊ばせていた小学校教師は不思議そうに空を見上げるが、激しい雷鳴にも関わらず雲一つない青空。しかしまるで夕立のように激しい雨が降り出した。慌てて子供たちを教室に引き揚げさせる教師。

 この季節に雨とはここオーストラリアでは何とも珍しい。だが驚きはこれでは済まなかった。激しい雨は突然アラレに変わり、ゲンコツ大の氷の塊がバンバン降り注ぐ。窓ガラスは粉々に割れ、教室は阿鼻叫喚の悲鳴に包まれる。

 その頃大都会シドニーでも時ならぬ豪雨に見舞われていた。弁護士リチャード・チェンバレンは渋滞に巻き込まれて車中にいたが、カーラジオでは異常気象についてのニュースを流すばかり。

 何とか妻オリヴィア・ハムネットと娘二人が待つ我が家にたどり着くが、雨はまだまだ降り止まない。

 その夜、チェンバレンは不思議な夢を見た。雨の中、家の前に一人の男が立ちすくんでいる夢。うなされ飛び起きるチェンバレンは妙な胸騒ぎを覚える。

 その頃、市内の下水道施設では一人の男が慌てて走っていた。見るからにオーストラリア先住民と分かる浅黒い肌の男だ。そんな男を別の先住民の男が呼び止める。

 「おまえ、アレを盗んだな」

 男は慌てふためいて下水施設を逃げ出すと、街のバーに籠もる。だがそのバーに、やはり先住民らしき男たちの一団が押し寄せてくるではないか。男はこのバーからも飛び出して逃げ出すが、うらぶれた路地裏に追いつめられる。そんな彼の逃れる行く手に、一台の車が停まっていた。やがて車の窓が開くと、細長い棒状のものが差し出される。それを見た男は驚愕の表情を浮かべ、その場に突っ伏して倒れ込むのであった。

 翌朝、チェンバレンの元に一本の電話がかかる。何でもオーストラリア先住民に関する事件に協力してくれという依頼だ。彼は経理や税金問題が専門の弁護士で刑事事件は専門外だが、かつて先住民アボリジニに関する仕事を手がけたことがある。そこを見込んでの頼みとあっては、無下に断るわけにもいかない。

 チェンバレンがこの依頼を受けて警察署を訪れると、そこには昨夜の先住民の男たちの一団がいた。何でも彼らは同じ先住民の男を殺した疑いがかけられていると言う。だが彼らの口は重い。しかも容疑者の一人であるガルピリルはその場になぜかいなかった。動機も分からなければ殺された男の死因も不可思議なもの。何と男の肺には水が満タンになっていると言うではないか。

 この事件に奇妙な縁を感じるチェンバレン。この事件にはアボリジニ特有の風習が絡んでいるのではないか。だが、すでに都会に住んで何代も重ねた先住民たちは、もはや純粋なアボリジニとは言えない。そんな彼らがアボリジニの風習とどんな関わりを持つと言うのか?

 その夜、チェンバレンはまたまた妙な悪夢を見た。家の中に一人の先住民の男が立っている。彼はその手に奇妙な絵柄の描かれた三角形の石を持っていた。

 次の日、チェンバレンは前回に不在だった容疑者の一人ガルピリルと会う。すると彼は驚いたことに、昨夜の夢に現れた男だった!

 好奇心を覚えたチェンバレンは、ガルピリルを自宅の夕食へと誘う。事件について口が重い彼らも、一対一でくつろいだ雰囲気の下で会えば何か話してくれるのではないか。ところが当夜ガルピリルは一人の先住民の老人ナンジワラ・アマグラを伴って現れた。英語が話せないこの老人のことを、ガルピリルは絵描きであると紹介した。この老人アマグラは奇妙なことに、チェンバレンの家系のことを根掘り葉堀り聞き出そうとするのであった。

 だが事件に関する状況は、先住民の男たちに不利な方向にしか進んでいかない。業を煮やしたチェンバレンが彼らと深く関われば関わるほど、謎はますます混迷を深める。しかもチェンバレンは連夜悪夢に悩まされることになる。やがて自宅前にあの老人アマグラが立ちすくんでいるところを妻が目撃するに及んで、チェンバレンの妻子も怯えて実家に帰ってしまった。

 そのうちにも異常気象は続いたままだ。連日、陰鬱な雨が降る。時には泥のような黒い雨まで降り出すアリサマ。ニュースでは太陽黒点の影響云々などが取りざたされているが、誰も真相は分かっていない。

 さらにアボリジニの風習について調査を進めるチェンバレンは、彼らの古くからの風習を研究者から尋ねる。それによれば、彼らは時の流れに黙示のような状況で区切られた周期があると考えていたらしい。それは地震や洪水などの天変地異だ。それを予知する精霊“マークレル”の存在も信じていた。そして“マークレル”は人間を媒介にして考えを伝えるとも…。

 そんなある日、チェンバレンがガルピリルの跡をつけて老人アマグラの家を訪れると、老人は英語が話せるばかりか、チェンバレンに奇妙な問いかけをするのだった。

 「おまえは誰だ?」

 「私は…“マークレル”」

 やがてチェンバレンは鮮やかな白日夢を目にすることになる。それは街の人々や車が水没する光景…大洪水のイメージだったのだ!

 

 一時期、ピーター・ウェアーと言えば、オーストラリア出身の監督でも出世頭と目されているところがあった。オーストラリア映画ながらアメリカのパラマウントによって世界配給されたメル・ギブソン主演の「誓い」で注目され、同じくギブソンとシガニー・ウィーバー共演の「危険な年」を経て、ハリソン・フォード主演の「刑事ジョン・ブック/目撃者」でハリウッドに本格進出。大成功を収めた。だが、その名前もいつしか聞かなくなっていたんだね。今、彼は一体どこでどうしているんだろう。

 これはウェアーがまだオーストラリアで活躍していた頃の作品。それでもリチャード・チェンバレンというハリウッドの役者を使い、世界市場を睨んだ作品づくりを開始したとおぼしき時期の作品だ。僕はこの作品の存在をだいぶ前から知っていて、劇場未公開ながらビデオ発売されたものを中古で入手して見ることが出来たわけ。確かに何ともユニークな一品だ。

 ピーター・ウェアーと言えば僕も贔屓にしていた監督の一人だった。この人がフランスのジェラール・ドパルデューを起用してアメリカで撮った「グリーン・カード」なんか、僕の大好きな作品だ。これをはじめとして、ウェアーの出世作「誓い」、「危険な年」、そしてハリウッド時代の代表作「刑事ジョン・ブック/目撃者」に「モスキート・コースト」など、彼の作品の根幹を成すテーマは常に異文化同士の衝突…人間同士の葛藤だった。ハリウッドが彼を高く評価したのも、そういう激しくぶつかり合う人間同士のドラマ性に期待するところが大だったはずだ。

 だが、彼にはもう一つの顔があった。それはオーストラリア時代の代表作の一つ「ピクニックatハンギングロック」に代表される、不可思議な世界への興味だ。寄宿学校の女学生たちが神隠しにあったという実話を元に、論理的な説明を全く抜きにして描いた物語。考えてみるとウェアーの日本公開作では最後のものかと思われるジェフ・ブリッジス主演の「フィアレス」も、航空機事故から一人生還した男の不可思議な物語だった。そんな異界を覗いてしまった人物を描いた作品が、実は彼の作品世界のもう一つの重要なテーマなんだよね。今回取り上げる作品「ザ・ラスト・ウェーブ」も、そんな作品系列の延長線上にある作品だと言える。

 この作品の重要な要素としてはオーストラリアの先住民アボリジニの存在がある。僕はこの民族をすべてアボリジニと称すると思っていたのだが、この作品を見ると都会生活に溶け込んで文明生活に親しんでしまった先住民たちはすでにアボリジニとは見なさないようで、こういうあたりの事は日本ではなかなか分からないだけに興味を持った。この作品ではアボリジニの呪術みたいな現代人のあずかり知らぬプリミティブ・パワーが大きな意味を持っていて、それが主人公の運命を大きく変えていく。

 ただ、「ピクニックatハンギングロック」もこの「ザ・ラスト・ウェーブ」も、異文化同士の衝突という点でウェアーの他の作品系譜と共通するものを持っているわけで、その意味では彼の姿勢は一貫しているんだね。そんな彼の不可思議なものへの興味、超自然的世界への傾斜の部分の延長線上の作品を、ハリウッドで展開して見せたのが「フィアレス」だったのだろう。だが、その後のウェアーが仕事に恵まれてないことを考えてみると、どうも彼のもう一つの系譜はハリウッドからは拒否されてしまったのかもしれない。その事は、作家としてのウェアーがハリウッドではちゃんと評価されてはいなかったということにもなるわけで、僕にはそれが残念に思われてならない。

 で、興味しんしんで見たこの作品だが、まず全編の画面が暗くてよく見えないというハンデがあった。まぁこっちはビデオで見てるから、仕方ないところもあるんだけどね。それにアボリジニという存在に疎いこともあって、物語がよく分からない部分も多い。正直言って、見ていて不完全燃焼な気分を味あわされる映画だ。早い話が主人公はアボリジニの文化にある予言者の役割を持った「選ばれし者」で、世界の滅亡を意味する大洪水を予知することになるわけ。だけど予知したからどうだということもなく、ただ為す術もなく呆然とするのみなので、見ていて欲求不満に駆られてしまう。まして肝心のカタストロフである大洪水が、ちゃんと映像化されて画面に出てくるわけでもない。アボリジニの洞窟の壁画と大きな波を超広角レンズでとらえた映像とで済まして終わらせてしまうから、一般のSF映画ファンから見ても物足りなさを感じてしまう。これはちょっと残念だったよね。僕もせめて最後には、大洪水による圧倒的な破滅のイメージを見せて欲しかった。予算的には無理だったのかもしれないが、チャチでもいいからそれが見たかったんだよね。

 それでも全編に漲る不吉な緊張感は、他の作品では見られないユニークなものだ。アボリジニという異民族を真正面からとらえたあたりも興味深い。終盤に登場するアボリジニが先祖より伝える洞窟の壁画も、独特な雰囲気があってなかなか良かった。

 やっぱりこの作品、ピーター・ウェアーという監督に興味を持つ人なら、確かに一見の価値はあると言えると思うよ。彼の作家としての根本の部分が、かなりハッキリと見える作品だからね。

 

 

 

おわび

 文中では「フィアレス」が現時点で最後のピーター・ウェアー作品のように書いて射ますが、私は「トゥルーマン・ショー」の存在をすっかり忘れてしまっていました(汗)。ここに謹んでお詫び申し上げます。

 しかし、この「トゥルーマン・ショー」、ジム・キャリー主演という点からしても題材からしても、仕上がりの点から言っても、ピーター・ウェアーの作品としてはイマイチの感は否めないように思います。そのあたりが、私をしてこの作品を無視させたのでしょう。


The Last Wave

(1977年・オーストラリア)サウス・オーストラリア・フィルム・コープ制作

日本劇場未公開/ビデオ発売のみ

監督:ピーター・ウェアー

製作:ハル&ジェームズ・マッケルロイ

脚本:ピーター・ウェアー、トニー・モフェット

出演:リチャード・チェンバレン、オリヴィア・ハムネット、ガルピリル、フレデリック・バースロウ、ビビアン・グレイ、ナンジワラ・アマグラ

2003年1月3日・ビデオにて鑑賞


 

 

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