セイク・ブラハムは貧しい農家の出身であったが、ミハエル大佐にその才能を見出され ミリシャに参加した。
ヤーニ中尉に次ぐ、イングレッサ・ミリシャの右腕的存在である。
彼は非常にまじめな人間ではあったが、一度決めた事は曲げない頑固な所もある。
そういう所をミハエルに気に入られたのだが、
軍人としても非常に優秀であり、その経歴をとやかく言う者を黙らせる存在感があった。
こうした彼の性格は、後の人生を決めたと言えるのだろうか。
ディアナ・ソレルによる地球帰還作戦は、人々の生活の要である農地にも多大な被害をあたえた。
ブラハムの故郷も例外ではなく、土地を荒らされ、実の親を殺された恨みは計り知れようもない。
ミリシャ随一のタカ派として、停戦中にも関わらず、部隊を率いてディアナカウンターへの攻撃を行い。 その行き過ぎたやり方はムーンレィスだけでなく、ミリシャからも恐れられた。
ただ、ミハエル大佐の言う事だけは素直にしたがったと言う。彼は自分を拾ってくれた恩を決して忘れはしなかったのだ。 しかしそんな二人も決別する時が来る。
月への和平団が地球に帰還した際、グエン率いる戦艦ウィルゲムに真先に駆けつけたのはブラハムだった。
当時ミリシャはルジャーナを中心とした和平派と、徹底抗戦すべしと息巻くイングレッサとで、 意見が真っ二つに割れていた。ブラハムは自分の恩師であるミハエルに居場所を求めたのだ。
が、ムーンレィスを地球より追い出すべしと考えるブラハムと、グエンに従うミハエルとではすでに考え方に違いが生まれていた。 月での超技術を見てきたミハエルはグエンの急ぎすぎる考え方はともかく、その技術をよりよく使う事には賛堂していた。 その為にはムーンレィスに協力を仰ぐ事も必要だと考えていた。
それがブラハムには許せなかったのだ。どのような理由があろうと、 ムーンレィスの一派であるギンガナム軍と手を結ぶなど、納得できる話ではなかった。
しかしながら最終決戦時はミハエルに従い、ディアナカウンター,ルジャーナを中心とした和平派ミリシャ連合軍と戦った。
戦争が終ればムーンレィスは月へと撤退すると信じてのことか、ミハエルに義理立てたものだったのか。
戦後、ムーンレィスとの和平が成立すると、月の民達は少しづつ地球に帰還を開始し、土地を耕し、生活を形成するようになった。 自分達の土地をめちゃくちゃにしておいて、それを奪い、我が物顔に振舞う侵略者。
和平の象徴である彼らはブラハムの目にはそうにしか映らなかった。
戦争終結から1年後、彼は自分の部下を率いて姿を消した。
当時、反ムーンレィスを語る人間は多く、そのたびにいざこざが起きていた。
しかし、結局は統率力のない暴動にすぎず、すぐに鎮圧されていた。
ブラハムはそんなゲリラをまとめ上げ、組織として機能するように各地にネットワークを築いた。
そして反ムーンレィス思想の資産家を資金源にその活動範囲をアメリア全土に広げていく。
後に戦後の歴史に大きな影を生む『反ムーンレィス組織マクア』の誕生である。
ブラハムの行動は多くのゲリラを勇気付けさせ、彼らにとって神格化された存在となる。それが、各地で抵抗組織を次々と設立させる事になり、最盛期には大小合わせて10以上の組織が作られていた。
だが、ブラハムが非戦闘員を傷つける事をよしとしなかったのに対し、他の抵抗組織はそれすらも対象とした。
結果、戦後の混乱から体裁を整えた合衆国政府の怒りを買い、ディアナカウンター、ミリシャ連合軍(当時、まだ軍隊は統合されていなかった)によるゲリラ組織の根絶やし作戦が実行された。
その巨大な軍事力の前に、数ある組織は次々と壊滅していき、ブラハム率いるマクアもちりじりになっていく。
その後、ブラハムは各地を点々としながら反抗作戦をくりひろげていたが、 ついにはカルバニヤの山岳地帯に追い込まれ、最後の時を待つのみとなった。
その頃、地球におけるディアナカウンターとミリシャは一部統合され、その初の実戦が今回の殲滅作戦であった。 すでに武器も食料も尽きた中、それでもブラハムは徹底抗戦の構えを曲げなかった。
そんな彼の元に1人の使者が面会を求める。ブラハムはその男の顔を見たとき、息を呑み、涙を流したと言う。
その男こそ、かつて彼が敬愛してやまなかったミハエルその人であった。
その顔はしわにまみれ、黒髪は白髪に変わり、かつての軍人の面影は残してはいなかった。
しかしその目だけはあの時と変わらず、厳しくやさしくブラハムを見つめていた。
ここで二人の間にどのような会話がなされたのか、記録には残っていない。
この会談の後、ブラハムは投降勧告を受け入れ、最後の抵抗組織マクアは事実上消滅した。
ブラハムにとって、戦いは純粋なものであった。だが、彼は軍人としてはあまりにも優秀かつまじめだった。
すでに自分の手に収まりきらなくなった組織の中で、戦争理由を見失っていたのかもしれない。
組織名であるマクアとは、ある島の言葉で「母なる大地と父なる空の出会うところ」
という意味を持つ。彼がどのような思いでこの名前をつけたのか、今となっては窺い知る事はできない。
正歴2378年、セイク・ブラハムはイングレッサ法廷の判決により、犯罪者としてその生涯を終える。
ムーンレィスによる帰還作戦から実に30年の月日が経過していた。
トピックス
『反ムーンレィス組織 マクア』
かつてのミリシャ残党によって結成された組織。
リーダーであるセイク・ブラハムを中心に、ムーンレィスの軍施設、研究施設を攻撃対象として活動した。
その活動資金はおもに反ムーンレィスの資産家によってもたらされ、後に合衆国制度が確立されてからは 一部の知事達も彼らの資金源になっていたと言われている。
裏取引で手に入れたモビルスーツや、マウンテンサイクルを多く所有し、最盛期にはいち領主に匹敵するほどの力を持っていた。 マクアはムーンレィスの排除という大義名分を背負った戦いを行い民衆の支持を集め、 一方で反ムーンレィス思想の政治家を使って、内部から主権を奪取しようと考えていたようである。
政府による反乱組織の掃討作戦が実行されても、マクアがその後、長期に渡って存続できたのはこうしたネットワークを整備していたからと言えるだろう。
ただ、彼らにとって誤算だったのは時代と共に人々の生活を潤していく、月の技術力だった。
一度得てしまった便利さは二度と捨てる事ができない、皮肉にも地球と月の和平は技術と土地を交換する事で強固に成り立ったといえるのだろう。
もはやムーンレィスの力なくして地球の人々の生活はありえなかったのだ。
平和はネットワークの根本をぬがませ、形骸化を推し進め、マクアは壊滅の道を突き進んでいく。
結局の所、マクアは時代に一石でも投じる事ができたのだろうか、
その審議は一個人に図れるものではないだろう。
ただ、ブラハムの思惑は別にして、マクアのネットワークはいつの時代も変わらない政治家の腐敗と堕落を浮き彫りにした。
事実、後にアメリア合衆国は月の技術を独占しようとする動きにより、
ガリアを含む諸外国との間に暗い影を落としていくのだった。
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