アガルタさん作サイドストーリー
ディアナカウンター・新生
 ここはロラン・セアックとディアナ・ソレルがともに住むログハウスの中である。
 ディアナは今ソファに座り編物をしている。暖炉にあたりながら手袋を編んでいる。季節は冬。もともと体温が低いため火は欠かせない。火を絶やさぬようにロランは薪を足している。
 やがて「出来た」と声が上がった。どうやら手袋が完成したらしい。しかしおかしいではないか。ロランの手の大きさに比べるとはるかに小さいのだ。まるで赤ん坊のサイズである。
 「女王陛下、お身体にさわります。そろそろお休みいただきますように」
 発言の主はロランではない。隣室で待機していた彼女の主治医である。
 「そうですね。眠ることにしましょう。ですが今の私はキエル・ハイムですよ。」
 お腹を大事そうに抱え立ち上がるディアナ。主治医にニッコリと微笑む姿に母親を感じさせる。いっぽうロランの視線は彼女のお腹に注がれていた。出産予定日は明日であるから心配でたまらないのだろう。
 一緒に住み始めてから三年。ロラン・セアックとディアナ・ソレルはまもなく父親と母親になろうとしていた。

 千年女王の肉体は急激な老化に蝕まれている。今回の初産に備え月のキエルが派遣した医師団の診たてによれば、このまま放っておけばあと数年生きられるかどうかの瀬戸際であるという。千年ともいわれる永い時間人工冬眠(コールドスリープ)と覚醒を繰り返してきた反動が襲っているのだ。医師団は彼女の体内に眠るナノマシンを活性化させ老化を食い止めることが最善の治療策であることを告げた。
 彼女はこの提案を拒否した。地球人として生きたいことが理由である。ナノマシンを活性化させれば、月にいたころと変わらないではないか。
 だが医師団の次の提案は苛烈を極めた。「ならば中絶をお願いいたします。このままでは母体が危険です」。赤ん坊を産むという行為には膨大なエネルギーが必要であるが、急激な老化が進んでいる彼女にその体力はない。下手をすれば死んでしまうかもしれない。ならば今からでも中絶してもらい母体を助けなければならない。
 地球人が聞けば卒倒するような提案であるが、人口増加の抑制に努めてきたムーンレイスにとって中絶は当たり前の治療方法である。
 当然ながらこの提案も拒否された。産まれてくる自分の子供を殺したい母親はいない。ましてや初産ならばなおさらだ。ムーンレイスにとって当たり前の治療を彼らの女王が拒否するとはなんとも皮肉的な光景である。
 その後も何度か押し問答が続いたが結局「最後の命令である。もしものときは子供を助けよ。」という彼女の厳命により彼らは諦めるしかなかった。

 ここはロランとディアナの寝室である。
 「一線」を超えて以来二人は大きなダブルベッドでともに眠るようにしていた。
 ディアナはすでに寝息を立てていたがロランはため息をついていた。明日は出産予定日であるが本当にこれで良かったのか不安なのである。
 父親という立場上母体が危険であることは知らされている。それを承知した上で新妻の出産をやめさせようとはしなかった。医師団とディアナの押し問答にも最後まで口をはさむことはなかった。その所為で医師団からは薄情者と思われたようだがあくまでもディアナの好きなようにさせたかった。
 隠遁したあとの彼女は今までの鬱憤を吐き出さんばかりに活発であった。
 「ロラン、あれは何ですか」
 「ロラン、まわりが紅葉して綺麗ですね」
 「ロラン、キエルさんは元気でしょうか」
 「ロラン、・・・」
 彼に語りかけてくるその姿はまさに豊穣の女神のごとく輝いていた。自分だけに向けてくれる笑顔に知らず知らずのうちに頬があかくなったこともある。好きだと意識したのも生命力にあふれた笑顔がきっかけだった。
 相手は千年女王と呼ばれた女性(ひと)であり、彼自身だいそれたことをしているとは思っている。しかし後悔はしていない。好きだという気持ちは誰にも止められない。今回の妊娠は二人が望んだ結果である。
 妊娠がわかってからのディアナは明らかに変わった。母親としての威厳が加わったといえようか。彼らはいま確かな幸福を実感している。
 仮に中絶させたとしたらディアナには数年の寿命しか残らない。そして残りの日々は彼女に月のように荒れ果てた世界しか残さないのではないか。千年女王と呼ばれていた頃のような操り人形には逆戻りさせたくない。
 半年前に中絶が勧められたときからこの決意は変わらないはずだった。
 だが実際には翌日に出産を控えた今になって夫の心は平常心でいられなかった。本当に自分達の選択は正しかったのだろうか。無事に産んでくれるよう祈ることしか出来ない自分自身への怒り。愛する者が明日死ぬかもしれないという現実に直面したいま、むしろ悩まないほうがおかしいだろう。

 ここはログハウスの隣に建てられたディアナ専用の分娩室である。
 朝早く陣痛が始まり彼女はこの部屋に運ばれた。ロランが手を握っていてくれていることが心強い。強張り緊張している彼に大丈夫だと視線を送る。昨夜のロランとは対照的にディアナに不安はない。母親になろうとしている強さもあろうがロランが出産に立ち会ってくれたことも大きい。彼の存在は常に安らかな落ち着きを与えてくれる。
 女王をつとめていた頃アグリッパのような官僚達とは本音で付き合うことはできなかった。最も頼りにしている親衛隊隊長のハリー・オードにしても、彼自身どこかで一線を引いていた。女王と臣下という関係上当然といえば当然だろうがロランに出会う前は心のどこかに孤独を感じていた。
 あれは何時だったろうか。グエン・サード・ラインフォードと最後に出会ったとき、ロランはグエンに「ウィルゲムはウィル・ゲイムの船であるからディアナ様に返す」ように交渉してくれた。
 「この少年はこんなにも深く私を理解してくれている・・・」
 ディアナ・ソレルの孤独はこのとき癒されたといっても過言ではない。同時にそれまで尊敬や友情と思っていたロランへの気持ちが一気に恋愛に昇華したのである。
 千年女王ということで周囲から女神のようなイメージをもたれているが、もともと彼女には一途で強引なところがある。地球帰還作戦ではその性格が災いしてアグリッパやギムに様々な妨害を受けることになってしまう。
 反対するミランやフィルを説き伏せソレイユを特攻させたのもロランを助けたかったから。ソシエの気持ちを知りながらロランに埋葬役を頼んだのは残りの人生を彼とともに過ごしたかったから。雪の中でキスをする二人にそっぽを向いたのは嫉妬したから。それもこれもすべて銀髪の少年を失いたくなかったからである。
 そしていま「ロランの赤ちゃんを産みたい」という最後の願いまで叶えられようとしている。自分の生命は残り数年であるから生死はもはや関係ない。むしろ生きた証を残すことができて嬉しい。ロランならば大切に育ててくれるに違いない。
 これほど幸せなことが他にあるだろうか?

 ここは地球である。ディアナ・ソレルが恋焦がれた地球である。
 冬の寒さを蹴飛ばしてまもなく新しい生命が誕生するだろう。
 さて、生まれてくる赤ん坊は男の子だろうか、それとも女の子だろうか。

------------------------------------------------------------------------------ 管理人様へ
調子に乗ってまたまた送らせて頂きました。
このような駄文にお付き合いくださり有難うございます。

読者様へ
面白くないかもしれませんがご容赦願いますm(_ _)m

 過去に妊婦さんと直接お話する機会がありました。そのときに聞かせてもらった内容は私にとって貴重な経験になっています。母親は本当に強いということが実感できました。妊婦さんの会話とディアナ様をリンクさせたとき「新生」が頭の中に浮かびました。老いが進んでいるとはいえやはり彼女も子供を産みたいのではないかと思いました。
 偉そうに講釈をたれましたが正直なところ出産される方の気持ちを理解して書けたのかは自信がありません。男である私には一生わからないものなんでしょうね。なんとも情けないことですが。


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