2001年企画内容
部長代理が車を取得しその車を取りにいき、戻ってきたついでに飲んだ企画。別名「部長をとにかく褒める会」。来年1発目の大型企画が決定されたりする。午前4時過ぎに副部長合流。7時過ぎまで飲んでいた。
この忘年会で部長代理車、初御披露目。平成3年車、走行距離35000、CD付き、外気温測定機能、サンルーフ、ポール付きという宇どうのネタとしては申し分無い車だった。
12月20日会長の研究室で大忘年会が実施された。参加者は会長と部員、そして会長の卒論生だった。飲み会自体はすき焼きをやりなかなか美味しかった。しかし、卒論生と会長との愛についての議論が盛り上がってしまい、部員はいささかその議論に引いてしまった。結局3時過ぎまで飲み、翌日は部長と部長代理は東京で別の飲み会をこなすというハードスケジュールをこなす。
11月15日、16日第2回うまいものツアーが実施された。今回は副部長が実家に車を取りに行くのに便乗し決行された。前日部長代理宅に前乗りしたのが災いし、睡眠時間は1時間半。起床は7時・・・非常にきつい企画となった。
まずラビット、あずさを乗り継ぎ松本へ。到着は13:30。副部長母が迎えに来て、まず信州蕎麦を食べる。副部長が実家に車を取りに行く間に、先に注文していた蕎麦が来て、部長、部長代理にマスターが副部長の蕎麦をただで頂くという嬉しいハプニングも起きる。
その後副部長宅が所有する、葡萄畑で季節外れの巨峰やマスカットを頂く。すごく美味だった。そこで今後この土地は宇大どうでしょう松本出張所の土地となる事が決定された。
その後は美ヶ原へ。途中何度も通行料を取られるという長野県行政の無駄を感じながらも、標高2000メートルへ。雪が積もっていた。何とか夕暮れ前に到着。部員一同「寒い、寒い」と言いながらも、記念写真を収める。
戻ってきたら、副部長宅一同と鯉料理を食べる。この副部長宅のメンバー(コント副部長家)の方々はなかなか面白い人だった。まさに副部長宅の人々はコントだと。痛感した。鯉料理屋で副部長父と会う。部長は落語の話で、部長代理は椎名誠の話で盛り上がる。
その後夜の松本城に行き、美ヶ原温泉へ。当然湯上りの牛乳を飲む。それから家に戻り軽く飲む。副部長が買った、「フランスヌーボー」は非常に今までに飲んだ事も無いような食感で残した。
翌日7時起床予定が、最悪出発しようとしていた10時に起床。しかも副部長宅の朝の定番かつ最高の朝食(ご飯、味噌汁、納豆、煮物、海苔)をしっかりゆっくりと食べ。出発したのが12時前。なおかつ、白線流しのロケ地やお土産をデパートで買う。高速で必要最低限の休憩しか取らなかったがそれでも部長のバイト時間(19時)にギリギリで到着した。
部員一同すごく充実した企画だった。
「第1回うまいものツアー」という名のこの企画実は部長と副部長による「豪遊ツアー」という趣旨である。豪遊いえば高級料理という単純な発想で、僕たちはまず築地の寿司屋を訪れた。カウンターで食べるという形式の店である。ちなみに僕らの衣装はスーツであった。漫才コンビのような板さんが客いじりなどしながら握ってくれた。寿司屋を出て勝鬨橋をわたり第2の目的地である月島に到着した。お目当てはやはりもんじゃである。とりあえず混んでいる店が良いだろうと満員のもんじゃ屋に入った。
もんじゃ屋はカップルで込み合っていた。席に座ると江戸っ子なおばちゃんが登場した。部長が「(もんじゃの)コーンと・・・」と言いかけると「はい?コーラ?」と言われ伝票にはコーラと書き始めている。部長が「いや、コーン」と改めて言うと「コーン!?飲み物から言ってくれないとさ!」と理不尽に怒られていた。
副部長も怯えながら注文をし、少したつとまずはコーンもんじゃが届いた。早速焼き始めると再び江戸っ子おばちゃんが現れて「なに?焼き方が分からないの?分からないなら分からないって言いなさいよ。」と再び怒られた。まるで出来の悪い小学生のような気分だった。
月島を後にして僕たちは東京ドームホテルに向かった。副部長は東京ドームをみてあまりの衝撃で半泣きになった。ホテルも凄くてスーツできてよかったと心から思えるところだった。
6:00からはフランス料理の予約を取ってあった。あまりにもブルジョアな雰囲気に僕らは面食らっていたが出てきた料理はさすがに美味い。牛タンはとろけていた。皿は何も言わなくても下げてくれる。さすがは5000円の夕食だと納得した。
夕食の後はお洒落なバーで酒でも、とお台場に向かう。そこで2杯3杯とカクテルを.飲んでお台場の夜景をみながら再びホテルに帰った。ホテルのバーでも1杯2杯と飲む。副部長はアラスカというカクテルをのんで撃沈した。部屋に帰って東京の夜景をみながら就寝した。
宴の後で・・・
豪遊ツアーも無事終わり帰りの新幹線に乗った時副部長の話。結構混んでいて相席になった。隣はかなりふくよかなおばさん。しかもよく話す。副部長は持ってきていた本を読みたかったので、その話好きのおばちゃんの話を流しながら聞いていたが、最後に
「あなた内気なの?」
「最近の女の子は活発なこの方が好きなんじゃないの?頑張りなさいね」
と言われた。もちろん初対面である。腹でつかえて取れない、落とした本を拾ってあげたのにだ。恩を仇で返すとはまさしくこの事。
「名も無き猫の四十九日法要兼古今亭志ん朝追悼兼夢をありがとう長嶋茂雄監督」
何とも長い企画名だが結局は鶏鍋を会長自らの指導の下作り、皆で仲良く食べようという企画。この鶏鍋は副部長、部長代理が会長の自家用車「TODAY」でスーパーに買いに行った食材と、会長直々の家庭菜園から当日収穫した野菜が入った鍋である。ただ会長も自信が無かったようでもし失敗したら、すぐに焼き鳥にシフトできるように体制は整えられていた。しかし、見た目とは裏腹に案外美味しく、鶏肉全てが鍋の中に消えた。この鶏鍋は鶏肉(軟骨、砂肝、モツも含む)はもちろんの事、玉葱、長ねぎ、にんにく、一味唐辛子等が入り、終いには会長飲みかけビールも暫時投入、刺身で買ったマグロという訳の分からない物まで投入された。
買い全体は楽しいものであったが、何故か序盤に部長代理が鼻血を出し、しかも部長代理が前期授業で見事に「可」をありがたく頂戴した某地域社会論教授も途中参加。終始緊張したままであった。
この会には、その他にも飛び入りで教授陣が参加。某地域研究論教授、そして会長の旧知の仲である某国際協力論教授も参加した。この教授は部員に対し、「この学部で男三人を同時に見るとは前代未聞だ」と発言。また部員の好みのタイプを男しかいないんだからとしつこく聞いてくる有様。その他、会長のいびきの話で盛り上がる。そのあいだ女の人がいなくなってつまらなくなり、お疲れの会長は既にこくりこくりと眠そうにしていて、何故か手に持っていた飲みかけのコーヒーを落ちる瞬間(つまり寝かける瞬間)にこぼすという失態を起こし、しかも副部長が床を拭いている間にも、残ったコーヒーを床に捨てるというどうしようもない事態を引き起こす。また会長は我々部員が卒論をこの研究室で書きたいというと「男はいらないんだよ。君らは入れないから、女の子の方が良いんだよ。」という暴言を発言。その他にも会長は卒論生の前で急遽パソコンを買うと宣言したり、卒論なんか書いてすぐ後にゴミ箱なんだから意味がないと、これから書こうとしている者のやる気を無くしたりする発言をする。
会長が帰った後の研究室で2時間ほど部員一同で例会。本当に他愛も無い話だったが、覚えているくだらない話としては、愚痴聞きますや研究室の話、卒論(こういう話も始めは真面目なのだがものの1分で話が脱線していった)の話などをして3時前に解散した。
前回と同様大学近くの中華ファミレスで副部長を奢る。4時間近く実の無い話をする。
2001年6月23日早稲田大学へ12月に開催されるゼミ大学合同合宿の打ち合わせのためにゼミに参加している我々宇大どうでしょう部員3名は行った。快速ラビットと山手線を乗り継ぎ高田馬場へ。そこから歩き、早稲田大学へ(思ったより遠かった)。時間が余ったので早稲田の学食で食べ、ゼミ教官は早稲田大学出身という事もあり張り切って、馬場駅前、大隈講堂の前、演劇博物館等で集合写真を撮った。行った事の無い方のために説明するがそこら辺は全て人が多い。ものすごく田舎者である。しかも我々と同世代の方ばかりである。自ずと視線は我々の方に向く。恥ずかしい。ちなみに部長は後から合流したのでこの惨事には見舞われなかった。そして打ち合わせへ。部長が議長となり全体を仕切る。個々の大学の質問にはゼミ長の部長代理が答える。何もしない副部長は座っているだけにも関わらず何故か一番緊張していた。無事終了し飲み会へ。17時から飲むというおかしさ。前回飲んだ「行政学飲み会」も早かったがそれでも18時である。早くから出来上がるばかりである。その後20時には我々副部長、部長代理はゼミ教官とともに「ラビット」で帰宅。思ったより早く帰れた。案外疲れていなかったので、ゼミの子と3時過ぎまで飲んでいた。一方、部長はその後自宅に帰るための接続ギリギリまで早稲田で飲んでいたみたいだ。
朝10時30分から実施。全員ジャージ着用、副部長は部室で見つけた「タッチおじさん」のエプロン着用で行う。予想通り押入れから様々なものが出てくる。三遊亭小遊三師匠が宇都宮大学落語研究会により学祭に呼ばれていた時の打ち上げの写真や立川談志師匠のサイン色紙。そして我が宇大どうでしょう顧問教授の高座名が「大学亭楽珍」ということが判明した。午前中は押入れ掃除。昼は顧問教授に前日から「今日大掃除をしますから」と念を押していたこともあり教授が来て大学近所の地中海風居酒屋でランチと何故かビールをおごって頂く。昼食後掃き掃除や窓、壁拭きをした後に、リアカー一台分のゴミをゴミ置き場まで運ぶ。大学会館前をジャージ姿、エプロン姿でリアカーを押している画は非常に滑稽であった。
とにかく部室は見違えるほど綺麗になった。そしてこれから飲み会もこの部室で行われることになるだろう。
2001年5月25日我々宇大どうでしょう部員が所属している行政学ゼミの飲み会が開催された。時間は18時からである。夕方である。空はまだまだ明るい。そんな中で飲み会がスタートした。
1次会は宇大生御用達の飲み屋で2時間飲み放題プラン。飲まなきゃ損だという考えで皆さんかなり飲んでいた。副部長は先輩に対して無礼をしたりと部員やゼミ生が良い感じで酔っていた。2次会も近くの飲み屋で飲む。ここでは市町村合併の話や国家財政について同級生のゼミ生と大いに盛り上がった。そして、2次会が終わったのが翌日1時過ぎである。3次会はゼミ生の家へ。かなり迷惑そうだったが行く。そこではなんだかんだと話して、最終的にまとまった話はゼミ教官を見習おうということになった。部長代理は本人はそれほど話した記憶は無いが声が枯れるほどであった。終了は8時。朝である。一日が始まる時間に高校生が学校に向かう姿を見ながら、体のあちこちが痛くなりつつ家路につく画はへこむばかりである。
部長は夕方から、そして副部長は昼からバイトがあった。部長代理は16時30分までしっかり寝させていただき見事に生活リズムが狂ってしまった。
大学の同じゼミにどうでしょうメンバー3人とも受講していることに便乗し、ゼミの日光への合宿を企画にしてしまった企画。ゼミは一応勉強もするが飲み会、温泉卓球大会、スキー・スノボーとほとんど勉強とは程遠い内容になった。ただ、気兼ねなく飲め、温泉は混浴露天風呂(実際女の子は誰も入らず、夜中の3時過ぎに男3人で露天に入り、入ったは良いが寒くてなかなか外にあがれない結果となった)にゆっくり浸かり、メンバー誰も文句が無い素晴らしい企画だった。
卓球は中学の時卓球部だった副部長が大人気なくスマッシュを打ち挙句の果てに女の子に負けてしまった。また、スキーではスキー部でスキー経験2年の副部長と最後までスキーに固執した部長の華麗な滑り、そしてスキー初体験の部長代理の屁っ放り腰スキーが映像に残されている。
ただ副部長、部長代理はフランス語の追試を1週間後に控えているためそれどころではなかったのが事実である。
いつもと同じく大学近くの某中華ファミレスでおごられる。前日に部長、副部長の他に違うメンバーで部長代理の誕生会をすることになりそのための準備を前日朝までやり、完成後2人で飲み会を行なうがその時に飲んだ期限切れの牛乳のため、この誕生会開催中はどちらかが絶えずトイレに行っていた。しかし、客用トイレは故障のため使用出来ず止むを得ず従業員用トイレを使うという失態をおかす。
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