司勇。『研究序説』(改訂版)

| 昭和三十九年 | 平凡なサラリーマンの一子としてこの世に生を受ける。洗礼名『パブロ・リックディアズ』(大嘘) |
| 昭和四十二年 | 液体焼夷弾を投下される。完全治癒ならず。傷跡未だ残る。 (訳:幼少の頃、ストーブの下で遊んでいたところ、薬缶が落下。当然中に入っていたのは熱湯である。各地で類似事故が相次いだので、ストーブの上に薬缶を乗せにくくしたのは、これより十数年後のこと。頼むよ、本当) |
| 昭和四十三年 | 第一回自由落下試験。結果失敗。頭部に裂傷。 (訳:二階建てベッドから落下。下にあったのはおもちゃ箱。頭から落下したためもろに突っ込んだ。その結果、ブリキ製のキャデラックのおもちゃが突き刺さったそうだ。親曰く、泣きもせずに立ち上がったそうだ。その頭にはほぼ垂直におもちゃが揺れていたので、抜き取ったところ、真っ赤な大噴水だったそうだ。よく死ななかったな、俺) |
| 昭和四十五年 | 一回目の腕部破壊。 小型の鋏状の武器による刺突攻撃により、視力低下。 第二回自由落下試験。結果成功。装甲強度試験も合格。ただし、被験者の思考変調が顕著になる。 (訳:理由は忘れたが骨折したそうだ。当時の写真を見ると「満点の笑みで三角巾姿」の俺がいる。変なガキだった(笑)。幼稚園の遊戯中に口論となり、怒った友人の鋏が眼に刺さった。痛みよりも0距離の鋏が怖くて泣いた(笑)。幸い眼球に損傷は無かったのだが、視覚障害は確かにこのときから。しかし刺さったのは右目なのだが、視力が低下したのは左目なのは何故だろう?口論の原因は「ウルトラマン」に海底原人ラゴンが出るか出ないかだった。翌日、TVではウルトラマンとラゴンが戦っていた。謝る友人に勝ち誇っている俺、まさに変な奴。玄関で遊んでいたところ、手が滑ってそのまま倒れるように落下。下はコンクリート製のたたきだった。何故か痛みは無かったが、落下に於ける加速が怖くて泣いた。本当に変な奴、俺。どうでもいいけど、波乱の年だなぁ、この年は) |
| 昭和四十七年 | 二度目の腕部破壊。形状修復不可能になる。 (訳:確か従姉妹の膝の上で遊んでいたときに落ち所が悪くてぽっきりだった。その後数年経って腕を見たところ、左右の形が違っているのに気付いた。カルシウムだけは頻繁に取るようになったのもこの年からではなかっただろうか?) |
| 昭和四十九年 | 最初の暴走現象起きる。結果二時間で二人を病院送りにし、無期幽閉状態となる。三ヶ月後、禁を解かれる。 (訳:仮面ライダーXの影響で、鉄パイプ《何で小学校の校庭に有るんだ?》をライ○ルスティックよろしく振り回していたところ、友人の頭部を直撃。幸いにも軽傷だったが、次の休み時間にXキックを実践してしまい、しかも相手が女の子だったため、当分の間、休み時間の外出禁止令を受ける。遊び盛りの年頃に於いて、死刑宣告も同然だった) |
| 昭和五十年 | 薬物投与による肉体改造開始。結果、質量増加により運動量の低下を招く。 (訳:幼少の頃から小児喘息を患っていたため、いろいろ医者を回ったが、根本的な体質改善による治療をする研究所のような所に通院することになったのだが、この薬のおかげでえらく太った。どのくらい太ったかというと、志賀健太郎からアブドラ・ザ・ブッチャーに変わったぐらい、凄い太り方だった。もともと足は速くないほうだったが、よけい遅くなった) |
| 昭和五十二年 | 薬物投与中断。結果質量減少、四分の一となる。 (訳:紆余曲折あって通院を止める。ほとんど同時に痩せはじめて、通院時以下にまで落ちた。この頃の体格が維持できればな、くそっ!) |
| 昭和五十七年 | 二度目の暴走現象。相打ちになる。 (訳:高校時代ともなれば、周囲の環境も自分自身も結構な成長を遂げている。まして私の通っていた高校は、あまり程度の高い高校では無かったので、いわゆる『不良』と呼ばれる人物もいる。まぁ、きっかけは些細なことだが、殴り合いになった。俺の方は眼の端を切り、相手は軽い打撲傷だった。笑えるのがこの日は「進路相談」の日で、担任も親も呆気にとられていたのは言うまでもない) |
| 昭和六十年 | 兵役に就く。赴任地、銀座。電子頭脳の販売を生業としていた。 (訳:某コンピュータ販売代理店に就職したが、SEではなく営業に就いた。営業はどうも苦手だったが、当時のコンピュータ業界は、当分食いっぱぐれないだろうと言う希望的観測があった。まさか今のような時代が来るとは、夢にも思わなかった) |
| 昭和六十二年 | 希望転属。新赴任地、池尻大橋。書籍と家庭用銀幕賃貸を生業とする。 (訳:転職する。池尻の書店と言えば、あそこである。ビデオレンタル業を拡大するのでスタッフ募集との公告を見た親が勝手に申し込んだ。思えばここは天職だったかもしれない。以来、客商売が得意となる。映画が何よりも好きだったので何の苦労もない毎日だった) |
| 昭和六十三年 | 小隊長に昇格。 (訳:副店長になった。それだけ) |
| 平成元年 | 大隊長にな昇格。 (訳:新店舗の完成と共に、店長に昇格。池尻のあそこが、今のような形になったのはこの年から。まぁ、私のいた部所はとっくの昔に無くなってるんだけどね) |
| 平成三年 | 部隊内転属に伴い、小隊長扱いとなる。新赴任地、駒沢大学。 (訳:店舗の移動で副店長になった。思えば一番光っていた時代だった。) |
| 平成九年 | 一時除隊。義勇兵となる。その後は赴任地を転々とする。上官に恵まれない、不毛の時代続く。 (訳:二度目の転職だが、なかなか長続きしない。別のビデオレンタル店では、無能な○○人の経営する無茶苦茶な店で、利点は自宅から歩いて10分というだけ。案の定最近つぶれて、一般の住宅へと変わっていた(笑)。その後の教材セールスの仕事は、最近TV−CMを見なくなったが、潰れたのだろうか?その後某書店には比較的長くいたが、結局退職。その後の健康器具販売員の仕事が最悪だった。給料が死ぬほどいいだけで、結局詐欺まがいの商法。営業所が潰れると同時に、依願退職だった。○○ーヘルスには注意しよう!) |
| 平成十一年 | 義勇兵のまま、戦時中特権により中隊長に就任。新赴任地、新砂。戦場内での酒保のような場所であった。 (訳:某家電メーカーの社内販売店の店長。従業員一名、すなわち私一人だった) |
| 平成十四年 | 戦況激化により、転属。新赴任地、新浦安。工兵派遣部隊所属。現在に至る。 (訳:依願退職だが、仕事を世話してもらう。何とサポセンである。笑える毎日だ。給料安い以外はw) |
【ぷらいべーと】
好きな物:(あらゆる意味での)読書、戯画(イラスト、漫画、いわゆる絵のような物を描く)、駄文(小説、批評のような物を書く)、映画鑑賞、特撮物、プラモデル、ぶらり旅、ゲーム(所持ハード:スーパーファミコン、セガサターン、プレイステーション、ゲームボーイ(ポケット:色シャンパンゴールド、カラー:色イエロー、アドバンス:色ホワイト)、ワンダースワン(色ブルー)、PS2)、TRPG、HPの管理、ネットサーフ、スポーツ観戦、煙草(PM1・100s限定)、ラーメン、カレー
収集物:エアガン、映画のパンフ、プロレス・格闘技のパンフ、G−ショック、JIPPOのライター、DVD、LD、CD、おもちゃ、
応援:柏レイソル(Jリーグ)、中日ドラゴンズ(プロ野球)、テネシー・タイタンズ(NFL)、全日本プロレス、パナソニック・トヨタ(F−1)
好きな有名人:星野仙一(元中日ドラゴンズ、現阪神タイガース球団相談役)、ジャイアント馬場(元プロレスラー・故人)、スタン・ハンセン(元プロレスラー・現PWF会長)、アンディ・フグ(空手家・故人)、クリント・イーストウッド(俳優)、トミー・リー・ジョーンズ(俳優)、ジャン・レノ(俳優)、ウィル・スミス(俳優・ミュージシャン)、ジョン・ベルーシ(俳優・故人)、エドワード・ヴァンヘイレン(ミュージシャン・「ヴァンヘイレン」のギタリスト)、イングヴェイ・マルムスティーン(ミュージシャン・ギタリスト)、デーモン小暮閣下(悪魔・ミュージシャン・ニュースキャスター他)、伊福部昭(作曲家)、黒澤明(映画監督・故人)、本多猪四郎(映画監督・故人)、オダギリジョー(俳優)
嫌いな有名人:渡辺恒夫(読売新聞取締役)、藤波辰彌(新日本プロレス社長)、叶姉妹(タレントもどき)
最近のはまり道:モンティ・パイソン(これは約20年間ずっと)、平成仮面ライダーTVシリーズ(現在『仮面ライダー響鬼(ヒビキ)』放送中)
現在の私の動作環境です
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音源:YAMAHA DP-U50
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周辺機器
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