ソシエ〜その生きる証〜


 窓のきしむ音を聞いて、ようやく冬を感じた。
静寂が心の中に訪れる。すぐに机の帳簿に目がいくのだが、
それでも今の心地よい気分は変わらない。
今年はわれながら良くやれたと思う。一時は破綻しかけた鉱山経営も
新たな顧客を開拓した事で軌道に乗った。従業員も精一杯バックアップしてくれる。
鉛筆を転がして思いっきり背伸びをする。
暖炉に薪をくべて、母がつかっていたチェアに腰をおろした。
今年も多くの事があったような、それでいて代わり映えのしなかったような。
何にしても時間ばかり早く過ぎる。

「あたしももうおばちゃんね、かあさん」

ソシエ・ハイムは意識して声をだした。
今日はクリスマスだと思い出したからかもしれない。

クリスマスは特別な日だという、けれど何がそうなのかわかりはしない。
曰く神を祝う日、曰く親に感謝する日、曰く子供が親にわがままを言える日。
なぜこの日が特別なのか、もう誰も知りはしないのだ。
それでも今日、一人でこうしている自分はやはり損をしている。
暖炉の上に立てかけられた小さな写真を見つめた。
恰幅のいい髭面の男が子供のように笑っている。ソシエの夫だった男だ。
あの人が死んだ時、鉱山経営を止めようと思った。
母が死んだ時も続けられたのは彼がいたから。だからもう無理だと思った。
しかし図太いのかはたまた鈍感なのか、時間が過ぎるうちにやめるなんて考えなくなった。
人って生きちゃうんだね。この3年をソシエはようやく見つめる事が出来た。
あの人の事もこうして思い出にできる。
筋肉だけが自慢の馬鹿な男だったけど、やさしかった。

ガタッ

音がした。記憶の反芻は中断される。
なんだろう、風の音にしては大きすぎる。ドアに向かおうとして、躊躇した。
カタカタと窓が軋み、窓枠に雪が張り付いている。頭を横切る不安。
母屋と屋敷は離れている。
今日は使用人もほとんど帰したし、この場所からではいくら声をだしても気づかれない。
われながらに迂闊だと思った。

トントン

今度ははっきりと聞こえた。ドアが鳴ったのだ。
亡くなったはずの人が帰ってきた。そういうのは勘弁して欲しい。
周りを見渡したが、武器になるようなものは無い。
かろうじてなりえた鉄製の鍋は、夜食用のシチューを温めていた。
私だって元機械人形のパイロット。冷静になれ。
すぅと息を吸い、吐いた。意を決してドアに向かった。

「どちらさま?」

ドア越しに話かける。
声はない。十分にあやしかったが、ソシエにはそれは迷いに感じた。

「あの……」

通る声だ。どこかで聞いた事がある。
近所の子供か、それとも従業員の一人だったか。
なんにしてもドア越しの相手を知っている確信があった。
ドアを開いた。ばらばらと雪が崩れる。
銀色の髪が雪とともになびいた。帽子の間から見える漆黒の肌。

「あなたは」

ソシエの声に応え、帽子を脱ぐ。

「久しぶりだね、ソシエ」

3年の記憶の反芻が一気に15年を遡る。ロラン・セアックそれが彼の名だった。
目を落す。彼は一人ではなかった、子供を連れている。
見覚えのある顔。髪はプラチナだが、顔は雪のように白い。

「ディアナさま……」

彼はその子をやさしい目で見つめた。

「うん、僕とディアナさまの子供……」

なぜかその言葉でこれが夢でないと納得できた。
半開きのドアを開ける。

「入ったら? 久しぶりの再会だからって、ここじゃあ寒いわよ」

ロランは雪を払いながら、ソシエの言葉に従った。
雪のように白い肌の男の子は震える手を暖炉にかざし、その暖かさを味わっている。

「何を考えているのよ、こんな夜に連れ歩くなんて」

「ごめん、予定なら夕方くらいにここに到着するはずだったのに、雪の所為で遅れてしまって」

雪に塗れたコートを受け取って、暖炉の横にかける。
ロランの冷たい手が少しだけソシエに触れた。

「今は昔と違って天気予報だってあてになるんだから、ちゃんと調べておきなさいよね」

「うん」

なんて普通の会話だ。15年ぶりに会ったというのに。
もっと驚いたり感慨深くなったりしないものだろうか。
しかしそう考えれば考えるほど冷静になる自分がいる。
再会とは案外そういうものなのかもしれない。
男の子はまぶたを上げたり下げたりしていた、
そのうちソファーにころりと転がって吐息を立て始めた。

「あらら、よっぽど疲れていたのね」

立ち上がろうとするロランを制して男の子を抱きかかえる。
子供の匂いだ。
ソシエはほっぺたをつんと触って、少しだけ仕返しをしておいた。
こんなかわいい子を産むなんて、ディアナさま。
ベットに寝かしつけて、暖炉の傍に戻ってくる。
火にかけてあったシチューを外し、もう一方からポットを取った。
暖かい紅茶をカップに注ぐ。

「ありがとう、ソシエ」

「いいのよ、かわいい子ね」

紅茶を差し出した。それを受け取るロラン。

「うん、僕なんかより良く出来た子かもよ」

「それって親バカって言うのよ、ロラン」

「そうかもね、はは」

しばらく紅茶を飲みながら、とりとめの無い事を話した。
昔とどこか違う二人なのに、弾んだ。
でもソシエの知っているあの子はお嬢様といって、慌てながら後を追ってくる使用人。
馬鹿で恩知らずで、不器用で、でもロランだった男。
ここにいるのはソシエの知らない時間を過ごした知らない男。
だからやはり少しさびしかった。

「ディアナさまはどうしたの……」

少しだけ間があく。

「亡くなったよ。今年の秋に……」

紅茶をロランは飲みほす。ソシエはまだ残っている紅茶をスプーンでまぜた。

「……お姉さまは何も言ってなかったけど」

「キエルさまにも知らせないというのが、あの時の約束だったから」

姉のキエル。今は月で女王をやっている。
ディアナ・ソレルとキエル・ハイム。
この二人の容貌があまりにも似ている事からおきた混乱と悲劇。
それでもなお二人は再度入れ替わり、そのままになった。
なぜなのか、ソシエには今もわかっていない。
ディアナとキエルだけの二人だけの約束。そしてそれを周りも認めた。
曰くディアナさまのため。曰くキエルのため、曰くその方が都合がいい。

いろいろな思惑を秘め、それを許した。
ただ一つ言える事があるなら二人はそれで満足しているという事だ。

それならソシエに言う事はない。
キエルとは今もたまにTV電話で話をしている。
母が亡くなった時は帰って来もした。
でもディアナの事は別だ。入れ替わってから二人は会う事はなかった。
それが約束なら仕方がないのか。
ロランを見ると、彼も同じように思い出を懐かしんでいるようだ。

「あの男の子の名前は?」

「スィーノ・セアック。スノって言うんだ」

ある男の名前を付けたのではないかと勘ぐっての質問だった。
となればディアナもまた吹っ切れたのだろうか。
その名の持つやさしい響きはロランを感じされる。少しだけ腹が立った。

そんな心はロランにはわかるはずもないので、急に押し黙ったソシエを不思議そうな目で見る。
かわらない瞳。

「やっぱりバカロランなんだ」

「なんだよ、急に」

無理に荒々しい言葉を使っているように聞こえて、噴出してしまった。
この男なりに緊張していたわけだ。昔の女に会うことに。

「今日はせっかくだから付き合ってもらうわよ。
せっかくのクリスマスなのに一人なんて、って思ってたところだしさ」

「待ち人来たり、って感じ?」

「いつまでも昔の恋を引きずるような女じゃあないわよ」

「いたた、きついな」

二人で笑った。良いクリスマスになるかもしれない。
あの人の書斎からワインを何本か持ってくる。
料理は夜食用のシチュー。
小さな机を挟んでのささやかなパーティーだ。

「あの子の分はいいの?」

「もう熟睡してるみたいだから、朝に何かもらえたら良いよ」

「そ、ならこれは二人で食べてしまいましょう」

シチューの味にロランは懐かしさを感じているようだ。
ようやく母親の味がだせるようになった。
ロランはあの人の写真を見ている。

「この人がソシエの旦那さま?」

「そう。いい奴だったけど、さっさと逝っちゃってね。
私の事を好きになってくれる人はみーんな裏切りものなんだから」

立ち上がり、暖炉に薪をくべる。そのまま話す。

「ディアナさまは幸せだったんだね。
ロランと暮らして、子供を生んで母になって、そして」

スプーンを置く音が聞こえる。

「……でもソシエ。やっぱりね、死んでしまったら終わりだよ。
僕はもっと、もっと長く生きて欲しかった」

配慮のない言葉だったと反省した。少しだけ悔しかったのかもしれない。
あの人は幸せをすべてさらっていった。でも、やはりそれはいけなかった。

「ごめんね」

ロランは何も言わず窓に目を向けた。
その姿に寂しさを感じながら、開いたグラスにワインを注ぐ。

「おかしいね、私、ここ数年、あなたのことを思い出しもしなかったのよ」

顔を向けるロラン。

「忙しかった所為かもしれないけど、
あなたとの事はあの日に終わったんだなって、
今はそう言えるのよ。私もやっぱり幸せだったから」

あの日の息遣いも、振り積もる雪も、遠ざかってゆく車の音も、
今はこんなにはっきり思い出せるのに。
きっとこんな日が来なければ、ロランを思い出す事もなかっただろう、
それならなんと罪作りな日なのだろうか。

「僕も同じだ」

躊躇なく言い切る。
まったく最悪な男である。はぁと大きくため息をついた。
肘を付き、窓の外の雪の流れを追う。
暖炉の中で薪が割れた。

「今になって、なんで、来たの?」

「……お嬢様に会いに来た、じゃあ駄目ですか」

「ふん、心にも無い事を」

雪は本格的になったようだ。もう外の様子はわからない。

「旅をしてるんだ」

外に向けていた顔を戻す。

「どうして?」

「この星の事をもっと知りたくて。
僕達が帰ろうと願ったこの星の事を」

大人の顔になってしまったロラン。

「でもその願いがあの戦争を生んでしまったのも事実なんだ。
そのためにどれだけの人が犠牲になったのか、
旅を初めてからその事をよく考える」

「それは、でも、ロランのせいじゃあないよ」

「……でもね。僕はムーンレィスだから」

まだムーンレィスに反感を覚える人はたくさんいる。
結社が作られ、ムーンレィス狩りが行われているなどど、
まことしやかにささやかれているほどだ。
戦争の傷はいたる所に残されている。
もう15年では無い。まだ15年なのだ。

「それで、ムーンレィスのあなたから見て、地球はどうだった」

「……すばらしい星だよ。
生きているって事をこんなにも感じられるなんて、
会う人も見るものも、みな新鮮で、驚きに満ちていて」

ワイングラスを握り締めた。

「ディアナさまにも見せてあげたかった」

押し殺すような声だ。
旅はディアナさまの弔いでもあるのだろう。
ロランの心境をすべて図る事はできないが
そうしたいと思った気持ちはなんとなくわかる気がした。

「今日は泊まっていくのでしょう?」

「うん、悪いけどたのむよ、僕が前に使ってた納屋はあいてる?」

「もう物置よ、今日はここしかあいてないわ」

「え、」

「安心しなさい、とって食おうだなんて思わないから」

正直、自ら言うセリフではない。
もう何杯目か、ロランのエスコートも無くなったので、自分でワインを注ぐ。

「ソシエ、飲みすぎじゃあない?」

「馬鹿ね、こういう日に飲まなくていつ飲むのよ」

酔っているせいだろう。気持ちが高揚する。

ロラン・セアック
やさしい顔だ。ゆっくり見つめてやると、落ち着かなく足を動かす。
ロランはやっぱりロランだった。話をすればするほど強く感じる。

「……やっぱりスノを見てくるよ」

立ち上がるロラン、ソシエは手を伸ばし、彼の腕を握り締めた。

「ソシエ?」

「ロラン、どうしてあなたは戻ってきたの?
 しかもこんな日に、さびしくて、どうしようもないこんな日に」

「……」

「どうして思い出で終わってくれなかったの、
若い頃の思い出としてならもう一度あなたと会う事だってできたのに」

まぶたが熱くなる。

「こんな日に、来るから、私は……」

たまらなくなり、ロランを抱きしめた。
あの時金魚とともに投げ捨てたはずの想いがありありとよみがえる。
ロランはそれに応えるように手を回した。
ソシエはその胸の中で泣いた。

そんなつもりはなかった。ただ誰かにいて欲しかった。
でもそれがロランだったから。
酔った頭で言い訳を考える。
しかしロランの暖かさを感じているとそんな事はどうでもよくなっていた。

遅くまで灯っていた部屋の明かりが消え、あたりは静寂につつまれる。
つがいの猫がよりそうようにして軒下で寝ていた。

◆

雪の落ちる音でソシエは目覚めた。
反射した光がカーテン越しに部屋を照らす。
ソシエは寝返りをうち、その手をベットのくぼみに乗せた。
案の定、もうベットにはいなかった。まだぬくもりを感じる
立ち上がる。

「やっぱり最低よ」

勢いよくカーディガンを羽織った。

◆

雪道に大きな足跡と小さな足跡が並ぶ

「なんでこんなに早く出るの? 僕、お腹減った」

「ごめんな、父ちゃん失敗しちゃってね、街に出たら食べよう」

「なーにが失敗よ!」

空に長く伸びる白い息。颯爽とソシエは登場した。

「ソシエ……お嬢様」

動悸を抑え、ロランをにらみ付けた

「どういうつもりよ、挨拶もなく出て行くつもり?」

「いや、そんなつもりじゃあ」

「しかもこんなに朝早く……その子だってたまらないわよ、ほら」

ロランを押しのけて、スノの傍でしゃがんだ。
持ってきたコートをかけてやる。ソシエが小さい頃に着てたものだ。

「鼻水だって出てるし、はい、かんで」

ちーん

「ありがとう」

「どういたしまして」

にっこり微笑み、頭を撫でてやる。

「ほんとこの子のほうがしっかりしてるわ」

押し黙るロラン。ソシエはそういう態度にも腹が立った。

「ロラン、あなたはまだ気にしてるのかもしれないけどね」

赤くなったスノを撫でながら、ロランの目を強く見た。

「あの時、キスしてくれたこと、うれしかったんだから」

悔しさが顔に出る。自分の服を握り締めた。

「あ……」

「だから、勝手に出て行かないで、私はまだあなたにお礼も言ってないのよ」

ロランは一度うつむき、そしてソシエの目を見た。

「ありがとうロラン、ずっと忘れてた。
私はあなたのおかげで、一歩を踏み出せたのよ」

「ソシエ……」

二人の間できょとんとしているスノ。
少しの間だけ、ロランとソシエの時間が流れた。
地平線から太陽が離れ、雪に覆われたビシニティの平原を照らす。

「どうしても行っちゃうの?」

「うん、この旅はやり遂げなきゃいけないことだから」

「終わったら?」

「え」

うつむき、そして空に顔を向けた。

「……そうだな、またここで暮らすのもいいかもしれない」

さっと風がなびいた。

「じゃあ、この子は置いていきなさい」

「え、それは」

「あなたは嘘つきなんだから、本当に戻ってくるかわからないじゃない」

「ん……スノ」

小さな子はわけもわからずソシエとロランを見比べている。

「あなたの事だから、無理するんでしょう。気づいてる?
 この子風邪引いてるわよ」

「え、」

すんっと鼻をすするスノ

「そうか……そうだね、それがいいのかもしれない」

その言葉に不安を感じたのか、ロランの足にしがみつくスノ

「スノ、この人といっしょにいるんだ」

首をふるスノ

「スノ」

強く首を振る。目にいっぱいの涙をためている。

「スノ、あなたお腹が減ってるでしょう?
 暖かい部屋で、おいしいおかゆを食べたいとおもわない?」

「え……」

ロランとソシエを再度見比べるスノ。
ぐぅとお腹が鳴った。

「この人と一緒に行く」

「ふふ、交渉成立ね」

「まいったな、僕はおかゆより軽く見られてるのかな」

「そうじゃあないだろうけど、今はね。
早くいっちゃいなさい。また泣くかもしれないから」

耳元でささやく

「うん、ありがとう、じゃあソシエ」

そっと足をだしたロランはソシエの隙をついて。

あ

「な、なな」

こいつキスを……

「まだまだおばさんって感じじゃあないね、ソシエ」

「ば、馬鹿ぁあ!アホロラン!!」

真っ赤な顔で手を振り上げる。笑いながら走っていくロラン。
少しづつ遠ざかっていく背中。力なく手を下ろした。

ああ、いっちゃうんだ、ロラン。でも今度は違うんだよね。
目から涙がこぼれる
スノを握る手が強くなる。
スノはソシエを見上げた。
今度は帰ってくるんだよね、ロラン。

「ねぇ、おばちゃん、お腹減ったよ」

……

「お姉さん、お腹減ったよ。家に戻ろう」

スノを抱きしめる。

なによロラン、こんな良い子育てちゃって。馬鹿。

◆

風がタンポポの綿毛を飛ばし、頬をなでる。
ビシニティの平原は春を迎えていた。
鮮やかな緑が地平の山々まで続く。
その大地をロランは踏みしめていた。
あれから5年、経ったらしい。

ロランの歩みは決して速いものではないが、
その向きは確実にハイム家を目指していた。
立ち止まり、空を見上げ、そしてまた歩きだす。旅をした事に後悔はない。

しかしいざ近づくと、やはり気まずい。
スノは大きくなっただろう。身勝手な父親をどう思っているのか。
そして彼女は。
肩にかけた鞄の紐を強く握り、もう一方の手で帽子を直した。
意を決した。足を踏み出す。

ロランの足元にボールが転がってきた。
ピンク色のゴムボール。気がそがれたのを感じながらそれを拾う。
子供が駈けてくる。

「それ、私のだよ」

幼い声だが、はっきりと意思をロランに伝えた。
ロランは彼女と同じ高さまで腰をおろした。

「はい、落しちゃだめだよ」

「ありがとう」

ボールがその子の両手になんとか収まる。
銀の混じった栗色の髪。
褐色を帯びた肌。
ピンク色のワンピース。
そして白い歯の笑顔
かわいらしい子だ。
まるでソシエだ。
元気の良さにか、その髪型にそう感じるのか、いや、これは……
似ているじゃあない、似すぎている。まるでソシエだ。

「どうしたの?」

「いや、君の顔を見ていると、誰かを思い出すようだ」

「? 変なおじちゃん」

おじちゃんか。ロランは苦笑した。

「あなた、良い人みたいだから、私の宝物を見せてあげる」

子供ながらの脈絡のなさ、しかし付き合ってみる。
彼女は肩にかけたポシェットから人形を取り出した。

「お母さんが作ってくれたのよ、私のお父さんなの」

「これは……」

褐色の少女と同じピンク色の服を着せてある人形。
大きく手を伸ばした髭のある人形。
彼女はそれを自慢げに見せ、笑った。
それはかつてロランが乗り、地球と月のために戦ったモビルスーツ、
∀の人形だった。

「それ、誰に」

「おい、サリア、お母さんがそろそろご飯だって……?」

少年がかけてくる。白い肌と銀の髪。見覚えがあった。

「スノ……」

「お父さん?」

大きくなった。少年ながらたくましさを感じる。
何を言うべきか、混乱していた。それはスノも同じだろう。

「こらぁあああああ!!」

「え?」

目線を上にあげた時には遅かった。

「うちの子達になにやってんのよ!!」

ポカン

頭に火花が飛ぶ。するどいスイングでフライパンが飛んできた。

「やったぁ、すごいお母さん」

「お母さん……」

「大丈夫だった? スノ、サリア」

「あーあ、おじちゃん死んじゃったよ」

「お母さん……」

「え、何、あんた達」

「あたたた、酷いお迎えだな、ソシエ」

頭にかぶさったフライパンを外して、ソシエの顔を見る。

「え、あ、何、あんたロランじゃない」

「そのロランだよ。いろいろ言い訳考えてたのにいまので忘れちゃった」

「……なんだ、あんただってわかってたのなら、
ハンマーでもなげつけてやるんだったわ」

そっぽを向くソシエ。

「ごめん、遅くなった」

「……本当、遅かったね」

「この子、ソシエの子供だろ? よく似ている」

横目でこちらを見る。

「スノを迎えにきたつもりだったけど、
僕は今の君の生活を壊したくない、よければこのまま」

スノは何かいいたげだったが、それをソシエが制する。

「はぁ、まったく、あいかわらず鈍くて、鈍感で、最低ね」

「帰す言葉もないな」

「馬鹿!!」

パチン

ソシエの張り手がロランの頬をうつ。頬を押さえ目を丸くする。

「あのね、見てわからないの? この子、サリアはあんたの娘でしょうが!!」

え

「な、何だって」

「あ、そうなんだ」

サリアはいたって冷静だ。

「まったく、自分の娘くらい見分けなさいよ」

「そんな、だって……あ」

あの日の夜。

「あの時か!」

ロランの声に、それに負けないぐらいの声でソシエが返す。

「あの時よ! 大きな声出さないで」

真っ赤になってそっぽを向くソシエ。

「あの時って?」

スノが聞く。

「子供には関係ないの」

そうか、そうなんだ。

「なんと言っていいか、その」

頭を掻く、とんでも無い事をしてしまった自覚だけが先走る。
ソシエはそんなロランにあきれ顔を見せ、しかし次には真剣な目で見つめた。

「なんにもいらない、一言でいい、私に言うことあるでしょう」

「あ、ごめ」

「それはさっきも聞いた」

「えっと、それじゃあ、僕と一緒になってくれ」

つまずくソシエ。

「飛びすぎでしょ、何トチくるってるのよ、ああもう」

ソシエの機嫌が悪くなるのがわかる。

「そんなの簡単よ、あたしだっていえるわよ、ただいま、でしょ?」

サリアの裏表の無い一言。それは真実を突いたものらしかった。

「あ」

ソシエは大きくため息をはいた。

「ごめん、ただいま」

「遅い!」

「ただいま」

「もう遅いっていうの」

「ただいま、ソシエ」

「しつこい……」

抱きしめるロラン。

「この卑怯者……ロラン」

「ソシエ、ただいま」

顔を手で覆い隙間からのぞくサリア。そっぽを向くスノ。

「……おかえりなさい」

ぐぅ

「あ、」

お腹が鳴ってしまう。今までの雰囲気はぶち壊しだ。

「この男は……どうしてもこうもしまらないわけ?」

「ごめん、朝から何も食べてないんだ」

「たいしたものないわよ、連絡いれてくれたら、
はりきって作ってやったのにさ」

ソシエはロランの手にあるフライパンを奪い取ると、
くるっと回転させて肩に置き、歩き出す。
一瞬遅れたロランはサリアに手を引っ張られ、後を追う。

「ねぇロラン」

ロランがソシエの横に追いついたのを見て、呼びかける。

「ん、」

「さっきの言葉本当?」

「どれだっけ?」

「おい」

「冗談だよ。ソシエさえよければ5年前の約束を果たさせてくれないか」

少しだけ目をふくらませ、そっぽを向いた。

「ふ、ふん、そんなの当然でしょう。
子供二人かかえて、これから先一人じゃあやれないわよ」

「それもそうか」

ふりむくソシエ。

「……もうどこにもいかせないわよ」

太陽を背にした彼女はそれに負けないくらい活き活きと輝いていた。

「はは、怖いな」

「怖いわよ、今日まで生きてきた私はね。
自分でいうのもなんだけど、強いんだから」

二人の腕にスノとサリアが抱きつく。風が吹き、草木が揺れた。

そしてまた春が巡る。

<終>

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